問題と目的
日常の多くの場面で,やる気や意欲は議論されるべき重要な問題であると言える。心理学においては,それらを表す構成概念として"動機づけ"が想定され,多くの研究が蓄積されてきた。中でも,教育との関連では,内発的−外発的動機づけの研究が主流を占めていたと言える。"内発的動機づけ(intrinsic motivation)"とは,自己目的的な学習の生起・維持過程であり,熟達志向性と自律性という特徴を合わせ持つもの(鹿毛, 1994)であり,行為の遂行それ自体が目的となっているものである。一方,"外発的動機づけ(extrinsic motivation)"は,ある行動が他の目的のための手段となっている場合である。従来,この2つの動機づけは二項対立的に捉えられてきたが,近年の研究動向として,外発的動機づけを自己決定性の程度から区分する"自己決定理論(self-determination theory)"が提唱されている(Ryan & Deci, 2000)。ここでは,内発的動機づけと外発的動機づけを一次元上の両極として捉え,連続性をもつものとしている。つまり,無力状態から始まり,外的動機づけ,取り入れ的動機づけ,同一化的動機づけ,統合的動機づけを経て内発的動機づけに至る発達的プロセスが想定されているのである。
これまでの研究では,各動機づけと外的要因との関連が検討されてきた。しかし,動機づけをより理解するためには,個人を複数の動機づけから記述することが必要である。その可能性は指摘されているが(Hayamizu, 1997),研究として行われた例は見られない。そのため,本研究では複数の動機づけから個人を記述し,現在の大学生における動機づけスタイルを特定する。
また,自己決定理論における各動機づけについても,他の要因との関連については多くの研究がなされているが,動機づけ自体がもつ特徴については十分に検討されていない。特に,従来の枠組みに存在しなかった"取り入れ的動機づけ(introjected motivation)"については,不安・恥などの感情との関連や(速水, 1995),内面の統制感(Deci & Ryan, 1985)といった消極的な特徴が指摘されており,よりよく理解することの必要性が窺われる。また,自己決定理論による動機づけを,実験場面において扱った研究は少ない。そこで,本研究では取り入れ的動機づけを特徴とする動機づけスタイルのものが,実際の課題解決場面において,課題への興味を低下させることを実験的な手法を用いて検証する。