考察
<目的のまとめ>
本研究の目的は2つあった。1つは、曖昧さへの態度とコーピングスタイルとの関連をみる中で、曖昧さへの態度の行動特性を明らかにすることであった。2つは、曖昧さへの態度とLOCの関連をみることで、曖昧さへの態度の性格特性について明らかにすることであった。行動特性については、仮説1「“享受”と“統制”の態度は、曖昧な状況に対して自ら接近していくという特性があると考えられるため、問題焦点型コーピングと関係を持つだろう」仮説2「“不安”と“受容”の態度は、曖昧な状況に対して放置・回避しようとする特性があると考えられるため、回避・逃避型コーピングと関係を持つだろう」という2つの仮説を考えた。また、性格特性については、仮説3「“内的統制傾向”が強いと、自分の行動が環境に影響を与えられると感じているため、“享受”や“統制”の態度をとるだろう」仮説4「“外的統制傾向”が強いと、自分の行動が環境に影響を与えられないと感じているため、“不安”や“受容”の態度をとるだろう」という2つの仮説を考えた。これら4つの仮説をもとに研究を進めた。
1.曖昧さへの5つの態度の行動特性についての検討―コーピングスタイルとの関連
曖昧さへの5つの態度(“享受”、“不安”、“受容”、“統制”、“排除”)の行動特性について明らかにするために、まず、曖昧さへの態度の下位尺度5つとコーピング尺度の下位尺度3つにおいて相関係数を算出した(Table1)。次に、曖昧さへの態度がどのようにコーピングスタイルに影響を与えているのかを、曖昧さへの態度尺度の5つの下位尺度を独立変数、コーピング尺度の3つの下位尺度を従属変数として重回帰分析を行った(Figure2)。
その結果、相関係数をみると、問題焦点型とは“享受”と“統制”が正の相関を持った。情動焦点型においては、“享受”と“受容”が正の相関を持った。回避・逃避型とは、“不安”と“受容”が正の相関を持ち、“排除”が負の相関を持った。重回帰分析の結果をみると、問題焦点型と情動焦点型に影響を与えているのは“享受”のみであり、正の影響を与えていた。回避・逃避型においては、“享受”が負の影響を、“受容”が正の影響を与えていた。以上の結果から、仮説1と仮説2はともに一部が支持されたといえる。ここから、“享受”は自分の周囲の不快な状況や自分の情動反応に対して積極的に対処行動をしようという特性を持っているといえる。“受容”は周囲の状況に対し自ら接近せず放置したり、回避的な対処行動をする特性を持っていると考える。また、情動焦点型対処に正の影響を与えていたことから、周囲の状況をコントロールしようとはせずにありのまま受け止め、むしろ自分の情動反応をコントロールしようとすることでストレスを軽減させようとする傾向があると考えられる。
このことから、“享受”と“受容”は曖昧さに対して同じように肯定的であるが、曖昧さへの関わり方に違いがあるといえる。このコーピングスタイルに関する結果から、曖昧さへの態度には、曖昧さに対し肯定的に捉えるか否定的に捉えるかという分類の次元に加えて、曖昧さへの関わり方の違いによって、曖昧さへ「接近・関与―回避・放置」という次元があるといえる。先行研究を参考にすると、“受容”においては、「曖昧さへの耐性が高い・高すぎると曖昧な状況を一刻も早く処理して解消してしまおうとせず、曖昧さを減少させようとする動機が欠如しているのではないか」という吉川(1986)の指摘と合致した結果だと考える。本研究、の結果は、曖昧さを過度に受容することは、曖昧さに対しての興味や関わろうとする動機の欠如につながり、実際的な行動につながらないという傾向を示したといえるだろう。
西村(2007)の研究では、“受容”は抑うつ傾向との関連がなく、強迫傾向を抑制するという結果であった。しかし、上記のような考察から、曖昧さに対しての過度な受容的な態度をとることは曖昧な状況に対する実際的な行動を抑制することが考えられる。そこから、“受容”の態度は必ずしも常に適応的に働く態度ではないことが考えられる。そのため、“受容”の態度は相対する事象に対する最初の認知的評価の段階では適応的であるといえるが、長期的にみた場合、不適応につながる可能性がある。それは、脅威やストレッサーである曖昧さ(増田, 1998)がいつまでも自分の周囲から減少しないために、曖昧な状況への対処を避けることができなくなった場合、結果として、不適応につながる可能性があるからである。また、コーピングスタイルとストレス反応についての研究で、尾関ら(1991)はストレッサーから回避したり逃避したりするコーピングをする者は、ストレス反応が高いことを示している。その点からも、回避・逃避型のコーピングに正の影響を持つ“受容”の態度は適応的ではない可能性が考えられる。また、個人内ではある一面で適応的であるとしても、曖昧さに対して過度に受容的な態度は、社会的に不適応な行動につながるということも考えられる。たとえば、人が学習をする際に自分の知らないこと・理解できないことを、知ろうとする・理解しようとする動機は適切な学習のために必要といえる。そのような場面においては、曖昧さに対する過度な“受容”の態度は社会生活を送る上での適応的な行動につながらないといえる。“受容”の態度に関しては、場面による適応性の違いや、曖昧な状況に対してどの程度の受容度が適応につながるかについてまだ検討する必要がある。
仮説1と仮説2について、肯定的態度である“享受”と“受容”についてはコーピングへの影響をみることができた。しかし、否定的態度である“統制”と“不安”については、相関分析については仮説にそった結果であったが、重回帰分析による結果では有意なパスはなかった。この結果についての考察を以下に示す。
まず、“統制”については問題焦点型に影響を持つ“享受”と正の相関を持つために“享受”を介在して擬似相関がみられたと考えられる。
次に“不安”についてである。“不安”との関連を想定していた回避・逃避型コーピングとの相関は有意にあったものの、その程度は弱かった。そのため、他の曖昧さへの態度の変数の影響を統制し、単独の影響力をみる重回帰分析では有意な結果が得られなかったと考える。この結果から、“不安”はコーピングスタイルとの関連に一定の傾向を持たないといえる。予測した結果と違った理由として、2つのことが考えられるだろう。1つは“不安”の得点が高いグループの中には、曖昧さへの「接近・関与」の特性を持つ者と「回避・逃避」の態度を持つ者が混在していたことが考えられる。曖昧な状況に対する不安や混乱から、その不快の原因である曖昧な状況そのものを変えようという行動をとる者と、その不快の原因である曖昧な状況からできるだけ遠ざかろうという行動をとる者がいると想定できる。このように考えると、心理的適応に対して悪影響を与えるとされている“不安”の態度も、自分にとって不快な状況・ストレッサーを減少させようとする行動をとっていると考えられる。そのため、“不安”の態度が強い集団も、外界への関わり方に関する特性によってグループを分類した場合は、それぞれの群で適応に関する傾向は変わってくるだろう。2つに、遭遇する状況によっても大きく違うと考えられる。なぜなら、対処にかかるコストが大きくてもそれが自分の力で変化させることが可能な状況においては「接近・関与」というような特性を持っている群の方が適応的かもしれないが、自分の力でその状況に変化をもたらすことが不可能な状況において「接近・関与」の特性を持っている群のほうがジレンマによってさらに不適応になるということも考えられるからである。以上のことから、“不安”の態度から生起される行動特性が多様であるために、コーピングスタイルへの影響について一定の傾向がみられなかったと考える。
最後に、否定的態度についてコーピングスタイルとの関連がみられなかった理由として、本研究で使用した尺度の面からの考察を以下に記述する。今回使用したコーピング尺度の影響も考えられる。本研究で使用した尺度は、実験協力者の一般的なストレス事象についての対処の仕方を問うものであった。本研究でこの尺度を使用した理由は、曖昧な状況はストレッサーであるという増田(1998)の指摘から、ストレスへの対処行動であるコーピングスタイルへの影響をみることで、曖昧さへの態度の5つの行動特性の違いをみつけられると考えたためであった。しかし、そもそも5つの態度の間で曖昧な状況をストレッサーと感じる程度が異なっていたということが考えられる。そのため、被験者間で想起したストレス事象が異なり、曖昧さへの態度の“不安”、“統制”、“排除”はコーピングスタイルに直接の影響をみることができなかった可能性がある。
今後、曖昧さへの態度の分類の次元として考えられる「接近・関与―回避・放置」という性質を明らかにするために考えられることを以下に記述する。先述したように、どの態度が強いかによって、曖昧な状況をストレッサーと感じる程度が違うと考えられる。そのため、多くのさまざまな生活事件におけるストレス反応を測定してストレッサーとなる状況の傾向を探ることや、友野ら(2002)が行ったように対人場面状況や課題解決状況といった場面ごとのコーピングスタイルへの影響を検討することが有用だと考える。また、コーピングスタイル以外のより一般的な他の行動特性との関連のなかからみていくという方法も考えられる。
2.曖昧さへの5つの態度の性格特性についての検討―LOCとの関連
曖昧さへの5つの態度の性格特性について明らかにするために、まず曖昧さへの態度の下位尺度5つとLOCにおいて相関係数を算出した。次に、LOCがどのように曖昧さへの態度に影響を与えているかを明らかにするために、LOCを独立変数、曖昧さへの態度尺度の5つの下位尺度を従属変数として重回帰分析を行った。その結果、相関分析においても重回帰分析においてもLOCと関連していたのは“享受”のみであった。この結果から、仮説3は一部分のみが支持され、仮説4は支持されない結果であった。この結果から、“享受”は“内的な統制傾向”から影響を受ける態度であるといえる。おそらく“享受”の「曖昧さを魅力的なものとして評価し、関与していくことに楽しみを見出す傾向」という態度は、自分の行動がものごとに影響を与えられるという信念から持つ態度だと考えられる。なにか曖昧な状況があったとして、自分とその事物が関係することで生じる影響や起こる変化が何もないと感じる場合は、肯定的に捉えることはないであろうし、興味を持って関わりたいとも感じないと考えられる。そのため、曖昧さに対して心理的に適応的な態度を持ち、社会的にも適応的な行動をとるためには自分の行動が結果に影響すると信じる程度に関するLOCの概念が1つの重要な変数であると考える。また、“不安”“受容”“統制”“排除”の4つの態度は、“内的統制傾向”であるか“外的統制傾向”であるかから受ける影響に傾向がみられなかった。このことから、性格特性の面から「接近・関与」か「回避・放置」という特性について検討するためには、LOCとの関連だけをみるだけでは不十分であるのかもしれない。LOCに加えてさらに、自分の行動に対する効力期待(自己効力等)、つまり自分にとってプラスの影響を与えられるかの自信との検討の中で「接近・関与―回避・放置」の特性を明らかにできると考える。また、曖昧さという簡単に納得のいく結論を持てない状況への態度を明らかにするためには、LOCや効力感のような一般的な事象に対する信念ではなく、認知欲求のような難しい課題状況における動機付けをとりあげた変数との関連を検討する方法も考えられる。
3.全体的考察
全体的な結果から考えられる曖昧さへの態度の分類の次元の図を下のFigure3に示した。
Figure7
曖昧さへの肯定的態度の分類についての
「接近・関与」「回避・放置」の次元を加えた図
曖昧さへの肯定的態度については、「接近・関与」「回避・放置」という次元に関する結果はある程度仮説どおりの結果であった。つまり、“享受”は曖昧な状況に対して接近・関与していくという特性を持つ傾向があり、“受容”は曖昧な状況に対して回避・放置していくという傾向があることが明らかになったといえる。しかし、否定的態度についての仮説は支持されない結果となった。そのため、今回の研究では曖昧さへの否定的態度を「接近・関与」「回避・放置」という次元に当てはめることはできなかった。この結果は、考察の1と2で書いたような課題点に注目することで今後明らかにすることができると考える。効力感や動機づけに関する変数との関連の検討によって、性格特性の面からアプローチすることや、一般的な場面だけでなく、多くの具体的な生活場面に関する行動の傾向をみることで行動特性について明らかにすることができると考える。
今回、曖昧さへの態度の特性として、西村(2007)によって分類された「肯定―否定」の次元に加えて「接近・関与―回避・放置」という次元を示すことができた。特に今回の研究では、コーピングスタイルに与える影響によって検討することができた。今後さらに曖昧さへの態度の持つ特性について明らかにする上で、コーピングスタイルだけでなく、心理的ストレス過程全体との関連をみることが有用だと考えられる。Lazarus & Folkman(1984)によって提唱された心理的ストレスモデルは「先行条件(ストレッサー)→認知的評価→コーピング→事件の影響(心理的影響)」というものである。今回検討したコーピングだけでなく、先行条件や認知的評価についても検討することで、曖昧さへの態度がどのような認知的評価を介して形成されるのかを明らかにできると考える。例えば、加藤(2001)によって作成された認知的評価尺度の中の“対処効力”因子や“重要性”因子との関連の中で、本研究の結果よりも多くのことを説明できるだろう。本研究では“統制”と“不安”からのコーピングへの影響はみられなかったが、この“対処効力や“重要性”という概念を加えることで解釈可能なコーピングへの影響をみいだせる可能性があるだろう。
本研究によって、曖昧さへの態度が肯定的であるか否定的であるかだけでは適応への影響は決まらないことが示された。今後、単純に心理的適応との関連を明らかにしていくだけではなく、どのような認知や行動が心理的適応に関係していくかという一連のモデルを明らかにする研究が有用であるだろう。また、個人内の適応性だけでなく、さまざまな場面における社会的な適応性も検討する必要があると考える。