大学生の職業観と職業継承に関する研究


46期 上田貴之(平石ゼミ)

 T 問題・目的

 

 職業の選択は人の成長にとって重要な役割を果たすことが知られている。

しかし、ここ数年大学生の就職は「就職氷河期」という言葉にも表されるように自分の意志にもかかわらず就職が思い通りできない非常に困難な状況が続いている。広井(1980)は青年の「職業ばなれ」を指摘している。

「職業ばなれ」とは職業や勤労を軽視し、時には拒否・忌避する態度が形成され、強化されていくことを指す。なぜ、このような職業に対して積極的な態度をもったり、職業を軽視し、拒否する態度をとるようになるのだろうか。これを解明する一つの手がかりとして職業観が考えられる。それでは、職業親はどのようにして形成され、どのような要因が職業形成に影響を与えるのだろうか。

 職業観とは、職業に対する人々の一定の見方や意味づけ、心がまえを総称する言葉である。就職観の形成には、基本的な欲求、社会的背景、学技教育、就職するときの契機や条件、人生観や価値観など、さまざまな要因が作用していると考えられる。職業観は、就職期に急激に形成されるのではない。その形成は子供のころから始まり、いくつもの過程を経て徐々に確立される。

 

 Super(1957)は、青年期を「少年少女が、自分がその中で生きている社会を探索し、自分が今まさに入り込もうとする副次文化を探索し、自分が当然演ずべき役割を探索し、自分のパーソナリティ、興味、適性に適した役割を演ずる機会を探索する時期」であり、「自己概念の出現期」であるとしている。この時期に青年はさまざまなことを経験し、探索し、自己概念を発達させる。

こうした機会は、まず家庭においてであり次いで、行動の水準や範囲がひろがるにつれて、学校やクラブ活動、アルバイト、地域社会での活動のうちにある。これらの中でも、家庭は子供が最初に参加する社会集団であり、さまざまなことを経験し、探索し、自己概念を発達させる基本となる場である。

特に父親や母親は、子供にとってもっとも身近な「働く人」であり、職業的発達において直接的かつ重要な影響力をもつと考えられる。また小川・田中(1979)は、父親の職業と息子の希望する職業との問には職業継承性が認められるとしている。親の職業が子供の職業選択に与える影響は、子どもが親の職業と同一の職業を継承するという行為において最も端的に表れている。

 

 

 また親の期待は親から子どもへの暗黙の働きかけであるのに対して、親への同一視要因は子どもの側からの無意識的な働きかけともいえ、継承過程に重要な作用を与えるものと予想される。Jackson et al(1979)の指摘によれば、親同一視は子どもが親の行動をモデリングすることによって、適切な社会的役割を取得することに作用し、子どもの職業選択に重要な役割を果たしている。

 本研究では大学生の職業観と職業継承の希望度合いとの関連を検討することを目的としたい。大学生が職業に対しどのように考え、どのような態度をもつのか、その職業観の特徴、構造を検討する。

また大学生の職業に対する意識、さらに父親、母親の就いている職業、父親、母親の子供への職業継承の希望度合い、大学生の親の職業への希望度合いと職業観との関連を検討する。

 

 U方法

1.質問紙の構成

(1)大学生の職業観の測定

 大学生の職業観を測定する尺度を、高崎の職業観尺度(1995)の項目をもとに30項目作成した。それぞれの項目についてどの程度自分に当てはまるかを「非常にあてはまる」から「まったく当てはまらない」までの5段階で自己評定させた。

(2)職業継承の希望度合いの測定

父親、母親の現在就いている職業の業種をオリジナルで作成したものの中から相当すると思われるものをえらばせた。また、父親、母親および大学生の職業維承期待を測定する項目、大学生の学部選びの動機についての項目を、オリジナルで作成した。

 

2.調査時期・調査対象

 調査は1997年10月から11月にかけて大学生の男女を対象に実施した。分析には男性 56名、女性135名の合計191名のデータを使用した。

 

 

U結論

 本研究では両親の職業や職業継承の希望度合い、学生本人の職業継承希望が大学生の職業観に及ぼす影響について検討すること、また大学生の職業に対する意識の検討を目的とし、調査を行った。まず大学生の職業の構造とその特徴を検討するために「職業観尺度」を作成し、因子分析を行った結果、大学生の職業観には大きく分けて5つの側面をもつことが示された。

まず一つ日は職業を中心とした自己実現を目指す内容の項目に高い負荷を示したので「職業中心的自己実現」尺度と命名した。2つ目は仕事での地位や評価、収入に関わる項目に高い負荷を示したので「社会的・経済的地位志向」尺度と命名した。

3つ目は働くことに対して消極的な内容の項目に高い負荷を示したので「職業回避」尺度と命名した。4つ日は自分の努力や才能による結果を期待する項目で高い負荷を示したので「努力・才能」尺度と命名した。そして5つ目は堅実性を示す項目で高い負荷を示したので「堅実的」尺度と,さらに、t検定を用いて職業観尺度の性差を検討したところ、有意差は見られず男子と女子で職業観に違いはないということが示された。

 

 次に、大学生の職業観と両親の職業継承希望、また学生本人の職業維承希望との関連を一要因分数分析を用いて検討した。

 まず、男子の職業観と男子学生本人の両親の職業への継承希望との関連を検討した。その結果、母親の職業への維承希望との間には有意差は見られず、「職業回避」「努力・才能」において父親の職業への維承希望の方が影響を与えるということが示唆された。

 次に、女子の職業親と女子学生本人の両親の職業への縦承希望との関連を検討した。その結果、男子学生と同様、母親との間には有意差は見られず、「職業中心的自己実現」「職業回避」「努力・才能」において父親の職業への継承希望の方が影響を与えるということが示唆された。以上のことから男子学生、女子学生ともに母親より父親の職業継承希望をもっている人の方が、自分自身の職業観に影響を与えるということが明らかになった。

 次に男子の職業親と両親の子どもへの職業継承希望との関連を検討した。その結果、両親ともに有意差はみられず、両親の職業継承希望は男子学生の職業観に影響を与えないということが明らかになった。

 さらに女子の職業観と両親の子どもへの職業継承希望との関連を検討した。その結果、父親の子どもへの職業継承希望は女子学生の職業観に影響を与えず、また母親の子どもへの職業継承希望は「職業中心的自己実現において影響を与えるという事が示唆された。

以上のことから両親の職業継承希望は大学生の職業観にあまり影響を与えないが、若干女子学生の方が、影響を受けるということが明らかになった。

 

 次に両親の職業と大学生の職業観との関連を一要因分散分析を用いて検討した。

両親の職業を再カテゴリ化したものを用いて検討した。

 

 まず父親の職業と大学生の職業観との関連を検討した。その結果、男子学生の職業親との間には有意差が見られず女子学生の職業観との間には「努力・才能」において有意差がみられた。以上のことから父親の職業は大学生の職業観にあまり影響を与えないが、若干女子学生の方が、影響を受けるということが明らかになった。

 さらに母親の職業と大学生の職業観との関連を検討した。その結果、男子学生の「職業回避」との閏で有意差がみられ、また女子学生の「職業中心的自己実現」「社会的・経済的地位志向」との間で有意差がみられた。以上のことから母親が職業に就いている場合、学生は父親の職業より母親の職業に影響を受けるということが明らかになった。

 以上の結果より男子学生は自分自身が父親の職業を希望している場合、母親が職業に就いている場合において職業観に影響をうける。また女子学生は自分自身が父親の職業を希望している場合、母親が自分の職業を継承希望している場合、父親または母親が職業に就いている場合職業観に影響をうけるということがいえる。以上のことを下の表にまとめた。

 次に大学生の職業に対する意識を検討した結果、多くの人は大学の学部を選ぶ際に将来つきたい職があり、それに基づいて学部を選択しており高校時代には職業に対する意識が多少なりとも有る人が多いといえる。また将来どのような職に就くか決めていない人で両親が自営業または公務員の職に就いている人は両親の職業の影響を受けているということが明らかになった。

 また両親の職業を希望している人、両親が子どもに職業を希望している人は少なかった。

 

これらの要因の一つとして、現代の大学生とその両親の世代の価値観の違いがあげられる。

高度経済成長期を経て、高度情報化社会への変化や、サービス産業の発展、高学歴化、職場での女性進出など様々な社会的変化に伴って、我々のライフスタイルや価値親は変化し、職業の重要性や、生活における職業の位置づけなど、職業に対する価値観も変化している。

したがって、親の価値観と大学生の価値観の間にはギャップが存在し、大学生にとって、両親は職業に関する領域ではモデルになりにくくなってきていると推測される。また、大学生は、学校やアルバイトでのさまざまな経験があり、両親以外からの影響をすでに多く受けているので、それらの要因が職業観に影響していることも推測できる。

このように、職業観形成に関わる要素は多く、また、それらの関係は単純ではない。このような状況の中で、学生は自分の能力や適性、興味などについて考え、職業生活設計を立て、さらには自分自身の生き方を見出していかなければならない。

その援助活動となるのが進路指導であるが、現在の学校教育においては、進学情報・就職情報の収集・提供を主とし、学力を重視した振り分け指導に偏りがちである。

そこで、このような配置指導型の進路指導ではなく、カウンセリングを導入した進路相談、つまりキャリアカウンセリングを重視する指導へと転換していくことが求められているのである。このことを考えると、キャリアカウンセワングの必要性や重要性はますます大きくなってくる。

 

今後の課題としては、加齢にともなう職業的発達に父親および母親の与える影響の重要性を検討すること、職業観形成に影響する両親以外の要因を明確にすることなどがあげられる。