問題と目的
1.はじめに
私たちは日常生活の中で多くの曖昧な場面に出会う。そして、その際の反応には個人差が存在する。その個人差に関する研究は曖昧さに対する耐性があるかないかについて研究がなされてきた。曖昧さ耐性の研究は、耐性が高いことで心理的な適応につながるというものであり、耐性の低さは不適応につながるというものであった。しかし、曖昧さへの耐性が高いことが常に適応的に働くのだろうか。また、耐性の高低だけで適応との関連をすべて説明することはできないと考える。以上のような観点から、本研究では曖昧さへの態度の個人差の心理特性と行動特性を検討する。
2.曖昧さとは
私たちは、日常生活において多くの曖昧な状況に遭遇している。曖昧な状況とは、自分の納得のいく判断をすることが難しい状況である。例えば、初めてのアルバイト先でどのように動けばよいか分からない状況であったり、お互い1度話したことがあるかないか程度の知人と思わぬ場所で出くわした状況であったり、パソコンにまだ不慣れなときに、操作中に突然よく分からない英語の警告文が表示された状況などである。友野・橋本(2005)によるとBudner(1962)は、曖昧さとは「十分な手がかりがないために、適切に構造化したり、分類化できない状態」と定義している。そして、曖昧さには、手がかりのない全く新しい状況、手がかりがたくさんありすぎる複雑な状況、それぞれの手がかりが異なった事態につながるような矛盾した状況の3つがあるとしている。これは順に、新奇性、複雑性、不可解性といわれている。本論文の中での曖昧さの定義はこのBudnerの定義に従う。このような曖昧な刺激や状況は、正確な予測が難しいことから、その状況に適切だと考える行動をとることが難しい。そのため、曖昧さは一般的に不快なものであるとされている。増田(1998)はMages & Mendelsohn(1979)の、「ガン患者の治療後の適応が難しいのは、患者自身が完治したかどうかについて確信が持てないことにある」という研究と、Janis(1971)の手術を受ける患者に関してまとめた研究の中の「起こる可能性のあるさまざまな苦痛に関する正確な情報を与えられた患者は、手術の後、情緒障害を起こすことが少ない」という結論から、「曖昧さはそれ自体がストレッサーとなるのであり、曖昧さの減少によってストレス反応が軽減することを示している」と述べている。
3.曖昧さへの態度の個人差(曖昧さへの耐性という1次元での捉え方)
ところで、曖昧な状況に遭遇したときにどのような反応や態度を持つかには個人差が存在する。それは例えば、曖昧さに出会ったときにそこにおもしろさをみつけたり、不安や混乱を感じたり、なんとも思わないといったような違いである。この曖昧さへの態度の個人差に関しては、曖昧さ耐性(Tolerance of Ambiguity)という概念によって多くの研究が行われてきた。Budner(1962)は、曖昧さへの耐性が低いことを、曖昧な状況を恐怖の源として知覚する傾向とした。また、曖昧さへの耐性が高いことを、曖昧な状況を望ましいものとして知覚する傾向とした。この曖昧さへの耐性については、耐性の低さ(曖昧さへの非耐性・曖昧さへの非寛容)に注目した研究が多く行われてきた。その中で、耐性の低さと抑うつや強迫傾向などの不適応との関連が明らかにされてきた。例えば、吉川(1980)によって曖昧さへの耐性が低いと、顕在性不安が高くなることが明らかにされている。また、増田(1998)によれば曖昧さ耐性が低い人は、同じような出来事を体験してもそれを耐性の高い者より脅威に感じるということが示されている。臨床的な研究においても、西村(2006)によって不登校児やうつ病者、強迫神経症患者の特徴として曖昧さへの耐性の低さが指摘されている。このように、耐性が低いという曖昧さへの否定的態度については多くの研究がなされている。しかし、肯定的態度についての研究は少ない。
4.曖昧さへの肯定的態度
先行研究において、曖昧さに対する耐性の高さは心理的適応を促進するということが明らかにされてきた。しかし、曖昧さへの耐性の高さは、曖昧さを恐怖と感じない、曖昧さに寛容であるということであり、Budnerが説明した曖昧さを望ましいものと知覚するというような肯定的態度については検討がなされていない。西村(2007)では、先行研究の曖昧さへの肯定的態度の見解は不十分であり、曖昧さに対して“脅威に感じず受け入れられる”ことと“好んで関わる”ことが混同されていると述べている。
また、吉川(1986)は曖昧さ耐性が高い・高すぎると曖昧さを減少させようとする動機が欠如していたり、曖昧さを知覚してもそれに対し実際的な行動がとれない可能性があると示唆している。この吉川の指摘と、上記で述べた曖昧さが不快なものである・ストレッサーとなるという増田(1998)の知見から、耐性が高いということが常に適応的な行動につながるものではないと考えられる。
5.曖昧さへの態度(多次元的な捉え方)
上記のような指摘から、西村(2007)において肯定的態度2因子、否定的態度3因子の計5因子からなる“曖昧さへの態度尺度”が作成された。西村(2007)が作成した尺度は、曖昧さへの態度の違いから5つの下位尺度に分類がなされている。曖昧さへの肯定的態度は、「曖昧さを魅力的なものとして評価し、関与していくことに楽しみを見出す傾向」である“曖昧さの享受”以下、享受)と、「曖昧さをそのまま認めて受け入れられる、曖昧さへの親和性や寛容さを持つ傾向」である“曖昧さへの受容”(以下、受容)の2つである。曖昧さへの否定的態度は、「曖昧さに不安などの情緒的混乱と、それに伴う対処の難しさを感じる傾向」である“曖昧さへの不安”(以下、不安)と、「曖昧な状況を否定的に評価し、知的に把握・対処(統制)しようとする傾向」である“曖昧さの統制”(以下、統制)と、「曖昧さを認めず、排除して白黒つけたい傾向」である“曖昧さの排除”(以下、排除)の3つである。西村(2007)はこの尺度を用いて曖昧さへの態度と心理的適応との関連を調査した。その結果、曖昧さへの“不安”因子は、増田(1998)によって作成された既存の曖昧さへの耐性尺度と5つの因子の中で最も強い正の相関を持った(曖昧さへの耐性尺度は得点が高いほど耐性が低いという尺度である)。また、“不安”因子は抑うつ傾向や強迫傾向を測定した尺度と正の相関を持った。このことから、既存の曖昧さへの耐性尺度は曖昧さへの不安という態度を中心に測定していた尺度であったと西村は述べている。一方、否定的態度の中の“統制”因子や“排除”因子は抑うつ傾向と関連を持たなかった。このことから、曖昧な場面を否定的に捉えるというだけでは常に心理的不適応につながるわけではないことが明らかになった。
上記のように、西村(2007)の研究では、肯定的態度として“享受”と“受容”、否定的態度として“不安”、“統制”、“排除”があるという分類がなされた。しかし、“享受”と“受容”の間の違いや “不安”“統制”“排除”の間の違いについては、その特性的違いが明らかされていない。そこで、本研究では曖昧さへの5つの態度がどのような行動特性をもつのか、どのような心理特性を持つのかについて検討する。行動特性についてはストレスへのコーピングスタイルに注目し、心理特性についてはLocus of Control(以下、LOC)について注目する。
6.コーピングスタイルとの関連について
コーピングスタイルについて検討する理由は以下の通りである。まず1つ目の理由は、コーピングが心理的な適応度に影響を与える行動ということである。コーピングスタイルとの関連をみることで、西村(2007)の研究で明らかにされた心理的適応への影響が、どのような行動特性との関連の中で生起するのかを検討できると考える。また、前述した曖昧さがストレッサーであるということから、曖昧さへの態度の行動特性をみる上で心理的ストレスへの対処行動であるコーピングとの関連をみることが適当であると考える。これまでに曖昧さ耐性とストレスコーピングを扱った研究には増田(1998)の研究があげられる。増田(1998)の研究は問題焦点型、情動焦点型、回避・逃避型の3つの下位尺度からなる、尾関 (1993)によって作成されたコーピング尺度と曖昧さ耐性との関連を調査した。問題焦点型とは情報収集や再検討などの問題解決に直接関与する行動であり、情動焦点型とはストレッサーにより引き起こされる情動反応に焦点をあて注意を切り替えたり気持ちを調節する行動であり、回避・逃避型とは不快な出来事から逃避したり否定的に解釈するなどの行動である。その結果、コーピングの3つのスタイルと曖昧さ耐性は関連が見られなかった。しかし、この結果は、耐性の高低という1側面だけを検討したものであった。そのため、曖昧さへの多面的な態度との関連はまだ明らかになっておらず、多面的な曖昧さへの態度とコーピングスタイルとの関連を検討する意義はあると考える。
7.Locus of Controlとの関連について
Locus of Control(以下、LOC)について検討する理由は以下の通りである。まず、LOCという概念について記述する。LOCとは、自分がある物事に対して起こした行動が物事に影響を与えられると感じる程度に関する概念である。LOCの定義はRotter(1966)によると、「人が自分の行動とその結果に付随する強化(原因)が随伴しているかどうか、その強化の生起を統制できるかどうかに関する信念」というものである。言い換えると、「自分の行動や能力が、ものごとの結果に影響すると思うか思わないかに関する信念」であるといえる。自分の行動と結果が随伴しているという信念を内的統制、逆に、行動と結果が随伴していないという信念を外的統制という。内的統制は自分の運命は自分の力でコントロールできると信じ、また期待している傾向であり、外的統制は自分の運命は他人や運などによってコントロールされると考える傾向である。LOCの概念は、この内的統制と外的統制を両極とする1次元的な変数と考えられている。
LOCは心理学においてさまざまな分野で研究が行われている。これまでに達成動機(宮元, 1981)との関連や、無気力・無力感(波多野・稲垣, 1981)を引き起こす要因として重要であることが示されている。このようなことから、LOCは、人が周囲の環境と関わる際の態度に関連が深い概念であると考えられる。そこで、周囲の環境の曖昧な刺激に対する反応である曖昧さへの態度の性格特性を探る上で適当な概念であると考える。また、曖昧さへの5つの態度は否定的か肯定的かという次元があるが、それとは別に、曖昧な状況へ接近していこうとするか回避したり放置したりしようとするかという次元があるように思われる。作成された尺度の項目や各態度の定義をみると、“享受”や“統制”は曖昧さに対し否定的か肯定的という違いはあるものの、曖昧さに自ら関わろうとする態度には共通性があると考える。また、“受容”と“不安”においても、曖昧さに対し自ら関わろうとしない回避・放置というような共通点があるように思える。そして、ある状況に対して自ら接近して関与するかどうかは、自分が環境に対して影響を与えられるかについての感じ方が重要であるだろう。以上にあげたことから、この接近か回避かという視点から、自分の行動が環境に影響を与えられるという信念であるLOCとの関連によって、曖昧さへの5つの態度の違いをみることができると考える。
以上のことから本研究の目的を2つ設定した。1つは、曖昧さへの5つの態度とコーピングスタイル及びLOCとの関連を明らかにすることで、曖昧さへの5つの態度の行動特性と性格特性を明らかにすることを目的とする。2つは、行動特性と性格特性とを明らかにすることで、曖昧さへの5つの態度の分類の次元に、曖昧な状況への「接近・関与―回避・放置」という次元を既に示されている曖昧さへの「肯定的―否定的」の次元に加えることができるかについて検討することを目的とする。以上の目的を検討するための仮説を以下に示す。
○仮説
以上のことにより、本研究の仮説を以下のように考えた。
<コーピングスタイルとの関連>
1.“享受”と“統制”の態度は、曖昧な状況に対して自ら「接近・関与」していくという特性があると考えられるため、問題焦点型コーピングと関係を持つだろう。
2.“不安”と“受容”の態度は、曖昧な状況に対して「放置・回避」しようとする特性があると考えられるため、回避・逃避型コーピングと関係を持つだろう。
<LOCとの関連>
3.“内的統制傾向”が強いと、自分の行動が環境に影響を与えられると感じているため、“享受”や“統制”の態度をとるだろう。
4.“外的統制傾向”が強いと、自分の行動が環境に影響を与えられないと感じているため、“不安”や“受容”の態度をとるだろう。
上記の仮説をまとめた図をFigure1からFigure4に図示した。
Figure1 “享受”と”統制”のコーピングスタイルとの関係について(仮説1)
Figure2 “不安”と”受容”のコーピングスタイルとの関係について(仮説2)
Figure3 “享受”と”統制”のLOCとの関係について(仮説3)
Figure4 “不安”と”受容”のコーピングスタイルとの関係について(仮説4)
また、上記の仮説から考えられる「接近・関与―回避・放置」という次元を加えた曖昧さへ態度の分類仮説の図を、Figure5に図示した。
Figure5 「接近・関与―回避・放置」という次元を加えた
曖昧さへの態度の分類