考察




1.各尺度における性差に関する考察


各尺度において性差があるのかどうかを明らかにするため、t検定を行った。その結果、「ソーシャルサポート」全体の得点において男女の有意な差、その下位尺度である「情緒的サポート」得点、「道具的サポート」得点の双方にも男女の有意な差がみられ、それぞれ男子よりも女子の方が高い点数を示すという結果になった。なかでも、情緒的サポートの得点が高かった。これは今までに行われてきたソーシャルサポートの先行研究(渡辺,1995など)と一致する結果である。この結果より、女性の方が、悩んだときや落ち込んだときに心のよりどころになってくれる人や、よき理解者となってくれる人を男性よりも多く持っていることが示唆された。日本文化の中では、自立が美徳であるという考え方が、特に男性において未だに根強く残っており、ややもすればプライドが傷付けられるなどの負の面をもつソーシャルサポートは、女子に比べて男子は得にくい状況にあるのではないかと考えられる。

次に、「パラノイド傾向」得点では、男女の有意な差はみられず、その下位尺度においても全て男女の有意な差はみられなかった。これは先行研究(滝村,1991)とは異なる結果である。滝村(1991)は、一般の高校生と少年院の入所者に同じ質問紙を施行して、男女とも一般の高校生に比べて少年院入所者に高いパラノイド傾向を認めている。本研究で質問紙を実施したのは男子では四年生の国立大学生が多く、女子ではそうではない者が多かった。つまり本研究の被験者においては、性別というだけでなく生活環境などにも違いが生じており、そのためデータの歪みが発生したのではないかと考えられる。

最後に「攻撃性」得点では男女の有意な差はみられなかったが、その下位尺度である「身体的攻撃」得点において男女の有意な差がみられ、女子よりも男子の方が点数が高かった。「短気」得点においても男女の有意な差がみられ、こちらは男子よりも女子の方が点数が高かった。これは先行研究とほぼ一致する結果である。動物では一般に雌より雄の方が、男性ホルモンなどの生理学的要因からみても攻撃的であると言われている(大渕,2000)。また日本文化の中には、いわゆる"男らしい"とされる理想的な男性像として、男であるなら殴られたら殴りかえすべきだというようなこうあるべきだというステレオタイプが根付いている。「身体的攻撃」得点が男子の方が高いのはそのような理由が考えられるだろう。 また、「短気」得点において女子の方が有意に高かったということは、女子の方が怒りが喚起されやすく、怒りの抑制が弱いということである。この結果から女子は男子以上に怒りを感じることが多いが、直接攻撃行動に移すことは少ないということが示唆される。この点については秦(1990)も述べている通り、顕在的な攻撃は男子が高いが、女性は淑やかにするべきだというジェンダーステレオタイプなどから、女子は直接的な攻撃行動を抑制するために、すぐに怒りを攻撃行動に移すことができず、表面に現れないいらだちや怒りなどの情緒的興奮が強くなり、ちょっとしたことでイライラを感じたり、人の些細な言動にも不満を持つことが多くなるのではないかと考えられる。「攻撃性」得点全体や「敵意」得点で男女に有意な差がみられなかったのは、前述したようにデータの歪みが生じたと考えられるだろう。

以上の結果より仮説5は一部支持されたと言えるだろう。このように性差について述べてきたが、データの歪みなどの問題点が指摘されるので、これらの性差を検討するためには、今後の更なる検討が必要であると思われる。

  

2.ソーシャルサポートとパラノイド傾向の関連


双方の尺度の下位尺度の重回帰分析の結果から、全体、男子、女子の全てにおいてソーシャルサポートとパラノイド傾向の間には負の関連があることが分かった。すなわち、ソーシャルサポートには対人猜疑心や不信感を緩和し、パラノイド傾向を低減させる効果があるという可能性が示唆された。ただし、女子においては「道具的サポート」と「仲間はずれ」の間に正の関連がみられた。これは、心の支えになるといった「情緒的サポート」が求められている時に、物質的なものや金銭的なものを与えるといった「道具的サポート」が提供されることで、求められているサポートの内容の不一致が生じて、逆に人に対する不信感を強めてしまうという事態が生じているのではないかと考えられる。和田(1992)によれば、HaysとOxley(1986)は男子よりも女子の方がネットワークメンバー(友人)との接触頻度が高いことを報告している。そのため特に女性においてこの事態が生じたのではないだろうか。求められているソーシャルサポートの種類を適切に判断するということが重要だと示唆された大変興味深い結果である。よって仮説1は一部を除いて支持されたといえるだろう。

また、ソーシャルサポートがパラノイド傾向に及ぼす影響を各下位尺度ごとにみていくと、全体、男子、女子の全てにおいて「道具的サポート」よりも「情緒的サポート」の方が強いことも分かった。このことから、パラノイド傾向など人に対する不信感や猜疑心などを低減させる上では、直接心の内に働きかけ、情緒的な安定を導くサポートである「情緒的サポート」が特に有効であることが示唆された。よって仮説2は支持された。

さらに詳しくみてみると、全体、男子、女子の全てにおいて「情緒的サポート」は「家庭への不満」を除く、「対人猜疑心」や「仲間はずれ」に強く影響することが分かった。「家庭への不満」に対する関連は全体、男子、女子の全てにおいて弱いものだった。これは対象を大学生や短大生など青年期の人としたので、既に家庭から心理的に分離している者が多く、父や母が本人に及ぼす影響が弱いものになっているからではないかと考えられる。


3.パラノイド傾向と攻撃性の関連


双方の尺度の下位尺度の重回帰分析の結果から、全体、男子、女子の全てにおいてパラノイド傾向と攻撃性の間には正の関連があることが分かった。すなわち、先行研究(ドッヂ,1980,1981など)同様、他者の悪意を知覚し易い傾向は、人を攻撃的な衝動へ駆り立て易くなるという可能性が示唆された。ただし、「家庭への不満」については攻撃性との関連はほとんどなかった。これは、前述した通り、対象を青年期の人としたので既に家庭から心理的に分離している者が多かったためだと考えられる。また、男子においては有意傾向であり数値も低いが、「家庭への不満」と「敵意」との間に負の関連がみられた。つまり、父親や母親とうまくいっているほど他者に対する否定的な信念・態度が強いことを示している。これは、一つの可能性としては、特に男子に表れているということを考えると、家庭ではいい子を装ってきて、表面上は両親とうまくやっているようにみえる者が、内面ではうまく反抗期が迎えられず、自我の確立がきちんとできないまま成人してしまった状態を示していると考えられる。そのため両親に依存している部分が大きく、家族以外の他者をなかなか信用できないのではないだろうか。

その他の下位尺度を詳しくみてみると、全体、男子、女子の全てにおいて「対人猜疑心」、「仲間はずれ」と「敵意」の間に強い正の関連がみられた。これはそもそも「敵意」というのが攻撃性の要素の中でも認知的側面を示すものであり、他者からの悪意や軽視など猜疑心や不信感を測定する項目からなるものなので(安藤ら,1999)、パラノイド傾向の概念と類似しているという理由が考えられる。男女別にみてみると、女子では全く関連がないのに対して、男子では「仲間はずれ」と「短気」の間に強い関連がみられた。これは、世間一般の人々ではなく、特に親しい友人への不信感や猜疑心が、怒りの喚起され易さと関連していることを示している。つまり、男性においては特に親しい友人からの軽視や裏切りなどにとても敏感だということが考えられる。義理や人情という言葉が特に男性社会の中で美しいものだと考えられているのも納得できるだろう。また、男子では全く関連がないのに対して、女子では「対人猜疑心」と「身体的攻撃」、「短気」の間に強い関連がみられた。これは、男性とは異なり、女性においては特に親しい友人であるかどうかは関係なく、世間一般の人々に対する不信感や猜疑心が、怒りっぽさや身体的な攻撃反応と関連していることを示している。特に女性において、パラノイド傾向と身体的な攻撃反応との間に直接的な関連がみられたのが興味深い。単純に身体的攻撃性の得点だけを比べると男子の方が高いが、他者からの悪意や軽視に対する怒りと攻撃反応が喚起されることの関連は女子の方が強いということである。秦(2004)は攻撃行動をその目的別に敵意的攻撃と道具的攻撃に類型している。本研究ではパラノイド傾向との関連性を検討するために、否定的感情の表現として相手に危害を加えるという動機に基づく敵意的攻撃に焦点を当てて考えてきた。しかし、特に男性においては、例えば力を誇示し地位を証明しようとするなど、攻撃行動を完全な手段として、意図した目標に到達することを目的とする道具的攻撃が行われることも多いと考えられる。そのため本研究のように攻撃反応の動機として、他者からの悪意や軽視に対する怒りという側面からみているだけでは男子における身体的攻撃性は説明しきれなかったのではないかと予想される。この点に関しては、今後の更なる検討が必要であると考えられる。

以上より、仮説3は一部を除いて支持されたと言えるだろう。



4.ソーシャルサポートと攻撃性の関連


双方の尺度の下位尺度の重回帰分析の結果から、全体と女子においてはソーシャルサポートと攻撃性の間に関連があることが分かった。ただし、どれも大変弱いものであった。また、男子では全く関連がみられなかったので、仮説4は一部支持されたと言えるだろう。つまり、ソーシャルサポートは攻撃性に直接働きかける効果は弱く、パラノイド傾向を介することで有効に働くという結果が示唆されたのである。

下位尺度ごと、全体、男女別に詳しくみてみると、まず注目すべきは全体において「情緒的サポート」と「短気」の間に有意傾向であり数値も低いが、正の関連がみられるということである。つまり、直接心の内に働きかけ情緒的な安定を導くサポートである「情緒的サポート」が与えられるほどに怒りを喚起しやすくなるということである。これは、過剰なサポートは怒りの抑制に対して逆効果であるということが示唆されていると考えられる。せっかくのサポートもその量が適切でないと有効ではないということを示す興味深い結果である。

また、パラノイド傾向に対する影響とは異なり、全体と女子において、「情緒的サポート」ではなく「道具的サポート」と「敵意」の間に負の関連があることも分かった。パラノイド傾向を媒介せずに直接攻撃性に働きかけるのであれば「道具的サポート」のほうが有効であるということである。本研究での「道具的サポート」には個人的あるいは社会的問題に対処していくために必要な情報や知識を与えるといった情報的サポート(ハウス,1981)も含めている。パラノイド傾向を介して攻撃性に働きかける情緒的サポートの与える影響は強いが時間がかかるのと考えられるので、即効性を考えるならば攻撃性に直接働きかけたほうが効果的であろう。その場合に有効なのが情報的サポートを含む道具的サポートであると考えられる。しかし、パラノイド傾向を介して働く情緒的サポートよりも影響は弱いと考えられる。




 

総合考察


今までの考察を踏まえ、本研究で明らかになったことを述べたい。

重回帰分析の結果から、概してソーシャルサポートとパラノイド傾向との間に負の関連、パラノイド傾向と攻撃性との間に正の関連がみられた。このことからソーシャルサポートがパラノイド傾向を介して、攻撃性に影響を与える可能性が示唆された。つまり、有効なソーシャルサポートには攻撃性の出現を助長するといわれているパラノイド傾向を低減させることにより、間接的に攻撃性を抑制する効果がある可能性が認められたのである。さらにソーシャルサポートと攻撃性の間の直接的な関連性をみてみると、パラノイド傾向を介して与える間接的な影響ほどは強くないが、概して負の関連がみられた。つまり、少なからずソーシャルサポートが攻撃性に対して、パラノイド傾向を介さず直接的に働きかける可能性があることも示唆されたのである。

本研究においてはソーシャルサポートを大きく「情緒的サポート」と「道具的サポート」の二つに分けて検討してきたのだが、ソーシャルサポートが攻撃性に対し、パラノイド傾向を介して間接的に働きかける場合では「情緒的サポート」がより有効に働き、パラノイド傾向を介さず直接的に働きかける場合では「道具的サポート」がより有効に働くということが示唆された。このことから前節でも述べたが、長期的なスパンでみて強い効果を期待するのならばパラノイド傾向をより低減させる可能性を持っている「情緒的サポート」が有効であるが、効果の即効性を求めるのならば攻撃性に直接働きかける「道具的サポート」の方が有効であることが示された。心の奥深い部分に働きかけ気持ちの安定などを導く効果のある「情緒的サポート」は攻撃性の出現を根元から断つ効果があるのに対し、「道具的サポート」は形式的なアドバイスなどの情報的サポートで、その場での攻撃の衝動を一時的に押さえ込むことはできても、心の内部に働きかけているわけではないので「情緒的サポート」ほどの強い効果がないのではないかと考えられる。

次に、男女別の重回帰分析の結果より、それぞれの下位尺度の関連性の強さなどから攻撃性を抑制するという目的に有効であるモデルの検討を試みる。まず、男子では「情緒的サポート」と「仲間はずれ」との関連、そして「仲間はずれ」と「敵意」「短気」との間の関連が強かった。つまり男子では一般の人々というよりは、ごく親しい友人などからのソーシャルサポートが、他者への猜疑心や不信感を低減させ、怒りの抑制の強さを向上させるのに最も有効であるということが示された。しかし、「敵意」「短気」は攻撃性の特性の中の情動的、認知的側面であり行動的側面ではない。本研究では男子には「身体的攻撃」とパラノイド傾向との間に関連がみられなかった。これには男子においての攻撃行動は力を誇示するものであったり、ジェンダーステレオタイプが影響していたりと単純に他者への"怒り"と結びつくものだけではないということが理由として挙げられる。攻撃の生起には実に様々な要因が考えられるため、本研究の仮説からだけでは説明として不十分な部分があったのではないかと予想される。直接的な攻撃反応である「身体的攻撃」との関連性を検討する上では、今後の更なる検討が必要であろう。次に、女子では「情緒的サポート」と「対人猜疑心」との間、「対人猜疑心」と攻撃性の下位尺度全ての間で関連が強かった。また「情緒的サポート」と「仲間はずれ」との間、「仲間はずれ」と「敵意」との間の関連も強かった。つまり女子ではごく親しい友人などに限らず、一般の人々からの広いサポートがパラノイド傾向を低減させ、「身体的攻撃」を含む攻撃性を抑制するのに有効だということが示された。男子との決定的な違いは、パラノイド傾向と「身体的攻撃」の間に関連性がみられたことである。このことから女子の攻撃行動は他者に対する"怒り"と密接に関わっており、他者への"怒り"を喚起させ易くするという、むやみな悪意の帰属であるパラノイド傾向を低減させることによって、攻撃性の情動的、認知的側面だけでなく、攻撃反応そのものを抑制することができるという可能性が示唆された。本研究のソーシャルサポートがパラノイド傾向を媒介して攻撃性を低減させるという仮説は、特に女子において強く支持されたといえる。

また、重回帰分析の中で本研究の仮説とは逆の結果になったところに注目しながら、ソーシャルサポートの持つ負の効果も念頭に入れて検討した結果、素晴らしい効果をもつ可能性が示唆されたソーシャルサポートだが、より有効に生かすためには、その量と種類を時と場合において適切に判断し、使い分けなければならないという興味深い結果が得られたことも最後に述べておきたい。

     

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