1問題及び目的 子どもは朝から夕方まで、毎日、学校での生活を送っている。通りすがりの自分とは何ら関わりがない人には無関心でいられても、生活の大半を占めている学校で、日頃世話をしてくれたり、心の拠り所としている教師が自分に向けてくる言動には無関心ではいられないであろう。 Byme,D.,Rasche,L.,&Kelley.K(1974)によれば、一般的に、私たちは他者からの肯定的メッセージを信じ、それを与えてくれる人を好む傾向があるとしている。たとえ、その肯定的メッセージが真実でないときでさえもであるという。果たして、学校内において、これと同じようなことが言えるのであろうか。 教師からの肯定的メッセージを必ずしも子どもが肯定的に受けとめているとは限らず、肯定的に受けとめていない場合は、その肯定的メッセージが子どもの動機付けへ結びつくとは限らない。榊原らの研究(1994)によれば、教師からの肯定的メッセージを否定的に受けとめる場合があるということが明らかになっている。 |
一般的に肯定的メッセージを与えることは良いことであるといわれているが、メッセージを与える人に距離を抱いている場合であってもそのメッセージは有効なのであろうか。 子どもが多大な影響を受けている学校という場において、教師に距離を抱いている子どもが、他の子どもと同様の肯定的メッセージを受ける場合がある。この場合においても、そのメッセージは子どもによい影響を与えるのであろうか。 |
山口、吉澤、原野 (1989)は、子どもと教師の間には、何らかの隔たりがあり、それは、子どもの教師の親密さの程度、すなわち、心理的距離は両者のコミュニケーションの度合いによって異なるという。 また、松村(1976)は、指導の過程における教師の努力の方向として、様々なものをあげることができる中で、第一に、「子どもの発言をよく聞き取る」ということをあげている。 そこで本研究では、子どもと担任教師との心理的距離を子どもの側からとらえていく中で、子どもたちに賞賛という肯定的メッセージを送った場合、その受けとめ方にどのような違いが生じるのかを、榊原(1994)の研究から得られた肯定的な安けとめ方(心地よい、自信がもてる、安心する)により検討していく。また、両者間のコミュニケーションの大小が及ぼす心理的距離の違いをも検討していく。 これらを明らかにしていく中で、生徒理解や生徒指導の資料とすることを目的とする。 |
2.方法 被調査者: 愛知県内の中学校2校4クラス153名 (男子76名、女子77名)、 三重県内の中学校2校3クラス94名(男子53名、女子41名) の合計247名。
調査時期:1997年 9月〜10月。 手続き:調査はクラス毎の集団で実施された。実施者はクラス担任の教師で、生徒が行う調査用紙への氏名記述は、クラス担任の意向に任せられた。 また、クラス担任の教師が実施すれば、心理的距離尺度に影響を及ぼすと考えられたため、調査用紙は生徒たちが見ている前で封を開け、回収後も同様、生徒たちの前で封を閉めることを各教師に伝えた。 心理的距離の測定:岸田 (1978)が、作成した尺度を、市川が検討・改訂を加え、新たに尺度値を算出し、作り直した対教師距離尺度を、ここでは、心理的距離尺度として用いた。 心理的距離の尺度値: 段階1 非常に親和・接近 1.000〜2.547、 段階2 やや親和・接近 2.548〜4.427、 段階3 普通 4.428〜6.307、 段階4 やや疎遠・離反6.308〜8.187、 段階5 非常に疎遠・離反 8.188〜 肯定的メッセージの内容:榊原(1994)が中学校指導要領「行動の記録」12項目から作成した中学生に対する肯定的メッセージ200項目を用い、その中からランダムに5項目ずつ取り出したもの。1つのメッセージにつき6つの質問をし、それぞれ5段階で回答を求めた。 6つの質問は以下の通りである。 1.「あなたは、クラス担任の先生からこのような言葉をかけられて、心地がよいですか。」 2.「あなたは、クラス担任の先生からこのような言葉をかけられて、自分の行動に自信を持ちましたか。」 3.「あなたは、クラス担任の先生からこのような言葉をかけられて、心が落ち着きますか。」 4.「先生があなたに言ってきたこと(上にある文章の実線部分)はあなたに当てはまっていますか。」 5.「先生があなたに言ってきたこと(上の文章の破線部分)はクラス担任の先生に当てはまっていますか。」 6.「クラス担任の先生は、あなたの言うことを、聞いてくれますか。(上の文章とは関係ありません。)」 |
3.結果およぴ考察 心理的距離は分析していくうえで、3群(L群(1−2)、M群(3)、H群(4−5))に分けた。L群は、心理的距離が、親和・接近、M群は普通、H群は疎遠・離反を表す。 各人数はFig.1参照。そのうえで、学級担任との心理的距離が肯定的メッセージの受け取り方にどのように影響しているのかを検討する目的で、一元配置分散分析を行った。 ![]()
|
3−1 心地よさ・自信・安心と心理拇的距離 心地よさ、自信、安心のそれぞれと心理的距離との関係において、差異がみられるかどうかを分散分析によって検討した。その結果、3項目とも、L群−H群間とM群−H群間に.1%水準で有意差がみられ、心理的距離尺度が高い者ほどメッセージを肯定的に受けとっていない傾向がみられた。 天貝(1996)は、心理的距離を左右する要因として信頼感をあげている。このことから、メッセージを肯定的に受けとめた近距離の子どもは、担任教師への信頼感が強く、肯定的には受けとめていなかった遠距離の子どもは、担任教師への信頼感が弱いことが考えられる。 教師と子どもの間で本当の意味での−信頼関係−がつくられていなければ、いかに教師が、上手にほめたと思っても、子どもにとっては、何の感激も沸き起こらないのである。また、担任教師が肯定的メッセージを与えたら子どもは肯定的に受けとめるであろうという考えは、近距離にある子どもに対しては成り立つが、遠軽離にある子どもには成り立っておらず、一様のメッセージは有効ではないことが言えそうである。 |
3−2 心地よさ・自信・安心とメッセージの合致の有無 心地よさ、自信、安心のそれぞれと生徒が受けた肯定的メッセージが、生徒自身合致していると思うメッセージか否かという関係において、差異がみられるかどうかを分散分析によって検討した。 その結果、心地よさ、安心との間では、L群−H群間で、自信との間では、L群−M群間においても1%水準で有意差がみられ、自分が合致していないと思うメッセージは肯定的に受けとっていない傾向がみられた。 学校という場においては、Byme,D.,Rasche,L.,&kelley,K.(1974)らの、一般的に、私たちは他者からの肯定的メッセージを信じ、それを与えてくれる人を好む傾向があり、たとえ、そのメッセージが真実でないときでさえでもある、という見解は当てはまらないということが言えそうである。 一般的な場で言えて、学校という場で言えないのは、子どもが担任教師に寄せる期待と一般の人とでは、寄せる期待に大小の違いがあるのではないだろうか。自分のことを知っていてほしいという期待を担任教師に寄せ、自分に合致していないメッセージを、その教師から与えられた場合、肯定的に受けとめはしないであろう。
|
3−3 発言の聞き取りの有無と心理的距離 生徒自身が自分の発言を担任教師が聞いてくれていると思っているか否かと心理的距離との関係において、差異がみられるかを分散分析によって検討した。 1の「聞いてくれる」から、5の「聞いてくれない」の間で回答を求めた結果、1−2,1−3,1−5,2−5,3−5の間に5%水準で有意差がみられた。 また、生徒自身が自分の発言を担任教師が聞いてくれていると思っているか否かと心理的距離との相関を、ピアソンの単相関係数で検討したところ、相関係数は0.393、有意差検定では1%水準で差がみられた。 子どもが、自分の発言を担任教師が聞いてくれていると感じているかどうかが、担任教師との心理的距離に影響を及ぼしていることが言えるのではないであろうか。Fig.2から、各段階での平均値の差をみると、心理的距離が遠距離にある者は、担任教師は自分の発言を聞いてくれていないとかなり強く感じていることが考えられる。
![]() |
今後の課題 本研究の結果より、担任教師と遠距離にある子どもは、肯定的メッセージを肯定的(心地よい、自信がもてる、安心する)とは受けとめていないことが明らかにされた。 そのなかで、今後の課題として、次のような点が考えられる。担任教師との心理的距離が遠距離にある子どもが、自分に合致していると感じる肯定的メッセージを担任教師から与え続けられた場合での、心理的距離の変化を事前・事後で検討していくといった点である。 子どもとの心理的距離が、学校職員の中で一番近い担任教師が、自己開示をしながら「生徒受容型」の指導態度で子どもたちに接していき(山口(1994)ら)、一人一人の子どもに合致した肯定的メッセージを与えていったのならば、それまで遠距離にあった子どもの距離が近くなってくるのではないだろうか。 子どもの成長にきわめて重大な影響を与えている学校という場において、今後このような点において再検討する必要があろう。 |
5.参考文献 天貝由美子 1996 中・高校生における心理的距離と信頼感との関係 カウンセリング研究,29,130−134
|