問題と目的

1.はじめに

 Erikson(1959)による青年期の発達課題・心理社会的危機は、「アイデンティティ発達対アイデンティティ拡散」である。そして、この時期、青年はアイデンティティ拡散を相対的に上回るかたちで、アイデンティティを獲得していくことが必要とされるのである。

近年この青年期の課題であるアイデンティティ獲得がますます遅くなっているように感じられる。それは勉強に対する気持ち、将来の進路に対する考え方に顕著に現れているのではなかろうか。ニートやフリーターの増加もアイデンティティ獲得遅延の影響を大きく受けているのではなかろうか。

自分自身もこの問題に遭遇するにあたり、アイデンティティの問題について考えるようになった。自分自身の経験によるものではあるが、友人との付き合い方の中に、自己を見直し存在を肯定的に意味付ける何か重要なことがあるのではないかと感じるようになってきたので、友人関係とアイデンティティの関連性について検討を行ないたい。


2.アイデンティティについて

Erikson(1959)は、青年期に直面する主要な課題はアイデンティティの感覚を発達させることであり、「私はだれか」「私はどこへ行くのか」といった疑問に対する答えを見つけることであると考えた。Eriksonはこの積極的に自己を定義づける過程を意味するものとして、「アイデンティティの危機」という用語を使った。青年期は役割実験の時期であり、若者は様々な行動や興味、またイデオロギーなどを探求することができると考える。多くの信念、役割、行動様式が試みられ、修正され、捨てられて、自己についての総合的な概念が形づくられるのである。

現在の社会は、大人のモデルが少なく、社会的役割も限られているといったものではなく、価値や役割などが複雑化した社会であり、青年がアイデンティティを探求していくことは困難な課題のようにも思われる。青年は、どのように行動するか、あるいは人生をどう生きればよいのかに関して、ほとんど無限とも思える可能性に直面する。結果として、アイデンティティがどのように発達していくのかについて、多様な個人差が存在する。さらに、アイデンティティとは言っても、生涯にわたるとそこには様々な領域における様々な発達段階の違いが存在するかもしれない。たとえば、性的、職業的、イデオロギーにおけるアイデンティティなどがある。

このように見るとアイデンティティといっても青年期特有のものとは言い切れないものがあるが、本研究で言及するアイデンティティとは、自分自身についてのある安定した感覚のことであり、様々な日常生活場面における「〜としての自分」を統合する一貫した自己イメージを持っていることである。そのようなアイデンティティは自己の行動に責任を与えるとともに、自己の行動原理として機能する。


3.アイデンティティと友人関係の関連性について

なぜ友人関係がアイデンティティの発達と関係しているのかということついてであるが、友人は自分を映す鏡であろう。自分の言葉、行動に対して友人がどのような反応を返してくれるかによって、自分がどのような人間であるのかを自覚していくのである。そういったことを通して自分と言う存在を認め、または改めるきっかけを見つけていけるのだと思う。

 田川(1999)はアイデンティティの形成・確立において、親密な友人のもつ重要性はきわめて大きいとしている。青年は、親からの自立過程に伴って、不安感、孤独感、焦燥感などを感じ、心理的に不安定な状態になる。このような時期において、同じ悩みを持ち、同等の立場にある友人は、心の支えとなるだろうとしている。松井(1990)は、青年の社会化に友人関係が果たす機能として、安定化、モデル機能、社会的スキルの学習などを挙げている。したがって、青年期のアイデンティティ問題を捉える際、対人関係のあり方は不可欠な視点となるだろう。

 アイデンティティと友人関係を扱った過去の研究において古野、藤原(2003)ではアイデンティティ達成地位の者がモラトリアム地位の者よりも多く行っていた友人との付き合い方は、「ありのままの自分を出している」「自分と合わない人とも付き合う」「悩みの相談をする」「相手を信じている」「自己理解が深まる」「傷ついても本音で付き合う」「励ましあう」であり、そのことから自己のアイデンティティをほぼ獲得している者は、自己の安定感を基に友人と積極的な交友関係を展開していると考えられる。特にこの地位にいる者は「自己理解が深まる」付き合い方を重要視しており、友人との関わりを通して、さらに自己を見つめなおし探求していこうという側面が見出されたと報告している。またこの友人との付き合い方に関する質問項目は長沼・落合(1999)によるものであり、それによると、「悩みの相談をする」「自己理解が深まる」「相手を信じている」などの付き合い方は、親密な心理的距離に相当するもので、アイデンティティが確立されているものは、友人と積極的に関わりかつ相手との心理的距離の取り方も「分離」―「密着」といった両極端ではなく、その中間である「親密」になると言えるようだ。

一方、モラトリアム地位の者がアイデンティティ達成地位の者よりも多く行なっていた友人との付き合い方は、「嫌われないように気を遣っている」「相手を独占しようとする」「深いつながりを持つ友人を作らない」「共同体験で結びつく」である。このように嫌われないよう気を遣い、友人と常に一緒にいようとする付き合い方から、アイデンティティが確立されていない者の表面的な友人関係が予想される。彼らには友人と常に一緒にいたい気持ちと、深いつながりはもたないといった友人から離れようとする気持ちが同時に存在しており、葛藤が生じていると予想される。友人との関わりに対して防衛的になり、心理的距離の取り方も分離するか、密着するかとアンバランスなものになっている。したがって、付き合い方の深さと相手との心理的距離の取り方の両側からみて、アイデンティティが確立している者は、確立していない者と比較して安定した友人関係を持てることが明らかになったとしている。


4.まとめと目的

 以上のことから、青年期のアイデンティティ達成という発達課題と友人との関係性の間には、友人との関係性が良好であればアイデンティティ達成に向かう傾向があると言える。そこで、本研究では、青年期の主要な課題であるとされるアイデンティティ達成の問題について友人関係との関わりを見る。被験者をアイデンティティ達成群とモラトリアム群の2グループに分け、アイデンティティ達成における友人との良好な付き合い方とされるものを自由記述で問い、2群間で比較することによってどのような心理的変化が起こりアイデンティティ達成に導かれていくのかということを明らかにしたい。つまり、友人とのどのような付き合い方がアイデンティティ達成に関係するのかを見ることに加え、そのような付き合い方がどのような心理的変化をもたらし、アイデンティティ達成へと導かれていくのかという過程を明らかにしたい。