【問題と目的】


  教育実習は、教員養成系大学の学生にとって大きな意味を持つ体験であるといえる。実習生は教育実習の中で、子どもとの関わり、授業などといった実習生自身の課題への活動、それらに対する不安、緊張などの心理的な揺れを経験したりすることになる。このようなさまざまな状況と向き合うことで、実習生は成長していくと考えられ、それらは佐藤・井島(1976)などによって明らかにされつつある。
  ところで、教育という営みにおいては教師と子どもの人間関係が重要な要素となり、実習生が体験する、教師という視点から子どもとの人間関係について考えてみると、教師からの子どもに対するパーソナリティ認知が果たしている役割は極めて大きいといえる。森元・宮本(2000)は、教師の児童に対するパーソナリティ認知によってお互いにすれ違った状況を作り出していることを明らかにし、さらに、佐藤・井島(1976)、吉田・佐藤(1991)は、実習生にとって子どもの認知の変化が教育実習の成否を左右する重要な契機となることを述べている。しかし、これまでの教育実習における研究では、実際に実習生が体験する教育実習に対する意識、感情、態度、状況などの要因と実習生の児童・生徒に対するパーソナリティ認知との関連を縦断的に比較・検討した研究はほとんどみられない。
  さて、教師は、認知される児童・生徒側の中心的なパーソナリティ特性によって教師の認知が影響を受けることや、認知する側の教師も暗黙のうちに児童・生徒のもつパーソナリティ特性の情報を主観的に選択しながら認知を行っていることが明らかになっている。また、いくつかの研究から、実習生は教育実習の過程で、授業、人間関係、健康管理などに対する不安や緊張を抱きながら児童・生徒の認知を行っていることが明らかにされ、教師として児童・生徒に接する実習生においては、この状況要因が実習生の児童に対するパーソナリティ認知に影響していると考えられる。また、児童・生徒に対する認知が、実習生のさまざまな状況の変化により、時系列的な変化をしていく可能性も示唆されている。

  以上のことから、本研究では、実習生の児童に対するパーソナリティ認知の変容を縦断的に検討していくことを主な目的とする。しかし、本研究のような教育実習における縦断的な研究では、被験者である実習生から統計的分析に耐えうる量のデータを得ることが困難であることため、本研究では、実習生の変化についてケーススタディ的な視点から研究を行なうこととする。このような視点から研究を行なうことにより、教育実習体験における実習生の変化の過程をより鮮明にしていくことができるであろう。また、廣岡(1985)の状況評定尺度を用いることにより、実習生のおかれる状況の変化を時系列的に検討することや、状況要因が児童に対するパーソナリティ認知に影響を与えている可能性についても検討する。さらに、児童に対するパーソナリティ認知を、「子ども観(具体的な児童の行動や態度から想起された児童に対するイメージ)」、「児童パーソナリティ評定(概念的な児童に対するパーソナリティ認知)」、「各児童に対するパーソナリティ評定(実際に接したクラスの児童一人ひとりに対するパーソナリティ認知)」、および、「認知的複雑性(児童に対するパーソナリティ認知の複雑性)」の4方向から。そして、状況要因を、「教育実習イメージ(教育実習状況の認知)」と「児童から抱かれる自己イメージ(相互自己評定による自己の状況評価)」の2方向から調査することにより、実習生の児童に対するパーソナリティ認知と教育実習体験による状況要因との関連を多角的に分析する。また、実習生が教育実習によって受けた影響として教職イメージをとりあげ、児童に対するパーソナリティ認知の変化と比較・検討することによって、児童に対するパーソナリティ認知が、教育実習体験を経た実習生の変化に与える影響について、その可能性を検討していく。