他者のパ−ソナリティ認知に及ぼす生活事態変化の影響
− パ−ソナリティ認知の状況的変動性に関する研究 −


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問題及び目的

  パーソナリティ認知に関する研究では、その認知を規定する要因の研究が、様々な側面からなされ、 Tagiuri(1958)などによって、@認知する刺激対象の要因、A認知する主体の要因、B認知状況の要因 の、大きく3つに分類されている。また、認知状況による要因についての研究は、特にその必要性が叫ば れている研究分野である。

  ところで、こうした状況要因の一つとして、生活事態変化の問題がある。しかし、他者に対する認知 の進展過程や、生活事態変化などの特殊な状況下での認知を、他者と出会って間もない頃から、時系列的 に検討した研究は、未だに極めて少ない。また、これらの研究内容については、主として他者に対するパ ーソナリティの認知次元が、時点を超えて安定しているか否か、といった観点からの議論や、時点ごとの 認知的複雑性の変化よる認知の単純化について検討を示すものとして位置づけられる。

  しかし、実際に、生活事態変化が生じている時期と、そうでない時期では、他者のパーソナリティ認知 を比較すると、認知的複雑性に何らかの変化が生じているのであろうか。また、仮に生活事態変化時に、 そうでない時期とは異なる認知の単純化や、認知次元の顕現化が生じているとすれば、なぜこのような単 純化が生じ、また、この時期の対人関係形成にいかなる影響を及ぼしうる可能性があるのか。こうした問 題については、これまでに詳細な検討はなされていない。

  以上のことより、本研究では、他者のパーソナリティ認知に及ぼす生活事態変化の影響について、時期 的な観点より検討することをその主たる目的とし、生活事態変化時と、そうでない時期での、他者のパーソ ナリティ認知の縦断的な比較・分析を試みる。

  また、これまで対人認知に関する時系列な変化の検討を試みている研究では、実際に社会的相互作用がある 他者へのパーソナリティ認知を扱っているものが多い。そこで本研究では、こうした問題に対しても若干の アプローチを試みる。具体的には、従来とられてきた被験者との実際の相互作用がある他者に対するパーソ ナリティ認知資料(以下Aタイプ)と、ある人物の行動をビデオに収録した実際の社会的相互作用がない他 者を呈示し、その人物に対するパーソナリティ評定資料(以下Bタイプ)をもとに、双方の観点から、生活 事態変化などとも関連させて縦断的な分析・考察を試みる。




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方法

  1.調査対象者

  対象となった被験者は国立M大学1年生。有効被調査者数は、計555人(男子244人、女子311名)である。 また、実際の社会的相互作用のある役割人物を評定させた条件(以下Aタイプ)が229人、(男子80人、女子149名)、 社会的相互作用のないビデオに登場した人物を評定させた条件(以下Bタイプ)が326人(男子164人、女子162名) 人であった。

  2.調査期間

  1回目の調査は、2000年4月の大学新入生が入学して間もない頃、2回目は、2000年10月下旬〜12月上旬の大学 に入学して約半年後の頃にかけて行われた。

  3. 質問紙の構成

  廣岡(1990)の「個人的親しみやすさ」、「社会的望ましさ」、「活動性」の各因子に高い負荷量を示す項目で構成 されるパーソナリティ評定尺度に、若干の修正を加えた21項目を7段階で評定させる質問紙を用いた。Aタイプ、Bタ イプともに同じものである。

  Aタイプでは、被調査者は「以下の条件に当てはまる人物を想定してください。いずれもここ1、2ヶ月の間に知り 合った人物(もしくは相手の存在を知った)人物です」という教示をもとに、6人の人物のパーソナリティ評定を求め られた。6人の人物とは、@好きな同性、A好きな異性、B嫌いな同性、C嫌いな異性、D好きでも嫌いでもない同性、 E好きでも嫌いでもない異性、である。

  Bタイプでは、社会的相互作用のない、未知の人物の行動をビデオに撮り、映像刺激として提示した。刺激人物が ビデオの中でとっている行動は、「親しみやすさ」と「知性」の2次元を想定して作成された。それに性の要因(男、女) を加えた2×2×2の8パターンの人物刺激ビデオを作成した。したがって、刺激人物間では、「親しみやすさ」と「知性」 と「性」は独立となる。
 被調査者は「これから皆さんには、ある8人の人物の行動を撮影したビデオを見ていただき、各人物についてのイメージ を答えていただきます」という教示の後に、映像に映し出された8人の人物に対するパーソナリティ評定が求められた。 具体的には、ビデオプロジェクターを用いて刺激人物の行動をスクリーンに映しだし、各人物ごとの評定を15〜20分の間 で一斉に行った。

  なお、この尺度により算出可能である認知的複雑性得点の算出方法は、林(1976)のTCCを用いた。このTCCの信頼性および 妥当性については、池上(1983)や坂本(1991)、廣岡・山中(1997)でも使用されている点からも、十分な信頼性と妥当性を 持つと判断される。また、結果で示されるTCCは高い得点であればあるほど、評定パターンの一致度が高いことを示している。 つまり認知的複雑性が低く、認知的に単純であることを示す。

 


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結果

  1.パーソナリティ評定尺度の因子構造

 まず、パーソナリティ評定尺度について、4月に収集されたAタイプとBタイプを縦に連結したデータおよび半年後である10月 に収集されたAタイプとBタイプを縦に連結したデータをさらに縦に連結させ、共通性を反復推定する主因子法でバリマックス 回転した。因子はこれまでの先行研究から判断し、3因子とした。結果をTable1に示す。これによると、第1因子から順に、 「社会的望ましさ」の次元、「個人的親しみやすさ」の次元、「活動性」の次元と解釈可能であった。またこの結果は、この 尺度を用いた従来までの研究の因子分析結果とも、ほぼ類似した因子構造になっており、本研究においても林(1978)の認知の 基本3次元が確認されたといえる。





2. TCCおよびパーソナリティ認知次元内TCCの分散分析

  パーソナリティ評定尺度の因子分析の結果をもとに、AタイプとBタイプそれぞれのTCC得点を算出し、時期(4月 or 10月)×住居 (自宅生or下宿生)の分散分析を行い、時期や住居による差異について検討した。

  なお、本研究では、従来のTCCに加えて、TCCを次元ごとに算出することを試みた。その理由は、同一次元内での複雑性を考え てみることが、かつて指摘できなかった認知的複雑性の状況や個人差による差異を析出する可能性はないとはいえないと考えら れるためである。認知的複雑性の状況や個人差による差異を析出を可能にするには、相関の高低を同一次元内で各個人ごとに分 析することが方法論的には考えられるが、データ数など、現実的には困難である。したがって、そういった意味において、次元 内TCCは、今後の一つの指標となりうることが予測される。

  これよりAタイプで、「活動性」の次元に、住居の主効果(F(1,210)=3.67, p<.10)と時期×住居の交互作用(1,210)=3.63, p<.10) に若干の有意傾向がみられたものの、TCCおよび「社会的望ましさ」次元、「個人的親しみやすさ」次元において、時期や住居の主 効果、およびそれらの交互作用による有意な差は認められなかった(Table2)。








  一方、Bタイプでは、時期の主効果が、TCC(F(1,308)=4.91, p<.05)、「社会的望ましさ」(F(1,308)=3.19, p<.10)、 「個人的親しみやすさ」(F(1,308)=7.37, p<.01)、「活動性」(F(1,308)=3.31, p<.10)と、TCCおよびすべての次元内TCCにおいて、 有意および有意傾向がみられた。また、住居の主効果、時期×住居の交互作用についての有意差は、確認されなかった。Figure1〜 Figure4にその結果を示す。




 



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考察

  本研究の結果より、認知的複雑性(TCC)は、Aタイプのように社会的相互作用がある人物のパーソナリティ認知は、時期によって単純 になったり、複雑になったりするということはなく、常にある一定の複雑性をもって認知していることが明らかとなった。また、 Bタイプの社会的相互作用がない人物に対するそれは、大学入学当初の4月において、それから半年後の10月よりも、有意に認知的 複雑性が高くなる、つまりは他者のパーソナリティ認知を単純にしているといえる。したがって、このことは、生活事態変化が及 ぼす対人認知の単純化が、主として相互作用のない未知の他者に向けられた認知の場合に生じる結果であることを示している。ま たこれは、社会的相互作用のある他者との関係の初期における認知的複雑性が、その関係が始まる時期に関わらず、ある程度類似 した様相を見せる可能性があることを意味する。

 また、このように社会的相互作用のない他者に対する認知において、4月が10月に比べて認知が単純になるという結果は、主として 大学入学当初の極端な環境の変化による一時的な対人関係の欠如や、他者との能力次元評価との間に起こる葛藤による要因が考え られる。というのも、4月はその特質上、ソーシャルネットワークの拡大が急務であり、対人関係形成への動機が極めて高くなって いると考えられる。したがって、たとえ未知の他者であろうと、その後の自己との関係を予見することで、他者に対する様々な情報 を得ようとすることで、不特定多数の他者が極めて好意的に見え、他者のパーソナリティ認知を単純に認知している可能性があると いえよう。また、大学入試などによる他者との強い能力次元評価が、他者に対する能力次元、つまりは「社会的望ましさ」次元を 極めて顕現化させる一方で、ソーシャルネットワークの欠如によって、他者を自己との比較対象として見ていられないという可能性 がある。その結果、強い認知的不協和が生じ、それを解消する方向として他者を好ましく、単純に判断を行っていることは大いに考 えられるであろう。

 

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