【問題と目的】

1.統合失調症患者の周辺

1.統合失調症患者の周辺
2.スティグマ・偏見・差別
2.スティグマ・偏見・差別

3.偏見と態度について

3.偏見と態度について

4.これまでの精神障害者に対する態度や障害理解に関する研究

4.これまでの精神障害者に対する態度や障害理解に関する研究

5.プログラムについて

5.プログラムについて

6.目的のまとめ

6.目的のまとめ

現在、約27万1千人(2005)の精神障害者が治療を受けているが、うち約182千人が統合失調症であり、その約15万人2千人が入院治療を受けている。それは精神障害者による全入院患者約219千人の約69%に相当し統合失調症は精神科医療における代表的な疾患といえるであろう。
 統合失調症という病名は20028月に日本精神神経学会総会で精神分裂病から変更された新呼称である。統合失調症が旧名である精神分裂病から変更された理由には「精神分裂病」という病名に付随する誤解や偏見から、患者当人やその周りが不当な差別を受けていたという事実が存在したためである。
 精神障害に対する誤解や偏見は精神障害者の社会復帰を妨げる大きな要因である。藤本(1973)も精神障害者の社会復帰のためには、科学的研究や専門技術の一層の開発が必要なことは当然であるが、一方、精神障害者に対する合理的で受容的な風潮が社会全般に浸透することがより重要な条件であると述べている。

 精神障害者へのスティグマ・偏見・差別が特に根強いとされている代表的な精神疾患が統合失調症であり、世界精神保健学会(World Psychiatric Association, WPA)1996年から「統合失調症に対するスティグマと差別に対する世界的プログラム」に着手し、日本もそれに参加している。
 そこでWPAは、スティグマとは特定の診断(例:結核、癌、精神疾患など)や、その診断に付随する特徴や行動が、そのように診断された人に対する偏見をかき立てることであり、偏見とは妥当かどうかを考えないでその人に対してとってしまう態度で、差別とは社会におけるある個人や団体が、スティグマと偏見を理由に、その人々の権利や利益を奪うこと規定している。

 オールポートの定義にあるように、偏見とは人に対する嫌悪の態度、敵意ある態度であり、偏見を態度として位置づけている。人がある対象に対し一定の感情、認知、行動の傾向をもち、それに基づいて一貫した行動をとる傾向に対し、特に社会心理学の領域では、態度という概念での検討が進められてきた。
 態度変容に関する研究の原岡(1992)の中で、HovlandWeiss(1952)によって、高い信憑性の源泉からきたとされたコミュニケーションは、低い信憑性の源泉からきたとされた場合より肯定的な態度変容を引き出したことが明らかにされている。さらに、この結果は多くの研究で一貫している。
 また「知識メッセージ(障害に関する知識を与える内容)」と「情緒メッセージ(聞き手の情緒的反応を多く引き出す内容)」の2つを伝達し、態度変容を比較した青柳(1996)の研究では知識メッセージは具体的な援助行動やその必要性に関して、情緒メッセージはコミュニケーター(障害者本人)の印象に関して、どちらも肯定的な態度変容を示した。中でも、障害者に対する態度尺度の得点では、特に偏見と捉えられるような「拒否的態度」について顕著なポジティブな変化がみられた。

 これまでの研究では、統合失調症や治療に関する正確な知識の提供、回復した当事者との良好な接触体験をさせる(西尾, 2003)、精神科医の講演とグループ討議、当事者体験談と当事者・ボランティアを交えたグループ討議(藤井, 2002)などが精神障害理解促進のプログラムとして実施されてきた。前述したように、当事者との良好な接触体験が体験者の精神障害者理解に有効なことはあきらかであるが、その体験が有用性をもつためには統合失調症に関する正しい知識を得ていることが不可欠であるということである。また、当事者との接触で有効に働きかける部分は「統合失調症患者と話しをするのはこわい」や「話しをすることは怖ろしい」などという感情的な心理的距離の項目で有意な変化を示すこともあきらかになった(西尾, 2003)
 以上のことから、統合失調症理解の促進プログラムは、正しい知識の提供と体験者の感情部分に働きかけるような当事者との良好な接触もしくはそれに代替するような体験が組み合わされたものが理想的であるといえるだろう。

 統合失調症は精神障害の代表的疾患であるといえる。そしてその患者には誤解や偏見が存在し、社会復帰を妨げているという現状がある。さらには、その誤解や偏見は患者だけでなく、家族や病院、施設にまでも広がっている。そして、結果的に患者を取り巻く環境全体が社会から切り離されてしまっているような状況である。
 そこで本研究では、第一に障害者理解促進プログラムの開発をすることを目的とする。
 プログラムでは統合失調症に関する正しい知識の提供により、統合失調症にまつわる誤解や偏見の低減をはかる。さらに、統合失調症患者の実際に生活や就労する姿を収録したビデオ(「ベリーオーディナリーピープル」べてるの家)の鑑賞をプログラムに加えることによって、当事者の実際の姿を知り、知識の提供だけでは変化させることが困難な、態度の感情的成分にも働きかける。
 なお、より効果的なプログラムの開発のために、効果の評価をもとにプログラムの改良を行い、再度別の対象者にプログラムを実施することとする。よって本研究の第二の目的は、障害理解促進プログラムの開発・実施を通して、統合失調症患者への偏見の低減効果を検討をすることを目的とする。

 1997年に全家連が実施した全国の調査では、精神障害者のイメージとして「変わっている」「こわい」「くらい」の3つが上位を占めた(白石, 2002)。一方、大学生がどのような精神障害者観をもつのかを調査した白石(2002)の研究では、「敏感」「こわい」「変わっている」の3つが上位になった。この違いの原因としては、白石(2002)の研究の被験者が心理、福祉系の専攻学生であったことも知識量を考慮すると、少なからず関係しているのではないだろうか。
 また、精神障害者に対する態度を患者群、患者家族群、一般群に分けて比較検討した研究(町沢・佐藤・沢村, 1990)によると、3群とも共通した偏見レベルであったのが暴力と結びついた恐怖、遺伝の恐怖であった。
 これらの研究から、精神障害()に対する正しい知識を獲得していることは、精神障害者への偏見態度をより受容的にするということが明らかにされた。しかし、一般よりも偏見率が低いとされる精神障害者の家族においても、暴力と遺伝に関する恐怖については一般と共通した偏見レベルであった。このことから精神障害者に対する恐怖感情を取り除くことは困難であると考えられ、態度の感情的成分は認知的成分より変化しにくいというRosenbergHovaland(1960)の研究結果と一致しているといえる。
 精神障害者理解を促進しようとする先行研究では、精神障害者当人との良好な接触体験が偏見除去につながるとしているものが多い(西尾, 2003 ; 藤井, 2002など)。しかし、実際の生活の中では精神障害者と接触する機会は多いとはいえない。さらに、西尾(2003)によると、一般に偏見の強い人は、偏見の対象となる人たちとの接触を避けようとすることがわかっている(Pettigrew & Tropp, 2000)。そのため、精神障害者への偏見態度をより受容的にするためには、精神障害者理解のための機会を特別に設けることが必要であると考えられる。
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