問題・目的
本研究は、高校生の制服着装行動について、自己に関する諸々の変数がどのように影響しているのかについて統合的に検討するものである。
青年期は自己同一性の確立を課題とし、自己への関心が高まる時期である。青年期は、児童期から成人期への移行期として位置づけられ(下山, 1998a)、近年は児童期の終盤(10〜11歳)から30歳くらいまでを指す。
下山(1998b)は、青年期前期(11〜14歳)から青年期中期U(16〜18歳)を思春期、それ以後を青年期と分類した。
青年期中期の段階、いわゆる思春期にあたると考えられる高校生は、親からの分離を発達課題とし、その対応として自我体制と仲間関係の形成が中心的なテーマとなり(下山, 1998b)、自己評価の不安定さが指摘されている。
また青年期は、自分自身や他者の身体的魅力や特徴を気にし、自分の外見が他者から見られているという意識や、他者に対する関心を強く持つ時期(羽賀・渋谷, 2006)であることから、端的にいえば、他者の前でどのような着装行動をとるかについての関心が高くなる時期であると考えられる。
したがって高校生が1日の大半を過ごす学校での制服着装行動が、自己評価に関連した重要な意味を持つことは十分に考えられる。社会的に自立していく準備段階である青年期は、他人とは違う自分の個性を磨き、自身の行動に生かしていくことが大切であるともいわれている。このような時期に、自己の欲求と社会的な規範との折り合いをつけ、自己のありようを受容できることは重要なことであると考えられる。
よって本研究では、高校生が学校生活において、自己呈示的な行動としてどのような制服の着方をするのか(以下、制服着装行動と表記する)ということに注目し、公的自意識・私的自意識(菅原, 1984)といった自己意識をはじめとする諸々の社会的変数との関連を明らかにすることを目的とする。
<高校生と制服>
規則としての制服
制服を規定している高等学校の多くは、制服の着装スタイルを、生徒心得として明文化しており、通常この規則に従った着装行動をとるよう生徒指導をおこなう。したがって、高校生はこの規則(すなわち校則。以下、生徒心得等に明示されたものを当該高等学校における校則とする)に基づいた制服を着装して通学し、学校生活を送る。しかし最近の生徒たちは、校則にとらわれない独自の制服着装スタイルを編みだし、その流行を作り出している(古結, 2008)。学校側から制服着装に関して校則違反を指摘され、そのことで指導されてもなお校則から逸脱した着装行動をそのまま続けることもある。何ゆえ、高校生たちは校則を逸脱してまでも独自の着装スタイルにこだわるのであろうか。何を目的にそのような行動をするのかについて考えてみる。
ところで制服とは、本来は個人の独自性を明示するものではなく、当該の集団組織における制度が持つ、ある種の要求に合致したものである。すなわち、規則通りに制服を着装させることで成員に集団意識を持たせることを主な目的としており、それぞれの成員が同種同一であることを象徴するものが制服である。制服には、軍服などのように、明確にそれを定義し規定されるきわめて公式的な(formal)制服と、ビジネススーツといった、一定の範囲内であれば個人的な微細な変更が許されるような準公式的(quasi)なものがある(カイザー, 1994)という考え方もある。高等学校における制服は、学校にもよるが近年は厳格な規定が遵守されなければならないというわけでは必ずしもなく、実際には個々の生徒による多少の変更が黙認される場合もあるようである。学校の指導方針によっては拘束力がそれほど強くない場合もあり、地域によっては、公式な行事参加場面外では制服ではない着装行動を認めるという標準服制度を採用している学校もある。この意味においては学校における制服は時に準公式的であるとも考えられる。したがって本研究では、近年の状況を踏まえ、高校の制服をある程度準公式的なものとして考えることにする。
集団規範としての服装と制服
心理学において「規範」とは、社会や集団において個人が同調することを期待されている行動や判断の基準、準拠枠であり、行動の望ましさをも含むものである(小関, 2002)。その意味では、学校においては、校則通りの制服着装行動は、学校側からすればそれが規範遵守にあたる望ましいものであるが、生徒側からすれば必ずしも生徒たちの「望ましさ」を反映した行動であるとは限らず、校則で定められた制服着装スタイルが生徒の行動基準とはならない場合があると考えられる。
このような服装に関する規範について、Weber(1947)は、服装は明文化された規則からだけでなく非公式な服装コードによっても公式化されることを指摘している。また服装コードがない場合でさえ、社会的なコントロールによって多数の成員の着装行動が一致してくることを示している。したがって、他者を意識しやすい年頃であると思われる高校生が、このように明文化することなく、また校則に準拠しているか否かに関わらず、制服着装行動に関する自分たちの独自の集団規範を確立していることが考えられる。
ところで、前述の通り制服は、集団成員の同一性を象徴明示するものであるが、一方で、人は「同調性」と同時に「独自性」、つまり「個性」を追求するものである(カイザー, 1994)。それゆえ、制服という定められた枠の中であっても、独自性を求め、学校が定めた着装行動から少し異なる着装行動を選択する者が出てくる。このような者がたとえ少数者であっても、彼らが一貫した行動を続けることで他者に影響を与えることも知られている(Moscovici, S., Lage, E., & Naffrechoux, M., 1969; 細江, 1990)。つまり独自性を求めた少数者の行動が新しい集団規範の発端となり、やがて多くの者に浸透していくのである。そしてこれが多数派を形成するようになる。つまり、人は自分の周囲の者の行動を妥当性の規準とし、自分の行動が妥当なものになるように、集団の多数と同じになるよう自身の行動を修正していく(吉田, 1999)のである。こうして一度集団内に規範が形成されると、多数者の行動が社会的な圧力となり、少数者へ同調を促すことになる。制服に関していえば、独自性追求の結果が、果たしてそれが生徒集団の規範となり、校則を無視してまで生徒間において妥当なものとなり、最終的に多くの生徒がその着装行動をとるようになると考えられる。
この点について、Creekmore(1980)は、高校生の着装行動における集団規範と、仲間からの受容、およびリーダーシップとの関係を検討した(ただし制服は施行されていない学校であった)。その結果、魅力的だと判断された生徒は、概して魅力的な着装行動、また多くの生徒がとっている着装行動、つまり集団規範に基づく着装行動をとっていると判断された。服装の集団規範との一致度と、服装の魅力および個人の魅力との間における正の相関関係は、女子より男子に強くみられた。ここから、魅力的な生徒は、魅力的だと判断される服装を選び、また他の生徒が着ている服装を認識し、徐々にその学校における集団規範に同調していくと考えられた。また、男子は着こなし方の選択肢が女子に比べ少ないため、より服装が一致する可能性が指摘された。魅力的な生徒は仲間に受け入れられやすく、そのため誉れ高い役割を任されたり、学校行事において積極的に活動しやすいことから、魅力的な服装はリーダーシップを発揮させるような積極的な環境を作り出す可能性が示された。これらの知見から、制服着装という可視化された行動が、当該集団における集団規範に同調しているか否かということは、ひいては学校生活への適応、特に学級内での友人関係形成場面においても大きな影響を及ぼす可能性が考えられる。
<高校生の自己意識>
青年期にある高校生にとって、自分が他者からどのように見られているかということは、大変気になるものである。この問題について、心理学における「自己」の問題から考えてみる。自己意識は「自己に対する注意の向きやすさの個人差」(工藤, 2002)であり、自意識とは「自分自身に注意が向いている状態」である。自意識には、他者から見られる自己である公的自己への注意の向きやすさ(公的自意識)と、他者にはわからない自己の内面である私的自己への注意の向きやすさ(私的自意識)がある。
さらにFenigstein, Scheier, & Buss(1975)の「自己意識質問項目」(自意識尺度)において因子の一つとして見出されたものの中に「対人不安」がある。対人不安とは人前に出た時に感じる不快感であり、いわゆる困惑や当惑を含むものである。この困惑や当惑は、バス(1980, 1991)によれば、それを感じた個人のなかに公的な自己意識の存在を示唆するものであり、自分が何かを行ったときに適切な行動をとりそこねた場合に、とりわけ社会規範に違反したことによって引き起こされ、主観的には、愚かなことをしたという感情によって特徴づけられるものである。そして、この「対人不安」意識と対になるものが「自己顕示」である。対人不安意識の高い者とは対照的に、自己顕示性の高い者にとっては他者から無視されることは不快なことであり、他者の注目を引くためだけを目的として、奇抜な服装をすることがあると指摘している(バス, 1991)。このように、他者から見られる自己への注意の向きやすさといっても、ポジティブな反応傾向と、他者に対するネガティブな反応傾向があることが明らかである。
青年期は自分の意識や行動を対象として捉えることができるようになる時期であり、自己形成の時期であることが強調され、自己意識の転換期であると指摘されている(平石, 1993)。Rosenberg(1979, 1986)は青年期において認知される自己が、外面的なものから内面的なものへ移行することを指摘している。さらにHarter(1990)は内省力の高まりが自意識と他者からのまなざしに対する感受性を高めることを指摘しており、この傾向は平石(1993)においても確認されている。したがって、青年期においては、他者から見られる自己への注意の向きやすさである公的自意識だけでなく、自己の内面への注意の向きやすさである私的自意識も高まると考えられ、私的自意識の高まりが自己の発達にあたり重要であると考えられる。
高校生の制服着装行動との関連でいえば、注目されたいといった自己顕示性が高い者は、制服着装の際においても、自己呈示的な行動を求めるのではないかと考えられる。また、対人的な不安が高い者は、周囲からのネガティブな評価に対して敏感であると考えられる。このような不安意識は、自己顕示性とは異なる影響を制服着装行動に与えるのではないだろうか。
個人志向性・社会志向性
本研究で対象とする制服着装行動は、いうまでもなく学校という社会の中でおこなわれるものである。本研究では、高校生の制服着装行動を考えるにあたり、どの程度彼らの目が社会に向いているのかという社会志向性と、どの程度自分らしさを志向しているのかという個人志向性との関連を検討する。これらは、先述した自己への注意の向きやすさと関連する概念であると考えられる。すなわち、他者から見られる自己への意識である公的自意識は社会志向性と、他者にはわからない自己への内面の意識である私的自意識は個人志向性と関連することが予測される。個人志向性が高い者は、制服着装行動においても自分らしさを求めることが考えられ、また学校を社会として捉えた場合、社会志向性が高い者は、学校の規範的な側面を評価することが考えられる。これらの志向性の発達に関して性差が指摘されていることから、各志向性が男女で異なる影響を与えること、さらに自己の発達の途上にある高校生においては、学年により異なる特徴を示すことも考えられる。したがって、本研究は個人志向性・社会志向性の両概念が、校則という枠がある制服着装行動に対してどのような影響を与えるのか、探索的に検討をおこなう。
<自己意識と着装行動>
着装行動は概して公的自意識との関連性が強く、社会的な場面において「見られる自分」への意識が着装行動に強く影響していることが示唆された(牛田・高木・廣瀬・福岡・光澤, 1996; 牛田・高木・神山・馬杉・阿部・福岡, 1997; 牛田・高木・神山・阿部・福岡, 1998; 福岡・高木・神山・牛田・阿部, 1998)。また被服への関心度は女性の方が男性よりも高いことが指摘されている。被服への関心については、フォーマルな場面では社会的調和を重視し、インフォーマルな場面では個性・流行を基準とすることが示唆され(福岡他, 1998)、被服行動で表現しようとする自己への意識が社会的場面によって異なるといえるであろう。
さらに、被服への関心と自己意識との関係では、牛田他(1996)によると、被服関心度の下位尺度である「心理的安定への関心」については、公的自意識と正の相関があり、私的自意識とも有意な正の相関がみられた。これは、どのような着装行動をとるかということと心理的安定がつながっていることを示唆するものである。また同じ研究で、社会的場面においてどの程度自分の服装を意識するかという着装意識度と自己意識との関連では、公的な場面よりも社交や楽しみに関わる場面において自意識と有意に相関するものが多くみられた(牛田他, 1996)。つまり、友人や仲間と一緒にいるときには、被服への意識が高まることを示している。
では、高校生の制服着装行動と自己意識には、どのような関連があるのだろうか。田中(1996)は、私服の着装行動において、高校生女子の公的自意識と被服の表現性評価、私的自意識と実用性評価とが関連することを明らかにした。自己の容貌へのネガティブな感情が他者から見られる自己への注意である公的自意識の高まりにつながること、また美しく外見を装いたいとする背景には容貌に対する感情が交錯していることが示唆された。しかしながら、高校生男女の制服着装行動との関連は検討されていない。これまで述べてきたように、着装行動と自己意識は関連するものであることは明らかである。
本研究では、いわゆる私服の着装行動について検討はおこなわないが、学校、校則という枠がある高校生の制服着装行動に対しても、これまで指摘されてきたような自己意識の影響がみられるのかについて探索的に検討をおこなう。
<制服着装行動に関わる諸変数>
規範意識
制服が校則によって規定されているものであることから、規則に対する意識を考慮する必要がある。まず、学校場面に限らない、一般的な規範意識の発達的変化を考える。小学生・中学生・高校生の規範意識は、学年が上がるにつれて低下していくことが示されている(廣岡・横矢, 2006)。規範意識の低下に関しては性差が指摘されており、男子は違法行為や暴力行為に対して、女子は遊びや快楽を追求した行動に対して許容的であることが明らかにされた。
規範意識の発達的変化と規範意識に関連する要因について、児童・生徒の「規範意識」に最も大きな影響を与えているのは「学校適応感」であり、学校生活に対してポジティブな意識を持っているほど、規範意識が高いことが明らかにされた(廣岡他, 2006)。また、友人関係が良好であると認知している中学生・高校生ほど、規範意識には負の影響を与えることが示されたが、友だちとの関係が良好であると認知しており、かつ学校で適応的に生活しているほど、規範意識は高いことが示された(廣岡他, 2006)。一般社会ではなく、仲間集団における規範が、児童・生徒たちにとって優位であることを示唆するものであるが、学校という社会に適応している者は、仲間集団において社会で望ましいとされている規範からかけ離れた規範を形成するのではなく、社会規範に準じた規範を形成しようとするのではないだろうか。
さらに、中学生・高校生ともに、社会活動や勉強に対して意味を見出している者は規範意識が高く、将来に夢や希望を抱き、かつ社会的な活動や勉強に対して意味を見出していることが規範意識に大きな影響を与えることが明らかにされた(廣岡他, 2006)。これは、今の勉強が役に立つと思っている度合いが高い生徒ほど、学校に関することを大事に思っている、また学校生活に満足している度合いが高い生徒ほど学校に関することを大事に思っているという小原(2002)の結果とも一致するものである。つまり生徒にとってどれだけ学校が重要であるかということが、規範意識や道徳性を発達させ、それに伴う行動をとることができるか否かということに緊密に関連すると考えられるのである。
「まじめ」に対する評価
また、高校生にとって「まじめだ」という周囲からの評価は、必ずしもポジティブなものであるとは限らないことが示されている。木下(2002)によると、クラスメイトから「あなたはまじめだね」と言われたらどう思うかという問いに対しては、「あまり+まったくうれしくない」と答えた者が全体で42.0%であった。それに対して男女とも、クラスメイトからの評価について「とても+わりとうれしい」と答えた者は、高校2年生で落ち込む傾向がみられ、男子では24.9%に対し、女子は15.5%であった。特にクラスメイトからの「まじめ評価」を好ましく思わない傾向は男子より女子の方が強いようである。また、担任からの評価については、高校1年生女子は43.5%の者が肯定的に捉えているものの、2年生では26.3%と少なかった。一方男子は、担任からの評価について肯定的に捉える者が、1年生42.7%、2年生41.1%とほぼ同じ割合であった。これらの知見から、高校生にとって「まじめさ」という評価の価値は、性や学年により、また誰からの評価であるのかによって異なることが考えられる。
青年期において仲間関係は非常に重要となることは先に述べた。高校生は、これまでの、仲間集団が同一であることを絶対的な条件とされ、同じであることに仲間からの圧力がかかる時代(保坂, 1998)から、異質性を認め合うピア・グループを形成していく段階へと移行していくときであり、不安定な時期でもある。高校生を対象に、学校生活を中心にどのようなことを大事に思うかを尋ねた調査では、肯定的な回答をした者の割合が最も多かった項目が「友だち関係を大事にすること」であり、95.7%であった(小原, 2002)。以上のことからも、規範意識の高まりには、どのような友人関係を築いているのか、また所属する集団に適応しているのかということが大きく影響することが十分に考えられる。制服着装行動においても校則を守ることよりも、周囲の者にどう見られているかという意識、また周囲と違うことへの不安が制服着装行動へ影響することも考えられる。しかしだからといって、規範意識が希薄であるともいえないであろう。したがって本研究では、学校生活に関わる規範およびルールを取り上げ、どのような学校規範意識を高校生が有しているのかを明らかにし、自己意識および制服着装行動との関連を検討する。
<本研究で想定する変数間の関係モデル>
本研究ではまず内的な変数として自己意識、つまり「公的自意識」、「私的自意識」、「対人不安意識」、「自己顕示性」を取り上げ、これらがどのように各社会的変数を介して制服着装行動に影響を与えるのかについて検討をおこなう。これらの自己意識は、社会という自己の外側との関係への志向性である「個人志向性」、「社会志向性」の高まりと関連すると考えられる。そして、これらの志向性は現実場面である学校での規範・ルールに関する考え方に影響を与え、これらに基づいて校則で定められた制服着装行動に対する意識が形成されると考えられる。このような意識に基づいて制服着装行動が選択されると仮定し、従属変数となる実際の行動を「制服着装行動」として測定する。
本研究ではこのモデルに従い、制服着装行動を従属変数とした重回帰分析による解析を試みる。制服着装行動に関わる意識や制服着装行動が、学校生活を経ながら変化していくのかについて検討するため、1年生と2年生を研究の対象とする。縦断的データを得るため、1学期に調査1を、2学期に調査2をおこなう。1年生については入学して間もない1学期と、学校生活に慣れてきた頃であろう2学期とを比較することになる。2年生の2学期は修学旅行があり、それを終えると、いよいよ進路選択に向けて準備を始めようとする時期である。したがって、これらの群内および群間に差異がみられれば、制服着装行動は変化していくものであるといえるであろう。
|