昨今、ニュースや新聞などで取り上げられるように、青年に対して、コミュニケーション力など社会的スキルの増進を求める声が盛んになってきている。
三重大学においては、中期目標として以下の内容を掲げている。
『三重大学は課題探求心、問題解決能力、研究能力を育てるとともに、学際的・独創的・総合的視野をもち、国際的にも活躍できる人材を育成する。』
これらの能力・視野を身につけるには、クリティカルな思考(クリティカルシンキング)が欠かせない。
クリティカルシンキングとは、「適切な基準や根拠に基づく、論理的で、偏りのない思考」と定義されており、その実践のためには、「問題に対して注意深く観察し、じっくり考えようとする態度」「論理的な探求法や推論の方法に関する知識」「それらの方法を適用する技術」の3つの要素が必要だと言われている(Zechmeister・Johnson,1992)。
よって、クリティカルシンキング能力を身につけることは、様々な角度からものを見ることによって、自己への気づき・他者への気づきを促進し、論理的な探求法や推論のしかたを身につけることで、説得的コミュニケーションに必要な論理をつくる力を養うことができ、その力が問題解決能力へと生かせることから、社会的スキルを増進させる要因として有効なものであると考えることができる。クリティカルシンキング能力にとって最も重要なのは、実践しようとする態度であるとされることから(Zechmeister・Johnson,1992)この研究ではクリティカルシンキング志向性を中心として扱うこととする。
大学生は発達段階において青年期にあたるが、青年期は赤面恐怖や視線恐怖などに代表される、対人恐怖が顕著に発生しやすい時期である(笠原、1997,1984)。対人恐怖の発症にまで至らなくても、この時期に、対人関係で緊張したり、人の目が気になったり、他者から自分が変な人に思われているように感じるなどの対人恐怖的な心性をもつ青年は少なくないと言われており、対人不安意識という視点からも理解されている。
対人不安とは、「現実、あるいは想像された社会的場面での他者からの評価、ないしその予測によって生じる不安」とSchlenkerとLeary(1982)によって定義されており、それを生じるカテゴリーには、「社会的文脈」と「他者の行動」という2つが考えられるとBuss(1986)は述べている。このうち、「社会的文脈」の特徴として、集団の大きさ・集団に対する注意の量・人物の熟知度・公式性・評価の程度の5つの次元に分けられる。
ここで、青年期に対人恐怖に陥りやすい人が多いことを、この5つの次元を用いて考えてみることとする。
大学生になると、発表形式の講義など集団の前で話をする機会が増える。さらに、就職というライフイベントを考えれば、見知らぬ他者と接する機会はより増加することとなる。
企業の中でも、上司だけでなく部下にも評価されるシステムが導入されつつあり、自分が関わっていく人全てから評価の目を向けられ、評価される機会が飛躍的に増える。以上のことから、私たちは発達とともにより活動の場はよりフォーマルになり、大きな集団に接し、よく知らない他者と関わる機会が増える。それに伴い、私たちはより評価的な目を向けられ、評価的な目を向けられることによって私たちは周囲への注意量を増やすこととなる。よって、青年期以後は、先にあげた5つの次元がさらに複合的なものになっていく。つまり、対人不安は青年期において誰でも持ちうる意識なのだ。よって、大学生など青年期の人の心身の健康を維持・増進するには、この対人不安意識を低減していくことが対人恐怖症に陥るのを防ぐために重要な要因になると考えてよいだろう。
対人不安意識の中でも、大学生が抱きやすい不安意識の1つに、評価不安という下位概念がある。評価不安とは、他者からのネガティブな評価を恐れるために生じる不安のことで、その発生には、他者の視点から見た自己を意識する感覚である公的自己意識が関係していることが示されている(辻、1984,1987)。公的自己意識とは、人から見られている自分の姿が気になる傾向のこと(Buss,1986)だが、公的自己意識は、自分の視点以外に他者から見た自己の視点を意識することから、公的自己意識が強ければ、他者の目から見た自己についてより深く省察しようとしていると想像でき、クリティカルシンキング志向性のうち、他者の存在を意識するsocial versionの下位因子から正の影響を受けていると想定できる。一方、自分の感情や願望など私的な側面に注意が向ける傾向を私的自己意識と呼ぶが(Buss,1986)、これはクリティカルシンキングに必要な論理性や客観的な視点とは違い、自己の内面に意識が向くことを指していることから、他者の意見を尊重する傾向である「人間多様性理解」や、「論理的な理解」といったクリティカルシンキング志向性の下位因子との間にも何らかの関連性があることが予測される。本研究では、これらの視点を交え、自己意識とクリティカルシンキング志向性との関係を探ることを目的とする。
さらに、調・高橋(2002)は、青年期において、対人不安意識が高い人は、対人不安意識の低い人に比べ、ネガティブな評価を自分に当てはまるかどうかに関係なく受け入れていることを示している。これは、対人不安意識の高い人が、他者評価の原因を吟味することなく自分に帰属しているという認知スタイルと捉えることができ、他者評価を「自分の性格」という内的で安定性のある次元に帰属してしまうことで、自己評価を下げてしまうと考えることができる。
また、徳本・北山(1995)は、自尊感情と欲求不満を解決するための様式との関連を検討し、自尊心の低い人は、自分の価値を低下させられそうになっても、傷つくことから防衛できず、自分の失敗を過大に評価したり、他者による自分の価値を低下させられそうな行為を過大に認知してしまうのではないかと考察している。
つまり、他者からの評価を過剰に受け入れ、自己評価を下げることは、自尊心の低下につながると考えられる。また、自尊心が個人の精神的健康に重大な影響を及ぼすという指摘も多く、否定的な他者評価を受け入れ続けていくと、自己評価や自尊心の低下につながり、他者との関係をうまく築けない対人恐怖症の症状に陥ることも予測される。
さらに、公的自己意識は、対人不安と比較的強い正の相関をもつことが分かっており(辻,1993)、公的自己意識を高められた状況では、現実−理想自己間のズレが大きくなることから、自己評価が低下させられることが分かっている(Ickes,Wicklund & Ferris,1973)よって、対人恐怖症を防ぎ、精神的健康を維持するためには、他者評価が精神的健康にどのように影響しているのか、また、公的自己意識を下げ、自己評価を下げることなく他者評価に対してクリティカルに考えることで精神的健康を維持していく可能性を検討する必要があると考えた。
以上を踏まえ、本研究においては、青年期の対人不安意識克服のひとつの要素として、対人不安意識がクリティカルシンキング志向性にどのような影響を与えるのかを、私的自己意識・公的自己意識などの自己意識の視点を交えながら探ることを目的とし、対人不安意識・クリティカルシンキング志向性・自己意識の関連性を量的な分析を用いて調べることとする。
仮説は以下に述べる通りである。
T.クリティカルシンキング志向性は、公的自己意識と正の相関をもち、私的自己意識と負の相関をもっているだろう。
U.クリティカルシンキング志向性と対人不安の間には、負の相関があるだろう。
V.公的自己意識は、対人不安の下位因子に正の影響を与えているだろう。
特に評価不安には、大きな正の影響を与えているだろう。