問題と目的




要約 1.問題

2.気分一致効果とは

3.気分不一致効果とは

4.自尊感情

5.自我同一性

6.本研究の目的


1.問題

現代はストレスフルな状態といわれ、人々はしばしばストレスフルな出来事に直面し、様々な不快感情を体験する。また、ライフサイクルにおいて、青年期は一般的にストレスフルな状態にある。この時期には、自分とは何かという問いかけを行い、それに対して一定の答えを出すという自我同一性の確立が特に重要であるが、このような過程において青年の精神は不安定になりやすいと考えられる。これらの感情は、当人にとって心理的に不快であるため、精神的側面に大きな影響をもたらし、時には身体的側面にも大きく変調をもたらすことがある。そのため、不快感情を体験した際、不快経験ばかりに目を向けるのではなく自分の気持ちをうまく切り替えて気分を緩和することが必要である。この不快感情を体験したときに積極的に肯定的な経験を想起し気分を緩和し制御することを、気分不一致効果という。


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2.気分一致効果

感情が記憶や行動にどのような影響を及ぼしているのかという問題は、これまでに多くの研究で取り上げられてきている。気分不一致効果とは気分一致効果の逆の効果であり、気分一致効果の先行研究は数多く見られる。気分一致効果は、先行研究では感情の基本的な効果と考えられており、記憶や行動に与える気分の効果として多くの研究で確認されている(Bower,1981)。また、気分(mood)とは、日常頻繁に観察される感情であり、実験室においても容易に喚起できる比較的穏やかな一時的な感情状態であるとされている。
気分一致効果とは、記憶研究の場合では、気分に一致する感情のトーンをもった情報が再生されやすいという現象である。たとえば、気分がよいときは気分が悪いときよりもポジティブな内容をよく思い出すことなどで、ポジティブな気分のときにはポジティブな情報が再生されやすく、ネガティブな気分の時にはネガティブな情報が再生されやすいことをいう。印象形成や対人評価などの社会的判断研究では、気分が記憶以外の認知に及ぼす影響を評定や反応時間を指標にして検討しており、特定の気分の方向に評価や判断が偏るとされている。たとえば、気分がよいときには気分が悪いときよりも相手を肯定的に評価することなどが挙げられる。
記憶と社会的判断における代表的な先行研究にBower,Gillgan & Monteiro(1981)がある。彼らは被験者を、催眠によって気分誘導を行い、楽しい物語と悲しい物語との両方を読ませた。次の日に、被験者に物語の再生を求めたところ、全体の再生量は同じであったが、ポジティブな気分を誘導された被験者はポジティブな出来事を、ネガティブな気分を誘導された被験者はネガティブな出来事を再生した。これは記憶における気分一致効果を示している。さらに、被験者に物語を読んでどちらの登場人物に自分を同一視したかを尋ねると、それぞれ誘導された気分と一致した人物が選ばれた。この結果は生起した気分が物語を歪めることを意味し、判断における気分不一致効果を示している。


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3.気分不一致効果

しかし、気分一致効果はすべての研究で明確に確認されるものではなく、状況によっては、気分と逆のトーンの記憶を想起する、気分不一致と考えられる効果が起こることがある。
それでは、どのような時に気分不一致効果は起こるのだろうか。Forgas(1995)は、不快気分を緩和しようとする気分緩和動機に着目し、気分緩和動機が強い場合に気分不一致再生が可能とし、Erber & Erber(1994)は、気分を統制する動機づけがない場合には、SADおよびHAPPYな気分を維持する(気分一致)傾向があると指摘している。また、Parrot & Sabini(1990)は、気分の効果についての調査であることを明示しない状況では気分不一致効果は起こるが、気分の関連を明示すると、素直な被験者は実験者の意図に合わせて操作された気分を維持しようとして、気分不一致効果が起きないと述べている。
また、気分不一致効果を起こしやすい人もいれば気分不一致効果を起こしにくい人もいるという、パーソナリティ特性の要因も考えられている。榊(2004)は、強い気分緩和動機さえあれば、誰もが気分不一致再生が可能にあるとは限らないとし、自尊心と自己複雑性の高さが気分不一致効果を促進すると指摘している。これは、自尊心の低い人は肯定的経験を強く想起しようとしても、そもそも肯定的な経験が乏しいため気分不一致再生が困難であり、自己知識が複雑な人は自分を多様な面から見ることができるためそのときの気分に影響されずに気分不一致の記憶を想起することができるというものである。自尊感情は、パーソナリティ特性のひとつであり、これはパーソナリティ特性が気分不一致効果に影響を及ぼすことを示唆している。
気分不一致効果が人々の精神的健康の一助になるにも関わらず、気分不一致効果を起こしやすい人の特性は未だあまり明らかになっていない。榊(2004)は、気分不一致効果が起こる要因として自尊心と自己複雑性を挙げていたが、気分不一致効果を起こしやすいパーソナリティ要因は他にもあると考えられる。そこで、本研究では、パーソナリティ特性の中でも特に、青年期に達成すべき重要なものとして自我同一性に着目し、自尊感情と自我同一性が気分不一致効果に及ぼす影響について検討することにした。


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4.自尊感情

榊(2004)が着目した自尊感情とは、他者との比較により生じる優越感や劣等感ではなく自身で自己への尊重や価値を評価する程度のことであり、自身を「非常によい(very good)」と感じることではなく、「これでよい(good enough)」と感じる程度が自尊感情の高さを示す。つまり、自尊感情が低いということは、自己拒否、自己不満足、自己軽蔑を表し、自己に対する尊敬を欠いていることを意味するとされている(Rosenberg,1965)。自分自身を高く評価したい、それによって自尊心を保ちたいというのは、人間の基本的欲求のひとつであり、誰もが高い自尊感情を求めている。高い自尊感情のもつ価値には様々のものがあるが、そのひとつに「高い自尊感情はストレスや否定的情動に対する緩衝剤となり、適応感を高めることで、肯定的な感情を促進すること」がある。自尊感情の低い人が自尊感情の高い人よりも否定的な情動を経験しやすいこと、自尊感情の高さが不安感を和らげ対処能力を高め、身体的健康を促進することが様々な先行研究で明らかになっている。これは自尊感情の高さが肯定的な感情を促進すると、楽観的なものの見方を促進し不安を低減させることで起こると考えられている。このことから、自尊心が低い人は、否定的な情動を経験しやすいためそもそも肯定的な経験が乏しく自尊心が高い人よりも気分不一致再生が困難であること、自尊心が高い人は不快な感情を体験したとき肯定的な感情を促進しやすいため、ポジティブな記憶を想起しやすいことが示唆される(榎本,1998)。


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5.自我同一性

さらに、本研究で新たに着目した自我同一性とは、自分が自分である自覚をいい、さらにいうと、自分自身が時間的に連続しているという自覚(連続性)と、自分が他の誰でもない自分自身であるという自覚(斉一性)とが、他者からそのようなものをみなされているという感覚とに統合されたものをいう(白井,2002)。ここで、特に統合を求められるのは、自分が思っているだけではなく、他者からの要請を自分なりに受け止め、現実との折り合いをつけることも必要だからである。つまり、自我同一性とは「自分が自分であるという一貫性をもっており、時間的連続性をもっていること」「重要な他者から認めてもらえるだろうという内的確信」「自分自身が目指すべきもの、望んでいるものが明確に意識されている感覚」が統合されたものである。このことから、自我同一性の高い人は、自分自身を安定して明確にもっていると考えられる。自分を明確に持っている人、すなわち、自我同一性が高い人は、気分にも左右されないのではないだろうか。つまり、不快感情を体験する出来事に遭遇したときでも、自我同一性が高い人は気分不一致効果を起こすことによって不快感情を快感情に変えることができるのではないかと考えられる。 またさらに、青年期は、自分は何かを問い、それに対して一定の答えを出す時期である。なかでも、自我同一性(アイデンティティ)の確立は、青年期に成就なければならないもののひとつであり、精神的健康には欠かせないものである。人は、ネガティブ気分をポジティブ気分に変えたいという動機を持っているときに、ポジティブな記憶にアクセスする(Forgas, 1995)とされており、気分不一致効果は感情制御・感情緩和の機能を持っていると考えられる。気分不一致効果のパーソナリティ要因のひとつとして自我同一性がいえるのならば、「自我同一性が高い人は、感情制御・感情緩和機能も持っている」と考えられ、ストレスフルな状態に強くなり、より精神的に健康になれるのではないだろうか。特に、ストレスフル状態にある青年期においては、感情制御・感情緩和機能は助けになると考えられる。さらにその後社会に出た時にも、ストレスにうまく対処できることによって、様々なことにチャレンジできるであろう。


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6.本研究の目的

ストレスフルな現代において感情制御・感情緩和機能は重要であり、青年期のストレスフルな状態の中で、自尊心の向上や自我同一性の確立を達成し、感情制御・感情緩和機能を身につけることはストレスを克服する助けになるのではないかと考え、自尊心・自我同一性と気分不一致効果の関係を検討することを本研究の目的とする。



仮説1 自尊心が高い人は自尊心が低い人よりも、気分不一致効果が起こしやすい。

仮説2 自我同一性が高い人は自我同一性が低い人よりも、気分不一致効果が起こしやすい。





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