問題と目的



 近年、日本ではオウム真理教(アーレフ)、法の華、ライフスペース、ホームオブハートといった宗教団体が社会問題となった。これらの宗教団体は、詐欺・脅迫を伴う勧誘を行ったり、殺人を犯したりし、高い反社会性を持っている。特にオウム真理教は、1995年3月20日、東京霞ヶ関駅を通過する路線内でサリンという猛毒ガスを散布し、12名の死者、5000名を超える中毒者を出すという無差別テロ事件を起こし、日本中に衝撃を与えた。しかし、これらの集団の表向きの目的は「インド教育哲学者であるサイババの教育システムに基づく、セミナーの開催、運営」(ライフスペース)であったり、「『南無天法地源如来行』を本尊とし、『法の華三法行』の教義をひろめ、儀式行事を行い、信徒を教化育成することを目的とし、その目的を達成するために必要な業務を行う。」(法の華)であったりし、表面的には向社会性を示している。このように、表面的には向社会性を示しながら反社会性の高い側面を持つ組織集団のことを破壊的カルトと呼ぶ(西田,2001)。また、Hassan(1988)によれば、宗教のみならず、政治、教育および心理療法、商業の分野においても同様の活動をしている集団を破壊的カルトと定義している。この定義によれば、霊感商法やマルチ商法などに代表される悪徳商法を行っている団体も破壊的カルトと考えられる。

 このような破壊的カルトが行う精神操作の技術としてマインドコントロールがある。マインドコントロールとは、個人が自己自身の決定を行うときの人格的統合性を壊そうとするシステムのことであり(Hassan,1988)、他者が自らの組織が抱く目的成就のために、本人が他者から影響を受けている事を知覚しない間に、一時的あるいは永続的に、個人の精神過程や行動に影響を及ぼし操作する事(西田,1995a)と定義されている。西田(1995a)は、破壊的カルトのマインドコントロールをボトムアップ情報を操作する一時的マインドコントロールとトップダウン情報とボトムアップ情報の両方を操作しようとする永続的マインドコントロールに分けている。ボトムアップ情報とは、情報処理時に視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感を通じて外界から取り入れる情報のことである。一方、トップダウン情報とは、例えば信念や知識というような、それまでに前もって獲得されて記憶構造の中に貯蔵されている情報のことである(西田,1995a)。

 マインドコントロールに関する先行研究としては、Keiser&Keiser(1987)、Hassan(1988)、西田(1993)、西田(1995b)、西田(2001)などがある。これらの研究では、永続的マインドコントロールにかかり、破壊的カルトに入った後のことを主な対象として研究が進められている。しかし、破壊的カルトにどのような人物が入りやすいのか、どうすれば破壊的カルトに騙されないようにすることが出来るのか、というような研究は今までに成されてこなかった。破壊的カルトに入ると、抜け出すために脱会カウンセリングと呼ばれる特殊なカウンセリングが必要であったり、脱会した後におこる無気力感、自責などの情緒的混乱や意思決定の困難、残余思考などの思考的混乱、また、家族とのトラブルなどが起こることもある。このように一度破壊的カルトに入ってしまうと多くの問題が起こってしまう。このような問題を防ぐためには、破壊的カルトについて知り、どのようなときに勧誘されやすいのかを知ることで、破壊的カルトに入らないようにすることが必要であると言える。これらのことから、破壊的カルトの勧誘時に焦点を当て研究する事は意義のあることだと言える。そこで、本研究では破壊的カルトが勧誘時に用いる一時的マインドコントロールに焦点を当て、どのようなパーソナリティを持つ人物が破壊的カルトの一時的マインドコントロールにかかりやすいのか、またどのような思考をすることによって一時的マインドコントロールされることを防ぐことが出来るのかを考察することを目的とする。


1.一時的マインドコントロールについて
 一時的マインドコントロールとは、ボトムアップ情報を操作し特定の状況に対する個人の固定化された自動的反応を引き出そうとする事である(西田,1995a)。一時的マインドコントロールでは、返報性、好意性、権威性、希少性、コミットメント、一貫性などを利用している。これらは破壊的カルトに限らず、多くのセールスマンもよく用いる事である。セールスマンが用いる説得の技法と一時的マインドコントロールの大きな違いは、説得された後に反社会的な行動をとるか、とらないかである。しかし、技法としてみた場合セールスマンの説得テクニックと一時的マインドコントロールは、ほとんど同じである。そこで、一時的マインドコントロールと多くのセールスマンが用いるような説得を区別するために、本研究では以下のような特徴を持つ説得を一時的マインドコントロールと定義する。@故意に現実の歪曲を行っていること、Aマインドコントロールの前段階になりうること、B説得を受けた結果、社会的に望ましくない方向に変化すること、C説得をして不当な利益をコントロールする側が得ていること、である。


2.一時的マインドコントロールと向上心について
 西田(1993)は、「マインドコントロール」を用いて伝導していると指摘されているA教団によるビデオセンターで学習するように勧誘され、ビデオセンターで学習することにした人がどのような動機で勧誘を受け入れたのかという項目について因子分析を行った結果、「人間の価値、人生の目的や使命がわかるとおもったから」「『生きがい』が見つかると思ったから」などの項目を含む自己高揚動機因子を抽出した。自己高揚動機とは自己概念を維持・防衛しようとすることである(西村・浦,2002)。西田(1993)は、これらの項目を自己高揚動機と捉えたが、本研究においては、これらの項目を自己を高め成長させたいという欲求である成長動機と自己の進むべき指針としての理想自己が定められたとき、理想自己をめざして現実自己を高めようとする態度(井上,1998)からなる向上心と捉えることが適切であると考えた。またビデオセンターでの学習動機は、勧誘時に用いられた一時的マインドコントロールと関係があると考えられる。つまり、被勧誘者の向上心に訴え、一時的マインドコントロールを行っていると考えられる。


3.一時的マインドコントロールと批判的思考態度について
 平山・楠見(2003)は、我々の周りに溢れる非常に多くの情報を適切に取捨選択し、よりよく活動するためには、主観にとらわれることなく物事を客観的に捉え、多角的・多面的に検討し、適切な基準に基づき判断するという批判的思考(critical thinking)が重要であると述べている。批判的思考とは、自分の推論過程を意識的に吟味する反省的な思考であり、何を信じ、主張し、行動するかの決定に焦点を当てる思考(Ennis,1987)である。この批判的思考をすることにより、故意に現実の歪曲を行っていることを見抜いたり、一時的マインドコントロールする側が不当な利益を得ようとしていることを見抜けるのではないかと考えた。


4.一時的マインドコントロールと親和動機について
 西田(1993)は、「マインドコントロール」を用いて伝導していると指摘されているA教団にビデオセンターで学習するように勧誘され、実際にビデオセンターで学習することにした人がどのような動機で勧誘を受け入れたのかという項目について因子分析を行った結果、「寂しいとき、悲しいとき、ここには心を癒してくれる人がいると思ったから」「悩み事を相談できる人がいると思ったから」という項目からなる親和動機因子を抽出した。このことから、一時的マインドコントロールをかけるときには親和動機を利用していると考えられる。