問 題
セルフ・ハンディキャッピング(以下SHC)とは、自分の何らかの特性が評価の対象となる可能性があり、かつそこで高い評価が受けられるかどうか確信が持てない場合、前もって自己に不利になるような行動をとったり、不利な要因の存在を主張する行為である(安藤,1990)。Leary & Shepperd(1986)は、SHC行動をその形態に基づいて、行動的SHC(behavioral)と自己報告的SHC(self-reported)SHCとに分類した。さらに両者の違いとして、行動的SHCが課題の成功確率を実質的に低下させることに対して、自己報告的SHCは、それを行ったからといって遂行を妨げることにはならないと説明している。SHCをとることで他者からの評価が自己の能力に帰属されないとなると、失敗してもよいという気持ちから課題の遂行に対する意欲が低下しないとも限らない。よって主張的SHCが課題遂行へ悪影響を及ぼす可能性も否定しきれない。しかし、少なくとも自らハンディキャップを作り出すSHC(以下遂行的SHC)と比較する上では、単にハンディキャップを主張するだけのSHC(以下主張的SHC)はコストが低く、安全でかつ成功による他者からの評価という報酬を得やすい方略であり、利用しやすい方略であると考えられる。
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従来のSHC研究では、遂行的SHCのみか主張的SHCのみかというように、どちらか一方のSHCだけが取り上げられ、その生起要因を中心に論じられてきた。しかし、先に述べたようなような事柄を考えると、わざわざコストの高い遂行的SHCをとるのは、それ以外に何の手段もないときではないかと考えられる。主張的SHCと遂行的SHCが同時に選択可能な場合には、予め言い訳を他者に主張することができたならば、あえて遂行の成功を妨げるハンディキャップを作り出す必要はなく、主張がSHCとしての機能を果たさなくなった場合に努力の差し控えという異なるSHC戦略によって補完するのではないだろうか。
そこで本研究では遂行的SHCの起こる状況の要因として主張的SHCの機会の有無と他者の存在を取り上げ、それらの状況要因の組み合わせによってどのような違いが見られるかを検討する。
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研 究 1
研究1は、SHCは自尊心維持のためだけに使用されるのではなく、他者に対する自己呈示動機からなるものであるという考えから、観察者の存在の有無によって、被験者がSHC方略の使用に違いを見せるのかを検討した。仮説は次の2つである。(1)公的条件(観察者が存在する)の方が私的条件(観察者が存在しない)よりもSHCを使用しやすく、したがって、遂行前の練習量を少なくするであろう。(2)第二課題での遂行量は私的条件よりも公的条件の方が多くなるであろう。65人の男女大学生がランダムに公的条件・私的条件のいずれかに割り当てられ、第一課題セッション、練習セッション、第二課題セッションの順で平仮名アナグラム課題を遂行した。実験条件として操作されたのは、練習セッション以降のセッションにおける観察者の存在の有無である。結果は、仮説1を支持するものであり、第2仮説も支持する傾向にあると考えられた。
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研 究 2
研究2は、他者の存在に加えて、主張的SHCが遂行的SHCに与える影響力および2つのSHCが第二課題に与える効果について検討した。仮説は次の3つである。(1)主張の機会がない条件は、主張の機会がある条件により遂行的SHCを生起させやすく、したがって、練習量を少なくするであろう。これは公的条件の方が私的条件よりも多く起きるだろう。(2)主張の機会がある条件の中でも、観察者にハンディキャップの存在を否定される条件の方がハンディキャップの存在を受け入れられた条件より練習量を少なくするだろう。(3)第二課題の遂行量は主張の機会がある条件より主張が機会ない条件の方が多いだろう。
男女大学生90名の半数を公的条件に、残りのを半数を私的条件にランダムに割り当て、さらに15名ずつを、主張の機会なし条件・主張の機会ありー成功条件・主張の機会ありー失敗条件に割り当てた。第一課題セッション、練習セッション、第二課題セッションの順で英字アナグラムを遂行した。実験操作として操作されたのは、練習セッション前の主張的SHCの機会の有無(主張あり成功条件・主張あり失敗条件・主張なし条件)と練習セッション時の観察者の存在の有無である。従属変数は、SHCとしての第二課題のための練習量(枚数)と第二課題の遂行量である。結果は、仮説1・2は支持されず、仮説3は支持された。
なお、本研究での主張の機会なし条件・主張の機会あり条件とは、練習前に観察者(実験者)に対してハンディキャップの存在を主張したか否かで操作され、公的条件・私的条件とは、練習(SHCとしての努力の差し控え)が観察者(実験者)に観察されているか否かによって操作された。
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総合考察
主張的SHCと遂行的SHCの生起
仮説2-(1),2-(2)が支持されなかった理由として、遂行的SHCはその存在が自分自身にも他者にも明白であり、観察者(実験者)を十分に納得させることができるが、主張的SHCはハンディキャップが不安や緊張など内的要因であるために、観察者はそれが本当に存在するかどうかは明らかではなく、ハンディキャップの存在が信用されにくいことが挙げられる。被験者にとっては、主張したことに対してどこまで観察者が信じたかを自分が確認できないため、遂行的SHCの機会がある場合は、より確実に呈示できる遂行的SHCを重ねようとするのではないかと考えられる。
主張の機会は遂行的SHCには影響を与えなかったが、他者の存在の条件に関しては有意な差が認められ、研究1の実験結果をほぼ再現した。これらの結果から、遂行的SHC生起には他者の存在が大きく関与するのであって、たとえはじめに言語的な方略を用いたとしても、他者が存在するならば、遂行的SHC方略を選択する可能性が高くなることが明確となった。
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主張的SHCと第二課題の遂行量
仮説2-(3)が支持され、主張するだけでは課題遂行の妨げにはならないというLeary & Shepperd(1986)の考えに反して、結果的には成功確率を低めることが明らかになった。このような結果が出た理由として、主張あり条件の被験者は結果が失敗に終わった場合の伏線を張っているため、たとえ失敗しても対面は守られると考え、主張なし条件の被験者ほど第二課題に力を入れなかったことが考えられる。これに対し、主張なし条件の被験者は次の課題が失敗に終わった場合の他者の評価や他者の評価による自尊心が脅威にさらされ、自己呈示動機が強く喚起されていた。そして他者からの能力不足という悪い評価を回避させる方法として、最大限の努力をして良い結果を残して良い印象を獲得しようとしたのではないだろうか。

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練習の差し控えと第二課題の遂行量
練習量群別に第二課題の遂行を検討した結果、努力の差し控えを行った人は必ずしも第二課題に対して意欲がないわけではなく、良い結果を残そうとしているのであるが、結果的には練習をした人ほどの正答数には到達できないことが示された。

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第二課題における主張的SHCと遂行的SHCの関係
本研究では第二課題の実施の前に異なる2つのSHCを設定しているが、SHCの選択の違いによって第二課題の遂行にどのような違いがあるかを検討した結果、両SHCには交互作用は認められず、主張的SHCと遂行的SHCという異なるSHCを重ねて行った場合が最も正答数が少なくなることが示され、反対にどちらのSHCもしなかった場合が最も正答数が多いことが示された。守りの方略を同時に用いることによって、自己の能力評価に帰属される可能性が小さくなるほど、安心してしまい、実際の遂行は促進されないことが考えられる。

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