考察


        1.性差について 

         男性性と女性性において性差がみられなかったことから、本研究でとりあげた性役割同一性尺度の項目につい
        ては、「男だから男らしい」「女だから女らしい」というものではけっしてないということがいえるのではないだろうか。
        しかし、さらに幅広い概念としての男性性や女性性を扱った場合は異なる結果が得られる可能性がある。また、
        自己閉鎖性においては、男性の平均値が女性の平均値よりも有意に高いということが示された。この結果から、
        男性のほうが女性よりも対人関係が閉鎖的になる傾向があることが示唆される。このことは、男性よりも女性の
        ほうが自己開示量が多いという加藤(1977)の結果と共通しているといえるのではないだろうか。 

        2.性役割同一性と精神的健康との関連

         性役割同一性と精神的健康との関連を全体的に見てみると、本研究で測定した性役割同一性においては男性性を
        獲得することが重要であるという結果が多く示された。このことはBem(1974)が提唱した心理的両性具有性が最も望ま
        しい特性であるというよりは、女性性の獲得にかかわらず男性性の獲得が重要であるということを示しているのでは
        ないだろうか。また、伊藤・秋津(1983)の研究で男性と女性が共通して女性性よりも男性性のほうが個人にとって重要
        であると評価していることから、男性性の獲得が精神的健康にも影響したのではないかということが考えられる。

        3.自己の性の受容と性役割同一性との関連

         自己の性の受容と性役割同一性との関連について見てみると、自己の性を受容していることは、男性・女性の
        両方において同性性の獲得のみに影響を与えていることが明らかになった。このことは、自己の性の受容が男性性と
        女性性の獲得につながり、心理的両性具有性に近づくという土肥(1996)の予想に反する結果であるといえる。この
        ような結果になったのは、被調査者を青年期に限定したことが影響しているということが考えられる。渡邊(1989)に
        よると、性役割獲得の諸理論から、自己の性の受容は生涯にわたり獲得されるものであるとされていることから、
        青年期以降においてさらに自己の性が受容されていくということが予想される。よって青年期以降に自己の性がさらに
        受容された状態において、異性性の獲得にも影響を及ぼすのではないかということが考えられる。

        4.自己の性の受容・性役割同一性・精神的健康の関連

         男性において、自己閉鎖性については女性性が高いことよりも、自己の性を受容していることのほうが自己閉鎖性を
        低減させることに良い影響を与えていることが明らかになった。このことから、女性性は本来女性に対して期待される
        特性であるため、男性にとっては自己の性の受容ほどは重要でないということがいえるのではないだろうか。被評価
        意識については自己の性を受容していることよりも男性性が高いことのほうが被評価意識を低減させることに良い
        影響を与えており、女性性が高いことは悪い影響を与えていることが明らかになった。このことから、男性性は男性に
        対して期待される特性であるため、男性性の獲得は自己の性の受容よりも男性にとって重要な問題であるということ
        がいえるのではないだろうか。また、女性性は男性性とは異なり、男性にとってはそれほど重要な特性ではなく、
        むしろ人の気持ちをくみ取ったり優しく接するというような女性らしさが、人に気をつかいすぎて疲れてしまうこと
        や、自分の良いイメージだけを印象づけようとすることにつながってしまうという悪い影響を与えているのではない
        だろうか。

         女性において、自己閉鎖性については自己の性を受容していることよりも女性性が高いほうが自己閉鎖性を低減
        させることに良い影響を与えているということが明らかになった。このことから、女性性は女性に対して期待される
        特性であるため、女性性の獲得は自己の性の受容よりも女性にとって重要な問題であるということがいえるのでは
        ないだろうか。自己実現と充実感については自己の性を受容していることや女性性が高いことよりも男性性が高い
        ことが自己実現と充実感に良い影響を与えていることが明らかになった。女性にとって男性性を獲得することは、
        本来男性に期待される特性を身につけることである。しかし、自己実現と充実感においては、積極的に物事に取り
        組む姿勢をもっていることや自分を信じているというような男性らしさがポジティブにはたらいていて、その影響が
        自己の性の受容や女性性の獲得よりも強いということがいえるのではないだろうか。




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