進路決定に対する自己効力と
自我同一性及び自己統制感との関連

―中学生を対象とした追跡的研究―

教育学研究科 201M010 宮崎太一

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自己効力(self-efficacy):ある課題を遂行できる可能性についての自分自身の判断(自信)。特定の課題に対する積極的な行動や、努力、忍耐強さを予測する上で重要な概念である。また自己効力は、それを高めることによって、個人の行動を改善することができるとされている。


T 問題と目的
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1.問題と目的
 平成13年度の高等学校中途退学者数は104894人であり、中途退学率は2.6%にのぼる。中途退学 の理由は、「学校生活・学業不適応」が38.1%と最も多く、次いで「進路変更」が36.3%となってい る。このことについて、以前から、中学校の進路指導が学業成績によって振り分け的に行われたため、 無目的進学や不本意入学が生じて不適応を生むという指摘がなされてきた(文部省,1994)。
 この問題を考える上で、「進路決定に対する自己効力」は重要な概念である。「進路決定に対する自 己効力(Career Decision-Making Self-Efficacy ; CDMSE)」とは、進路を選択する過程で必要となる 行動についての自己効力であり、積極的な進路決定行動や、その中で生じる問題や困難に対処するた めの力と関係があるとされている。

 本研究では、これまであまり扱われていない、一般的な心理的特性が進路決定に対する自己効力に 影響を与える可能性について焦点を当てる。その意義は、次の様なものである。
 Bandura(1995)は自己効力の形成において、忍耐強い努力によって障害に打ち勝つ体験(制御体 験)をすることや、そのような他者の体験を観察すること(代理体験)の重要性に言及しているが、 進路選択は機会そのものが少なく、中学生にとって自己効力をこのような体験によって高めることは 難しい。進路決定に対する自己効力について、一般的な心理的特性の影響を検討することは、進路指 導への応用という面からも有用であると考えられる。
 また、先行研究において、自尊心(self-esteem)との関連も指摘されているが(長谷川,1999)、 Damon(1983)は、自尊心は自分自身に対する肯定的又は否定的な評価の程度を測定しているのみ であり、自己概念の性質を表現するものとしては不十分であると指摘している。

 そこで本研究では、自我同一性(Ego Identity)と自己統制感(Locus of Control)という概念を用 いて、中学生の進路決定に対する自己効力への影響について検討したい。そして、青年期の自我の在 り方や行動に関する信念が、進路意識にどのような影響を与えるかについて明らかにしたい。なお、 これまでの進路に関する自己効力研究や自我同一性研究において男女差の有無に焦点を当てたものが 多いため、分析は全体のものと男女別のものを行うことにする。

2.自我同一性の影響に関する予想
 谷(2001)は、自我同一性に関するErikson(1959)の記述をもとに、自我同一性には以下のような4つの側面があることを指摘し、またこれらを測定する尺度を作成している(各側面の詳細はTable 2を参照)。

 また、鑪(1995)は、自我同一性の機能について次のように述べている。  自我同一性の各側面の意味とこれらの記述から判断して、「対自的同一性(自己意識の明確さの感覚)」や「心理社会的同一性(自分と社会との適応的な結びつきの感覚)」が、進路決定に対する自己効力に影響を与えることが予想される。

3.自己統制感の影響に関する予想
 Damon(1983)は、内的な自己統制感(自分の能力によって結果がコントロールされているという信念)は、世界が自分の意志に敏感に反応するという期待を必要とし、世界の出来事や人々からの反応が長時間ないという生育史をもつ子どもは、内的な自己統制感の発達面で明らかに不利であると述べている。よって、測定された自己統制感は、個人の過去の体験の性質をある程度反映しており、制御体験をその源泉として持つ自己効力と関連性があると考えられる。
 またLuzzoら(1996)の研究では、自らの進路発達に対して外的な自己統制感(運や他者によって結果がコントロールされているという信念)を持つ人に、進路選択での成功を努力や忍耐に帰属することを強調するビデオを見せると、進路決定に対する自己効力が高まることが確認されている。
 これらのことから、自己効力と自己統制感とはある程度の関連性をもち、また自己統制感が進路決定に対する自己効力に影響を与えることが予想される。

4.本研究における予想
 自我同一性の側面うち「対自的同一性」と「心理社会的同一性」の確かさ、そして自己統制感の高さは、進路決定に対する自己効力の高さに影響している。
 すなわち、測定された「対自的同一性」と「心理社会的同一性」、そして自己統制感は、それ以降に測定された進路決定に対する自己効力と有意な正の相関を示し、かつ重回帰分析において有意な正の標準偏回帰係数が得られる。


U 方法
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1.調査対象
 三重県内の公立中学校に通う中学3年生447名(男子237名、女子210名)。

2.調査期間及び手続き
 第1回調査は2002年7月下旬、第2回調査は2002年10月下旬に行われた。以下の3つの尺度が含まれた質問紙が、各中学校のクラス単位で一斉に実施された。

3.調査内容 
(1)中学生用進路決定に対する自己効力尺度(Career Decision-Making Self-Efficacy尺度 ; CDMSE尺度)
 長谷川(1995)が中学生用に作成したものを用いた。15項目からなり、「目的意識・課題解決」「情報収集・主体的計画」「自己理解・主体的決定」の3つの下位尺度がある。
(2)多次元自我同一性尺度(Multidimensional Ego Identity Scale ; MEIS)
 谷(2001)が作成したものを用いた。20項目からなり、「自己斉一性・連続性」「対他的同一性」「対自的同一性」「心理社会的同一性」の4つの下位尺度がある。
(3)成人用一般的Locus of Control尺度(以下、自己統制感尺度)
 鎌原ら(1982)が作成したものを用いた。18項目からなり、得点が高いほど、内的な自己統制感をもっており、逆に、得点が低いほど、外的な自己統制感をもっていることを表す。


V 結果と考察
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1.各質問紙尺度の因子構造の検討
 7月及び10月の調査によって得られた有効データを縦に連結し、7月+10月のデータ(2N=447×2=894)を用いて、主因子法・プロマックス回転による因子分析を行った。
(1)CDMSE尺度
 ・「将来展望」…将来の生き方や目標に対する明確さを問う(4項目)
 ・「主体的決定」…主体的な進路決定の自信を問う(6項目)
 の2因子構造。(Table 1)信頼性係数αは.76〜.82、再検査信頼性はr=.60〜.67 であった。


(2)MEIS
 2つの項目が削除された以外は、「自己斉一性・連続性」「対他的同一性」「対自的同一性」「心理社会的同一性」と谷(2001)と同じ4因子18項目を採用。(Table 2) 信頼性係数αは.78〜.90、再検査信頼性はr=.57〜.75であった。


(3)自己統制感尺度
 先行研究と同じ全18項目を採用。信頼性係数αは.77、再検査信頼性は.70であった。
 信頼性係数及び再検査信頼性は、いずれの尺度においても問題ないものと判断した。

2.CDMSEに対する自我同一性、自己統制感の影響
 7月のMEISの各下位尺度及び自己統制感尺度と、10月のCDMSE尺度との単純相関、 そして重回帰分析における説明変数(MEIS、自己統制感尺度)同士の単純相関を男女別に算出した。(Table 3)
 また、7月のMEISの各下位尺度及び自己統制感尺度を説明変数、CDMSE尺度を目的変数として、重回帰分析を男女別に行った。(Table 4)


(1)「将来展望」について
 男女ともに、「対自的同一性」の比較的強い影響が認められた。男子では、「自己斉一性・連続性」(β=−.16 )と「心理社会的同一性」(β=.15)の標準偏回帰係数が有意になったが、いずれもかなり弱いものであった。また、調整済みR2も、男女ともにやや弱いが有意な値であった。よって、予想は一部ではあるが支持されたと言える。このことから、自我同一性のいくつかの側面のうち、自己意識の明確さ、自分のしたいことや為すべきことに対する明確さが、長期的な将来の見通しに対する自信に影響することが明らかになった。

(2)「主体的決定」について
 男子では、「対自的同一性」(β=.31)の、女子では、「心理社会的同一性」(β=.25, p<.001)の弱い影響が認められた。また、それぞれの調整済みR2は.16〜.17であり、かなり低い値であった。よって、予想はあまり支持されなかったと言える。
 また、性別によって影響する側面が異なる可能性が示されたものの、それぞれの影響力や係数の差も小さいものであり、またTable 1より「対自的同一性」と「心理社会的同一性」は相互に関連しているため、これを性差として解釈することは控えることにする。このことを踏まえて、次のように考察したい。すなわち、進路決定に対する自己効力のうち、「主体的決定」に対しては、自我同一性は全体的に弱い影響力しか示さなかったが、その中でも、「対自的同一性」と「心理社会的同一性」が、若干ではあるが影響する可能性をもっていることが示唆された。


W 総合的考察
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1.自己統制感について
 進路決定に対する自己効力とは弱い関連が示されたのみで、その影響は確認されなかった。たとえこれまでの経験によって「様々な結果は、自分自身の働きかけがコントロールしている」という信念を持っていたとしても、進路決定を行う上での自信には必ずしもつながらないのかもしれない。このことは、言い換えれば、中学生にとって進路決定がこれまでの経験や信念から予想することの難しい事態であるということを表しているとも考えることができる。

2.関連や影響の見られなかった要素について
(1)自己斉一性・連続性
 鑪(1995)は、自己の時間的な連続性がなければ将来への展望をもつことができないと述べているが、同時に、それは主に病理的な問題とみなされることが多く、我々は将来があやふやであっても自己の連続性を確信して生活しているとも述べている。このことから、一般的な中学生を対象とした本研究においては、進路決定に対する自己効力との関連が見られなかったものと思われる。
(2)対他的同一性
 他者から見られている自分と本来の自分自身との一致という感覚は、自分自身の進路決定に対する自信(自己効力)とは概念的にやや異なるため、関連が見られなかったのではないかと思われる。
(3)要素間の関連性
 「対自的同一性」以外の自我同一性の側面、及び自己統制感は、進路決定に対する自己効力との関連やこれに対する影響があまり確認されなかった。しかし、これらの要素は相互に関連しており、何らかの要素を通して、別の要素が間接的に自己効力に影響を与える可能性が考えられる。これからの研究において、自我同一性の各側面や自己統制感について、発生あるいは問題となる順序などの知見が蓄積されていくことが望まれる。

3.本研究の成果
 本研究では、進路決定における「自己効力」概念の重要性を論じた上で、中学生の進路決定に対する自己効力にとって、青年期の自我同一性や自己統制感がどのような影響を与えるかについて検討してきた。
 その考察の結果、短期的な進路決定課題(「主体的決定」)については、これらの影響が明確には確認されなかったものの、長期的な将来への見通し(「将来展望」)に対しては、自己意識や自己理解の明確さといった側面が、重要な影響を持っていることが明らかになった。
 つまり、自分に合った進路を選択することや、そのことを周囲に対して説得的にアピールするというような、比較的身近に迫っている進路決定課題に対しては、自我同一性や自己統制感はあまり影響力を持たない。しかし、将来の生き方について考えることや、将来の目標に向けて計画を立てるといった長期的な視点での将来への見通しには、自我同一性の側面のうち特に自己意識や自己理解の明確さが、重要な役割を果たすことが示された。
 このことは、中学生が自分自身を見つめて、自己意識を明らかにし自己理解を深めることが、将来の計画や生き方についての考えを確かなものにしていく可能性を示したと言える。

自分自身の内面を見つめることを援助するような進路指導によって、
将来への見通しを持った進路決定をサポートしていくことが大切

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