人は、さまざまな出来事に直面したとき、その原因について知識や経験を用いて推論する。このプロセスのことを「原因帰属」という。これまで社会心理学や動機づけの分野で「原因帰属」を扱った研究が数多く行われてきており、なかでも帰属が心理的障害の発生と維持において重要な役割を演ずることが、帰属と抑うつとの関連で明らかにされてきた。 Abramson et al.(1978)は学習性無力感理論の改訂モデル(以下改訂LHモデル)において、帰属の3つの次元(内的−外的、安定的−不安定的、普遍的−特殊的)が抑うつの情動的、動機的、認知的側面に影響を与えると考えた。つまり、負の出来事の原因を自分に帰属するかどうか(内在性次元)、それが今後も持続するものと考えるかどうか(安定性次元)、また負の出来事の原因が他の場面や領域に及ぶものであるかどうかの推測(普遍性次元)において統制不可能な否定的な出来事に対する内的、安定的、普遍的な原因帰属が抑うつを悪化させるとした。さらに、人には、出来事に対してある種の説明を選ぶ習慣的な傾向があると考え、それを「帰属スタイル」と名づけた。そしてうつ病患者が否定的な出来事に対して内的、安定的、普遍的な帰属の仕方をするということを見いだし、帰属スタイルにも改訂LHに基づき、否定的な出来事に対する内的・安定的・普遍的な帰属スタイル(負の抑うつ的帰属スタイル)があるとした。また、原因帰属の傾向と楽観性について言及したSeligman(1991)は同じ帰属の傾向について「悲観的な帰属スタイル」と呼び、これとは対照的に良い出来事を内的・安定的・普遍的な原因によって説明する傾向を「楽観的な帰属スタイル」とし、これを持つ人間のことを「楽観的」な人間であると定義している。 こうした知見をもとにして、原因帰属を変容することで自尊心その他の肯定的な変容を目指す心理療法的技法がすでにいくつか開発されている。その1つとして、まず帰属スタイル療法が挙げられる。これは、否定的な出来事の内的、安定的、普遍的な原因への帰属が無力感や抑うつを引き起こすという前述の改訂LHモデルからの示唆に基づき、抑うつ者の帰属スタイルを、適応的とされる「負の出来事の外的、不安定的、特殊的なスタイル」へ変容することを目指すものである。また、知的達成場面において改訂LHモデルを適用したDweck(1975)は、ねばり強い者が失敗を努力不足に帰属する傾向があることを見いだし、失敗経験の帰属を内的、安定的な要因(能力)から内的、不安定的な要因(努力)へと変えることが困難な課題に対する根気に影響を及ぼすと考えた。そして、失敗を不十分な努力へと帰属させる帰属の再訓練によって望ましい改善を見いだしている。このような帰属介入の技法に関してはこれまで数多くの研究がなされており、その多くで有効性が確かめられている。その一方で、技法の根拠となる理論の検証が十分になされていないことも指摘されている。増田(1994)が行った検討では、帰属スタイルと自尊心の関連について改訂LHモデルもそれを発展させた絶望感理論もともに支持しない結果を得ている。これまで様々なタイプの帰属介入のアプローチが提案されてきたが、これらはおもに治療モデルであり、それぞれが望ましい帰属を想定し、その方向への変容を目的とし、効果を上げてきた。しかしながら、失敗の原因を外的なものあるいは努力などの不安定な要因に帰属することは、不適応的なクライエントへの治療的アプローチとしては有効であっても、予防的な意味においては望ましいとはいえないのではないかと考えられる。何でもかんでも外的な要因に原因を求めるようなあり方はかえって自己成長を妨げるであろうし、努力だけでは解決できないことが現実に存在することも否定できない。ここで、特筆すべき事柄として、村上(1987)は抑うつ者の特徴として、他の帰属スタイルを柔軟に取り入れない人格の固さというようなものが感じられたと指摘している。これまで帰属介入のアプローチの中では、あまり考慮されてこなかった予防的な意味での応用を考える際、むしろ場面に応じた適切な帰属の可能性を吟味できることのほうがよいのではないだろうか。 ここで、ネガティブなライフイベントに対する情緒反応を規定する他の要因の1つとして、「自己表象の複雑性」に着目したい。一般に、否定的なライフイベント体験後においてはかつての挫折体験や自分の嫌な側面ばかりが想起され、絶望感がよりいっそう深められるということがある。しかし、同時に、つらい出来事の中にあっても、自分には良いところもあると想起し、そのつらさを和らげることができることも多くの人に体験的に理解されている。したがって、自己表象を多くの側面からとらえられることにはネガティブなライフイベント体験後の挫折感や絶望感を和らげる働きがあることが推測される。実際、佐藤(1999)は自己表象の複雑性が抑うつおよびライフイベントに及ぼす緩衝効果を検討し、肯定的自己複雑性が抑うつの抑制要因となることを見いだしている。 以上を踏まえ本研究では、ネガティブな出来事の原因帰属も自己認知の一側面であることにかんがみ、認知面における自己複雑性が抑うつの緩衝効果を有することを参考に、原因帰属においても多様な側面、可能性が吟味されることで人の精神的健康面におけるポジティブな効果が得られるのではないかという見解にたち、その効果を実験的に検証したい。すなわち、ネガティブな出来事の原因について多様な側面を踏まえた帰属を考えられるようになることで、精神的健康面でポジティブな変化をもたらし、これまでの治療モデルの帰属変容とは異なる、予防的な意味をもった帰属変容の方法を検討する。 本研究では、精神的健康の1つの側面として自尊心(self-esteem)を扱う。なぜなら、自尊心の低さはうつとの間に高い相関があることが明らかにされている(Craighead & Green, 1987)ことに加え、改訂LHモデルでもその関連が想定されており、かつ成功・失敗の原因帰属との関係がこれまで多くの研究で検討されていることから、先行研究の成果との比較が可能になると考えたためである。またSeligman(1991)の定義にもとづく帰属における楽観性も従属変数として検討する。測定にはSeligman(1991)の作成した尺度を用いるが、これは失敗のような負の出来事に対して、外的・不安定的・特殊的な帰属をするものほど楽観性が高いと見なされるものである。今回の実験プログラムは、特定のスタイルへの変容を目的としたものではないため、楽観性には肯定的な変化は生じないと予測される。 以上、本研究ではネガティブな出来事の原因について多様な側面を踏まえた原因帰属を促すよう働きかけたものとそうでないものとの間の違いについて検討することを目的とする。 本研究では、授業を通して人の帰属には偏りがあることを踏まえて、多様な可能性を吟味することを意味づけし、その上で「課題」を与えるプログラムを実施するグループを実験群、そうしたプログラムを行わず、測定のみを行うグループを統制群とする2群で構成した。なお検討にあたっては、事前事後における実験群・統制群の自尊感情得点、楽観度得点の差の比較によって、実験の効果を検証する。また、帰属の複雑性については、失敗の原因の自由記述において報告された帰属の記述数および記述された次元数によって検討する。 また、実験群における実験プログラムへの関与の度合いをプログラム中の実験課題で報告された帰属記述数ならびに帰属次元数によって定義し、プログラムへの取り組みの違いという観点から、自尊感情得点、楽観度得点および失敗の原因の自由記述(帰属記述数・帰属次元数)についても検討を行う。 仮説は次の通りである。 |
仮説1 実験プログラムの実施により、原因帰属の複雑性が増すことから、統制群の被験者と比較して実験群の被験者は、前後において「自尊感情」が上昇する。また多様な可能性が吟味されるようになるので帰属における楽観性について肯定的な変化は見られない。また、複雑性が増すため、自由記述で報告される帰属記述数・帰属次元数は増加する。 仮説2 実験群において、プログラムに積極的に参加し、実験課題でより多くの数・側面の帰属を記述した被験者は、そうでなかった被験者に比べて「自尊感情」が高くなる。また自由記述で報告される帰属記述数・帰属次元数も増加する。 |