考察
本研究の目的は、きょうだいの有無、集団生活の経験、自己抑制の対象となる相手の人数が幼児の自己抑制とどのように関連しているのかを明らかにし、さらにどのような違いがあるのかを検討することであった。
ここでは、次の順に考察を進めていく。最初に、全体的な自己抑制状況での反応について考察する。続いて、自己抑制状況での反応について、きょうだいの有無による違い、集団生活の経験による違い、自己抑制の対象となる相手の人数による違いの順に考察を行う。
自己抑制状況での反応について
全体における自己抑制状況での反応は、「抑制」と「協調」が約8割程度、「非抑制」が約2割程度みられ、全体的に自分の欲求のみを優先して相手の欲求を無視する行動はとらないと考えていることが明らかになった。
この結果から、本研究で独自に作成した自己抑制状況の妥当性について考察する。鈴木(2005)は、4〜6歳児に自己抑制状況を仮想場面として提示し、「行動」「抑制」「主張」の3つから回答を1つ選ばせるという実験を実施した。その結果、4歳児において、「行動」の選択回数の平均は0.60回(30.0%)、「抑制」は1.03回(51.5%)、「主張」は0.37回(18.5%)であった。なお、仮想課題は2題実施されたため、反応の選択回数は合計2回であった。鈴木(2005)における「行動」は本研究における「非抑制」の要素を含んでいることを考えると、4歳児において約7割が自分の欲求のみを優先して相手の欲求を無視する行動はとらないと考えていることを明らかにしているといえる。
以上の結果は、全体の約8割が自分の欲求のみを優先して相手の欲求を無視する行動はとらないと考えているという本研究で得られた結果と大きな差はない。よって、本研究で独自に作成した自己抑制状況は妥当性をもつと考えられる。
きょうだいの有無における自己抑制状況での反応の違いについて
きょうだいの有無における自己抑制状況での反応は、きょうだい有り群とひとりっ子群の間に有意傾向がみられ、自己抑制状況において、きょうだいをもつ幼児には抑制行動をとると考えている者が少なく非抑制行動をとると考えている者が多いのに対して、ひとりっ子には抑制行動をとると考えている者が多く非抑制行動をとると考えている者が少ないということが明らかになった。よって、仮説1“きょうだいをもつ幼児は協調行動を、ひとりっ子は抑制行動を選択しやすいだろう”は、ひとりっ子においてのみ支持されたといえる。
この結果から、少なくとも自己抑制状況においてどのような行動をとるのかという認知のレベルでは、ひとりっ子はわがままであるとはいえず、むしろそのイメージとは反対であるという事実が明らかになった。この点で、本研究で得られた結果は、非常に興味深いものであるといえる。
この事実について、先行研究との比較から考察する。山口・田中(2008)は、問題行動の抑制能力を表す「わがままを言わずにみんなと一緒に遊ぶことができる」という項目において、ひとりっ子の評価が最も低いことを明らかにしている。これは、「ひとりっ子はわがままである」というイメージと一致するものであり、本研究で得られた結果とは異なる。その理由として、調査を実施した対象が異なっていることが考えられる。山口・田中(2008)は、幼稚園児の保護者を対象として質問紙調査を行ったのに対して、本研究は、幼児本人を対象として実験を行った。よって、山口・田中(2008)と本研究の結果は相反するものではあるが、直接矛盾するものではない。ただし、どちらの研究も、自己抑制状況における幼児の行動を実際に観察したものではないため、ひとりっ子が実際の自己抑制状況においてどのような行動をとるのかは明らかになっていない。その点ではさらなる検討が必要であるが、本研究の結果を踏まえるならば、「ひとりっ子はわがままである」というイメージと実際のひとりっ子の行動が一致しないという可能性は十分にあると考えられる。
では、きょうだいをもつ幼児よりもひとりっ子において抑制行動をとると考えている者が多くみられたという本研究の結果は、どのような影響によるものなのだろうか。本郷(1997)は、きょうだいをもたないひとりっ子は家庭内でけんかや要求の対立を経験することがないと述べている。このようなきょうだいの有無による葛藤の経験の違いが、幼児の自己抑制状況での反応に何らかの影響を与えた可能性が考えられる。
そこで、この可能性についてより深く検討するために、きょうだいの有無における自己抑制状況での反応に対する理由づけに注目する。きょうだいの有無によって自己抑制状況での反応とその理由づけにどのような関連があるのかを検討したところ(Table9,Table10)、抑制行動を選択した幼児のうち、ひとりっ子では「他者の心的状態」を理由として挙げている者が多くみられたのに対し、きょうだいをもつ幼児では「規範意識・ルール」を理由として挙げている者が多くみられた。これは、自己抑制状況において抑制行動をとると考えている幼児のうち、ひとりっ子は他者の気持ちを考慮している者が多いのに対して、きょうだいをもつ幼児は規範意識やルールに従っている者が多いということである。この結果から、自己抑制状況における解決パターンはきょうだいの有無によって異なることが示唆される。この理由として、自己抑制状況における解決パターンを親から違った形で伝えられることが考えられる。ひとりっ子の子どもをもつ親は、自分の子どもを「わがままでない子」に育てようと意識するあまり、自己抑制状況では相手の気持ちを考えて我慢しなさいと伝える可能性が考えられる。一方、きょうだいがいる子どもをもつ親は、自己抑制状況において子どもたちを納得させようと、規範意識やルールという合理的な理由に従って我慢しなさいと伝える可能性が考えられる。そのため、自己抑制状況での解決パターンがひとりっ子では「他者の気持ちを考えて抑制する」ようにパターン化され、きょうだいをもつ幼児では「規範意識やルールに従って抑制する」ようにパターン化されたのではないかと考えられる。育児に関する相談サイトを見ると、ひとりっ子をもつ親からは、ひとりっ子だから甘やかされていると思われないように厳しくしているという書き込みが多くみられる。また、きょうだいがいる子どもをもつ親からは、無意識のうちに兄(姉)だからあるいは弟(妹)だから我慢しなさいと言ってしまうという書き込み多くがみられる。このことからも、きょうだいの有無によって、親から違った形で解決パターンを伝えられることは推察できる。
以上のことから、きょうだいの有無による自己抑制状況での反応の違いには、葛藤の経験の量的な違いというよりは、自己抑制状況における解決パターンの違いが何らかの影響を与えている可能性があることが示唆された。
入所年数における自己抑制状況での反応の違いについて
入所年数における自己抑制状況での反応は、入所年数が8ヵ月以内の集団生活の経験が短い群と9ヵ月以上で集団生活の経験が長い群の間で統計的に有意な差はみられなかった。よって、仮説2“集団生活の経験が短い幼児は長い幼児に比べて抑制行動を選択しやすいだろう”は支持されなかったといえる。
この結果から、自己抑制状況においてどのような行動をとるべきなのかという判断力は、ある程度の期間の集団生活を経験するとほとんどの幼児に定着するものであるということが示唆される。田中(2000)は、年少(3歳児)クラスの9月〜12月頃は、自分の思い通りにいかなかったり、思いが相手に伝わらなかったりというトラブルをくり返しながら、友達と一緒に遊ぶ楽しさや、ルールを守ることの大切さが次第にわかってくる時期であると述べている。また、この時期において、「人のいやがるようなことがわかるようになる」「友達と順番に物を使う」といったことは、半数程度の幼児ができるとしている。このことから、年少(3歳児)クラスの幼児の半数程度で、自己抑制と関連すると考えられる行動の基礎ができていることがわかる。よって、自己抑制状況での反応において入所年数による大きな違いはみられなかったものと考えられる。
しかしながら、回答数の割合を見てみると、入所年数が8ヵ月以内の集団生活の経験が短い群においては抑制行動をとると考えている者が多い傾向にあるのに対して、入所年数が9ヵ月以上の集団生活の経験が長い群においては協調行動や非抑制行動をとると考えている者が多い傾向にあることが明らかになった。よって、集団生活の経験が自己抑制と関連することは完全に否定できるものではないということが示唆された。
自己抑制の対象となる相手の人数における自己抑制状況での反応の違いについて
自己抑制の対象となる相手の人数における自己抑制状況での反応は、相手が一人の状況と複数の状況の間に有意な差がみられ、相手が一人の状況では抑制行動をとると考えている者が少なく協調行動をとると考えている者が多いのに対して、相手が複数の状況では抑制行動をとると考えている者が多く協調行動をとると考えている者が少ないということが明らかになった。よって、仮説3“自己抑制の対象となる相手が一人の状況では協調行動を、相手が複数の状況では抑制行動を選択しやすいだろう”は支持されたといえる。
この結果から、社会的影響は自己抑制状況においても及ぼされるということが示唆される。ここで述べる社会的影響とは、自己抑制の対象となる相手の人数によって対象児の自己抑制状況における反応が変化したことを指す。藤島(2009)は社会的影響の1つに同調(conformity)を挙げている。同調とは、他者や集団が作り出した規範に沿った形に行動を変えることである(藤島,2009)。Asch(1951)[藤島(2009)からの引用]は、線分の長さを判断する課題を用いて、同調の圧力について実験を行った。その結果、同調はサクラの人数が4名でピークに達すること、また、その圧力はサクラの回答が全員一致しているという斉一性によって増すことを明らかにしている。本研究課題では、相手が複数の状況における相手の人数を4〜5名に設定していた。よって、対象児にとって最も同調を示しやすい状況であったといえる。そのため、相手が複数の状況において、対象児が自分の欲求よりも相手の欲求を満たすという抑制行動を選択したのは、相手の反応につられてしまったことが原因のひとつであると考えられる。
一方、相手が一人の状況において、対象児は相手が複数の状況に比べて自分の欲求を通す行動を選択しやすかっただろう。しかし、そのような状況においても非抑制行動を選択しなかったのは、年少(3歳児)クラスの幼児において、それが良くないことであると認識できていたからではないだろうか。田中(2000)は、年少から年中にかけて「悪いこと(人をたたく・人のものをだまって使う・うそをつくなど)がわかる」としている。また、モノの取り合いの場面を考えてみると、2歳児までは他者のモノをいきなり取ることで取り合いが発生するのに対して、3歳児になると「貸して」と一度声をかけるが貸してもらえないために取り合いが発生することが多くなる。これらのことから、年少(3歳児)クラスの幼児が、非抑制行動は良くないことであると認識していることは明らかである。よって、相手が一人の状況においては、非抑制行動ではなく協調行動を選択したと考えられる。
総合考察
本研究の目的は、きょうだいの有無、入所年数、自己抑制の対象となる相手の人数と幼児の自己抑制との関連について明らかにすることであった。その結果、以下の3点のことが明らかになった。それぞれについて総合考察を行う。
(1)「ひとりっ子はわがままである」というイメージについて
1つは、自己抑制状況においてどのような反応をとるかという認知のレベルでは、きょうだいをもつ幼児よりもひとりっ子の方が抑制行動をとると考えていることである。このことは、「ひとりっ子はわがままである」というイメージについて重要な示唆を与えるだろう。本研究の結果から、自己抑制状況においてどのような行動をとるのかという認知のレベルでは、「ひとりっ子はわがままである」というイメージは否定された。よって、そのようなイメージを信じる必要はないということが実証的に明らかになった。しかし、問題と目的で述べたように、実際には、自分の子どもが我慢をしない原因をきょうだいの有無によるものではないかと悩んだり、周囲の人々にそのように言われて悩んだりしている親が跡を絶たない。本研究において得られた結果は、このような育児不安の軽減につながるものであると考えられる。
保護者は子どもを他の子どもと比較してはならないと理解しつつも、つい比べてしまい、それにより自分の子育てに劣等感を持ち、ひいてはその否定的な感情が子どもに伝わるという悪循環に陥る(坂田,2009)。そのようなとき、親と子どもの両者についてよく知っていて、その様子を客観的に見ることのできる保育者は、親の不安を理解し軽減させられるという点で非常に重要な存在であると言えるだろう。ひとりっ子の子どもをもつある母親は、保育者に「育児書の通りにならなくても心配ない」と言われたときや、自分の子どもが集団の中で楽しく遊べている様子を聞いたときに、それまでの不安な気持ちが楽になったと話している。保育者が「大丈夫ですよ」「心配ないですよ」という直接不安を取り除くような言葉をかけることや、園での子どもの様子を些細なことでも伝えていくことを大切にし、それらを丁寧に行っていくことによって、親の育児不安はより軽減されていくのではないだろうか。
(2)幼稚園・保育園における保育のあり方について
2つは、集団生活が長い幼児よりも短い幼児の方が抑制行動をとると考えている傾向にあるということである。このことは、幼稚園と保育園における保育のあり方について重要な示唆を与えるだろう。幼稚園に通う子どもたちは、4歳あるいは5歳になる年の4月に入園するため、クラスのほぼ全員において入所年数は同じである。一方、保育園に通う子どもたちは、親の仕事復帰と同時に入園することが多いため、子どもによって入所時期にばらつきがあり、入所年数は異なることが多い。この事実を踏まえるならば、集団生活の短い幼児の方が抑制行動をとると考えている傾向にあるという本研究の結果は、幼稚園ではクラス全体の傾向として表れてくるのに対して、保育園では個々の傾向として表れてくることが考えられる。飯島(1994)は、幼児の自己抑制の形成に関する保育者の役割として、愛着を形成することがもっとも大切であると述べている。集団生活が短い幼児においては、保育者に対する愛着の形成が未完成であるために、自己を発揮することができず抑制行動をとると考えた可能性がある。入所年数が短い幼児においては、まず信頼関係に基づく安定感や自己肯定感を高められるように受容的な保育を行うことが大切であると考えられる。近年、幼保一元化の流れが強くなってきている。この流れにともなって、今後、幼稚園と保育園が統合されるようになれば、入所年数の違いを考慮した保育の必要性はさらに増してくるだろう。
(3)我慢をすることができない子どもの保育について
3つは、自己抑制の対象となる相手の人数が一人の状況では協調行動をとり、複数の状況では抑制行動をとると考えていることである。このことは、我慢をすることができない子どもの保育について重要な示唆を与えるだろう。近年、保育や教育の現場では、個人差を考慮した保育や教育の重要性が叫ばれている。特に、幼児の発達において個人差があることは多くの人々が理解しているだろう。その一方で、保育現場に我慢をすることができない子どもがいる場合、「この子はどうしてお友達の気持ちを考えることができないのだろう」「この子はまだ自分の気持ちを伝えることで精一杯なのかもしれない」というように、その子ども自身の発達に原因を求めることが多くはないだろうか。このことは、自己制御の発達的研究が非常に多いことから推察できる。しかし、本研究の結果から、自己抑制状況においてどのような行動をとるのかには、個人の発達という内的なもの以外にも社会的影響という外的なものが関連していることが明らかになった。よって、我慢をすることができない子どもに出会ったとき、その子ども自身の発達についてだけでなく、相手が誰のときにできないのか、相手が何人のときにできないのか、どんな場面においてできないのかといった周囲の状況について多角的に検討してみることも大切であると考えられる。
今後の課題
最後に、本研究における今後の課題を3つ挙げる。
1つは、自己抑制の対象となる相手についてである。本研究において、自己抑制の対象となる相手は友達であった。しかし、対象が親や保育者、あるいは異年齢の子どもである場合、結果は異なってくることが考えられる。特に、異年齢の子どもが相手の場合、きょうだいの有無によって違いがみられる可能性が高い。よって、他の要因を統制して相手を変えた場合、自己抑制状況において幼児がどのような反応を示すのかを検討する必要があるだろう。
2つは、きょうだいの有無と入所年数を合わせた比較をすることの必要性についてである。本研究では、きょうだいの有無と入所年数それぞれにおいて自己抑制状況での反応との関連を検討した。しかし、きょうだいの有無と集団生活の経験のどちらの方がより関連しているのかを検討するためには、入所年数が長い群と短い群それぞれの中できょうだいの有無を比較するべきである。よって、入所年数が長いひとりっ子のデータを増やし、きょうだいの有無と入所年数を合わせた比較をする必要があるだろう。
3つは、自己抑制状況においてどのような行動をとるのかという認知と実際の行動との違いを考慮しなければならないことである。本研究では、認知のレベルでは「ひとりっ子はわがままである」というイメージは否定された。しかし、頭では抑制行動や協調行動をとった方がよいとわかっている場合でも、実際には非抑制行動をとるという子どももいるだろう。自己抑制状況において実際にはどのような行動をとるのか観察することで、認知と行動のつながりを検討する必要があるだろう。