[全体考察]


1. 全体考察
2. 課題


 本研究では、個人内要因である自尊感情の高さと安定性の二つの次元が、自己開示に伴って生起する抵抗をより大きくさせたり小さくさせたりというように関連するということが確認された。また、自尊感情の高さと安定性の二つの次元が実際の開示行動へも関連することが明らかになった。さらに開示行動を規定する抵抗を検討すると、どの抵抗の側面が開示行動に抑制的にあるいは促進的に作用するかということにも自尊感情の高さと安定性の次元が関連することが分かった。さらに本研究では、親しい友人とカウンセラーという自己開示することが前提となるような二つの状況を設定し、検討した結果、状況によって抵抗の持ち方、開示度、ならびに開示度を規定する抵抗に差異が生じることが確認された。加えてこれらの状況による差異には、自尊感情の高さと安定性の次元が関連することも示された。

 つまり、片山(1996)では、自尊感情の高い者において、開示することで他者の自分に対する印象を低下させるということを懸念する抵抗を大きく持ち、それが開示行動を抑制させるが、深刻な出来事を経験しても自己が傷つきにくく、自己の傷つきを予想して開示への抵抗が大きくなったり開示行動を抑制させることがないということ、一方自尊感情が低い者において、他者に内面性の高い内容を話すとき自己が傷つくことを予想して開示への抵抗を大きく持ち、開示行動を抑制させるということを指摘している。
 しかし、本研究ではこれらの結果は必ずしも当てはまらないことが示された。すなわち、自尊感情の高さの次元だけでなく安定性の次元を含めて検討すると、片山(1996)の指摘した自尊感情の高い群が示した様相は、本研究における自尊感情が高く、なおかつそれが安定している群にのみ言えることであった。むしろ、自尊感情が高くてもそれが不安定である群は、自尊感情の低い群と同様に自己の傷つきを予想して抵抗を大きくするのである。ここから、目的に挙げたような、自尊感情が高いからこそむしろ抵抗を大きくするという事態が説明できる。すなわち、自尊感情が高くともそれが不安定であれば、その高さが動揺するような出来事が起こったときその事態を避け、高さを維持するように防衛的に抵抗を抱くということである。以上より、自尊感情が高い、低いという高さの次元だけでは自己開示に対して生じる抵抗、すなわち自己の傷つきへ防衛的に働く抵抗について説明するには説明しきれず、その高さが安定的であるか不安定であるかという安定性の次元も含めて検討することの重要性が示されたと言えよう。

 また、本研究で抽出された自己開示への抵抗の「不開示の信念」という因子は、実際の開示行動を規定する重要な抵抗の側面であった。自尊感情の高さ、安定性による4つの群全てにおいて、自己開示に対する抑制因子になるのである。
 しかし、この「不開示の信念」が開示を抑制しない状況もあり、それは自尊感情が高く安定している者がカウンセラーに対して自己開示する状況であった。自尊感情が高い者はカウンセラーへ選択的に自己開示して悩みを解決しようとすることが確かめられたが、特に自尊感情が高く安定しているとカウンセラーへ開示するということに積極的に悩みを解決しようという意義を感じていることが示されたと言える。
 反対にこの「不開示の信念」を強く持つのは自尊感情が低く安定している者である。自尊感情が低く安定している者は、開示することが前提となるような二つの状況のどちらにも開示度が小さいことが示され、その開示度の抑制に「不開示の信念」が特に大きく影響しているのである。さらに、自尊感情が低い者は二つの状況の内どちらをより選択的に開示するかという点については、どちらも同程度に開示するということが示され、その程度は小さく、悩みを持っていても友人に対してもカウンセラーに対しても同様に話さないということが明らかとなった。つまり、自尊感情の低い者にとってカウンセラーに悩みを話すということが意義あることとして捉えられていないということである。むしろ、自尊感情の低い者はカウンセラーに対して話すということに怖れを抱き、選択的にカウンセラーへ「不開示の信念」を持っていることが分かった。
 加えて、「不開示の信念」をどの程度持つかということについては、自尊感情が低くても安定していれば他の群と同程度に持つということが確認されている。
 これらを通してみると、自尊感情が低く、なおかつそれが安定している者は、解決すべき悩みを抱えていると推察されるが、本人がそれをどのように解決するかということに対して、カウンセラーへ開示し解決していくということが選択されないということが見て取れるのである。その理由というのも、悩みは人に話すものではないし、悩んでいる姿も人に見せるものではないという信念によるもので、そのような信念はカウンセラーに対してより一層強く持っている。我々からは、自尊感情が低く安定しているということに何らかの変化を与え、より自尊感情を高めたり少なくとも低いまま安定しているという事態を抜け出すことが必要ではないかと見える。しかし、本人は悩みを人に話すものではないと強く堅く思いこんでおり、かつ一般に悩みに取り組み解決を図るところとして捉えられるカウンセラーへの開示について怖れを抱き、開示しないという姿勢を強固に持つのである。したがって、自尊感情の低く安定している者に対してカウンセラーへ開示しともに解決に向かって取り組もうと勧めることは非常に困難なことであるということが示唆される。
 それならば、親しい友人がその役目を担えるのかといえば、自尊感情の低く安定している者は開示することで友人が自分から離れていくだろう、否定的な評価をするだろうということを予測しながら開示を促進させるのである。ここからは、友人への開示が自尊感情を高めるように作用するのではなく、むしろその低さを自ら安定させようとしている姿が伺える。つまり、自尊感情の低く安定している者にとって、その低さが動揺することは自分に対し脅威的なことになり、低さを低いまま安定させることをより望むという可能性もあるということである。これらから、自尊感情の低く安定している者にとって自己開示は本人の保っている精神的健康の水準を動揺させる可能性があるということを含めて、自己開示の意味を考察していく必要があると言えよう。なお、同じように自尊感情が低い者であってもそれが不安定であれば、「不開示の信念」はより小さく持つことになり自尊感情の低さをなんとかしよう、高めようとする姿が伺えるのである。

 以上のように、自尊感情の高さと安定性の次元から自己開示への抵抗、開示度について考察してきたが、ここで改めて確認すべきことは、自尊感情の高さの次元と安定性の次元の関連である。すなわち、自尊感情の高さと安定性の二つの次元は、それぞれ独立しているのではなく、高さの次元に安定性が関わってその高さが規定されていることが明らかになった。個人的特性として自尊感情の安定性の次元を指摘したKersis,M.H.,Gannemann,B.D.,Barclay,L.C.(1989)や、本邦で自尊感情の安定性の次元を用いて研究を進めている小塩(2001)では、自尊感情の高さと安定性との関連を相関でもって確かめており、それぞれ有意な相関がないということを示しているのみであった(順に、r= -.10,p>.48;r= -.11,n.s.)。
 しかし、本研究で確かめられたところは、自尊感情の高さと安定性の逆U字の関係であり、線形的関係ではないが明らかに関連があることである。したがって、本研究において自尊感情の高さと安定性とが相互に関連のない独立した次元であるのではなく、自尊感情の高さという次元があり、それが変動しやすいのか安定しているのかという安定性の次元が関わることで、安定的であることがその高さがより高いものとなったり、より低いものとなったりし、変動しやすさのために相対的に高い自尊感情であってもより高いものとはならず低くなることを含んだ高さとなり、反対に低いといえども変動しやすいということから高くなる可能性を含んだ低さとなることが示されたのは、重要なことであると言えよう。このような自尊感情の高さと安定性の関連を考慮した上で、自尊感情が関連する自己開示への抵抗、開示度、開示度と抵抗との関連について検討することは、自己開示に関わる個人内要因を検討する上で重要なことであった。

 なお、本研究で用いた自尊感情の安定性尺度は、先行研究で用いた、4日から7日の間毎日評定される自尊感情尺度の個人内の標準偏差(Kernis et al.,1993)によって測定されるものとは異なる。
 本研究では、自尊感情尺度の各項目についてどの程度感じているかということが、いつでも誰と一緒にいても変わらないか否かを直接的に問い、本人が感じているところの自尊感情の安定性を測定した。先行研究で測定されている自尊感情の安定性と、本研究で測定した安定性との関連はなく、相互に異なる自尊感情の安定性の側面を測定したことが明らかとなった。しかし、本研究で問題となるのは、自尊感情が動揺する可能性の含まれる自己開示という事態で、いかに個人が抵抗を持ったり、悩んだ末開示を決定したり、ということに自尊感情の高さと安定性の次元がどのように関わっているかということであった。したがって、本研究で測定したように、本人が自分がどの程度人や状況によって変動しやすいと感じているかということがより自己開示という行動に関連していると考えられ、このように自尊感情の安定性の側面を測定したことは重要であったと言えよう。





 最後に本研究より残された課題を2点挙げる。第一に、上述したとおり、本研究で測定した自尊感情の安定性と、先行研究で測定される自尊感情の安定性がそれぞれ自尊感情の安定性の異なる側面を測定している可能性が示唆された。しかし、本研究で先行研究に沿って自尊感情の安定性を測定したものは、その被験者が20名という少数であった。ここから、より多数の被験者でもって再度、本研究で測定した自尊感情の安定性と、先行研究で測定される自尊感情の安定性との関連について検討する必要がある。
 第二に、自己開示をどの程度するかという開示度についてである。本研究の結果より開示が前提となりうる二つの状況において開示度が異なることが示された。開示対象者によって開示度が異なることは数多くの先行研究によって指摘されていることであるが(例えば、広沢,1990)、本研究で設定した親しい友人とカウンセラーはどちらも開示してもよいという状況である。これら二つの状況間に開示度の差があることに対し、本研究では自尊感情の高さと安定性から説明を試みたが、さらに自尊感情の高さと安定性と関わって両者においてもたれる開示規範や両者において設定される開示の目標という側面も作用していると考えられる。本研究で見られた自己開示と自己開示への抵抗の関連をさらに検討するために、二つの状況における開示度に作用する状況による要因について検討を進める必要性が示唆されよう。