近年、摂食障害や薬物依存、リストカットに代表されるような、自己を破壊に導くような行為が思春期・青年期に増加していると言われ、西園(1983)も指摘するように、青年期における自傷行為が病理的なものに限定されない現代の様相が示されている。また、町沢(1990)が境界性人格障害に見られる特徴である「衝動性」をひきあいに出して、現代青年のボーダーラインパーソナリティー傾向の増加を挙げている等にも関わらず、鈴村(1984)が、自傷行為の定義づけの曖昧さを指摘するように、前述のような、自己破壊的な行為、あるいは、それを含む「衝動性」、といったものに関して、論及することを非常に困難にしているものと思われる。そこで、本研究では、以下に述べる自傷行為の意味するところに注目した上で、一般的な現代青年の内包する心性としての自己破壊的傾向を「自己破壊感」と定義する。
自傷行為を心理力動的に見ると、西園(1979)によると、自傷行為を行う者は、その行為に対他者へのメッセージ的意味合いを含んで行為に及んでいるという。谷口(1994)は、その自傷行為のもつ意味合いとして、「他者操作性」と「対象攻撃性」という2つの概念での整理を試みている。「他者操作性」とは、その行為を行うことで対他者の注目を自己に引きつけ、手を差し伸べることを暗に要求させうるというものであり、「対象攻撃性」とは、対象への攻撃的な感情を自己に向け変えることで、対象に、そのような自己破壊的な行為に追い込んだものであるという罪悪感を喚起させ、それによって、直接的ではないにしろ、間接的に対象に攻撃的感情を向けようとするものである。しかし、このような意味合いが成立するためには、谷口も述べているように、行為者と対象との関係性が規定される。自傷を行う者が、対象との関係性を、自己を攻撃することで必ず対象に多大なショックが与えられ、対象が少なくとも自責の念を抱くような関係が、対象との間に成立していると思うことが必要である。
また、自己を破壊に導くような行為に対する誘因については、Pao(1969)が、分離の葛藤が自傷に及ぼす影響の大きさにふれているように、Blos(1967)のいう第二の分離−個体化過程の失敗によるものであるといわれている。対象との適切な距離のとれなさ、分離の未熟さが指摘されている。青年期は、親からの自立が、発達課題の主要なものであると言えようが、日本の文化の中での自立は、欧米的な文化の中での人間観を背景とした自立、と同義ではなく、日本の青年に焦点をあてる限りにおいては、日本文化的背景を考慮した、「青年期」といった見方が必要ではなかろうか。大元(1986)も「青年期の、特に日本文化の中での発達課題の達成は、自分の中の『甘え』を自覚することである」と述べているように、日本文化の中での青年期の自我発達を考える上で、「甘え」の概念は、必須であると思われる。ここに、自己破壊的な行為と「甘え」との関連が見出されるように思われる。「他者操作性」「対象攻撃性」が意味をなすために規定された関係性は、Paoの言うように、対象との適切な距離感の持てなさであり、対象との分離の失敗によるものであると捉えることができると同時に、絶対的に対象の行為者との関係性の認識に依拠することから、対象への依存であり、「甘え」であるとも言えよう。つまり「甘え」といった日本文化的な背景が、自己破壊的行為と大いに関係しているのではないかと思われ、自己破壊的行為がもつ「対象攻撃性」や「他者操作性」の心性は、より日本的であると言える。
谷口は、青年期女子における自己破壊的傾向と母子関係の研究を行い、「本来母親に受容されている感じ、というポジティブなものを表すはずの『同一化』」において、上位群が下位群より有意に自己破壊性が高いという結果を示している。このことを谷口は、「一体感の病理」として説明しているが、ここで「一体感の病理」そのものは明らかにされていない。谷口のいう「一体感の病理」には、すなわち、負の影響を与えるような依存性や「甘え」の存在を、自己破壊的な行為の背景にうかがうことができるように思われる。よって、本研究では、「他者操作性」や「対象攻撃性」を内包する自己破壊的行為との類似点を見いだしうるような、一般的現代青年の自己破壊的傾向を、前述のように「自己破壊感」と定義し、青年期の課題を日本の文化的背景の中で考えていくために、青年においても依存、甘えの対象として存在の大きい母親(高橋1968)を対象として想定する。研究Tでは、青年における、そのような対象としての母親との情緒的葛藤場面での、自己破壊感と母親攻撃性を、母親の養育態度認知との関連で検討した、谷口の研究を参考に追試を行ない、研究Uでは、研究Tで示された養育態度認知と自己破壊感との関連に、「甘え」を加え、養育態度認知と「甘え」との関連から、自己破壊感を検討する。対象との関係性を、養育態度認知と「甘え」の関連で捉えていくことは、「一体感の病理」という対象との距離感、関係性を考える上で示唆を与えてくれるものであろう。
谷口の研究で示されたように、
@自己破壊感と母親攻撃性の間には正の相関がある。
A母親との「同一化」の高い者ほど、「自己破壊感」が強い。
尺度信頼性の検討:母親の養育態度認知尺度を主因子法、バリマックス回転により3因子を抽出し、「支配・介入」因子、「情緒不安定」因子、「情緒的支持・受容」因子とした。これらの下位因子、及び自己破壊感を測定する尺度、母親への攻撃性を測定する尺度、「同一化」尺度の信頼係数はいずれも、α=.70以上であった。
@自己破壊感と母親攻撃性の間には、r=.241の正の相関が、1%水準で有意と認められ、また、母親攻撃性の得点の平均点を基準として、H群、L群に分けたところ、自己破壊感において、2群間で有意差が示され、仮説の1は支持された。
A「同一化」と自己破壊感との関連は認められなかったが、養育態度認知の各因子ごとに合計得点を求め、各々において平均点を基準としてH群、L群に分け、自己破壊感、母親攻撃性を2群間でt検定したところ、いずれの因子においても母親攻撃性で2群間に有意差が認められた。自己破壊感との関連は認められなかった。
研究Tより
@母親への「甘え」が強い人ほど、「自己破壊感」は強い。
A母親を情緒不安定であると感じ、甘えも強い人で、自己破壊感も強い。
B母親からの受容感・安堵感を感じられずに、甘えの強い人で、自己破壊感も強い。
C母親を支配的、介入的であると感じ、甘えの強い人で、自己破壊感も強い。
三重大学の学生447名(男性225名、女性222名)を対象とし、1999年11月に質問紙法による一斉調査が行われた。
・自己破壊感尺度・・・・・ 研究Tと同様、谷口の尺度を用い、7段階評定とした。
・甘え尺度・・・・・ 対象人物を母親に限定し、「母親からの援助や支援を必要とすることがあった時に」と状況設定をし、藤原・黒川(1981)が作成した「甘え」を示すものと思われる10語を用い、5段階評定とした。
・母親養育態度認知尺度・・・・・研究Tで用いた宮下(1985)の30の形容詞対を用い、7段階評定とした。
尺度信頼性の検討:母親の養育態度認知尺度、及び、自己破壊感尺度を主因子法、バリマックス回転により、それぞれ3因子、2因子を抽出した。前者は「情緒的支持・受容」因子、「支配・介入」因子、「情緒不安定」因子であり、後者は「自傷」因子、「逸脱」因子であった。なお、「自傷」因子、「逸脱」因子を合わせたものを「自己破壊感」とした。これらの各下位因子、及び甘え尺度における信頼係数を検討したところ、「情緒不安定」因子のα=.68を除き、いずれも、α=.70以上であった。
@「甘え」欲求の得点の平均点を基準として、H群、L群に分け、2群間でt検定を行ったところ、「自己破壊感」及び、自己破壊感の中でも、「逸脱」に有意な差が認められ、仮説1は支持された。(Table1)
A養育態度認知の各因子得点の平均より得点の高い人をH群、低い人をL群とし、養育態度の各因子群と甘え欲求の群で、2要因の分散分析を行い、交互作用の有無を確認してから多重比較を行った。「自己破壊感」及び、「自己破壊感」の中の「逸脱」において共に、おおむね甘えの主効果が有意で、母親への甘え欲求が強いほど、「自己破壊感」と自己破壊感の中でも「逸脱」の傾向が強いということが示されたが、情緒不安定因子に関しては、「自己破壊感」で、甘えの主効果に加え、因子の主効果、2次の交互作用が(Table2-4,Fig1-3)、自己破壊感のうち「逸脱」では、甘えの主効果、2次の交互作用の傾向が示され、仮説2が支持された。
研究Tでは、母親との葛藤場面で母親攻撃性の強い人は、自己破壊感も強いことが示された。母親攻撃性と自己破壊感は同時に並存し得るばかりでなく、母親への攻撃性は、自己への破壊感へと転化しやすく、青年にとっての母親が、そのような外的攻撃性から内的攻撃性へと転化しやすい対象として存在する、とも言えるのではないかと思われる。つまり、「母親」という対象と、その関係性に規定された、密着−分離の関係性が存在すると言えるのではないだろうか。密着−分離の関係性の中でこそ、「他者操作性」や「対象攻撃性」が意味を成し、外的な攻撃性というベクトルが、内的な攻撃性というベクトルに転化するものであり、青年にとっての母親が、依然、密着−分離という「関係の質」をもつ、対象であると思われる。養育態度認知については、各因子とも母親攻撃性との関連が認められ、母親の養育態度の認知が攻撃性に直接関連していることを示し、母親の影響が大きく、母親を取り込みやすい青年像が想起された。
研究Uでは、「母親への甘えの強い人は、自己破壊感が強く」また、養育態度認知と、甘えとの組み合わせにおいて、「自己破壊感、逸脱に関して、甘えの主効果が認められた」という結果は、甘えが自己破壊感と関連することを明らかにした。これらの結果は、研究Tの、密着−分離という「関係性の質」すなわち、「甘え」が青年と母親との関係性の背景にうかがわれるのではないか、とした見解を十分に裏付けたと言えよう。
養育態度認知と甘えの関連では、「情緒不安定」因子に関して、自己破壊感、自己破壊感のうち、逸脱、で甘えの主効果、因子の主効果が示され、2次の交互作用は、自己破壊感で有意、逸脱で傾向が認められた。この結果は、仮説2のみを支持する結果となった。母親を情緒不安定であると感じ、かつ、同時に甘えの強い人は、自己破壊感、逸脱の傾向が強いことが示された。
このことは、土居(1971)の言う「甘えたくても甘えられない」状況と、捉えることができるように思われる。「甘え」が十分に満たされないとき、「甘え」とアンビバレントな関係にある、「恨み」「すね」「ひがみ」などの攻撃的な感情が起こるのであるが、対象への甘えが満たされないにもかかわらず、攻撃的感情を対象へと直接向けることが困難である状況が、本研究で示された、母親との情緒的葛藤場面で、母親という対象を情緒不安定だと認知し、かつ母親への「甘え」が強い人における、自己破壊感、逸脱が有意に強い、という結果に見られるのではないかと思われる。つまり、このような対象との情緒的葛藤場面で、母親という対象への攻撃的な感情として、本来なら直接的に、外的なベクトルとして向けられ得る。ところが、情緒不安定で、攻撃的感情をぶつけると、脆く崩れ去ってしまいそうな対象としての母親、あるいは、そのような自我をもつ母親として、対象を認知していることで、直接的に攻撃的感情を向けることができないのではないだろうか。直接的に攻撃的感情を向けることができないからこそ、攻撃的感情のベクトルは常に対象へ向けられつつも、「他者操作性」「対象攻撃性」といった意味合いで、攻撃性を自己に向けかえ、未消化な攻撃的感情を満足させるのではないかと思われる。
●母親攻撃性の強い人は、自己破壊感も強いことから、母親が、そのような外的攻撃性から内的攻撃性へと転化しやすい対象として存在し、密着−分離という「関係の質」をもつ、対象であると思われる。
●甘えの強い人は、自己破壊感も強く、甘えを背景にした「他者操作性」や「対象攻撃性」が考えられる。
●母親を情緒不安定であると認知し、かつ甘えの強い人は、自己破壊感が強く、対象への「甘えたくても甘えられない心理」が考えられる。