尺度の構造と精神的健康との関連の検討

自己愛傾向のパターンと年齢による差の検討

自己愛と対人恐怖心性の関連
尺度の構造と精神的健康との関連の検討

 1 自己愛尺度の検討

   次に、各因子に高い因子負荷を示した項目群によって下位尺度を構成し、それぞれの下位尺度を命名した。第1因子に因子負荷の高かった項目は「私には持って生まれたすばらしい才能がある」「私は、周りの人からもっと高く評価されてもよい人間だと思う」などであり、これらは先行研究において「有能感」「優越感」などと命名されてきた下位尺度が含む項目と類似している。ゆえに、これらの項目群からなる下位尺度は自己愛の誇大な側面について測定するものであると考えられたため、「誇大性」尺度と命名した(α=.83)。第2因子に高い因子負荷を示した項目群は「引っ込み思案である」など対人恐怖尺度(相澤, 1997; 田中・穂刈・福田・小川, 1994)に含まれる項目のみであったため、これらの項目群からなる下位尺度は対人恐怖心性を測定するものと解釈し、「対人恐怖」と命名された(α=.84)。第3因子に因子負荷の高かった項目は「他人から間違いや欠点を指摘されると、自分の全てが否定されたように感じる」など本研究において追加した評価過敏性に関する項目からなり、「評価過敏性」尺度とした(α=.78)。第4因子に因子負荷の高かった項目は「私は注目されたいという気持ちが強いと思う」など注目されたいという欲求に関するものであり、「注目欲求」と命名された(α=.81)。

さらに、下位尺度間の関係を検討するため、各下位尺度に含まれる項目の単純加算値から平均値を算出し、下位尺度間の相関を求め、Table 7に示した。これをみると、「誇大性」「評価過敏性」は無相関となっている。これは自己愛的人格における2種類のサブタイプが無相関であり、純粋な形でも生じるが、患者(自己愛人格障害についての記述であるため)の多くは2つのタイプの混合した現象的様相を呈するというGabbard(1994)の記述と一致している。「誇大性」、「注目願望」の相関は中程度に高く(r=.46,p<.001)、これはGabbard(1994)における「周囲を気にかけない自己愛人格」の特徴やKernbergが扱った症例に見られる誇大で周囲の評価を気にしない自己愛者の特徴と矛盾しない結果である。「対人恐怖」と「評価過敏性」においても比較的強い相関関係(r=.49,p<.001)が見られるが、これは、「周囲を過剰に気にかける自己愛人格」すなわち誇大性を内側にとどめ、他者の評価に敏感である自己愛者の特徴と一致している。また、「評価過敏性」と「対人恐怖」は「注目願望」と逆の関連を示していた。ここから、両者が弁別されるべき概念であることが示唆された。



2 発達的変化の検討

 これまでの自己愛研究において、しばしば「青年期は自己愛の高まる時期である」という記述がなされてきた。しかし、国内においてそれに関する実証的な検討はほとんどなされていない。そこで、青年期のより早い時期にある中学生と、高校生、大学生のデータを横断的に比較し、その結果から自己愛の発達的変化を考察した。

全体
  学校段階(中学・高校・大学)ごとに各下位尺度得点の平均値を男女別、全体(男女混合)の3種類算出し、1要因分散分析を行った。有意な差が見られた下位尺度に関しては多重比較を行ったところ、全体(男女)では「対人恐怖」「評価過敏性」では、群間に有意な差は見られなかったが、「誇大性」「注目欲求」では中学生と高校・大学生との間に差が見られた。ここから、対人恐怖感情や評価過敏性については青年期を通しての変化は見られないが、中学から高校にかけて自己愛的な誇大性や注目されたいという欲求が強まる可能性が示唆された。先行研究では、有能感・優越感(誇大性に相当)と自尊感情が正の相関関係にあることが示されている。また、自尊感情は10代半ば以降、年齢とともに高まる傾向にあることが示されており(榎本, 1998)、これらを考え合わせると、自己愛的な誇大性が自尊感情と同様、年齢とともに高まる傾向にあるということが示唆された。


男女別

  男女別で推移を見ると、「評価過敏性」、「対人恐怖」では全体の結果と同様、中学校から大学にかけての変化がみられなかった。「誇大性」についても中学生に比べ高校生・大学生が高くなっており、全体としての傾向は男女で一致していたが、女子では、中学・高校・大学と順に高くなっていくことがわかった。「注目欲求」については女子で変化が見られず、全体の傾向と異なっていた。さらに、同年代の被験者の男女差を検討したところ、中学生では尺度全体と、「評価過敏」「対人恐怖」で女子の得点が高く、「注目欲求」で男子の得点が高かった。また、高校生ではほとんどの尺度において男女差は見られなかったが、「誇大性」で男子が顕著に高くなっていた。大学生においては「尺度全体」「評価過敏性」において女子の得点が高くなっていた。
  これらのことから、評価過敏性、対人恐怖心性は青年期を通して変わらないが、女子が強く持つ傾向にある感情であること、誇大性は年齢とともに高まる傾向にあり、特に高校生の男子で高揚する感情であることが示唆された。

3 自己愛と精神的健康の関連

  自己愛傾向と精神的健康との関連を検討するため、自己愛尺度とGHQ全項目、下位尺度との相関係数を算 出した(Table 10)。α係数は「身体的症状」(以後、表中では身体症状と表記)、「不安・不眠」、「社会的活動障害 」(社会活動)、「うつ傾向」の順に、α=.78,.79,.65,.73であった。
  

自己愛尺度の4下位尺度とGHQ全項目・各下位尺度との相関係数から、「評価過敏」が他の下位尺度よりも精神的健康と関係の深い下位尺度であることが示唆された。「誇大性」「注目欲求」はGHQ全項目・各下位尺度と無相関あるいは弱い相関しか示さなかった。ここから、「誇大性」「注目欲求」は精神的健康と直接的な関係はもたないことが示唆された。また、GHQの下位尺度のうち、「身体的症状」「社会的活動障害」は「不眠・不安」「うつ傾向」より自己愛尺度(全項目・各下位尺度)との関連が弱かった。このことから、自己愛傾向は活動の障害など実際の症状として表れるものよりも、不安などの心理的な要素と関連していると考えられる。


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自己愛傾向のパターンと年齢による差の検討

1 4下位尺度得点によるクラスタ分析

Gabbardの指摘によれは、自己愛人格はその多くが、先に挙げた2種類の自己愛人格を両極とした軸のどこかに位置づけられると考えられる。本研究で見出された「評価過敏」「誇大性」を自己愛人格の2下位分類に関連すると考えると、これらの得点の組み合わせによって自己愛人格は大きく2つのグループに分けられると考えられる。また、すべての人が自己愛的であるわけではないので、どの下位尺度についても低い得点をつける被験者群の存在や、自己愛的な誇大性・過敏性をもたないが、対人恐怖傾向の強い、真の不安群とも言える被験者群の存在も予測される。そこで、ここでは被験者を得点パターンによって分類することを目的として、研究1で見出された4下位尺度の項目平均値(z得点化したもの)を投入変数としたクラスタ分析を行った。

  分析対象者が901人と多数であったため、非階層的クラスタ分析を行った。非階層的クラスタ分析とは、クラスタ数を指定した上で行うクラスタ分析のことである。本研究では、あらかじめ一部のデータを用いて階層的クラスタ分析(Ward法)を行い、その結果から3~7クラスタ解と仮定した上で非階層的クラスタ分析を行い、解釈のしやすさから5クラスタ解を採用するという手順をとった。クラスタごとの各下位尺度得点平均値はTable 11のとおりである。また、各クラスタの特徴をわかりやすくするため、z得点化した各下位尺度平均値を用いてグラフ化した(Figure )。




2 各クラスタ平均値の検討とクラスタの命名

4下位尺度得点のパターンから各下位尺度に命名を行った。

クラスタ1の平均値は、全ての下位尺度についてz=0に近い値を示していたため「平均群」とした(男141人, 女122人)。クラスタ2はすべての下位尺度において低い値を示しており、「自己愛低群」と命名した(男70人, 女77人)。クラスタ3は評価過敏性得点が最も高くなっていたため、「評価過敏群」とした(男69人,女122人,不明2人)。なお、この群は誇大性や注目欲求の得点も高めの値となっていた。クラスタ4は評価過敏性について全体平均より高い値を示したもののそれほど高い値ではなく、それよりも対人恐怖得点の高さを特徴とする群であると考えられた。また、この群は誇大性や注目欲求が低く、自己評価の高さや、その維持・顕示欲求をもたない群であると考えられる。これらのことから、「対人恐怖群」と命名した(男67人,女87人)。クラスタ5は誇大性や注目願望が明らかに他群よりも高く、「誇大群」とした(男72人,女70人,不明2人)。

「評価過敏群」、「誇大群」は自己愛の2下位分類のいずれかを強く持つグループであると考えられる。また、そもそも自己愛的ではない群(「自己愛低群」)や対人恐怖傾向のみ高い群(「対人恐怖群」)等、その存在が予測された被験者群を抽出することができた。そこで、これらの群を用いていくつかの分析を行った。


3 各クラスタの出現率の検討

  青年期の自己愛傾向についてさらに理解を深めるため、中学・高校・大学生群における各クラスタの出現比率を比較検討した。

χ2検定を行った結果、分布の差が認められたため(χ2=24.589, p<.01)、Haberman法による残差分析を行った。調整済み残差(dij)の絶対値が1.96より大きい場合5%の有意水準で、2.575より大きい場合1%水準で、それぞれのセルについて「観測度数は期待度数に等しい」という帰無仮説を棄却できる(Everitt, 1977参照)。ゆえにdij>|1.96|、dij>|2.575|を基準にセルの検討を行った。中学生では、高校生・大学生に比して平均群が多く、対人恐怖群と誇大群が少なくなっていた。割合(%)を見ると、3分の1以上の被験者が平均群に分類されており、誇大性を特徴とする者や、高い対人恐怖心性を示す者が少ないことが伺えた。しかし、有意ではないが、評価過敏群に分類される被験者の割合は比較的多く、中学生期は評価にさらされる機会が増え、評価過敏になる人が多い時期であるということも示唆された。高校生では、自己愛低群が少なく、真の不安群・誇大群に分類される被験者が多いことがわかった。大学生では有意なセルは見られなかった。
   
  各下位尺度得点の推移を見た結果、「誇大性」「注目願望」で最も高い得点を示したのは高校生であった(Table 8)。ここで再度高校生において誇大群に分類される被験者が多かったことは、全体的な傾向としてだけでなく、誇大性を特徴とする個人、すなわち誇大的で他者の評価を気にかけない者が多いということが理解できる。それに対し、高校生と同様に「誇大性」得点が高いとされた大学生被験者群において、誇大群に分類される被験者は高校生ほど多くなく、むしろ自己愛低群の方が目立っている。ここから、大学生においては、全体的に誇大性得点は高くなるが、個人のスタイルとして誇大性を特徴とする者は多くないということが示唆された。

4 自己愛傾向のパターンと精神的健康との関連

 自己愛傾向のパターンと精神的健康の関連を見るため、各クラスタのGHQ得点を比較検討した。クラスタごとにGHQ全項目・各下位尺度の項目平均値を算出し、一要因分散分析を行った(Table 13)。多重比較の結果から、自己愛低群は全体として低い値を示しており、精神的健康度の高い群であることが示唆された。平均群、誇大群は自己愛低群とほとんど差がなく、同様のことが言える。得点が高く、精神的健康度の低さが伺われたのは、「対人恐怖群」と「評価過敏群」であった。特に心理的な健康度を測定する尺度であることがその内容から示唆される「不安・不眠」「うつ傾向」については、「対人恐怖群」「評価過敏群」に差が見られ、「評価過敏群」の方が有意に高くなっていた。

これらのことから、自己報告による精神的健康度を比較した場合、評価過敏性を特徴とする自己愛人格が最も健康度の低い人格であることがわかった。また、誇大性を示す自己愛人格は自己愛性の低い被験者と同様、精神的健康の高さを示していた。


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自己愛と対人恐怖心性の関連

これまで、自己愛人格の2下位分類に関する研究では、自己愛傾向と対人恐怖心性との関連が言われてきた。実際、Gabbard(1994)やKohut(1977など)の提示した臨床像は対人恐怖心性を持ち合わせており、対人恐怖は自己愛の病理として捉えられるという指摘もある(岡野,1998)。また、小塩(2002)はNPI-Sを用いた研究において、自己愛傾向が全体的に高い者のうち、「注目・賞賛欲求」が優位な者は、相対的に対人恐怖的であり精神的不健康を示す傾向にあることを見出し、この被験者群が自己愛人格の2下位分類のうちの一方に類似していると指摘している。

小塩(2002)の指摘や清水ら(2002)の研究からは、注目・賞賛欲求と対人恐怖傾向が何らかの形で自己愛人格の2下位分類と関連していることが伺える。しかしながら自己愛人格とそれらが直接的に関連しているとは考えにくい。例えば、小塩(2002)の見出した注目・賞賛欲求の優位な自己愛人格は、その特徴からGabbard(1994)のいう「周囲を過剰に気にかける自己愛人格」に対応するものと考えられるが、「注目の的になることを避ける」というGabbardの記述とは矛盾している。また、先に述べたように、対人恐怖心性は自己愛人格の2下位分類と関連しているが、対人恐怖心性を自己愛人格の下位分類の1つとしてみることは妥当ではなく、「評価過敏性」を下位分類の1つとし、その従属変数として「対人恐怖心性」を捉えるべきであると考えられる。

さて、理論的な指摘とこれまでの分析から、誇大性と評価過敏性は無相関であり、一個人が同時に持ちうる特性であることが示された。また、クラスタ分析では、誇大性が強く、評価過敏性をほとんど持たない「誇大群」と誇大性が比較的強いものの、同時に強い評価過敏性を持つ「評価過敏群」が見出された。これらのことから、自己愛人格は誇大性の高さを前提として、評価過敏性の強さにより、「周囲を気にかけない自己愛人格」と「周囲を過剰に気にかける自己愛人格」を両極とする軸のどこかに位置づけられることが示唆された。先行研究から誇大性の強い群のうち、特に注目・賞賛欲求の強い者は対人恐怖的な、「周囲を過剰に気にかける自己愛人格」と関連していることが示唆されていることを考えると、誇大性が注目・賞賛欲求を介して評価過敏性、ひいては対人恐怖心性に結びつきうるということが予測される。そこで、これらを考慮に入れたモデルを作成し、共分散構造分析をおこなった(Figure )。その結果、パス係数と変数間の相関はいずれも有意であった。また、モデルのデータに対する適合度を表すGFIとAGFIの値はそれぞれ.996、.963であり、いずれも十分な値であると言える。ゆえにこのモデルがデータへの適合性の高い、説明力の高いものであることが示唆された。このモデルから、誇大性が注目・賞賛欲求を介して評価過敏性、対人恐怖心性に結びつくというプロセスが確認された。このことは、誇大性は対人恐怖に対して直接的には負の影響を持つが、間接的には正の影響を持ちうるということを意味している。また、注目欲求についても同様のことが言え、小塩(2002)の結果が注目・賞賛欲求の間接効果を示したものであることが示唆された。

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結果と考察