【考察】
本研究の目的は友人関係の親密化を考える上で、自己の内面を開示することの有効さを友人に対する期待と遂行とのズレとの関係性を同時に見ながら、その友人との親しさ、性差や住まい(自宅・下宿)と絡めて、検討していくことであった。以下は仮説について考察したものである。
1.友人1人目・2人目(想起順)と親密性の関係について
【仮説1】:2番目に想起された友人よりも最初に想起された友人の方が被調査者と
より親しい友人である。
親しい友人を想起する場合、大抵の人が「もっとも」という言葉を付けずとも、自分の中でもっとも親しいと思われる友人を想起するのではないかと考えた。そこで、まず友人関係において“友人”という枠組みは大学生においてどの程度を指し、その中で“親友”と呼べる友人は何人いるのかについて回答させた結果、大学生において“友人”の枠は広く、51人以上の友人がいる者が全体の約30%と多かった。また、その中で、“親友”と呼べる人数は3〜4人という者が全体の約40%を占めていた。つまり、友人という枠組みは現代の大学生にとって顔見知りであったり、挨拶をするだけであったりと、それほど関わり合っていなくとも、“友人”という枠組みに入れて考えている傾向があると考えられる。反対にたくさんの友人がいる中で、“親友”と呼べる友人は少なく、少人数に対して多くの親しみを持っていることがわかる。
仮説1を明らかにするために友人1人目と2人目に想起した友人を“親友”、“仲の良い友人”、“ふつうの友人”、“知り合い程度”のいずれかにラベリングしてもらい、友人1人目と友人2人目の親密度をはかり、その度数分布を示した(Table 5 )。一番割合が高かったのは、友人1で“親友”と選択された群であった。2番目に高かったのは友人2の“親友”、3番目に高かったのは“仲の良い友だち”と選択された群であった。この結果より、“親友”は友人2よりも友人1の方が度数が多く、友人1人目には全体の72%を占める割合で“親友”と呼べる友人をあげていた。また、“仲の良い友だち”と“ふつうの友だち”では、友人1よりも友人2の方が度数が高いことが明らかとなった。“知り合い程度”を選択した被調査者は友人1の約1%と非常に少なかった。
つまり、最初に想起された友人は、2番目に想起された友人に比べて被調査者と親しい関係であることが言える。これは仮説1を支持した結果となった。
また、友人1と友人2を対応させた度数(Table6)より、一番度数が多かったのは友人1と友人2のどちらも“親友”と選択した群であった。次に多かったのは友人1が“親友”、友人2が“仲の良い友人”と選択した群と友人1と友人2のどちらも“仲の良い友だち”と選択した群であった。友人1、友人2のどちらも“ふつうの友だち”と選択した被調査者は2人と非常に少ないものの、同じ選択をした被調査者は全体の約68%と半数以上を占めた。友人1と友人2のどちらも“親友”、“親友”と“仲の良い友人”、“親友”と“ふつうの友人”というふうに友人1の方がより親しいと思っている人数は全体の約72%と大部分を占めていることがわかる。このことから、友人1は友人2と同等もしくはより親しい友人であることがわかる。これも、仮説1を支持する結果となった。
2.自己開示について
【仮説2】:2番目に想起された友人よりも最初に想起された友人との方が互いによ
り多くの自己開示を行っている。また、男性よりも女性、自宅生よりも下
宿生の方がより多くの自己開示を行っている。
対人関係の形成や発展において自己開示(self-disclosure)が重要な役割を果たしていることは多くの研究者が指摘している。友人関係の親密化とは、互いの自己開示を通じて交換された情報から徐々に明らかになった類似・異質点を当事者がそれぞれに受け止め、課題解決を目指す上で相互に関与し合うことを学習し、その当事者間の独特な役割行動を遂行するよう期待し合い、影響力を増していく過程と捉えることが出来る。このことより、親しい関係であれば、多くの自己開示を行っているのではないかと考えた。
仮説1で、友人2よりも友人1の方が被調査者とより親しい関係であることが確認された。そこで、想起順による自己開示量を比較するために自己開示10項目における友人1、友人2の回答を1つにまとめ、自己開示得点とし、1要因分散分析を行った(Table 9,10 )。その結果、自己開示について想起順に有意な差があった。これは2番目に想起された友人よりも最初に想起された友人の方が自己開示をより多く行っていることを表している。
つまり、親しい友人ほど、自己開示を多く行い、互いの内面を相手に伝えているということが明らかにされたのである。これは落合ら(1996)が述べたように「大学生の年齢になると、友達とは、本音を出し心をうちあけて話ができ、互いに関わり合えるようなつきあいをしようとしている」ということを支持するものではないだろうか。また、高木(1992)は「関係が親密な場合、人は相手に対して既に豊富な情報を持ってい」て、「それに比べて関係が親密でない場合には、被開示者は開示者に対して十分な情報を持っていないことが予想される」ということも支持しているといえるだろう。
よって、親しい友人になるためにはそれまでの互いの自己開示による情報交換が必要となり、より多くの情報を取り込み、互いに認知し合うことでより関係を深めていっている
ことがわかる。対人関係を築く上で、自己開示はとても有効なものであるということが明らかになった。
榎本(1999)は青年期の友人関係において男女差が顕著であるということを述べている。落合ら(1996)も同じように男女によって友人との付き合い方が異なると述べている。そこで、青年期の友人関係において男女差が顕著であるということが自己開示においても確認できるか確かめるために、自己開示と性差×住まい(自宅・下宿)の2要因分散分析を行った(Table11〜14、Fig.4,5)。
この結果により、まず友人1と友人2において性の主効果が見られた。つまり、友人1と友人2において男性よりも女性の方が友人に対して、多く自己開示していることがわかった。これは和田(1993)が述べたように「女性の方が男性よりも、自己開示すること、相互依存することを同性の友人に望んでいること」が支持されたことになるだろう。こうなった理由としては、落合ら(1996)は「女性は男性に比べてつきあう相手を限定したり選択したりしないつきあい方をしていること」が明らかであり、「また友人と理解し合い、共鳴しあうといったお互いがひとつになるような関係を望んでいることが多く、男性は自分に自信を持ち、友だちとは自分とは異なる存在であるという認識を持って友だちづきあいをしている傾向がある」からであろう。
次に、住まい(自宅・下宿)には友人1において、有意傾向が見られた。この結果から、自宅と下宿という住まいのように条件の違いによって、会う機会が異なるため、自己開示を行う機会が異なるということが言えるのではないだろうか。
3.「友人への期待と遂行とのズレ」と自己開示の関係について
【仮説3】:友人との自己開示を多く行っている者は友人への期待とその友人からの
実際の行動について比較すると、その友人に対して期待よりも実際の行動
の方が多いと思っている。
友人関係において、期待に照らして相手からの遂行が十分で無いときには相手に不満感を喚起させ当該関係からの離脱も予想され、期待と遂行とのズレ量は、相手への満足・不満足と関わりの深い変数であると考えられるのではないかと考えた。期待に照らして相手からの遂行が“期待以上”か“期待通り”か“期待はずれ”かで、今後の友人関係を築いていく問題につながっていく。そして、役割行動を巡る相互の期待と遂行とのズレは、当事者間の自己開示によって交換されてきた情報によるところが大きいと言えるのではないかと考えた。つまり、相手の役割行動が“期待以上”と思っている者は対象者との自己開示をより多く行っているのではないかと考えられる。
そこで、友人1と友人2において、因子別に遂行得点から期待得点を減じて、全対象者のズレ量を算出した(Table 16 )。まず、友人1と友人2のそれぞれにおいて、友人期待尺度の因子分析によって得られた各因子の「期待と遂行とのズレ」と各自己開示得点との相関係数を求めた。
その結果(Table17)、友人1の「相互受容性」因子のズレ得点と自己開示得点、友人1の「類似性・摩擦回避」因子のズレ得点と自己開示得点との間に値は低いものの有意な正の相関がみられた。つまり、友人1への『相互受容性』、『類似性・摩擦回避』の期待が遂行よりも大きい人は友人1との自己開示量は少なく、期待が遂行よりも小さい人は友人1との自己開示量は多いという可能性が示唆された。同時に友人1との自己開示量が多い人は友人1への『相互受容性』、『類似性・摩擦回避』の期待が遂行よりも小さく、自己開示量が少ない人は友人1への『相互受容性』、『類似性・摩擦回避』の期待が遂行よりも大きいという可能性が示唆された。この結果は友人1においてのみであった。以上の結果より、友人2より友人1の方がより親しく、さらに多く自己開示を行っていることから、友人1においては後者に述べたように自己開示量が多いために『相互受容性』、『類似性・摩擦回避』の期待が遂行よりも小さく、“期待以上”と思っている人が多いと考えられる。【仮説3】に書いたように友人と自己開示を多く行っている者は、友人に対する期待よりも実際の行動の方が多く行われているという仮説を支持したと言える。
友人1、友人2それぞれについて、「期待と遂行のズレ」と自己開示について相関関係を見たところ、友人1において若干の正の相関は見られたものの、友人2においては有意な相関は見られなかった。しかし、下斗米(2000)は期待に照らして相手からの遂行が“期待以上”か“期待通り”か“期待はずれ”かで、今後の友人関係を築いていく問題につながっていくということを述べている。このことに従い、期待得点と遂行得点が友人1と友人2にそれぞれに異なっているために友人1・友人2の期待と遂行とのズレ量の分布により、期待よりも遂行の方が大きい意味である正のズレ量を示す上位1/3程度を“期待以上”に、中位1/3程度を“期待通り”に、そして負のズレ量を示す下位1/3程度に属するものを“期待はずれ”に感じている者であると捉え、対象者をこれら3つの群に分類した。そして、友人1・2ごとに、自己開示得点と“期待以上”、“期待通り”、“期待はずれ”との関係性を見た。
その結果、友人1において、「相互受容性」因子、「類似性・摩擦回避」因子のそれぞれに3群に5%水準で有意な差があったが、友人2にはどの効果もみられなかった。さらに、友人1について、Tukey法による多重比較を行ったところ、「相互受容性」因子では、“期待通り”と“期待はずれ”との間に有意な差があり、「類似性・摩擦回避」因子では“期待以上”と“期待通り”との間に有意な差があった。よって、友人1において、「相互受容性」に関する期待と遂行とのズレがなく“期待通り”と感じている者の方が、遂行が期待よりも小さく“期待はずれ”と感じている者よりも、より多くの自己開示を行っていることが明らかになった。つまり、自分のことをありのままに受け止めてくれたり、自分を必要としてくれるような期待には満足いく遂行がなされており、友人関係を維持する結果が出ていることがわかった。
また、友人1の『類似性・摩擦回避』の因子においては遂行が期待よりも大きく“期待以上”と思っている人は、遂行が期待よりも小さく“期待はずれ”と思っている人よりも多く自己開示していることがわかった。つまり、考え方が似ていて欲しいと言うような期待には思っているよりも多く遂行がなされていて、より親密な関係を築いていこうとするような結果となった。しかし、自己開示が多く行われていて大きな期待を相手にしてしまい、“期待はずれ”と感じてしまっている人もいるのではないだろうか。
高木(1992)は、「自己開示は、友人に対する魅力に大きな影響を与えるものであり、特に重要なのは開示内容の望ましさである」としている。自己開示を多く行っている者が期待と遂行の関係において、“期待通り”や“期待以上”と思っているという結果であったが、被調査者が“期待通り”や“期待以上”と思う理由として、自己開示は量だけではなく、自己開示を行う際の開示内容が期待よりも遂行を大きく感じさせているのではないかとも考えられる。
4.総合考察
以上のようないくつかの観点からの考察を踏まえ、本研究で明らかになったことを簡潔に述べる。
親しい友人を想起する際、人は自分ともっとも関係が深く、親しい友人をあげる。その親しい友人は“親友”、“仲の良い友人”、“ふつうの友人”のどれであるかは人それぞれではあるが、その人の中でももっとも親しい友人であることが言えるとわかった。
対人関係の形成や発展において自己開示(self-disclosure)が重要な役割を果たしていることは多くの研究者が指摘している。友人関係の親密化とは、互いの自己開示を通じて交換された情報から徐々に明らかになった類似・異質点を当事者がそれぞれに受け止め、課題解決を目指す上で相互に関与し合うことを学習し、その当事者間の独特な役割行動を遂行するよう期待し合い、影響力を増していく過程と捉えることが出来る。このことより、親しい関係であれば、多くの自己開示を行っているのではないかと考えた。その結果、親しい友人ほど、自己開示を多く行い、互いの内面を相手に伝えているということが明らかにされたのである。これは落合ら(1996)が述べたように「大学生の年齢になると、友達とは、本音を出し心をうちあけて話ができ、互いに関わり合えるようなつきあいをしようとしている」ということを支持し、また、高木(1992)が述べたように「関係が親密な場合、人は相手に対して既に豊富な情報を持っていて、それに比べて関係が親密でない場合には、被開示者は開示者に対して十分な情報を持っていないことが予想される」ということも支持しているといえるだろう。つまり、親しい友人になるためにはそれまでの互いの自己開示による情報交換が必要となり、より多くの情報を取り込み、互いに認知し合うことでより関係を深めていっていることがわかるだろう。対人関係を築く上で、自己開示はとても有効なものであるということが明らかになった。
次に榎本(1999)は青年期の友人関係において男女差が顕著であるということを述べている。落合ら(1996)も同じように男女によって友人との付き合い方が異なると述べている。そこで、青年期の友人関係において男女差が顕著であるということが自己開示においても確認できるか確かめた。なお、自己開示を行うためにはその友人とより多く会う機会が必要となり、自宅生よりも下宿生の方が友人と会う機会がより多いと考えられるため、住まい(自宅・下宿)の違いがあるということを確認するため、性差と同時に住まいの違いも確認した。この結果、友人1と友人2において男性よりも女性の方が友人に対して、多く自己開示していることがわかった。これは和田(1993)が述べたように「女性の方が男性よりも、自己開示すること、相互依存することを同性の友人に望んでいること」が支持されたことになるだろう。こうなった理由としては、女性は男性に比べてつきあう相手を限定したり選択したりしないつきあい方をしていることが明らかであり、また友人と理解し合い、共鳴しあうといったお互いがひとつになるような関係を望んでいることが多く、男性は自分に自信を持ち、友だちとは自分とは異なる存在であるという認識を持って友だちづきあいをしている傾向があるからであろう(落合ら、1996)。
自宅と下宿という住まいのように条件の違いによって、会う機会が異なり、自己開示の量も異なるということが言えるのではないかと考えられる。今回の結果からは、自宅生よりも下宿生の方がより多くの自己開示を行っているという可能性が考えられる。
期待に照らして相手からの遂行が“期待以上”か“期待通り”か“期待はずれ”かで、今後の友人関係を築いていく問題につながっていく。そして、役割行動を巡る相互の期待と遂行とのズレは、当事者間の自己開示によって交換されてきた情報によるところが大きいと言えるのではないかと考えた。つまり、相手の役割行動が“期待以上”と思っている者は対象者との自己開示をより多く行っているのではないかと考えた。
その結果、自己開示量が多いために『相互受容性』『類似性・摩擦回避』の期待が遂行よりも小さく、“期待以上”となることがわかった。しかし、自己開示が多く行われ相手に大きな期待をしてしまい、“期待はずれ”と感じてしまっている人もいることがわかった。つまり、【仮説3】に書いたように友人と自己開示を多く行っている者は、友人に対する期待よりも実際の行動の方が多く行われているという仮説を支持したと言える。
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