児童の学習意欲に関する研究

 

 〜学習目標の認知に基づく動機づけ−

  46期 58番 熊谷江利子(織田ゼミ)

 

T.問題および目的

1989年(平成元年)の学習指導要領改定以来、「自ら学ぶ意欲」の育成が重要な教育目標として位置づけられた。そして、今日では、生涯学習の基礎づくりとして、「生涯にわたって学び続けようとする意欲を育てる」ことが、学校教育に強く求められている。

だが、生涯学習が重視される一方で、学習への親しみのなさ、自ら学習を深め追求していく姿勢の希薄化など、子どもたちの学習意欲をめぐる諸問題は跡を絶たない。また、悲壮感や不安感を漂わせながらの学習など、普段教師の目に触れにくい潜在的な問題を抱えている子どももいる。

 

  こうした諸問題に対して、学校現場では、教材や指導方法の工夫など物理的な面の改善が検討されている。しかし、子どもたちが自ら意欲的に学べないのは、不適切な教材や授業形態などの学習環境による影響ばかりでなく、個人の学習目標の認知に問題があるからではないだろうか。

 子どもが認知する学習目標は、動機づけ(意欲)に大きな影響力を持つ要因であり、学習目標の認知に基づく観点からの動機づけ研究は重要な課題と考えられる。

そこで本研究では、自ら学ぶ意欲が高い児童が持つ学習目標と、学習意欲に問題を抱える児童が持つ学習目標を比較することによって、『どのような目標志向が、児童の自ら学ぶ意欲の向上を妨げているのか』を検討し、学習意欲に問題を抱える児童の教育の可能性について考察することを目的とする。

 

 

 

U.方法

1.調査対象

 三重県内の2公立小学校4年生から6年生の児童440人

2.調査時期と手続き

 平成9年11月中句に担任教師により各クラスごとに集団実施された。

3.調査内容

@学習意欲

・学習意欲の「量的」側面(4段階評定、20項目)

 桜井(1995)は、学習意欲が低下している者を、学習への抑うつ傾向の高い者とみなし、「抑うつ」という面から学習意欲の高低を捉える考え方をしている。

そこで、桜井(1995)が作成した『子どもの抑うつ傾向測定尺度(CDI上目本語版)』の質問項目の内容を検討し、学習場面での抑うつ傾向を測定できる項目を作成した。

 

・学習意欲の「質的」側面(4段階評定、5項目)

 桜井は、学習意欲に関して、学習を自ら進んで始めるのか(自発的)、周りからの圧力によって仕方なしに始めるのか(外発的)という学習への「自発性」を重視している。

そこで、桜井・高野(1985)が開発した『内発均−外発的動機づけ尺度』の「因果律」という下位尺度を構成する5項目を参考に学習への「自発性」を測定できる項目を作成した。

 本研究では「学習への抑うつ傾向」「自発性」の2側面を学習意欲の指標とした。

 

 

A学習目標(4段階評定、40項目)

 これまで、児童が認知する学習目標は、「学習を行う理由を問うことによって測定されてきた。本研究では、杉村(1967)、樋口(1985)、速水(1987・1989)、桜井(1989・1995・1996)らの研究を参考にして・学習目標について8つの成分(志向)を定義し、定義された各下位志向の概念に基づいて項目を作成した8つの下位志向は以下の通りである。

 

(1)承認志向・・・・・・・・・・・・先生や親、友達からの承認を望み、他からの良い評価を求めて学習する頼向。

 

(2)叱責・否認回避志向・・・・・・・・・先生や親からの叱責、友達からの否認を避けるために学習する傾向

 

(3)重要性・義務志向・・・・・・・・・学習の重要性や学習する義務の認識から学習する傾向

 

(4)環境適応志向・・・・・・・・言いつけに従ったり、勉強しなければならない環境へ適応するために学習する傾向。

 

(5)成績志向・・・・・・・・・・・・・成績を意識し、良い成績を求めて学習する傾向

 

(6)競争志向・・・・・・・他人との競争事態(受験)で勝つこと、他人より能力を持った人間になることをめざして学習する傾向.

 

(7)理解志向・・・・・・・・・・・・わかることやできるようになることの喜びから学習する傾向

 

(8)興味・関心志向・・・・・・・学習に取り組むこと自体が面白く、興味や関心から学習する傾向

V.結果

1.各尺度の検討

 @学習意欲の測定

・「学習への抑うつ傾向」測定尺度

 尺度の内的・異性を検討するためにクロンバックのα係数と項目−全体得点相関係数を算出した。そして、数値の低かった3項目を除き、17項目で尺度を構成した。(Y=.81、項目−全体得点相関係数.40〜.60の範囲にあり、内的一貫性が確認された。

・「「自発性」測定尺度

 (Y=.79、項目−合体相関係数は.65〜.79の範囲にあり、十分な内的一貫性が確認された。

 

・A学習目標の測定

 想定していた8つの目標志向について、各下位尺度ごとに項目−全体得点相同係数とクロンバックのα係数を算出した。そして、数値が低く尺度を構成するのに不適切な項目を除いた。その結果、下位尺度のα係数は、α=.69〜.89の範囲に、相関係数は.64〜.88の範囲にある内的一貫性のある尺度が構成された。各下位尺度は、4〜5項目で構成される。

 

2.群の分類

 児童の学習意欲を「学習への抑うつ傾向」「自発性」という2つの観点から測定し、【Fig.1】に従い、児童を4群に分類した。高低は、それぞれの尺度の平均値を基準にした。HL群に136名(34%)、HH群に78名(19%)、LL群に72名(18%)、LH郡に118名 (29%)が属した。

 

3.群間での比較               

 学習目標の各項目について、4群を平均値の高い順に並べ、隣り合う群問の平均値の差の検定(t検定)を行った.

 学習への自発性が高いHL群・HH併の平均値が、自発性の低いLL群・LH群の平均値を上回っていたのは、「大人になるのに必要だと思うから」勉強するという重要性・義務志向に属する項目であった。(【Fig.2】参照)

 また、学習への抑うつが高いHH群・LH群の平均値が、学習への抑うつが低いHL群・LL群の平均値を有意に上回っていたのは、「勉強ができないことで、みんなに嫌われたくないから」勉強するという叱責・否認回避志向に属する項目であった。(【Fig.3】参照)

反対に、学習への抑うつが低い者(HL群・LL群)の平均値が、学習への抑うつが高い者(HH群・LH群)の平均値を有意に上回っていたのは、「新しい解き方や、やり方を見つけることがおもしろいから」勉強するという興味・関心志向に属する項目であった。(【Fig.4】参照)

 そして、自ら学ぶ意欲が高いHL群(自発性:高、抑うつ:低)のみが、他の群より有意に高い平均値を示したのは、「むずかしい問題が解けるとうれしいから」勉強するという理解志向に属する項目であった。(【Fig.5】参照)

 さらに、各群が8つの目標志向をどのように持ち合わせているのか、群別に各目標志向の相対的強さを検討したところ、学習への抑うつが高いHH群・LH群は、他の7つの目標志向に比べ、成績志向を強く持つことが明らかになった。

 

 

W.考察

 以上の結果より、学習への自発性を向上させるには、学習する意味や価値について問いかけ、学習することの重要性を個人個人が認識できるようにすることが大切であ

ると考えられる。また、学習への高い抑うつは、他者からの叱責や否認、成績への強い意識から生まれており、それが学習へ取り組むこと自体が面白いという気持ちを低減させていると考えられる。

 そして、自ら学ぶ意欲の最大の源になっているのは、むずかしい、わからない、できないと思っていたことができた喜びやうれしさであることが調査により判明した。

学習意欲に問題を抱える児童は、学習において、学習する喜びや楽しさをあまり感じたことがないと推測できる。

何か新しいことができるようになった喜びやうれしさを児童が実感できるような援助が、投票において必要であり、それが生涯にわたって学び続ける意欲を育てることに結び付くものと考えられる。