問題と目的 |
幼児はときに、「すごいね!」と褒められると誇らしそうに微笑んだり、「○○ちゃんができるの!見て!」と主張したり、「○○ちゃんできるのに〜」と傷つき泣いてしまうことがある。このような行動は幼児にプライドがあるように感じさせる。幼児にとってプライドを持つことは、行動を広げていく好奇心となり、新しいことに挑戦できる原動力となる。また、プライドが傷つけられるようなことがあったとき、そこから立ち直る力も、「自分はできるんだ」と思えるプライドである。このようにプライドは、幼児の生活に意欲を与え、豊かにしてくれる重要な情動であるといえる。
Lewis(1992)によると、プライドという情動は、“自分の行動を達成基準に照らし合わせて評価した結果”とされている。幼児はいつ頃から自分の行動にプライドをもつようになるのだろうか。プライドは、情動発達の観点から見ると、自己意識的情動の1つであり、2歳半ばから3歳にかけて現れてくるといわれている(Lewis,1995)。自己意識的情動は、1歳半ばから2歳にかけてみられる情動とは区別される。1歳半ばから2歳にかけてみられる情動は、“他者からみられるなどによって生じる当惑的な照れ(embarrassment)”や“自分を相手の立場において想像してみる共感(empathy)”、“自己の状況を他者と比べての嫉妬(envy)”などである。それに対して自己意識的情動は、恥(shame)や傲慢(hubris)、他者の規則に逸脱した自分への罪の意識(guilt)などであり、それ以前の情動と次の点で区別される。1つは、自分の行動を、ある標準や規則、目標といった基準に照らし合わせながら失敗であるか成功であるか自己を評価するという点である。2つは、行動の結果表われてくる原因を自己そのものによると考え、自己の特定の行動に限定して捉えるという点である。 つまり、自己意識的情動の1つであるプライドは、標準や規則に照らして自分の行動を「できた」と評価したときに生まれる快の情動といえるだろう。
Lewis(1992)は実験で、次のことも明らかにしている。子どもに容易な課題と難しい課題を与え、恥とプライドの情動反応を観察している。その結果、プライドに関して、2つのことを明らかにしている。1つは、失敗した課題にはプライドはみられないということである。2つは、プライドは容易な課題より難しい課題に成功したときに多くみられたということである。
しかし、幼児のプライドに影響を与えているものは、幼児が自己評価できるようになるという認知能力の発達や、課題の難易度だけではないことも考えられる。岩田(1998)は、Lewis(1992)の実験状況について、このような感情が生成される基底には、他者からみられる自分という自意識の発達があると述べている。Lewis(1992)のプライドの定義によれば、他者の存在を認知しなくとも、自己評価の結果、成功であった場合の快は、プライドと見なされるだろう。しかし、幼児のプライドの発生には、他者の存在が影響していることが多いと考えられる。そのことを示す事例を、2つ挙げる。1つは、岩田(1998)の事例で、3歳になったばかりの子どもが自分でパジャマを着ようとしながら母親に「ヒトリデデキルンダヨ、ミテテオカーサン」と、自信あふれる表情でいうというものがある。これは、子どもが、自分なりの行動目標をもち、それができる有能な自分を他者へ誇らしげに示したり、承認させようとする事例である。2つは、友定(1993)の事例である。“F子、歌に合わせて名前を答え、先生にほめられた。F子は、うれしそうにいすに腰かけて両足を上げ、それを両手で支えて足で拍手をするように打ち合わせる。(2歳児6ヵ月)(岩田,1998,p79)”これは、他者の褒め言葉によってできる自分を認識し、プライドが出現した事例といえるだろう。これらのことから、幼児にとって他者の存在や他者の評価は、自己評価を支え、プライドが表出する要因となり得るのである。
そもそも、プライドの発生に必要な自己評価の基準や規則は、周りの大人すなわち他者によって作られたものである。幼児は、他者の評価に影響を受け、自己評価をしていくようになると考えられる。岡本・菅野・塚田‐城(2004)は自己評価に関して、次の事例を紹介している。“クミコちゃん姉妹は、妹が2歳すぎるころになると、1つのオモチャをめぐって真剣に取り合いをしながらも、2人そろってしきりに母親を見るようになった。2人で遊ぶときの親の期待(オモチャは2人で仲良く使わなければいけない)がよくわかるからこそである。”このような期待を感じるのは、大人(他者)から「2人で仲良く遊びなさい!!」と言われたり、嫌な顔をされたり、「オモチャを取り合うのは悪いこと」という評価を受けているからである。また、逆に良いこと、例えば、「○○ちゃんスリッパきれいに並べてえらいねぇ」と褒められると、「スリッパをきれいに並べることは良いこと」という評価を受け、またやろうと思って行動するだろう。すなわち、他者からの直接的な評価を受けることは、幼児のプライド発生に影響力があるといえる。
では、幼児のプライドにとって他者評価はどれほどの影響があるのだろうか。幼児に他者評価を与えることによって、プライドの発生をみた研究に、加用(2002)の“幼児のプライドに関する研究”がある。この研究は、2〜4歳児を対象に、保育補助者でもある実験者が対象児に脈略なく「○○くん、ずるい(または、すごい)」と話しかけて、それに対する子どもの反応を見るというものである。その結果、2歳児では、「ずるい」に対して悲しい表情をしたり、「すごい」に対して笑顔を返すなどの反応が優勢であったが、4歳児では、怪訝な表情をしたり、「なんで?」などと尋ね返す反応が優勢であった。このことから、必ずしも自己評価を必要としないプライドがあるとし、自己評価を必要としないプライドから必要とするプライドへの移行は3歳前半から3歳後半にあるとしている。この結果からも、幼児のプライドの発生における他者評価の影響が大きいことがわかるだろう。また、年齢が上がると、自己評価をする対象がない場面で褒められることに疑問を感じるようになり、他者評価に揺さぶられない自己評価が生まれることが分かる。
加用の研究(2002)は、幼児に他者評価を与えることによって、自己評価する対象がない場合でも発生するプライドと他者評価だけでは発生しないプライドが存在し、その移行は幼児期にあることを明らかにした点で意義があると言えるだろう。しかし、加用(2002)は、幼児が自己評価する対象がない場面で他者評価を与えているという点で限界があるのではないか。つまり、自己評価する対象がない場面で、他者評価を与えても、幼児の自己評価とプライドがどのような関係であるのか、また他者評価と自己評価がどのような関係であるのかについては明らかでなく、プライドにおける自己評価の必要性を論じることはできないであろう。プライドにおける自己評価の必要性や他者評価の影響について明らかにするには、幼児が自己評価する対象がある場面で、矛盾した他者評価を与えることでプライドの発生について検討する必要があるだろう。
よって、本研究では、幼児が自己評価する対象がある場面で、次のことを検証する。“2歳半ば以降に自己評価能力が発達し、プライドが発生する発達段階になるということはあるだろう。しかし、他者がどのように評価するかによってプライドの発生状況が変化し、プライドにおける他者評価の重要性は年齢によって違ってくる。”つまり、プライドの発生に関して2つの時期が存在し、移行するのではないかということである。初めの時期は、失敗という自己評価をしたとしても、成功という他者評価を与えられることによって、プライドが発生する時期である。後の時期は、成功したという他者評価を与えられても、プライドが発生しない時期である。
この考えを検証するために、幼児に積み木を積ませ、失敗したときに褒めの言葉を与えるという積み木課題を行う。このような条件を設定したのは、前にも述べたように、幼児が自己評価する対象がある場面で矛盾した他者評価をどのように受け止めるかということが分かるからである。そして、幼児が他者評価に揺さぶられず自己評価をするのであれば、褒められても失敗に対してプライドは発生せず、褒めに対して疑問をもつだろう。逆に、自己評価が他者評価に揺さぶられるのであればプライドが発生し、笑顔や肯定的な反応がみられるということが考えられる。しかし、失敗してプライドが発生した場合、自己評価ができなかったからということも考えられる。そこで、できなかったことをできないと認識しているかという自己評価ができているかを調べる自己評価課題を基礎実験として行うことで、他者評価が幼児の自己評価を揺さぶり、プライドの発生に影響を与えたというこが述べられるだろう。
以上のことから、本研究では、幼児のプライドと自己評価または他者評価の関連を明らかにし、“2歳半ば以降に自己評価能力が発達し、プライドが発生する発達段階になるが、他者がどのように評価するかによってプライドの発生状況が変化する”ということを検証することである。