近年、他者と上手く関わることができずに、ストレスを感じたりトラブルを引き起こしたりするというように、様々な問題を抱える子どもが増えており、子どもの対人関係能力の低下が指摘されるようになった。
子どもは、学校現場において、学業達成場面に次いで友人関係場面でストレス状態になりやすく、その原因は対人関係能力の欠如にある場合が多い(丹羽・山際,1991)。金山ら(2003)によると、多くの中学校教諭が、中学生は社会的スキルが不足しており、小学校3,4年を頂点として早期からの社会的スキル教育が必要だと答えている。また、児童期には親から離れ、学校や地域など多くの人と関わる機会が増え、対人ストレスを生じさせる状況も増えると考えられるため、子どもの対人関係能力不足は早いうちに改善するべきであるといえる。
本来、対人関係能力とは子どもが成長していく中で、家族、友人、地域の人々など多くの人と関わりや、その経験から学んでいくものである。しかしながら、最近では核家族化や少子化、塾通い、地域社会の教育力の低下など子どもが対人関係能力を学ぶための機会が減少しており、日々の生活で充分な対人関係能力を身につけることが困難になりつつある。
このような問題を受け、子どもの対人関係能力育成のためのプログラムが学校現場で数多く実施されてきている。その教育効果についても実証が試みられているが、その効果測定の多くは社会的スキル尺度等を用いて事前と事後の得点を比較するというものであり、プログラム実施中でのスキルの変化に注目した研究はほとんどない。ここで言う社会的スキルとは、「他者に対する振る舞い方やものの言い方に関して認められる違いを表す概念(相川・津村,1996)」のことであり、子どもに求められる代表的な社会的スキルは、「主張性スキル」、「社会的問題解決スキル」、「友情形成スキル」の3つである(佐藤,1996)。社会的スキルが身に付く過程で何が要因となり、どのような変化が起きているのかを明らかにすることは、今後の対人関係能力育成のためのプログラムの開発に大いに役立つだろう。
そこで本研究では、子どものコミュニケーション力を高めるための活動を行い、活動中に子どもがどのように変化をしていくのかを分析することを目的とする。また、活動の実施者の変化にも注目することで、実施者の子どもへの関わり方という観点からも子どもの変化について考察していく。
1.コミュニケーション力を高めるための活動プログラムについて
人と関わるときに必要とされる能力のことを本研究では、「コミュニケーション力」と呼ぶが、「コミュニケーション力」とは「対人関係能力」や「社会的コンピテンス」のことを指す。
対人関係能力を育成するプログラムには、ソーシャル・スキル・トレーニング(social skills training;以下SST)、構成的グループ・エンカウンター(structured group encounter;以下SGE)などがある。
SSTは本来、対人的な問題行動や心理社会的問題を抱えている人たちを対象に、適切で効果的な社会的スキルを体系的に教えようとする治療法であったが、近年では一般の人たちを対象に、将来、心理的問題を抱えるリスクを減らすための予防法としても活用されている(相川,2000)。SSTには様々な技法があり、「自分の欲求、考え、気持ちを、率直に正直に自分にも相手にも適切に表現すること」を学ぶアサーション・トレーニングや、「標的とする社会的スキルを明確に定義し、話し合いを通して、そのスキルの概念を教え、それを実行に移す練習をさせ、自分で実行の状態を監視させるスキル」まで教えるコーチング法などがある。
SGEとは、感情交流(例えば、心がふれあう体験)を持ち、役割関係が存在しているしている状態(グループ)を意図的につくり、グループの人間関係を通して自己発見することを目的とする能動的な予防・開発的カウンセリングのことである(國分,2000)。
その他にも、仲間を支援するためのスキル・トレーニングや、実際に仲間を支援するサポート活動から構成されているピア・サポート・プログラムなどがある。本研究の対象となる「土曜わくわくクラブ」の活動プログラムは、これらの技法に基づいて構成されている。
このようなプログラムを実施するにあたっては、多くの問題点が指摘されている。例えば、活動直後には教育効果が現れるが、その効果が持続しにくく般化が難しいことや、社会的スキルの測定法の妥当性などがあげられる。また、SSTは特定のスキルの欠如に焦点を当てて行うべきであるため、プログラムを行う集団の成員全てに効果的な活動をすることは難しい。さらには、活動の準備、実施、効果の測定にかかる負担が大きいといった問題もある。
これらの問題点からも、時間的、人員の制約がある学校現場にとどまらず、「土曜わくわくクラブ」のように多くのボランティアスタッフによって定期的に行われる活動を今後取り入れていく必要があると考えられる。
2.社会的スキルの測定について
対人関係能力育成のプログラムを行う上で、社会的スキルの測定は欠かせないものとなっている。それは、プログラムの目的は対人関係能力の向上・育成であるため、トレーニング目標を特定し、トレーニング後にはその効果を確かめる必要があるからだ。
社会的スキルの測定方法は、「周囲からの評定」、「専門家による評定」、「自分自身の評定」に大きく分けられる。
「周囲からの評定」には「ソシオメトリック・テスト」、「専門家による評定」には「観察法」、「ロールプレイ法」、「面接法」があり、「自分自身の評定」には「質問紙法」などがある。このように様々な評定法があるが、どれもトレーニング前とトレーニング後で目標スキルが「変化したか」で評定され、その変化の過程を捉えることはできない。そのため、直接的な行動として表れなかったわずかな変化を見落としてしまう可能性がある。
そこで本研究では、対象児童の活動中の行動を記録し、どのように変化していったかを分析することにする。また、活動実施者の毎回の感想からもその変化を検討する。
3.テキストマイニングについて
社会的スキルの測定法の多くは、目標スキルが表出した回数や目標スキルの達成度合いなどを数値で表し、それを分析して結果を解釈していくものである。数値化されたデータは誰が分析しても同じ結果が得られるという利点がある反面、それらのデータの抽象性や深遠さを矮小化してしまうという欠点もある。一方、テキスト化されたデータには、数値では表れない、状況やデータ作成者の感情などが含まれており、それを分析・解釈することでよりはっきりと結果を読み取ることができる。
ところで、テキストデータの解析方法に「テキストマイニング」と呼ばれるものがある。テキストマイニングとは、テキストデータをさまざまな計量的方法によって分析し、形式化されていない膨大なテキストデータという鉱脈の中から言葉(キーワード)同士にみられるパターンや規則性を見つけ、役に立ちそうな知識・情報を取り出そうとする手法・技術のことである。
本研究では、子どもの変化の過程を捉えるため、標的とする行動が「できた・できない」というような明確な基準で子どもの変化を評定することは適当ではなく、行動の裏に隠された変化や意味を分析していく必要がある。その方法として、様々な角度からのテキストデータをこの手法を用いて分析を行う。
テキストマイニングは解釈が分析そのものになっていることが特徴であるため、分析に研究者の主観が入りやすく、まちがった解釈をしてしまう可能性が否めない。そのことを意識して分析を行い、分析の過程を明確に記すことで客観性を保つ必要があるだろう。
これらのことを踏まえ、本研究では2種類のテキストデータから対象児童と実施者の変化について総合的に分析・解釈していくことにする。