結果

1.各尺度の分析
(1)クリティカルシンキング志向性尺度(social version)の因子分析
 クリティカルシンキング志向性尺度(social version)30項目について、廣岡ら(2001)に基づき、主因子法・プロマックス回転による因子分析を行った。因子数は、固有値の減衰状況および解釈可能性を総合して、4因子が妥当であると判断した。「4.自分とは別の意見を理解しようと努める」「13.身近な人の言うことだからといって、その内容を疑わずに信じ込んだりしない」「24.外見だけで人を判断しない」「25.人と意見の対立があったときには、一度、自分の意見を疑ってみる」など、.350未満だった4項目を除き、残った26項目について、再び因子分析を行った(Table1)。
 第一因子は、「16.言わなければならないと思えば、友だちに対しても客観的なことを言うことができる」「29.自分が不利になるときでも、客観的な態度を心がける」といった客観的な態度を重視する項目が含まれていたため、『客観性』と解釈した。第二因子は、「7.いろいろな人と接して多くのことを学びたい」「8.相手に応じた接し方を心がける」といった他者を多様な観点から理解しようとする態度である項目に負荷が高く、『人間多様性理解』と解釈した。第三因子は、「5.他の人が出した優れた主張や解決案を受け入れる」「3.必要に応じて妥協する」など自分とは違う意見についても柔軟に受け入れようとする態度を重視する項目に負荷が高かったため、『柔軟性』と解釈した。第四因子は、「12.いろいろな立場を考慮する」「14.理由もなく人を疑ったりしない」といった直感から判断をしないようにする態度である項目に負荷が高く、『脱直感』と解釈した。
 各因子間の内的整合性を検討するため、クロンバックのα係数を算出したところ、「客観性」因子でα=.797、「人間多様性理解」因子でα=.751、「柔軟性」因子でα=.771、「脱直感」因子でα=.739と高い内的整合性が得られた。
 それぞれの因子の項目を合計して、それぞれ「客観性得点」「人間多様性理解得点」「柔軟性得点」「脱直感得点」とし、さらにこれらの得点を全て合計したものを「クリティカルシンキング志向性得点」として、以下の分析に用いることとする。
 また、因子相関をTable2に示す。
 

(2)公的自意識尺度の因子分析
 公的自意識尺度20項目について、主因子法・バリマックス回転による因子分析を行った。因子数は、固有値の減衰状況および解釈可能性を総合して、2因子が妥当であると判断した。「19.初対面の人に、自分の印象を悪くしないように気づかう」という項目は、因子負荷が.400以下であった1項目を除き、残った19項目について再び因子分析を行った(Table3)。
 第一因子は、「16.しばしば、自分の心を理解しようとする」「2.自分がどんな人間か自覚しようと努めている」といった自分についての注意の向けやすさである項目に因子負荷が高く、『私的自己意識』因子であると解釈した。第二因子は、「自分が他人にどう思われているのか気になる」「自分についてのうわさに関心がある」といった他者に対する注意の向けやすさである項目に因子負荷が高く、『公的自己意識』因子であると解釈した。
 各因子の内的整合性を検討するため、クロンバックのα係数を算出したところ、「私的自己意識」因子はα=.885、「公的自己意識」因子はα=.868と、どちらも高い信頼性が得られた。
 それぞれの因子の項目を合計して、それぞれ「私的自己意識得点」「公的自己意識得点」とし、さらにこれら両得点を合計したものを「自己意識得点」とし、以下の分析に用いることとする。
 

(3)対人不安尺度の因子分析
 対人不安尺度31項目について、主因子法・バリマックス回転による因子分析を行った。因子数は、固有値の減衰状況および解釈可能性を総合し、3因子が妥当であると判断した。「3.人の顔色が気になる」「5.批判されると腹がたつ」「9.自分が変な人間だとは思わない(逆転項目)」「12.どもらないか不安である」「14.異性と話をするときでも、緊張しない」「15.自分の言動が人を傷つけているのではないかと思うと不安になる」「17.前に成功したことは自信をもってできる(逆転項目)」「20.馬鹿なことを言ってしまいはしないかと不安である」「30.自分の表情や目つきが相手にいやな感じを与えるのではないかと気になる」「31.人との間にどの程度の距離をとればよいのかが分かりにくい」など、因子負荷が.400未満であった10項目を除外し、残った21項目について再び因子分析を行った(Table4)。
 第一因子は、「27.自分だけが取り残された気がする」「29.欠点を見つけられると、傷ついてしまう」など、他者から疎外されていると感じたり、自己の傷つきやすさをあらわす負荷が高い項目が含まれることから、『疎外感と自我の脆弱性』と命名した。第二因子は、「2.人前に出ていくのに自信がない」「10.人前で話さねばならないと思うと、それだけでこわい」といった、他者と接する時の緊張の高さをあらわす項目に負荷が高く、『対人的緊張』と解釈した。第三因子は、「11.人にいやな感じを与えているのではないかと気になる」「7.人に嫌われないかと不安である」といった、他者に対する自己の印象を気にする態度である項目に負荷が高かったため、『評価不安』と解釈した。
 各因子の内的整合性を検討するため、クロンバックのα係数を算出したところ、「疎外感と自我の脆弱性」因子はα=.853、「対人的緊張」因子はα=.840、「評価不安」因子はα=.863と、高い内的整合性を得ることができた。
 それぞれの因子の項目を合計して、それぞれ「疎外感と自我の脆弱性得点」「対人的緊張得点」「評価不安得点」とし、さらにこれらの得点を全て合計したものを「対人不安得点」とし、以下の分析に用いることとする。
 

2.クリティカルシンキング志向性尺度(social version)と自意識尺度の関係
 クリティカルシンキング志向性と自己意識との関係を検討するために、クリティカルシンキング志向性得点と、自己意識得点のピアソンの相関係数を求めたところ(以下の「相関」は全てピアソンの相関係数とする)、弱い正の相関が確認された(r=.279,p<.01)。さらに、自意識尺度の下位因子をそれぞれ合計した、私的自己意識得点・公的自己意識得点と、クリティカルシンキング志向性得点との相関を求めたところ、私的自己意識とは比較的強い正の相関が得られたが(r=.479,p<.01)公的自己意識との相関は認められなかった(Table5)。よって、クリティカルに考えようとする志向性の高い人は、自己への注意の焦点付けをする傾向が高いということである。
 さらに、クリティカルシンキング志向性と自己意識の関係を詳しくみるために、それぞれの下位因子を合計した客観性得点・人間多様性理解得点・柔軟性得点・脱直感得点と、私的自己意識得点・公的自己意識得点の相関をそれぞれ算出した。私的自己意識得点と人間多様性理解得点の間に比較的強い正の相関(r=.514,p<.01)が認められ、客観性得点との間に弱い相関が(r=.354,p<.01)、柔軟性得点との間に非常に弱い正の相関が(r=.186,p<.01)、脱直感得点との間に弱い正の相関が(r=.308,p<.01)、それぞれみられた。つまり、自分に対する注意の向けやすさが高い人は、柔軟に他の考えを受け入れる態度が高く、他者を多様な視点から理解しようとする態度が高いということである。公的自己意識得点では、客観性との間に弱い負の相関がみられ(r=-.277,p<.01)、人間多様性理解との間には弱い正の相関がみられた(r=.249,p<.01)。つまり、他者に対する注意の向けやすさが高い人は、他者を多様な視点から理解しようとする態度が高く、客観的にものごとを考えようとする態度が低いということである。これらの結果をTable6に示す。
 以上の結果より、仮説Tは支持されなかった。
 

3.クリティカルシンキング志向性尺度(social version)と対人不安尺度の関係
 クリティカルシンキング志向性と対人不安との間にどのような関係があるのかを検討するために、クリティカルシンキング志向性得点と、対人不安得点との相関係数を算出した。その結果、クリティカルシンキング志向性と対人不安の間に弱い負の相関が認められた(r=-.248,p<.01)。つまり、クリティカルに考えようとする志向性が高いと、対人不安は低いということである。
 クリティカルシンキング志向性と対人不安とのさらに細かい関係性を検討するために、それぞれ客観性得点・人間多様性理解・柔軟性・脱直感と、疎外感と自我の脆弱性得点・対人的緊張得点・評価不安得点の相関係数を算出した。その結果、疎外感と自我の脆弱性得点と、客観性得点に弱い負の相関が(r=-.276,p<.01)、柔軟性得点と非常に弱い負の相関がみられた(r=-.149,p<.05)。つまり、他者から疎外感をより高く感じている人は、客観的にものを考えたり、柔軟性のある考えに対する志向性が低いということである。また、対人的緊張得点と客観性得点に比較的強い負の相関が(r=.-454,p<.01)、脱直感得点との間に弱い負の相関がみられた(r=-.210,p<.01)。つまり、他者と話すときなどにより高い緊張を感じる人は、客観性や、直感で判断をする態度が低いということである。また、評価不安得点と客観性得点との間には弱い負の相関が(r=-210,p<.01)、人間多様性理解得点との間には非常に弱い正の相関が認められた(r=.181,p<.01)。つまり、他者から評価されているのではないかという不安が高いほど、客観性が低く、他者を多様な視点から理解しようとする態度が高いということである。よって、仮説Uは支持された
 これらの結果を、Table7にまとめて示す。
 

4.自意識尺度と対人不安尺度との関係
 自己意識と対人不安との間の関係を検討するために、自己意識得点と、対人不安得点との間の相関係数を算出した。その結果、自己意識得点と対人不安得点比較的強い正の相関(r=.501,p<.01)がみられた。つまり、自己意識が高いと、不安が高いということである。さらに、対人不安得点と自意識尺度の私的自己意識得点・公的自己意識得点の相関係数を算出したところ、私的自己意識得点との間には非常に弱い正の相関が(r=.153,p<.05)、公的自己意識得点との間には非常に強い正の相関がみられた(r=.709,p<.01,Table8)。よって、人と接するときに不安を感じやすい人は、自分の感情や願望など私的な側面に注意を向ける傾向が強く、人から見られている自分の姿が気になる傾向が強いということである。
 自己意識と対人不安とのさらに詳しい関連性を確かめるために、自己意識の私的自己意識得点・公的自己意識得点と対人不安尺度の疎外感と自我の脆弱性得点・対人的緊張得点・評価不安得点との相関係数を算出した。その結果、私的自己意識得点と疎外感と自我の脆弱性得点の間に非常に弱い正の相関がみられ(r=.188,p<.01)、評価不安との間に弱い正の相関がみられた(r=.210,p<.01)。つまり、自分に対する注意の向けやすさが高い人は、疎外感が高く、評価不安も高いということである。公的自己意識得点では、疎外感得点との間に比較的強い正の相関が(r=.561,p<.01)、対人的緊張得点との間に比較的強い正の相関が(r=.496,p<.01)、評価不安得点との間に非常に強い正の相関が(r=.783,p<.01)認められた。つまり、他者に対する注意の向けやすさが高いと、疎外感や対人的緊張、そして評価不安が高いということである。これらの結果をTable9にまとめて表す。
 

5.クリティカルシンキング志向性と自己意識からみた不安の検討
 クリティカルシンキング志向性の4つの下位因子(「客観性」「人間多様性理解」「柔軟性」「脱直感」)において、それぞれがどのように不安の3つの下位因子(「疎外感と自我の脆弱性」「対人的緊張」「評価不安」)に影響を与えているのかを明らかにするために、クリティカルシンキング志向性の4因子と自意識の2つの下位因子(「私的自己意識」「公的自己意識」)を説明変数、不安の3つの下位因子を予測変数とする重回帰分析を行った。
 その結果、「私的自己意識」は「客観性」より弱い正の影響(β=.162,p<.05)を、「人間多様性理解」より中程度の正の影響(β=.425,p<.001)を受けていることが明らかになった。つまり、物事を客観的に捉える傾向や、いろいろなタイプの人間の存在を認める傾向が強いほど、自分の感情や願望など、私的な側面に目を向けやすいことが明らかになった。また、「公的自己意識」は「客観性」より中程度の負の影響(β=-.442,p<.001)を、「人間多様性理解」より中程度の正の影響(β=.494,p<.001)を受けていることが分かった。つまり、物事を主観的に捉え、いろいろなタイプの人間の存在を認める傾向が強いほど、人から見られている自分の姿が気になるということである。
 不安意識の各因子を検討すると、「疎外感と自我の脆弱性」は「公的自己意識」より中程度の正の影響(β=.486,p<.001)を受けていることが明らかとなった。つまり、公の場での自分の姿が気になる傾向が強いほど、疎外感を感じたり、精神的に傷つきやすかったりするということである。
 また、「対人的緊張」は、「客観性」から弱い負の影響(β=-.278,p<.001)を、「柔軟性」から弱い正の影響(β=.159,p<.01)を、「脱直感」から弱い負の影響(β=-.130,p<.05)を受けると同時に、「公的自己意識」から中程度の正の影響(β=.447,p<.001)を受けていることが明らかになった。よって、物事を主観的に捉え、直感的に物事を考え、他者の意見に柔軟な態度を示し、公の場での自分の姿を意識する傾向が強いほど、対人場面で緊張しやすいということである。
 さらに、「評価不安」は、「客観性」より弱い負の影響(β=-.112,p<.05)を、「公的自己意識」から強い正の影響(β=.760,p<.001)を受けていることが分かった。つまり、物事を主観的に捉え、公の場での自分の姿を意識する傾向が強いほど、他者にいやな感じを与えているのではないかと気にしたり、人にどう思われているかが気になったりするということである。以上4・5の結果から、仮説Vは支持された。これらをまとめたものを、Table10・Table11,Figure1に示す。
 

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