問題と目的
小学校高学年の仲間集団について
小学校4・5・6年生を対象とした学校におけるストレス調査の結果において,児童の学校での心理的ストレスは,友だちとの人間関係によってより大きく左右されている(長根,1991)。小学校の5年生頃になると,集団凝集性の高い独特な閉鎖的な仲間集団が現れ,成員は集団への協力と忠誠を誓い,家庭や学校の監視を逃れて,自治的,集団的に行動するようになる(小石,1995)。仲間集団(peer
group)とは,主に同輩の子どもで形成されるインフォーマル集団を指す。こうしたことから,この時期の仲間集団に関して研究を行うことは重要であると考えられる。
仲間集団の研究の中で,女子児童の仲間集団は,グループの排他性が高く,親しい友人間に見られるいじめの問題や,学級不適応に関連していることが示唆されている(三島,2003)。三島(2003)は,親しくない者からいじめられた体験に性差はないが,男子に比べて女子は,親しい友人からいじめられた体験が多く,親しい友人からいじめられた体験が友人に対する満足感に与える影響が大きいことを示唆した。仲間集団以外の成員と関わることは,学級適応にも影響があることが示されており(黒川,2006),仲間集団以外の人と関わることは,児童にとって重要であると考えられる。
しかし,女子の場合のみ,仲間集団以外の学級成員と関わることは,仲間集団の他成員から強く制裁を受けると認知しており,その影響で仲間集団以外の学級成員と関わらなくなることが示唆されている(黒川・三島・吉田,2006)。こうした認知が,実際に仲間集団以外の学級成員と関わり,制裁を受けた経験による認知である可能性もある一方で,実際は強く制裁を受けた経験があるわけではないが,仲間集団以外の学級成員と関わることに強い制裁を予測している可能性も考えられる。なぜなら,小学校高学年という時期は,児童は仲間との関わりの中で,仲間からどのように見られるかを特に気にする時期であるからである(三島,1994)。松田(1985)における自己意識の発達に関する研究の報告においても,10〜12歳頃は,社会的比較が増大するといわれている。「友だちが自分のことをどう思っているのか」と強く思ったり,親密な関係にネガティブな影響を与える親友の行動を「不安・気がかり」に思う生徒ほど,友だちの数は少ない傾向にあることが示唆されている(三島,1994)。つまり,自分がどう思われているかと気にすることが,この時期特有の仲間集団との関わり方にも影響していると考えられる。
自意識について
本研究では,この点について自意識の観点から検討する。自意識とは,自己に対する注意の向きやすさの個人差をさす。自意識には,公的自意識と私的自意識があるとされている。公的自意識とは,他者から見られる自己である公的自己への注意の向きやすさをさし,私的自意識とは,他者には分からない自己の内面への注意の向きやすさをさす。
三島(1994)の研究で扱われていた「友だちがどのように自分のことを思っているのか」と強く思うことは,他者から見られる自己へ注意が向きやすい,すなわち公的自意識が高いと考えられる。つまり,公的自意識が高い者は友だちの数が少ない傾向(三島,1994)にあり,仲間集団以外の成員と積極的に関わっていけないと考えられる。
自己標的バイアスについて
さて,制裁認知により仲間集団以外の成員に関わっていけないこと(黒川ら,2006)から,「友だちが自分のことをどう思っているのか」と気にし,かつ「友だちが自分のことを良く思っていない」と捉えると,積極的に関わっていくことができないのではないかと考えられる。そのため,自意識に加えて,「友だちが自分のことを良く思っていない」と捉えやすい傾向についても検討が必要と思われる。つまり「友だちが自分のことをどう思っているのか」ということをネガティブに捉えることが,仲間集団以外の成員と関わっていくことを抑制しているかどうかについて検討することも重要である。
このような「友だちが自分のことをどう思っているのか」ということをネガティブに捉えることについて,本研究では,自己標的バイアスという概念を用いて検討する。自己標的バイアス(Overpercepttion of Self as a Target)とは,曖昧な出来事をあたかも自分が原因であるかのように捉える認知傾向のことである。自己標的バイアスは,一般の個人にも広く認められるものであるとされている。堀(2000)は,自己標的バイアスを「日常生活の中で他者の何でもないしぐさや言動を,自分に対する敵意や悪意と帰属すること」と捉え,自己標的バイアスが中学生においても見られ,自己意識や自尊心,不信感と関連していることを示唆しているが,自己標的バイアスが小学生で見られるかどうかを検討した研究はない。
しかし,邑本・田畠(1997)が,子どもと教師の「いじめ」認知傾向の違いを明らかにした結果,加害者側に悪意があるかどうか分からない状況を,子どもは加害者側に悪意がある場合と同様に「いじめ」と認知することが明らかにされた。つまり,子どもたちは,相手に悪意があるかどうか分からない状況をも「いじめ」である,自分に悪意を向けていると捉えている場合があると考えられる。また,ソシオメトリー地位の低い子どもは,意図の解釈が不正確で相手の意図を敵意と解釈しやすく,反応レパートリーが少なく,相手の敵意の解釈に基づいてより攻撃的で不適当な反応をしてしまうといわれている(藤田,2002)。こうしたことから,自己標的バイアスは小学生でも見られると予想できる。
以上のことより,小学校高学年でも自意識と自己標的バイアスが関連して見られるだろう〔仮説1〕。また,黒川ら(2006)・三島(1994)より「友だちが自分のことをどう思っているのか」ということをネガティブに捉えている者,つまり,公的自意識が高く,自己標的バイアスが高い者は,仲間集団以外の人と積極的に関わっていけないだろう〔仮説2〕。
仲間集団との関わり方について
ところで,仲間集団との関わり方には,個々人によって違いがあることも示唆されている。服部(2006)は,中学生を対象に,グループという関係そのものに依存し個別性の薄い密着した関係を持つ者や,逆にグループという形態ではなく個と個のつながりを重視しているとみられる者がいることを示唆した。また佐藤(1995)は,高校生において絆の強さ,すなわち質を重視し少人数で閉じて安定する単一グループと,味方がいてくれる確率の高さ,すなわち量を重視し複数のグループが結びつき多人数で安定するという連合グループがあることを示唆した。
これらのことから個々人によって,仲間集団に所属する安心の求め方が違うと考えられる。自分と仲間集団内成員が互いに絆の強さを求めていたり,互いに味方がいてくれる確率の高さを求めている場合,両者の求めるつきあい方は同じになるので,仲間集団に満足できると考えられる。しかし,自分が仲間集団内成員との絆の強さを求めているのに,自分と同じ仲間集団内成員が味方がいてくれる確率の高さを求めている場合,両者の求めるつきあい方は異なってくる。この場合,自分は仲間集団内成員と密着して関わろうとするが,仲間集団内成員は仲間集団以外の人と積極的に関わっていくだろう。そうすると,それぞれの安心の求め方が違い,仲間集団関係満足度は低くなるのではないかと考えられる。親密な関係にある友人が,他に新たな友人を作ることに対する嫌悪感が背景となって,友人と独占的に関わり合おうとする行動が見られることがあることも示唆されている(三島,2004)。
すなわち,自分が仲間集団以外の学級成員と関わっているかどうかと,同じ仲間集団成員が仲間集団外成員と関わっているかどうかのズレが大きいほど,仲間集団関係満足度は低くなるだろう〔仮説3〕。
集団透過性について
ここで,本研究では仲間集団以外の人と関わっているかどうかということを測る概念として,先行研究に倣い集団透過性という概念を用いる。
「集団透過性」とは,ある集団の集団成員が所属集団以外の成員とかかわりを持つような集団を仮定したうえでの集団境界の通過率を示す概念である(黒川ら,2006)。集団透過性が高いとは,成員が集団境界を越えることが多いことを示し,集団透過性が低い(ない)とは,成員が集団境界を越えることは少なく,対外関係の接触が少ないことを示す。しかし,集団境界を越えても,準拠集団が変わるという意味は必ずしも含まれない。
ここで,個人レベルの集団境界に対する評定を「個人の集団透過性」とする。つまり,自身が,仲間集団以外の者と関わっているかどうかを評定することを指す。
さらに,集団ごとに所属する各成員の「個人の集団透過性」の総和,あるいは平均値を算出することによって,集団を対象にした「集団透過性」を求めることもできる。つまり,仲間集団が仲間集団外成員と関わっていくような集団であるかどうかを示すものであるといえる。
しかし「集団透過性」を算出するためには,観察やソシオメトリックテスト等を行い仲間集団を同定することが必要になってくるが,本研究では,倫理的観点からそのような方法を用いた「集団透過性」の算出は行わない。
一方で「集団透過性」は「個人の集団透過性」から算出されるが,「集団透過性」に対する各仲間集団内成員の認知は一様ではないと考えられる。そこで,「知覚された集団透過性」という言葉を用い「集団透過性」と弁別をする。「知覚された集団透過性」は,各個人の「集団透過性」に関する認知であるから,集団成員の数だけあることになる。つまり,自身と同じ仲間集団内成員が仲間集団以外の人と関わっているかどうかを評定することであり,仲間集団内成員の集団透過性に対する認知を表すことになる。
このように本研究では,「個人の集団透過性」と「知覚された集団透過性」を扱っていくこととする。
目的について
以上のことから,本研究ではまず,自己標的バイアスが小学校高学年にも自意識と関連して見られるかどうかを検討する。そして,自意識と自己標的バイアスが,仲間集団透過性に関連しているかどうか検討する。また,個人の集団透過性と知覚された集団透過性のズレと仲間集団関係満足度の関連を検討する。それから,仲間集団の規模と,自意識および自己標的バイアスの各下位尺度に関連があるかどうか探索的に検討することとする。