問題と目的

 

 原岡(1977)によれば、ある対象に対する態度は3つの成分(認知的成分・感情的成分・行動的成分)が相互に構造化され、均衡を保つことによって成り立っている。そしてそれらは一貫性を示す傾向があることから、その中のいずれか1つでも変化し、3成分間の均衡が崩れると他の2つの成分を変化させて新しい均衡を得ようとする力が生じ、その結果として態度構造の変化が起こる。そしてこのような態度変容を起こさせるためには、構造的不均衡を生じさせる何らかの外的な力が働かねばならないとしている。つまりこの理論によれば、精神病に対する否定的態度を変容させるためには何らかの圧力によって3成分間に構造的不均衡を生じさせればよいことになる。

 また態度変容を目的とする時、最も一般的かつ容易な方法として使用されているのがコミュニケーションによる情報の呈示であり、否定的態度を扱った分野(徳田・河内,1988;上瀬・小田・宮本,1998;徳田,1989)においても多くの結果を得ていることから、本研究では「精神病に対する否定的態度を変容させる」ことをその目的とし、そしてそのための手段として構造的均衡仮説に着目した「説得的コミュニケーション」を用いることとする。

 水野(1990)によれば「説得(persuasion)」とは、対象の態度を一定の方向に変容させようとする意図を持ち働きかけることであり、その効果は主に「送り手の要因」「メッセージの要因」「受け手の要因」などによって左右される。本研究ではこの中から「メッセージの要因」と「受け手の要因」に着目し、態度変容量との関係を探索的に検証する。

 

 「メッセージの要因」を変数として扱った研究としては以下のようなものがある。

 Millar,M.G. & Millar,K.U.(1990)は自身の研究で「認知ベースのメッセージ」と「感情ベースのメッセージ」という2種類のメッセージが、それぞれ態度の感情的成分と認知的成分の変化に有効だったという結果を得ている。彼らによれば「認知ベースのメッセージ」とは、主に知識や理由分析を伝えるものであり、「感情ベースのメッセージ」とは、対象からもたらされる感情を伝えるものである。そして態度の感情的成分は認知的基盤、すなわち認知成分が脆弱なため、認知的・論理的説得によって態度変容が起こり、一方、態度の認知的成分は感情的基盤、すなわち感情成分が脆弱なため、感情に焦点を当てた説得によって態度変容が起こるのだろうと説明している。

 この結果に従うのであれば、メッセージの内容が認知・感情のどちらをベースにしたものなのかということは、その効果を規定する重要な要因であり、加えて構造的不均衡を生じさせるための有効な変数となると考えられる。しかし彼らの研究ではどちらがより態度変容に効果的かの検証までは行っていない。よって本研究では第一に、メッセージの内容が認知・感情のどちらをベースにしたものなのかをメッセージの「内容」変数として扱い、その効果の違いを比較、検討する。

またHovland,Lumsdaine, & Sheffield(1949)は、説得を行う際の「一面呈示」と「両面呈示」の効果の違いを検討している。一面呈示とは説得する側(メッセージの送り手)にとって、都合の良い面だけを強調するものであり、両面呈示とは都合の悪い面をも述べることである。彼らによれば事前の態度が送り手と同じ立場の人には一面呈示が効果的であり、逆の立場の人には両面呈示が効果的とのことであった。

 加えてHovland, Janis, & Kelley(1953)は、一面呈示と両面呈示の効果は説得される側(メッセージの受け手)の教育水準によって差があることを明らかにした。彼らによれば、教育程度の高い人には両面呈示が効果的であり、教育程度の低い人には一面呈示が効果的であった。この理由として彼らは、教育程度の高い人は判断を下す自分の能力に自信を持っており、判断を下すのにあらゆる要因を考慮に入れるような議論を受け入れやすく、逆に教育程度の低い人は批判的な思考に慣れていないために一面提示に影響されやすいのではないかと解釈している。

 これらの結果に従うのであれば、本研究においても相対的に両面呈示の方が一面呈示よりも効果的に態度変容を引き起こすと考えられる。なぜなら本研究では「精神病」という一般的にネガティブな態度を持たれているカテゴリーが説得内容の対象であり、多くの人がメッセージの唱導方向とは逆の態度を持っていると考えられる。また本研究における被験者は大学生であり、教育水準としては比較的高い群に属すと言えることからも、相対的に両面呈示の方が効果的だと予想されるのである。よって本研究では第二に、一面呈示と両面呈示の効果の違いを確認するために、これらをメッセージの「構成」変数として扱い、その上で比較、検討を行う。

 また合わせて第三に、これら2変数(内容・構成)の交互作用を確認するため、全部で4種類の(認知ベース・感情ベース×一面呈示・両面呈示)メッセージを作成し、その4群間において効果の比較、検討を行う。そして以上の3点をもって、精神病に対する否定的態度の変容における「メッセージの要因」の効果を検証するものとする。

 

 続いて「受け手の要因」に着目した研究には以下のようなものがある。

 榊(1980)は受け手の初期態度とメッセージの唱導方向の間に生じるズレ(discrepancy)に着目し、このズレの大きい方が小さい場合よりも唱導方向への態度変容が大きいことを見出し、その後、「認知の陰陽理論」を用いてこれを説明している。榊(1994)によれば、1つの態度の裏には必ず逆の態度が存在する。しかしその逆の態度は隠されているだけで常に表面に現れようとしており、その程度は隠された程度に比例する。そして説得的コミュニケーションという刺激は表裏両方の態度に作用するものの、表面に現れようとしている隠された方を特に刺激し顕在化させるため、初期態度の強い方、つまり唱導方向とのズレが大きい場合の方が態度の変容量は多くなるとのことである。

 この結果に従うのであれば、本研究においても精神病に対する否定的態度の強い人の方がより説得の効果を受けやすい、つまり態度の変容量が多くなると考えられる。よって本研究では「受け手の要因」としてまずは被説得者の初期態度に注目し、その強さと態度変容量との関係を検討する。

 また「受け手の要因」に着目した代表的な研究として、「被説得性(persuasibility)」とパーソナリティ特性との関連を見たものがある。被説得性とは説得に対する感受性あるいは説得のされやすさのことであり、特殊的被説得性(specific persuasibility)と一般的被説得性(general persuasibility)の2つに分けられる。特殊的被説得性とはある種の説得の仕方、トピックス、説得者には非常に影響を受けるが、そうでないものには影響を受けないという意味での被説得性のことであり、一般的被説得性とはそれの高い人はいかなる説得方法、説得内容、説得者であっても影響されやすいということを意味する被説得性のことである(榊,2002)。そしてこの一般的被説得性の存在を示唆したのがJanis(1954)であり、その後これと関連するパーソナリティ特性がいくつも明らかにされている。代表的なものとしては、自尊感情(self esteem)との関係を見たもの(Janis,1954;Janis & Field,1959;Janis & Rife,1959)や、不安傾向との関係を見たもの(Janis,1955;Nunnally & Bobren,1959)、攻撃性(aggressiveness)との関係を見たもの(Linton & Graham,1959;King,1959)などがある。

 加えて「外向性(extroversion)」との関係を見たものとして、米川・岡澤・石井・賀川(1982)の行った研究が上げられる。彼らはEysenck(1967)の指摘に基づいて外向者の方が内向者よりも社会的な刺激を積極的に受容する傾向があり、それ故に外向者の方が説得されやすいという仮説を立て、実験によりそれを支持する結果を得ている。

外向性とは性格の5因子(Big Five)の1つであり(丹野,2003)、性格特性の基本因子であると同時に日常最もよく使われる性格の分け方であると言える。加えて米川ら(1983)が示したように被説得性との関連も指摘されていることから、本研究において態度変容との関係を見ておくことは、否定的態度の変容に効果的な説得的コミュニケーションのあり方をより深く知ることにつながると考えられる。よって本研究では「受け手の要因」として第二に、この外向性と態度変容量との関係を検討する。そして以上の2点をもって、精神病に対する否定的態度の変容と「受け手の要因」の関係を検証するものとする。