2007/3/12

問題と目的



 近年、自分に自信が持てず、人に合わせておそるおそる過ごしている子どもが多いという指摘がある。文部科学省初等中等教育局の「生徒指導上の諸問題について(概要)」(2005)の調査によると、不登校の継続理由別の児童生徒の割合は、無気力が19.0%、不安など情緒混乱が36.9%となっている(国公私立小学校、中学校)。これらの理由が不登校継続理由の過半数なのである。また、抑うつの小学生や青少年の自殺も増加している。私は、自己効力感の欠如がその原因ではないかと考えた。「自分でやっている」という実感がもてず、むなしくなったり、無気力になったりする子どもが出てくるのではないだろうか。その背景には、核家族化が進み、閉鎖的な社会で育つ子どもの生活空間の少なさや、未だぬぐい去れない学歴社会などがあるのではないかと考えられる。
 子どもたち、ひいては人がよりいきいきと生きるには何が大切かと考えたとき、「自己効力感」ではないかと考えた。私自身、なにかがうまく行くと、他のこともうまく行くような気がしてやる気がわいたという経験を何度もしてきたからである。実際に、自己効力感が強いほど、より高い目標を設定して挑戦し、それに対するコミットメントも確固としたものになるといわれている(Locke&Latham,1990)。
 
 「自己効力感(Self-efficacy)」という概念が登場したのは、1977年、“Psychological Review”誌に掲載された“Self-efficacy:Toward a unifying theory of behavioral change”という題の論文である。当時は、認知理論が行動変容・行動療法の領域に導入されようとしていたころで、古典的な行動理論で説明できない部分を説明できる理論として、議論が沸騰した。それからというもの、「自己効力感」の概念は、臨床場面だけでなく、教育場面、予防医学の場面、など多方面で重要視されるようになった。
 
 では「自己効力感」とはどういう概念かというと、ある状況において、ある結果を達成する為に必要な行動を自分ができるかどうかの予期(Bandura,1977)のことである。バンデューラによると、行動変容の先行要因としての「予期機能」には、次のような2つのタイプがあるとされている。第一に、ある行動がどのような結果を生み出すかという「結果予期」。第二に、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるかという「効力予期」がある。バンデューラ(1985)は、人はこの「結果予期」と「効力予期」によって行動が規定されると言っている。「結果予期」と「効力予期」がどちらもネガティブな場合、無気力・無感動・無関心になったり、あきらめたり、抑うつ状態になる。逆に「結果予期」も「効力予期」もポジティブな場合は、自信にみちた適切な行動をし、積極的に行動する。すなわち「自己効力感」が高まるということは、「結果予期」及び「効力予期」が高まるということであり、無気力や抑うつの解消につながるのである。
 
 また、この「自己効力感」は以下にあげる情報源によって変化する。一つは「制御体験」である。私たちは一般に、ある行動をうまく行って成功感を感じたあとでは、同じ行動に対する遂行可能感は上昇し「またできるだろう」という見通しが上昇する。「制御体験」とはいわば成功経験を体験することであり、達成感をもつことである。自己効力感の情報源としては、もっとも強力なものである。第二の方法は、「代理体験」である。他人の行っているさまを観察することによって、これなら自分にもできそうだと感じたり、逆に人が失敗している場面をみることによって、急激に自信が弱まっていくという経験をする人は少なくない。三番目の方法は、「言語的説得」である。日常経験のなかでは、言葉をもちいて行動の生起確率を変化させることは困難であると感じられるかもしれない。しかし、暗示や自己教示を制御体験や代理体験に補助的に付加することで、自己効力感を高めたり低めたりすることができる。もう一つが「生理的・感情的状態」である。直前になって胸がどきどきするのを感じることで、急に自信がなくなるなどということがある。このように自己の生理的・感情的状態を知覚することで、自己効力感が変動する。本研究では、これらの情報源を、以下「影響源」と呼ぶ。
 
坂野・前田・東條は「獲得された無力感の解消に及ぼすSelf-Efficacyの効果」の研究を行い(1988)、遂行行動の達成(制御体験と同義)が自己効力感と動機付けの上昇に有効であり、無力感の解消に効果的であることを明らかにしている。
 
 この「自己効力感」は、子どもに関しても多くの研究がなされている。子どもの様々な領域の自己効力感を測定する尺度を作成する研究や(桜井・桜井,1990など)、自己効力感と学習や動機付けとの関連(桜井,1987など)、登校拒否と自己効力感との関連(前田・坂野,1987など) 等、その分野は子どもに限っても実に多岐にわたっている。
 
 簑内(1993)は、自己効力感の般化に関する研究を行っており、課題の重要度の認知に着目した研究を行った。この研究によって、課題の種類によって差はあるものの、重要であると認知されている課題において引き上げられた自己効力は、重要でないと認知された課題において引き上げられた自己効力より、他の課題への自己効力へ及ぼす影響が大きい。また、将来の自己効力や意欲においても、これと同様の傾向が見られるという結果が得られた。ある特定の課題に対する重要度の認知が意欲や動機付けの般化に影響を及ぼすことが確認されたのである。
 
 そこで私は、子どもたちがどのような領域に自己効力感を持っているのかを調べ、同時にその自己効力感に変化をもたらす影響源についても調べる。今回はその影響源として、本人及び他者からコントロールがしやすいとと考えられる「制御体験」、「代理体験」、「言語的説得」をとりあげ、特定の領域の自己効力感がとくに何に影響をうけているのかを見ていきたいと考えた。「生理的・感情的状態」については、質問に際して、その時の状態を思い出しにくいことと、他者からの介入が難しいことから、今後のこの研究の利用可能性を考えて、影響源からはずすことにした。
 また、特定の領域に対する自己効力感と、長期的な、一般化した日常場面における行動に影響する一般的自己効力感(generalized self-efficacy)との関連をみることで、子どもたちが重要と認知している領域が分かるのではないかと考えた。また、自己効力感の般化の考え方は、子どもに接する場面、特に教育場面において非常に重要な示唆を提供するものと思われる。なぜなら、自己効力感が般化するということは、ある特定の領域に対する自己効力感を引き上げれば、他の様々な領域(課題)を実際に行わなくても自己効力感が引き上げられ、新しい領域(課題)に対する取り組み方が異なることを意味するからである。この研究によって、自己効力感を高めるような効果的なアプローチや、自己効力感を強化すべき部分を模索できるのではないかと考える
 
 今回は、自己効力感の個人差が生まれ、自己効力感への介入がしやすいと思われる小学校高学年を対象として研究する。坂野・前田(2005)は自己効力感を測定するにあたって、一定程度の言語能力を持ち、環境側の事象をある程度客観的に評価できる能力を持っており、さらには自らの内的、心的事象を手がかりとした反応が可能でなければ成立しないと考えるのが自然であると述べている。またスティペック(Stipek,1984)は、幼児期の子どもでは、不十分な認知能力、希望的観測が予測に加味されることから、自己効力を過大に評価する傾向があることを指摘している。この点からも判断して、高学年を対象とする。
 
 桜井,桜井(1990)の研究では、児童用領域別効力尺度作成の試みを行っている。しかし、効力に変化をもたらす影響源についてまで言及する尺度ではなかった。また、桜井らの研究では、Harter(1982)の研究をもとに、学業成績・友人関係・運動・自己の4つの下位尺度を構成した。しかし、私は小学生の子どもの周りをとりまく領域は実にさまざまなものがあると考える。学習・家庭・友人関係・教師との関係・クラブ活動・部活動・塾・習い事などである。それらを考えたとき、学業成績・運動で分けてしまうよりも、「学習」の領域で、国語・算数・理科・社会以外の教科も尋ねることで、その他の領域に対する効力感もみられるのではないかと考えた。国語・算数・理科・社会以外の教科とは、体育・図工・音楽・家庭・総合などである。これらの「その他教科」にクラブ活動や部活動、習い事はある程度反映されると考え、ひとつの領域として項目だてることはしなかった。また、塾についても「学習」の領域とほぼ同領域と判断し別領域にしなかった。教師との関係に対する効力感については、子どもの自己効力感への介入を考えた際に、介入が難しいと判断し、今回は研究の対象からはずした。
 小学校高学年の一般的自己効力感、および「学習」「家庭」「友人関係」の領域についての自己効力感を測定し、「学習」「友人関係」については影響源についても測定することで、現在の小学校高学年の子どもたちの姿を浮かび上がらせ、自己効力感を高めるアプローチを考える基礎資料とすることが本研究の目的である。
以上のような見地から、本研究は次の仮説について検証する。
 
仮説T 自己効力感が高い領域の数の多い子どもは、一般的自己効力感も高いだろう。
仮説U 一般的効力感と各領域の効力感の関係は学年によって差があるだろう。
仮説V 一般的効力感と各領域の効力感の関係は男女によって差があるだろう。
仮説W 自己効力感に一番大きな影響を与えうるのは制御体験で、続いて代理体験、一番影響が小さいのは言語的説得であろう。
 
 
 
 仮説Tは、簑内(1993)の研究から、子どもの重要視する領域の効力が高ければ、一般的自己効力感が高まるということが示されたが、それと同時に、ある領域の効力感が一般的効力感だけでなく、他の領域の効力感を高めているとも考えられる。そこで、自己効力感が高い領域の数と一般的効力感との関係も密接であると考え、その点を検討するため、仮説Tを設定した。
 仮説Uは、小学校高学年は、学年によってその成長の差が大きい時期であり、学年によって学校のカリキュラム、行事なども変わってくる。そのため、学年で自己効力感に差が生じるのではないかと考えた。
 仮説Vは、仮説Uと同様、小学校高学年になると男女で体つきや、その嗜好性に大きな差が出てくる時期である。そのため、性別によっても自己効力感に差が生じるのではないかと考えた。
 仮説Wについては、すでにさまざまな先行研究で示されているところであるが、本研究でも示されるかを確認する。
 これらの仮説を検証することで、今後自己効力感向上のアプローチを行う上で、より適切なアプローチができるのではないかと考える。
 
 



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