問題と目的


 近年、学校教育現場において、いじめや学級崩壊などにみられる子どもたちのコミュニケーション能力の低下、社会性の低下が問題視されている。これらの要因の1つと考えられているのが、自己制御機能である(同一の概念として、 自己調整、自己統制(self-control)などがある)。畠山・戸田(1998)は、行動をコントロールする自己制御機能、他人を思いやる向社会的行動や共感性などが年齢相応に発達してこなかったことが、いじめや学級崩壊などの要因であると述べている。また、矢川(2000)は、このような教育的に重要な問題に対する機能として、子どもの自己制御機能を挙げ、自己制御機能は社会性を育成すると同時に、自己教育力を伸ばすことにおいても大きく関与していると述べている。

●自己制御機能とは

 自己制御機能の代表的な定義は以下の2つである。まず1つは、柏木(1986)の定義である。柏木(1986)は、動機と行動が一致しないとき個人は自己制御していると捉え、動機と行動の組み合わせから、自己制御機能を「動機がある(したい)が行動しない、あるいは、動機がない(したくない)が行動する」ことと定義した。この定義に基づき、柏木(1996)は、自己制御機能を自己抑制と自己主張の2側面から捉えている。2つは庄司(1993)の定義である。庄司(1993)は、柏木(1986)の定義に不足している点として、子どもが自己制御を行う際、社会的価値や社会的望ましさ(すべきである、すべきではない、したほうがよい、しないほうがよい)が、発達に伴い子どもの中に次第に行動の規範として取り入れられると考えた。そして、自己制御機能を動機と行動と価値の組み合わせから、「動機がある(したい)が社会的にも個人的にも価値がないので行動しない、もしくは、動機がない(したくない)が社会的にも個人的にも価値があるので行動する」ことと定義した。庄司(1993)は自己抑制と自己主張の概念をさらに個人的か社会的かという2つの側面から考え、自己制御機能を個人的抑制・個人的促進・社会的抑制・社会的促進の4つの側面から捉えている。柏木(1986)の定義は、主に幼児期に関する研究で使われており、庄司(1993)の定義は、主に児童期に関する研究で使われている。本研究は児童期を対象としているため、庄司(1993)の自己制御機能の定義を採用し、研究を進めることとする。

●幼児を対象とした研究

 自己制御機能に関する研究の多くは幼児を対象にしたものである。有名なものに子どもの満足の遅延に関する研究がある。Walter, Ebbe, & Antonette(1972)[渡辺・伊藤・杉村(2008)からの引用]は、満足の遅延における認知と注意のメカニズムについて検討し、待つ時間の認知的操作と眼前の報酬の有無は子どもの待ち時間に大きな影響を与えることを明らかにした。また、Walter, Yuichi, & Monica(1989)[渡辺・伊藤・杉村(2008)からの引用]は、自己制御機能を説明する個人差、心理学的プロセス、それらを予測する条件を展望し、発達初期の満足の遅延を可能にする認知プロセス、自己制御機能を維持する方略は報酬の認知的抽象であること、喚起的特徴への注意は遅延を短縮し、抽象的情報的特徴への注意は遅延を延長することを明らかにした。幼児期の自己制御機能の発達について、柏木(1986)は、自己抑制は性差はあるものの男女ともに3歳から7歳まで上昇傾向がみられるが、自己主張は幼児期前半では上昇が著しいが後半は停滞した形を見せることを明らかにしている。

●児童を対象とした研究

 一方で、児童期の自己制御機能に関する研究も様々な観点から行われている。塚本(1998)は、自己制御機能の性差と学年差について検討している。そこでは、自己制御機能を「行動的・対人的自己統制」と「認知的・個人的自己統制」の2因子からなるとし、いずれも学年と共に上昇し、女子のほうが高いという結果を得ている。また、中田・塩見(1997)は自己制御機能と関連する要因を検討している。そこでは、自己制御機能を「許容性」、「自己開示」、「意思決定」、「独自性」の4因子からなるとし、その中でも「許容性」と「意思決定」の2因子が自己効力感との間に強い正の影響があることを示している。

●本研究で注目したいこと

 児童期の自己制御機能の研究の中でも特に注目したいのが、児童期の人間関係の発達において重要なものの1つとされている社会的スキルと自己制御機能の関係を研究したものである(庄司, 1994)。そこでは、小学校4年生72名(男児35名、女児37名)を対象に庄司(1993)のself-control尺度をクラス単位で一斉に実施した後、社会的スキル尺度(庄司・小林, 1992)を約1ヶ月後に実施していた。その結果、自己制御機能が高いほど、「共感・援助的かかわり」、「積極的・主張的かかわり」をよく行い、「からかい・妨害的かかわり」や「拒否・無視的かかわり」を行わないことが明らかにされた。また、性差については、男児のほうが自己制御機能が高いほど「共感・援助的かかわり」をよく行い、「拒否・無視的かかわり」を行わないことが示された。ここでいう社会的スキルとは、Gresham(1977)[菊池・堀毛(2002)から引用]の定義に基づくもので、「学習され、対人関係の中で展開され、他者との交互作用の中で個人の目標達成に有効であり、社会的に受容される」ものである。「共感・援助的かかわり」、「積極・主張的かかわり」を正のスキル、「からかい・妨害的かかわり」、「拒否・無視的かかわり」を負のスキルとしている。この研究は、児童期の発達課題として重要な自己制御機能と、社会的スキルの関連について検討している点で意義があるといえる。両者は、より複雑な人間関係を築いていく児童期には必要不可欠な能力であり、先にも述べたように、これらが獲得・遂行されないと、いじめや不登校などといった問題が起こると考えられている。そして、どちらかが獲得され、遂行されれば良いわけではなく、対人場面において両者は同時に行われると考えられている。つまり、対人場面において、自己をコントロールしながら場面に合った社会的スキルを遂行する(庄司, 1994)ということである。このように、自己制御機能と社会的スキルは切り離せない関係にあり、両者がよりよく獲得・遂行されてこそ対人場面でスムーズな対応ができるようになることからも、両者の関係を検討することには意義があるといえる。

●庄司(1994)の問題点

 しかし、庄司(1994)には問題点が2点あると考える。まず1点は、自己制御機能と社会的スキルの関連を検討しているだけで、自己制御機能が社会的スキルに影響を与えるのかということについてまで踏み込んで検討していない点である。ひとつの行動を起こす場合は、まず個人の中でその行動を起こすかどうかという葛藤があり、そのあとに実際に行動として実行するだろう。この場合、葛藤が自己制御機能で実際の行動が社会的スキルといえるだろう。このことから、本研究では自己制御機能が社会的スキルに影響を与えていると仮定し、研究を進める。2点は、庄司(1994)は、学級単位で検討しているのにもかかわらず、その学級集団からの影響については考慮していないことである。社会的スキルや自己制御機能の発達を考えたとき、日常生活の大半を過ごす学級集団の影響は大きいと考えられる。また、児童期は学校生活、学級生活を通して、人間関係が複雑に発達する時期であり、社会性を身につけ、仲間をつくり、社会的ルールなど様々なことを学び身につけていく時期でもある。そういった意味で、学級集団は個人の自己制御機能や社会的スキルの発達に、最も影響力を持つ重要な集団の1つになるだろう。以上のことから、児童期の自己制御機能と社会的スキルの関係を検討する場合は、学級集団からの影響を考える必要があると考える。そこで本研究では、学級集団からの影響として学級への集団所属意識を取り上げる。

●集団所属意識について

 集団所属意識が個人の自己制御や実際に行動として現れる社会的スキルに影響を与えていると考えられる例として、「学校では静かなのに、家ではとてもおしゃべりになる子ども」が挙げられるだろう。このような子どもは学校でも家でも自己制御はできているのかもしれないが、学校では抑制的で、家では主張的になっているといえる。自己制御ができているとしたら、学校と家で態度が変わるのは集団から何らかの影響を受けているからだと考えられる。集団からの影響の中でも、集団のことをどう思っているかという集団所属意識は特に関係しているといえるだろう。
 私たちは社会生活を送る中で何らかの集団に属している。そして、同じ集団に属している人と関わっていくことで、徐々にその集団に対する集団所属意識が高くなってくると考えられる。集団所属意識が高くなると、同じ集団に所属している人とより一緒にいたいと思うようになるだろう。そして、さらに集団内の人との人間関係を発達させ、仲間意識を持つようになる。仲間意識が芽生えると、集団内の仲間に対する信頼感が芽生え、その仲間と一緒にいること、その集団に所属していることへの安心感が生まれる。そして、自分が所属する集団が自分の居場所であると思えるようになる。
 このように集団所属意識が高くなってくると、その集団に所属していたいために、自分の所属する集団や仲間の規範から外れないように行動することが多くなると考えられる。ここで言う規範とは、集団に対しての規範的影響のことで、集団から認められ、他者からの期待にそうための同調のことであり、また、集団からの拒否や罰を避けるためのものである(明田・岡本・奥田・外山・山口, 1998)。つまり、集団所属意識の高低によって、友達と関わるときの行動にも違いが見られることが考えられる。例えば、集団所属意識が高い場合は低い場合よりも、困っている友達を助けることが多くなり、その集団のルールにも従うようになるだろう。逆に集団所属意識が低い場合は、集団のルールには従いにくいだろう。

●本研究の目的1

 これらのことから、自己制御機能が高いとしても、自分が所属している集団からの影響としての集団所属意識によって、行動として現れる社会的スキルは変化すると考えた。そして、学級における社会的スキルの行使には自己制御機能だけでなく、学級への集団所属意識も関わっていると仮定した。そこで本研究の第1の目的を、自己制御機能、学級への集団所属意識が社会的スキルに与える影響を検討することとする。

●仮設(1)〜(3)

 第1の目的に対する仮説は、(1)自己制御機能が高いほど「共感・援助的かかわり」、「積極・主張的かかわり」を多く行い、「からかい・妨害的かかわり」、「拒否・無視的かかわり」をあまり行わないことが挙げられる。これは、庄司(1994)の結果からも予想されることである。また、(2)学級への集団所属意識が高いほうが、「共感・援助的かかわり」、「積極・主張的かかわり」を多く行い、「からかい・妨害的かかわり」、「拒否・無視的かかわり」をあまり行わないことがいえるだろう。明田ら(1998)によると、私たちに同調を促すものの1つが、規範的影響であるという。規範的影響とは、先にも述べたように、集団からの是認を得、他者からの期待に沿うための同調であり、また拒否や罰を避けるための同調である。この規範的影響は、集団の一員がその集団に魅力を感じているほど、つまり、集団の凝集性が高いほど効果が大きいという(明田ら, 1998)。このことを踏まえると、学級への集団所属意識が高いほど所属集団に対して魅力を感じているということであり、その結果、規範的影響の効果が増大するため、「共感・援助的かかわり」、「積極・主張的かかわり」を多く行い、「からかい・妨害的かかわり」、「拒否・無視的かかわり」をあまり行わないと予想できる。
 さらに、上記のことから、学級集団の凝集性を高めるような社会的スキルである(3)「共感・援助的かかわり」と「積極・主張的かかわり」には学級への集団所属意識がより影響を及ぼし、「からかい・妨害的かかわり」と「拒否・無視的かかわり」には学級への集団所属意識よりも自己制御機能がより影響を及ぼすと予想される。「からかい・妨害的かかわり」と「拒否・無視的かかわり」は外集団に対して行われると学級集団の凝集性を高めると考えられるが、これらの社会的スキルが本研究で問題にしている学級内に働くと、学級集団の凝集性は低くなると考えられる。そのため、「からかい・妨害的かかわり」と「拒否・無視的かかわり」には学級への集団所属意識よりも自己制御機能がより影響を及ぼすと仮説をたてる。

●本研究の目的2

 次に、本研究の第2の目的として、自己制御機能の発達的変化を再検討すると同時に、自己制御機能、学級への所属意識が社会的スキルに与える影響の発達的変化を検討することを挙げる。なぜなら、児童期における自己制御機能の発達的変化については、様々な説があり、一貫した結果が得られていないからである。塚本(1988)は自己制御機能を「行動的・対人的自己統制」と「認知的・個人的自己統制」の2因子からなるとし、いずれも学年とともに上昇することを明らかにした。田中・塩見(1999)は、自己制御機能を「許容性」、「自己開示」、「意思決定」、「独自性」の4因子からなるとし、発達的変化は見られないという結果を得ている。一方で、庄司(1993)は、自己制御機能を個人的抑制、個人的促進、社会的抑制、社会的促進の4因子からなるとし、4因子全てにおいて学年とともに得点が低下することを明らかにしている。

●仮設(4)・(5)

 第2の目的に対する仮説は、(4)自己制御機能は中学年より高学年の得点が低いだろうということである。これは、庄司(1993)の結果からも予想されることである。また、(5)中学年より高学年のほうが学級への集団所属意識が社会的スキルに与える影響も、自己制御機能が社会的スキルに与える影響も低下すると考える。高学年になると、所属する集団が増え、個人にとって一番重要な集団が学級とは限らなくなるため、学級への集団所属意識が社会的スキルに与える影響は中学年より高学年のほうが低下するだろう。また、自己制御機能は学年が上がるにつれて低下すると庄司(1993)が述べている。このことから、自己制御機能が社会的スキルに与える影響も中学年より高学年のほうが低下すると考える。

 以上のことから、本研究の目的は、2つにまとめられる。1つは、児童期における自己制御機能と学級への集団所属意識が社会的スキルに与える影響を検討することである。2つは、自己制御機能と学級への集団所属意識が社会的スキルに与える影響の発達的変化を検討することである。