1.対人認知
2.状況的要因
3.対象の要因
4.個人差要因
5.本研究の目的
1.対人認知
他者に関した種々の情報を手がかりとして、人の内面的特徴や心理過程を推論する働きのことを「対人認知(person perception)」という。これまでの対人認知の研究は、主に「情動の認知」、「対人関係の認知」、「パーソナリティの認知」の3領域にわたって多くなされてきた。このうちの「パーソナリティ認知」において、人の性格に関して自分自身の経験などから漠然と抱いている自分なりの信念体系のことを「暗黙裡のパーソナリティ観(implicit personality theory:IPT)」と呼ぶ(Bruner&Tagiuri,1954;Cronbach,1955)。
このIPTにおける次元性について検討した林(1978)は、パーソナリティ認知構造において、「誠実さ」や「道徳性」といった個人の知的・課題関連的評価の次元である“社会的望ましさ”と、「あたたかさ」や「やさしさ」といった個人の社会・対人的評価の次元である“個人的親しみやすさ”と、「外向性」や「意欲性」といった個人の意志の強さや活動性をあらわす次元である“活動性”の基本3次元が想定できることを明らかにした。この基本3次元の枠組みについては、その後研究がなされ、有効性が確認されているため、本研究においてもこの基本3次元が対人認知構造を構成していると仮定して研究を進めた。
「対人認知」の過程においては、人は相手の顔や表情、声や服装、あるいはその場の雰囲気など様々な要因をもとに対人認知を行っていると考えられている。対人認知の過程に影響を及ぼす要因を大別すると、@認知者の要因、A被認知者の要因、B状況的要因に分類される(Tagiuri,1958;Shrauger&Altrocchi,1964)。
これまで認知者や被認知者の要因に関しては多くの研究がなされてきた一方で、状況的要因を扱った研究はそれほど多くはない。しかし、状況的要因がパーソナリティ認知に大きな影響を持っていることは明らかにされている。
従って、本研究ではパーソナリティ認知に大きな影響を及ぼす第一の要因として、状況的要因を取り上げることとした。
2.状況的要因
対人認知の枠組みに及ぼす状況の効果として、各自の持つコンストラクト(=対人認知事態で用いられる他者及び自己に関する特性のこと)の相対的顕現性が、状況によって異なってくることが示されている。つまり、個人は様々な特性を持っているが、その強調される特性は状況によって異なるということである。
例えば同じ人物であっても、授業で話し合うといった「社会的望ましさ」が求められるような場面においては、「責任感がある」という特性が注目され、友達とおしゃべりするような「個人的親しみやすさ」が求められる場面では「思いやりのある」特性の方が強調される。このように、同一人物でも状況によって異なった特性に基づいて判断されるのである。
このような状況的要因についての研究としては、日常的な対人場面という状況要因がパーソナリティ認知にどのような影響を及ぼすのかということを検討したForgas,Argyle&Ginsberg(1979)や、対人認知の基本3次元の相対的顕現性をゼミ、コンパ、デートといった社会的状況との関連において分析した廣岡(1990)の研究がある。
状況認知次元としては、堀毛(1983)が「親和性」、「formality」、「関与」の3次元を、廣岡(1985)が「親密性」、「課題志向性」、「不安」の3次元を想定している。また、廣岡(1990)は、同じ行動であったとしても、行動の背景となる場面によってパーソナリティ特性への帰属の仕方が異なることを示し、状況認知次元の「親密性」が「個人的親しみやすさ」の次元に、「課題志向性」が「社会的望ましさ」の次元にそれぞれ対応しているなど、対人認知の基本3次元と対応する部分があることを明らかにした。
本研究においても、このパーソナリティ認知に及ぼす対人場面の効果について検討したいと考え、状況認知次元として「親密性」、「課題志向性」、「不安」の3次元をもとに状況設定することとする。ただ「不安」次元については、廣岡(1985)より「親密性」と「不安」の因子は要素的に近似していると示されていたことから、これらを区別するために、「外向性」の特徴を強調した「活動性場面」を設定することとする。
従って、状況設定は「課題志向的場面」、「親密な場面」、「活動性場面」となる。
3.対象の要因
対人認知の際に手がかりとなる被認知者の外面的な要因には、非言語的活動である表情や視線の量、体の向きや声などが挙げられるが、その中でも顔の表情は対人認知に大きな影響を与えるとされている。
一方、印象形成における手がかりの優位性を検討した廣兼・吉田(1984)によると、最も優位な手がかりとなるものは「声」であり、その次に「顔」や「服装」が続き、「体格」が最も優位性が低かったとされる。この研究における「顔」とは、刺激人物の表情を含まない顔写真を手がかりとして用いているため、表情を含めると結果が変わってくることも考えられるが、「声」が手がかりとしての優位性が高いことを明らかにした点は重要であろう。
また、顔の表情と声の調子について表出と認知および個人属性との関係を検討した井上・藤原・石井(1990)によると、顔の表情と声の調子が、ともに性格特性に正および負の相関があると示されている。また山口(1992)は、相手が伝えている情報の真偽を判別させるごまかしの判別実験で、音声による手がかりも表情による手がかりも同じごまかしの判別率を持ち、ともに対人認知に対して重要な働きをしていることを明らかにしている。
このように、「表情」と同程度に影響力が強いということが明らかにされている「音声」の中でも、発話速度に着目した研究としては、内田(2002)が話者の性格印象は音声の発話速度に影響を受けることを示している。これには性格特性としてBig Five Modelとよばれる5因子モデルが用いられ、「勤勉性」と「外向性」は速い発話で評価が高く、「協調性」はやや遅い発話で評価が高い、「経験への開放性」は普通の速さで評価が高く、「情緒不安定性」は発話速度の影響をあまり受けないということが明らかにされた。
このことから、音声の発話速度が性格印象に影響を及ぼすのであれば、パーソナリティ認知を行う際にも影響を及ぼすのではないかと考え、本研究では発話速度とパーソナリティ認知の関係について検討したいと考えた。
従って、対人認知に影響を及ぼす第二の要因として発話速度の要因を取り上げ、対人認知場面において、「社会的望ましさ」の次元は速い発話で評価が高く、「個人的親しみやすさ」の次元はやや遅い発話で評価が高く、「活動性」の次元に関しては、「外向性」のみでは表せないために、近似している「親密性」の要素も含めて普通の発話で評価が高いとした。
4.個人差要因
対人認知では他者の内的属性にまで判断が及ぶため、その手がかりとして何を選択し、どのような推測を行うかは、認知者自身の感情状態やパーソナリティ、態度や過去体験などによって大きく変わってくる。つまり、相手を判断する際に主観的な要素が入ってくるため、個人差としてこれらの要因も考慮していく必要がある。多様な個人差要因の中でも、本研究では認知者自身のパーソナリティ特性に焦点を当て、「他者意識特性」を考慮することとした。
「他者意識特性」とは、他者に注意や関心を向けやすい特性のことである。この他者意識が高い人は、他者の態度に注意を払っているため、対人認知を行う際にも他者から得られる情報をより多く仕入れた上で判断しているのではないかと考えた。仕入れる情報が多いということは、周りの状況なども含めて相手を判断しているということが考えられ、他者意識の低い人に比べて高い人の方が、背景となる場面に対応した対人認知次元を高く評価すると考えられる。この他者意識は、他者の気持ちや感情などの内面情報を敏感にキャッチし、他者を理解しようとする「内的他者意識」、他者の服装などの外面情報に注意を向けようとする「外的他者意識」、他者について思いをめぐらし空想する「空想的他者意識」の3つに分けられるが、本研究では他者の情報に注意を向ける特性について検討したいと考えたため、「空想的他者意識」を除いた2つの特性について検討することとした。
5.本研究の目的
以上のように、状況的要因と発話速度の要因がパーソナリティ認知に及ぼす影響を把握することで、パーソナリティ認知を行う際には、普段意識していない周りの状況や発話速度による認知傾向に意識を向け、一側面でなく多様な視点によって判断することにつなげたいと考えている。そして、日常生活でこの認知傾向を考慮しながら対人関係を構築することは、偏ったパーソナリティ認知を行うことなく、その後の人間関係を円滑に行うことにつながると考えられる。
従って、本研究においては、状況的要因と発話速度の要因および認知者の個人差要因がパーソナリティ認知に及ぼす影響について検討することを目的とする。本研究における独立変数としては、対人場面と音声刺激の発話速度を用いる。対人場面については、状況認知次元である「課題志向性」、「親密性」、「不安」の3つの次元をそれぞれ特徴的に表すような場面である「課題志向的場面」、「親密な場面」、「活動性場面」を設定した。発話速度については、通常の発話速度である「original」を基準に、発話速度の速い「fast」、発話速度の遅い「slow」の3段階を設定した。なお、発話内容については、それぞれの場面に適していると考えられるものを2通りずつ、計6通りを作成した。以下に仮説を述べる。
【仮説1】
同じ発話速度でも、背景となる場面によって、パーソナリティ認知の判断は異なる。
また、背景となる場面に対応した対人認知の基本3次元のパーソナリティ特性が高く評定される。
【仮説2】
同じ場面であっても、発話速度によって、パーソナリティ認知の判断は異なる。
・課題志向的場面→fastの発話の方が「社会的望ましさ」の次元において高く評価される。
・親密な場面 →slowの発話の方が「個人的親しみやすさ」の次元において高く評価される。
・活動性場面 →originalの発話の方が「活動性」の次元において高く評価される。
【仮説3】
他者意識の低い人よりも高い人の方が、課題志向的場面では「社会的望ましさ」の次元を高く評価し、親密な場面では「個人的親しみやすさ」の次元を高く評価し、活動性場面では「活動性」の次元を高く評価する傾向がある。