1.自己成長欲求
2.自己受容(self-acceptance)
3.時間的展望(time perspective)
4.自己受容と時間的展望
5.自己受容・時間的展望と自己成長欲求
6.自己受容・時間的展望と精神的健康
7.自己受容性の諸側面が自己成長欲求・精神的健康に与える影響
8.本研究の目的
1.自己成長欲求
先に述べたように、マズローは、人間は誰しもが生まれながらにして、自らを高め、成長しようとする欲求を持っていると述べた。また、井上(1998)は、自己を高め成長させたいという欲求は人間のもっとも基本的な欲求の一つであると述べている。
大学生においては、自らをより高めようとする欲求などが、日々の生活や将来選択などに大きく影響していると考えられる。たとえば、大学生の生活は比較的自由であると考えられ、その自由な時間において、どのような行動を選択するかは大学生に任される面が多いだろう。その行動選択の際に、自己成長欲求が高い人であれば、より自分を高めるような活動に取り組もうとするだろう。
よって、本研究では、自己成長欲求を、人間であれば誰しもが基本的に持っているとされる、自らをより高めようとする自己成長への動機や欲求であると定義する。
2.自己受容(self-acceptance)
自己受容は、臨床心理学の分野では適応に大きく関わるものとして、特に重要な概念の一つとされてきた。自己をありのままに受容することは、カウンセリングの最終目標であり、クライエントが、自己をありのままに受け入れることが、適応的に生きることにつながると考えられている。また、Allportが成熟したパーソナリティの一つに自己受容をあげていることからも、その重要性が示唆される。これらのことより、自己受容は人が健康的に生きてゆく上での重要な要因であるといえる。
これまでに自己受容について多くの研究が行われてきたが、自己受容の定義ははっきりと確立されておらず、研究者の数だけ定義があるといわれている。一般的に自己受容は「ありのままの自己を受け入れること」と定義されるが、その他にもさまざな定義が用いられてきた。たとえば、自己受容とは価値判断を含まない、個人の自己評価における、メタレベルの肯定度であるとするもの(上田, 1996)。また、自己の現実の姿を正確に観察し、自分の特徴を十分自覚しているにすぎないとするもの(Combs & Snygg, 1959)、自己受容を理想自己と現実自己の差異であるとする研究(井上、1998)もみられる。
しかし、自己とは本来、さまざまな側面を持つものであり、自己受容性を一つの側面のみで測定しようとすることには、自己受容性における多面性を無視することにつながると考えられる。
そこで、宮沢(1978)は、特に青年期になると、個人は次第に自己を諸々の側面からとらえるようになると述べ、青年期の自己受容性を5つの領域に分けた。しかし、自己概念の領域としての5つの領域に基づいて作成した自己受容性測定項目の結果を因子分析にかけた結果、5つの領域とは対応しない5因子を見出している。このことに関して宮沢(1987)は、領域とは自己を記述する側面であり、因子とはむしろ自己受容性をあらわす側面であると考えられる、と述べている。
また、宮沢(1972)は青年期における自己受容性測定スケールの作成に関する研究において、青年期の自己受容性について4つの因子より測定を試みている。4つの因子とはそれぞれ、@自己理解因子(自己の諸側面をあるがままに受け入れようとすること)A自己承認因子(現在の自己を嫌悪否定せず、現在の自己をそのまま承認すること)、B自己価値因子(自己の人間的価値を疑わないこと)、C自己信頼因子(現在や将来の自己の可能性を信頼し、人生や物事に対する自己の対処能力に自信を持っていること)の4つである。
本研究では、これらの自己受容性の側面を考慮しながら、青年期の自己受容性が他の側面に与える影響について検討していく。
3.時間的展望(time perspective)
時間的展望とは、より遠くの将来や過去の事象が現在の行動に影響を及ぼすということへの展望である(白井, 1991)。
青年期においては、時間的展望の長さや広がりが持て、近い将来のことだけでなく、遠い将来のことについても考えることができるようになると言われている。また、時間的展望のリアリティも高まるので、より現実的に将来のことを考えることができるようになるとも言われる。このことから、将来への進路を決めていく時期にある青年期においては、時間的展望の獲得は重要な発達課題としてあげられている(白井, 1991)。
また、大学生においては、大学卒業後における将来決定を迫られることから、時間的展望の中でも過去への展望よりも、将来に対する見通しとしての、未来への展望に注目が向きやすい時期であるといえる。このことより、本研究では時間的展望を特に「未来への展望(future time perspective)」としてとらえることとする。
4.自己受容と時間的展望
大学生は、職業選択などの進路の選択決定という形で、自らの将来と向きあう必要性に迫られる。その中で、自己の適正や可能性、また理想の将来像などを考慮に入れ、自分にあった将来を決定することになる。
自己受容性が高い人は、自分自身をゆがめることなく客観的にとらえる目を持っており、自分自身を周りの環境と関わる際の、安定した基盤とすることができると考えられる。また、自己受容している人は、自己探求から解放され、それに伴い、自己の外側に関心を向けることができるようになる(Walter, 1977)と言われている。このことから、自己受容性が高い人は、現在の自らの問題にとらわれすぎることなく、自己の将来に目が向くようになり、積極的に周りの環境と関わることができ、そのことが時間的展望の獲得につながると考えられる。
しかし、自己受容性が低い人であっても、高い時間的展望を持っていることが考えられる。将来に向けての進路決定をしなければならない状況にある大学生は、自分の将来を決定するために、さまざまな自己の可能性や能力などについて悩むことになるだろう。そうして、自己の将来について考える機会が多くなるために、将来展望が獲得されていくだろう。このような人たちは、例え自己受容が低くても、現在の自己と格闘しながら、将来に目を向け自己の将来選択をしている過程であると考えることができる。
5.自己受容・時間的展望と自己成長欲求
人間にとって、自己を高め、成長させたいとする欲求は誰しもが持つものである。自己成長欲求とは、そのような成長動機に基づいた欲求のことである。
ここで、青年期においては、自己に対する批判や否定の傾向が高まることが先行研究により示されている。伊藤(1989)は、反抗期や自己否定期を青年期の自己探索の表れといえるとし、青年期の自己受容性の低下を、すべてが通るべき自我形成の一プロセスとして捉えなおすことができると述べている。また、加藤(1987)は、青年期は一般的にもっとも自己批判的・自己閉鎖的になりやすい時期であり、青年期の自己批判は自己との格闘の表れであり、理想的な自己像へ向かっての努力と密接な関係を持っているといえると述べている。
つまり、青年期における自己受容性は、青年期が自己概念の再構成・自己探索の時期であるということにより、いったんは低まる傾向にあるが、その自己受容性の低下が、理想的な自己像へ向かう、向上心と密接な関係を持つということが示唆されている。
しかし、先にも述べたように、自己受容性が高い人は自分自身を周りの環境と関わる際の、安定した基盤とすることができるため、現在の自らの問題にとらわれすぎることなく、自己探索や自己批判に使われていたエネルギーを他へ向けることができるようになると考えられる。そのエネルギーが人間の基本的な欲求である自己成長へのエネルギーとなり、高い自己成長欲求へとつながると考えられる。以上のことより、自己受容性が高い人の方が、自己受容性が低く、自己探索や自己概念の再形成の時期にあり、現在の自らの問題に取り組んでいる人よりも、相対的に自己成長欲求が高いことが予想される。
また、青年期の向上心と時間的展望の関連をみた研究において、田中(2000)は向上心が高いほど、時間的信念(時間的展望に対する個人の信念)の下位概念である展望主義(将来のより高い目標達成のために満足を遅延し努力する態度)が高い、つまり将来の目標のために、現在において努力しようとしている傾向にあることが明らかになっている。
また、時間的展望の獲得によって、より遠くの将来が見通せるようになり、将来像にリアリティが表れはじめ、今の現実が自分の抱く将来につながると考えられるようになると、それにともない、現在の努力と、時間的展望によって得られた将来像が感覚的に結びつくようになると考えられる。このことにより、自分の現在の努力などが、自分の未来の成功などと密接に関わっていると感じ、そのために努力しようとする欲求が高まると考えられる。これらのことにより、時間的展望の獲得が自己成長欲求につながると考えられる。
以上のことより、自己受容性と時間的展望と自己成長欲求の関係において、以下のような仮説を想定し、この仮説を検証することを本研究の第1の目的とする。
仮説T
「自己実現群」は他のどの群よりも自己成長欲求が高く、「あきらめ群」は他のどの群よりも自己成長欲求が低いだろう。かつ、自己受容性の高い「自己満足群」の方が、自己受容性の低い「焦燥群」よりも自己成長欲求は高いだろう。
受容・高 展望・高 → 成長欲求・高 自己実現群 @
受容・高 展望・低 → 成長欲求・やや高 自己満足群 A
受容・低 展望・高 → 成長欲求・やや低 焦燥群 B
受容・低 展望・低 → 成長欲求・低 あきらめ群 C
自己成長欲求の高さは@>A>B>Cとなる
6.自己受容・時間的展望と精神的健康
自己受容は精神的健康の指標とされており、一般的に自己受容性が高ければ、精神的健康も高いとされている。しかし、時間的展望を持つことにより、未来への見通しが出来るようになり、例えばそれまで抱いていた漠然とした不安が具体的な問題として捉えられるようになるといったことも考えられるため、自己受容が低いことがそのまま精神的健康の低さにつながるのではなく、自己受容と時間的展望の相互の影響によって、精神的健康が規定されることは考えられることである。つまり、自己受容性が低い人であっても、時間的展望が高い人と、時間的展望が低い人では、その精神的健康の度合いが異なると考えられる。
自己受容性が低く、時間的展望が高い人の場合を考えてみると、将来へと向かう土台となる自己の安定性は保たれていないのに、時間的展望が高まっており、将来選択における焦りが感じられる。そのような状態では、自己受容性と時間的展望の両方が低く、あきらめを抱いている人よりも、将来に向けての焦燥感が高まっていると考えられ、精神的健康が低まっていることが考えられる。
以上のことより、自己受容性と時間的展望と精神的健康の関係において、以下のような仮説を想定し、この仮説を検証すること第2の目的とする。
仮説U
「自己実現群」は他のどの群よりも精神的健康が高いだろう。また自己受容性が低く、時間的展望も低い「あきらめ」群よりも、時間的展望の高い「焦燥群」は自己受容はしていないが、未来への展望を持っており、安定していない自己の上に未来を築こうとしているため、焦燥の気持ちが強いと予想される。そのことが精神的な不健康へとつながるだろう。よって「焦燥群」は他のどの群よりも精神的健康が低いだろう。
受容・高 展望・高 → 健康・高 自己実現群 @
受容・高 展望・低 → 健康・やや高 自己満足群 A
受容・低 展望・高 → 健康・低 焦燥群 C
受容・低 展望・低 → 健康・やや低 あきらめ群 B
精神的健康の高さは@>A>B>Cとなる。
7.自己受容性の諸側面が自己成長欲求・精神的健康に与える影響
第1の目的と第2の目的において、自己受容と時間的展望の相互の関係から自己成長欲求と精神的健康がどのように異なるかを検討した。ここでは更に詳しく、自己受容と時間的展望のそれぞれが、自己成長欲求と精神的健康の諸側面にどのように影響を与えているかを検討することとすることを目的とする。
自己受容が自己成長欲求・精神的健康に与える影響を更に詳しく調べるために、自己受容性の諸側面が自己成長欲求と精神的健康それぞれの側面にどのように影響を与えているかを検討する。自己受容性の諸側面は、宮沢(1972)が諸研究者の自己受容性の側面を整理したところ、@自己理解、A自己承認、B自己価値、C自己信頼の4側面を定義している。これら4側面がそれぞれに自己成長欲求や、精神的健康の諸側面に影響を与えていると考えられ、その構造を明らかにすることを本研究の第3の目的とする。
また、時間的展望においても同様に、時間的展望の諸側面が、自己受容と精神的健康それぞれの側面にどのように影響を与えているかを検討する。時間的展望の諸側面は白井(1994:1997)によって定義された@現在の充実感、A目標志向性、B過去受容、C希望の4つがあるが、本研究では時間的展望を未来への展望と定義するため、Bの過去受容は除外するものとする。これら3つの時間的展望の側面が自己成長欲求と精神的健康の諸側面に影響を与えていると考えられ、その構造を明らかにすることを第3の目的とする。