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1.ストレス・コーピングとは ![]() 我々は日常生活において、様々なストレスに直面している。しかし、同じストレスイベントに遭遇しても、個人がどのような対処をするのかは異なり、結果として生じる気分や状態も異なってくる。このようなストレスイベントが人の精神状況に与える影響の過程において、個人のストレスに対する対処、すなわちストレス・コーピング(stress-coping)は極めて重要な概念である。 Folkman & Lazarus (1980)によって、ストレス・コーピングは“外的・内的要求やそれらの間の葛藤を克服し、耐え、軽減されるために行われる、認知的・行動的努力”と定義されている。そして、個人と外的な出来事との関係を説明する重要な要因として、コーピングのストレス軽減効果に関する多くの研究がなされてきた。たとえば、直面するストレスの原因に直接働きかけ変化させていこうとする問題焦点型コーピング(problem-focused coping)は、抑うつを低減するなど、健康の向上に寄与する知見が示されている(Amirkhan,1990 ; Billings & Moods. 1984)。また、直面するストレスから生じた自己のストレスフルな感情を調整しようとする情動焦点型コーピング(emotion-focused coping)は、問題焦点型コーピングとは逆の知見が示唆されてきた(Endler & Parker, 1990)。 2.コーピングの柔軟性 ![]() 人がストレス場面に遭遇した際に、一種類のコーピングを一度だけ採用することによってストレス解消に至る場合は稀である(三野・金光、2004)。つまり、コーピングを同時に用いることもあれば、一度採用したコーピングでストレス解消に至らなかった場合は異なるコーピングを用いることもある。近年のコーピング研究では複数のコーピングに注目してストレス低減効果を検討することが重要視されてきている。その一つにコーピングの柔軟性(flexibility of coping)に関する研究がある。コーピングの柔軟性とは、ストレスフルなイベントに遭遇した際に、状況に応じて使用するコーピングを切り替える能力であり(Westmen & Shiron, 1994)、コーピングと精神的健康の関連性において、コーピングの柔軟性は適切なコーピングの指標である(Cohen, 1987 ; Compas, Forsythe, & Wagner, 1988)とされている。 加藤(2001)は、コーピングの柔軟性を“あるストレスフルな状況下で用いたコーピングがうまく機能しなかった場合、効果的でなかったコーピングの使用を断念し、新たなコーピングを用いる能力”と定義した。そして、コーピングの柔軟性が豊かであるほど、抑うつ傾向が低いことがわかった。 一方、三野・金光(2004)が個人のストレス状況の認知的評価とコーピングの柔軟性がストレス低減効果に与える影響を検討した結果、コーピングの失敗状況下でコーピングを切り替えるかどうかの要因が単独で精神的健康に影響を与えるわけではないことを示した。 このようなコーピングの柔軟性に関する研究では、状況に応じてコーピングを柔軟に、また“適切”に切り替えることの重要性が示唆されている。しかし、コーピングをどのように切り替えることが“適切”であるかを検討しているものは見受けられない。そこで、本研究では、コーピングの切り替え方に着目し、“適切”なコーピングの切り替え方について検討していく。 3.コーピング選択に関わる認知 ![]() 鈴木(2006)は、“なぜそのコーピングを選択するか”というコーピングの選択に直接影響を与える認知について検討し、コーピングの選択に関わる認知が心理的ストレス反応にどのような影響を与えるのかを分析した。その結果、同じコーピングを選択した場合であっても、コーピングの選択に関わる認知の違いによって、ストレス反応が顕著に異なることが明らかにされた。このことから、コーピングの柔軟性においてコーピングを切り替えるかどうかを検討する際にも、コーピングをどのように選択するかという観点から検討する必要があると考えられる。 4.有効性の認知 ![]() コーピングを効果的に活用するための要因としてコーピングに対する有効性の認知がある。Mearns & Cain(2003)は、ストレス経験時に自らの情動調節に対して有効性を認知するほど不快な情動が軽減されることを示した。また、及川(2004)は、気晴らし”に対して有効性を認知するほど抑うつが低くなることを明らかにした。 このような結果から、コーピングの柔軟性においても、個人のコーピングに対する有効性の認知の違いによって、ストレス低減効果は異なると考えられる。たとえば、コーピングを切り替える場合、単にコーピングを切り替えるのよりも、“役に立つ”と思うコーピングを切り替えていく方が、効果的にストレス反応を低減できるのではないだろうか。むしろ“役に立つ”と思うコーピングならば切り替えずに固執することでストレスが低減されることもあると考えられる。そこで、本研究ではコーピングに対する有効性の認知に着目し、コーピングを切り替えることだけではなくコーピングに固執することのストレス低減効果も考慮し、コーピングの柔軟性がストレス反応に与える影響を検討する。 5.学習方略における選択と認知 ![]() ところで、学習方略の選択に関する研究では、有効性の認知と方略の使用を検討する研究が多い。たとえば、佐藤(1996)は、学習方略に対して有効性を認知するほどその方略を使用しやすいことを明らかにした。同時に、学習方略に対して好みを認知するほど使用しやすく、コストを認知するほど使用しにくいことも明らかにした。コーピングの選択においても、これらの選択の仕方は考えられる。そのため、本研究ではコーピングの選択に関する認知として、有効性の認知にくわえて、コストの認知、好みの認知の二つの認知についても検討することとする。 また、村山(2003)は、有効性の認知に対して、“長期的・将来的な有効性(以下、長期的な有効性)”と“目前で効果を期待する短期的な有効性(短期的な有効性)”という効果の時間的な違いによる両面から捉えている。コーピングの有効性についてこの両面から検討している研究は見あたらない。しかし、ストレスが解消されるまでに要する時間はコーピングの種類によって異なると考えられる。効果の表出までに要する時間の違いによってコーピングを切り替えることがストレス反応を低減させるかどうかは異なると考えられる。たとえば、“すぐに効果が現れる”と思うコーピングは、用いてすぐに効果が現れなかったときに異なるコーピングに切り替えることでストレス反応は低減されるだろう。しかし、“しばらく続けると効果が現れる”と思うコーピングの場合は、異なるコーピングに切り替えてもストレス反応は低減されず、むしろ固執する方が“適切”だとも考えられる。以上のことから、本研究では、有効性を“長期的な有効性”“短期的な有効性”にわけ、コーピングを切り替えることのストレス低減効果を検討する。 6.本研究の目的 ![]() 1. コーピングに対する有効性の認知、コストの認知、好みの認知がコーピングの選択に与える影響を検討する。 2. 使用するコーピングに対する有効性の認知、コストの認知、好みの認知の違いがストレス反応に与える影響を検討する。 3. コーピングを切り替える場合および固執する場合に、使用するコーピングに対する認知の違いがストレス反応に与える影響を検討する。 7.本研究の仮説 ![]()
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