問題と目的![]()
社会人になることの心理、つまり「大人になること」とはどのようなことかを提唱したと思い、それを実証するためにはどうすればいいのかを考えた。
現代日本では、成人の通過儀礼的なものは意味をなさなくなり、形式的なものから「大人になること」を実証するのは不可能に近くなった。しかし、いつか私たちは社会人として社会に出て働くことを考える。このことは、やはり「大人になる」ひとつの過程ではないかと考えた。そのため、就職することでの職業忌避的傾向の変化をみていきたいと思っている。
1 青年期の労働観
総務局(1992)の調査によると、現代の青年はアルバイトを目的に自己形成的な動機よりも金銭が目的の動機が強い。さらに「生活費のため」といった生活のために必要な目的ではなく、「友達づきあいやオシャレのため」、「高価なものを買うため」など、いわゆる小遣い稼ぎ的な動機が高いといえる。 この傾向は、大学生においてもの同様であり、大学生のアルバイトの収入の使途は小遣い稼ぎの大部分をしめている。 また、総務局(1992)の新規学卒者の労働について調査では「自分を成長させるため」、「経済的に豊かな生活を送るために」という回答が拮抗している。労働観について、ほかの年齢層と比較するために、「生きがいは仕事か、仕事以外か」という質問をおこなった。すると、青年群は全年齢と比較して仕事に生きがいを感じる割合が小さい。よって、生きがいを感じる対象が、青年期から成人期に移行するにしたがって、仕事以外のものから仕事に変化していく傾向があることが分かった。
青年期の労働・アルバイトの目的を考えると、労働に対する青年の目的意識は、小遣い稼ぎという色合いの強い高校生。大学時代のアルバイトから始まり、就職時にはそれがより自己形成的な動機付けが高くなりさらに青年期から成人期に移行するにしたがって、仕事を生きがいと考えるような自己関与の程度が高くなっていく傾向が見られる。
2 青年期の就職問題
近年、働く意欲のない若者であるNEET(Not in Education, Employment,
or Training)が急増している。なぜNEETといわれる若者は働くことが困難なのか。NEETの場合仕事をしていないことについて「焦らない」「あまり焦らない」と答える割合が12.6%、23.4%と失業者の2倍以上いる。しかし、6割は焦りを感じているということもいえる。つまり、NEETのすべてが好んで仕事をしていないわけではないのである。
NEETのなかで働かないことに焦燥感がない場合があるとしても、それは今後の生活に余裕を感じているからではない。むしろ、働きたくても働けないことからくる、一種の「あきらめ」に近い状態がある。調査(『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』による調査より)の中の回答を見ると、現在求職活動をしていないNEETのおよそ4割は、学校を卒業したり、中退した後に一度も求職活動をしたことがないということがわかる。
なぜ求職活動をしてこなかったのかの一番多い理由は「人付き合いなど会社生活をうまくやっていける自信がないから」である。これは選ばれた回答の4割以上を占める答えであった。仕事の中で人間関係を円滑にすすめていく自信が欠けていることこそがNEETの働こうとしない根本的な理由ではないかといわれている。
3 大学生の進路発達過程
Hackett&Betz(1981)は、 大学生の就業行動に効力感を適用し、進路に関する自己効力感(career self - efficasy)として概念化した。その後、中学生(Post
? Kammer & Smith,1991)に研究対象が拡大され、進路に関する自己効力感が年齢や文化を超えてさまざまな集団に適用可能なことが示された。
進路選択で必要となる活動に対する自己効力感(career decision ? making self - efficacy)と進路選択にかかわる諸要因との関係については、進路決定、進路不決断、職業未決定と関連性がみとめられている。また、就職活動や進路決定行動との関係が見出され、自己効力感は未入職の職業行動を理解するうえで示唆にとむ概念といえる。
3−1 職業忌避的傾向
大学卒業後は何らかの職に就きたいと大抵の学生は考えている。しかし、そのような学生の中にでさえ「いつまでも就職しないで遊んで暮らせたらいいのにと思う」というような職業忌避的な傾向が見られることは、小此木(1972,1978)の『モラトリアム人間論』の中に見ることができる。モラトリアム人間とは「大人になることを拒否しようとする人間」のことであるが、この職業忌避的な傾向がモラトリアム心理のひとつの現れであるという論ともいわれている。平成15年版 国民生活白書によると、その職業忌避行動の現われは、近年NEETやフリーターといったような形で現れ、増加し続けている。フリーターについては、1990年の183万人から年々増加し、2001年には417万人となっている。15〜34歳の若年人口の9人に1人(12.2%)、学生、正社員以外の主婦を除いた若年人口全体の5人に1人(21.2%)がフリーターとなっているという数値が出ている。NEETについても、現在約52万人入るといわれており、年1万人ずつ増えていくという推論が出されている。
職業忌避的傾向に影響を及ぼす要因としては多様なものが考えられるが、進路決定効力感の欠如が非常に重要な要因の1つである(古市1995)。職業や職業選択に対して忌避的な傾向が強い場合、自ら進んで自己の適性や能力等の把握に努め、多様な分野の職業情報を収集する、あるいは進路決定の仕方を学んだりすることはないだろう。したがって、職業忌避的傾向の強い人間には進路決定への自己効力感を高めていくことが大切である。
3−2 進路決定効力感(Career Decision ?
Making Self efficacy )
進路成熟理論とBandura(1977)の自己効力感理論をもとに、Taylor&Betz(1983)が提唱した概念で、「適切な進路決定に必要な能力についての自信」を意味する進路決定効力感がある。これによって取り上げられている要因は、自己適正評価、職業情報収集、目標選択、計画立案、困難解決の5つの側面(Crites,1961,1965)であり、Taylor&Betzは、それぞれの側面についての自己効力感を測定するものにしている。これは進路未決定に大きな影響を及ぼす要因であること(Robbins,1985;Taylor&Ropma,1990)、積極的な進路探索活動と優位な関連があること(Blustein,1989)が明らかにされている。
進路決定効力感の強いものは進路選択行動を活発に行い、また努力もする。そのため、その行動は効果的なものになる。一方、進路決定効力感の低いものは、たとえそれが人生の目的を達成するために必要なものと理解していても 進路選択行動を避けてしまうと考えられる(浦上,1996)。
また、日本人の職業興味形成においては、自己効力感とともに結果期待が大きな影響を与えている(安達,2003)。実際に、会社訪問、面接などが自己のあり方などを再考する契機になったという報告が多い(就職ジャーナル,1995)。
3−3 自己概念の明確化
自己概念とは、自らの適性や興味といった一般的な自己概念を明確化し、自己と職業の関係を吟味し、職業領域での自己概念、すなわち職業適性や職業興味といったものへの翻訳過程(Super&Bachrach,1957)である。また、活動に先行するものと考えられる。
この研究では、浦上(1996)が取り扱ったようにGinzbergらの「職業選択の発達段階」やSuperの「職業発達に関する12の命題」などの主要なキャリア発達理論において言及されることの多い、興味・価値観・能力の3つの自己概念領域を考え取り上げた。これは、就職活動を行う中で職業的自己概念が明確化すると考えられるからである。これらの自己概念は就職活動に影響を受け、変化することを示唆する報告もある。
4 本研究の目的
近年、NEETやフリーターといわれる職業から逃避するような傾向の若者が増加している。このような若者が増加したということは若者の意識に就職や職業に対しての嫌悪や逃避のような傾向が多くなってきたということではないか。そこで本研究では、就職活動を通しての若者の職業忌避的傾向の変化を見ることを目的とする。就職活動は、個々で大きく異なるであろうから一人一人がどのような就職活動を行い、どのような自己概念の変化があるのか、そして職業忌避傾向に変化はあるのかという視点から見ていくことにしたい。特に就職の過程で大切とされる進路決定効力感は自己概念の明確化・職業的自己概念の明確化に働きかけることは浦上(1996)の研究でも示されている。また、古市(1995)の研究でも進路決定効力感の欠如は職業忌避傾向に影響を与える要因の一つであることが示されている。
就職活動後の事後報告で、自己への振り返りが契機になるというように、自己概念を明確にすることは就職活動、就職活動後の事象をスムーズにさせることができるのではないか。つまり、就職活動中の自己への振り返り、つまり自己概念の明確化が、職業忌避的傾向を低減させる働きがあるのではないか。
また、ほぼ就職活動が終了したと思われる10月、11月に面接調査を行ったのは、就職に対しての自信の心境に整理がついた時期であると考えたからである。現在の自分と以前の自分を比較することによって以前の心境がその時期より言語として捉えやすくなると考えられる。
就職活動を行っていた時期から時間がたっているため、より就職活動を回顧させるため就職活動中の面接試験と似た状況である個室での対面式インタビューの形をとった。これにより、個人がどのような就職活動をおこなったのか、どのような変化があったのかをより想起させる効果もあると考えられる。