問題と目的


1.はじめに


 私たちは嬉しい事や悲しい事があった時などに、その気持ちを話す事で情動を発散させようとする。また、一人で抱え込むよりも気持ちが楽になることから、悩みを打ち明けたり相談したりする。他にも、自分の考えや気持ちを相手に聞いてもらったり、昨日起きた何気ないことについて話したりと、ほぼ毎日自分についての情報を伝えていることになるだろう。このように自分に関する情報を他者に伝えることを「自己開示」という。Jourard&Lasakow(1958)はこの自己開示を「言語を介して自分自身に関連する情報を特定の他者に伝達する行為」と定義している。
 自己開示には、自己の考えや感情を明確にする自己洞察機能、胸の内の情動を発散するカタルシス機能、自分の考えに対して理解や共感などのフィードバックを受けることで不安をやわらげる不安低減機能などの効果があり、開示者にとってとても意義のあるものである(榎本, 1997)。また、否定的な問題や感情を話す事で抑うつ症状や身体症状が軽減される(Cohen&Wills, 1985)、適度な自己開示はストレス緩和につながる(丸山・今川, 2001)、聞き手に受容されることで自信の回復やネガティブ感情の低減につながる(川西, 2008)、ともいわれている。これらの事から、自己開示は健康な心身を保つために必要不可欠なものだと言える。
 また、自己開示には対人関係における効果もあるとされている。Jourard(1959)は、ある他者から受けた自己開示量とその他者に対する好意度との間には正の相関がみられるとしている。また、榎本(1997)は自己開示の肯定的な効果の予測として、開示をすることで開示相手との親密さや信頼感が増すだろう、開示された方も相手から信頼されていると感じるので、好意が生まれて心理的距離が近づくだろう、というような考えを我々がもっているとしている。実際に、そのような効果を期待して開示をすることもあるだろう。

 しかし、自己開示をたくさんする人もいれば、自分のことをほとんど話さないという人もいるように、自己開示の仕方には個人差が見られる。では、この個人差はどこからうまれるのだろうか。
 開示行為をしない、あるいはできない原因の一つとして、開示行為に対して抵抗感をもっているということが考えられる。自己開示の機能として肯定的なものを前述したが、自己開示には否定的な効果を持つ場合もある。この否定的な効果を予測することが、開示行為の抑制につながっている可能性もあると考えられる。例えば、不適切な場面や不適切な相手に自分に関する重要な情報を打ち明けてしまった場合、対人魅力が減少したり(中村, 1985)、開示相手から悪い評価を受ける場合がある(亀田, 2003)。したがって自己開示には、親密性が深まることへの期待と同時に、開示相手との親密性や関係性、自分のイメージが変化するかもしれないという不安が伴うだろう。また、話すことで事実を再確認して傷付いたり、相手に否定されることで余計に自信を失うことになるかもしれないという恐れも伴う(片山, 1996)。これらの不安や恐れが自己開示をすることに抵抗感を抱かせているのではないかと考えられる。

 遠藤(1994)は、このような自己開示に対する抵抗感を自己開示抵抗感として、どのような抵抗感があるのかということについて検討している。また、開示抵抗感は自己開示の抑制要因としても機能すると述べている(遠藤, 1995)。このことから、この自己開示抵抗感の強さが自己開示量に影響しているのではないかと考えられる。つまり、開示行為に対してどの程度の抵抗感をもっているかで、開示量も左右されると考えられる。適切な自己開示が健康な心身を保つことにつながるとされていることから、自己開示に影響を与える要因について研究することはとても意義のあることといえる。そこで本研究では、自己開示の抑制につながる要因であると考えられる、自己開示抵抗感に影響を及ぼす要因について検討することを目的とする。




2、自己開示抵抗感について


 遠藤(1994)は、自己開示という行為は多かれ少なかれ抵抗感を伴う行動であるとしており、開示者側が自己開示過程で認知するこの抵抗感のことを、自己開示抵抗感と定義している。自己開示抵抗感は相手にわかってもらいたいという欲求と、相手から拒否されたくないという欲求が、等しく相対する心理からくるものであるとも言われている。抵抗感には様々なものがある。どうして悩みを打ち明ける際に抵抗感を感じるのかということについての調査より、話しても意味がない、小さな事で悩むような人だと思われたくない、弱点を知らせることにつながる、などさまざまな理由があげられた(遠藤, 1994)。また榎本(1997)は、理解しあうことへの諦めが自己開示の抑制につながると述べており、三上(2008)や亀田(2003)は相手との関係が崩れる事への不安や、聞き手から悪いイメージを持たれることへの不安をあげている。このように、自己開示に抵抗感を感じる理由は様々であることがわかる。
 したがって本研究では、どのような不安や考えからくる抵抗感かということで分類し、それぞれ別の抵抗感要因として扱うことにする。




3、自己開示抵抗感に影響を及ぼす要因について


 先行研究より、自己開示抵抗感に影響を及ぼす要因として、自尊感情や自己意識などがあげられる。自尊心高群の者より低群の者ほど自己開示抵抗感は高いとされ、高群と低群ではもっている抵抗感の種類に違いがみられている(亀田, 2003)。しかし、以下のことから、親の養育態度認知も自己開示抵抗感に影響を及ぼすのではないかと考えられる。

 久世(1972)は、親からあたたかい愛情を受けている、親の力を信頼できると認知している青年ほど家族や親友、先生に対して自己開放性(自己開示に対応)が高いとしている。榎本(1997)は大学生を対象に、自分の家庭に対するイメージと友人に対する自己開示度の関連について検討しており、家庭の雰囲気や両親の態度に対して肯定的なイメージを持っている者の方が、友人に対しても自己を開くと述べている。また、中野(2006)は大学生を対象に、幼少期の親の養育態度の認知と現在の自己開示傾向の関連を見ており、親から肯定的な態度を受けたと認知している者ほど、悩みが生じた時などは相談する傾向にあるとしている。そして反対に、親から否定的な養育態度を受けたと認知していた者ほど、自己表現することに対して否定的な感情を抱くとしている。これらの研究から、親の養育態度をどのように認知しているかということは、青年期における開示の程度を決定する要因の一つであると言えるだろう。したがって、親の養育態度認知は、自己開示量や自己開示傾向に影響を与えていると思われる自己開示抵抗感に対しても、影響を及ぼしているのではないかと考えられるだろう。

 では、親の養育態度認知にはどのようなものがあるのだろうか。菅原(2006)は、養育態度は受容的などの肯定的な態度と、支配的、矛盾的、過保護などの否定的な態度に大きくわかれるとしている。そして、幼少期の親の養育態度は青年期における自我形成に影響を及ぼすとしており、受容的な態度は子どもの自尊心を高め、否定的な態度は子どもの自尊心を低めて対人不安を高めるという結果が出ている(菅原, 2006)。亀田(2003)が自尊心の高さは自己開示抵抗感に影響を及ぼすとしていることから、自尊心に影響を及ぼす受容的な態度や否定的な態度は、開示抵抗感にも影響を及ぼすのではないかと予測される。
 ただし、菅原(2006)は養育態度を受けた側である青年を対象に、幼少期の親との関わり方や親の態度を回想させて質問に答えさせるといった調査方法をとっているので、実際の親の養育態度ではなく、子どもが親の態度や接し方をどのように認知しているかということが重要だと考えられるだろう。親が理想的な良い養育態度をとってきたと思っていても、子どもはそのように感じていない場合もあるだろう。よって、子どもがどのように認知していたかが大切だと思われる。
 そこで、本研究では自己開示抵抗感に影響を及ぼす要因として、親の養育態度認知について検討することを目的とする。




4、親の養育態度認知が自己開示抵抗感に影響を及ぼす理由について


 榎本(1997)や中野(2006)らは、親の養育態度認知が自己開示に影響を及ぼす理由として、人間一般に対する信頼感との関連を示唆している。親から受容的な養育態度を受けることで親子間に信頼感が生まれ、その信頼感が子どもの人間一般に対する肯定的感情や信頼感を高めることにつながるので、受容的な養育態度を受けた子どもは周囲の人々に対して自己を開きやすくなるのではないかと述べている。そこで、本研究では人間一般に対する信頼感にも注目したい。
 ここでとりあげる信頼感は、特定の相手に対するものではなく、人はみんな基本的に私に良くしてくれるといった、相手とどのように関わるかを規定する基準となるものである(天貝, 1995)。自己開示行為には、開示相手との関係が悪くなるかもしれない、馬鹿にされたり否定されるかもしれない、などの不安からくる抵抗感が常に伴う。よって自己開示をするには、たとえ望ましくない内容の相談事をしても、きっとみんな理解してくれるだろう、自分を見捨てたりせず今までの関係を変えることなく付き合ってくれるだろう、というような他者に対する信頼感が必要だと思われる。したがって、他者に対する信頼感が強ければ、前述したような不安からくる自己開示抵抗感も小さいのではないかと考えられる。
 そして、信頼感を形成する要因の一つとして、親の養育態度認知があげられる。情報が不十分である他者一般に対しても信頼感をもつことができるのは、それまでの経験が基盤となるからだとされている(菅原, 2005)。酒井(2006)は、先行する親との関係のあり方は、その後の青年期における親友などの重要他者や他者一般への信頼感に影響を及ぼすとしている。よって、親の養育態度を、よく話を聞いてくれたなど肯定的なものだったと認知している者ほど、人間一般に対する信頼感が高く自己開示抵抗感は弱い、反対に、否定されることが多かったり理不尽に怒られたなど否定的なものだったと認知している者ほど、人間一般に対する信頼感は低く自己開示抵抗感は強いのではないかと考えられる。

 これらのことから、榎本(1997)らが示唆するように、親の養育態度認知は人間一般に対する信頼感の高さを媒介として、自己開示抵抗感の強さに影響を及ぼしているのではないかと考えられる。そこで、親の養育態度認知が人間一般に対する信頼感の高さにどのような影響を及ぼすか、また、その信頼感が自己開示抵抗感にどのような影響を及ぼすのかということについて検討する。




5、男女差について


 これまでの研究から自己開示には性差がみられると言われている。自己開示量は、一般的に男性より女性の方が多いとされている(榎本, 1997)。男性は愚痴や弱い面を表面に出さないことが美徳とされる、などの昔からの性役割感にも違いがみられる(Derlega,1975)。また、自己開示行為の効果を予測しても、女性は、受け手との親密さや信頼感が増す、相手から受容されている感じがして心理的距離が近づくように感じる、などの肯定的な効果予測をしやすいのに対して、男性は、弱みを見せることになる、拒否される恐れがある、など否定的な効果予測をしやすいとされている(榎本, 1997)。
 また、男性と女性では開示行為を抑制する心理的要因が異なると考えられており、女性は開示相手の反応を恐れる傾向が強く、男性は重い関係になることを嫌って重い話題を避ける傾向やお互いに理解・共感しあうことに対して悲観的な傾向が強いとされている(榎本, 1997)。これらの先行研究から、開示抵抗感の強さや、もっている開示抵抗感の種類には男女差があるのではないかと考えられる。また、友人に対する自己開示度と親や家庭に対するイメージとの関連をみている榎本(1988)の研究において、男性において、関連の強さがより強いという結果がみられている。これらのことから、男性と女性では、親の養育態度認知が自己開示抵抗感に及ぼす影響についても差がみられるのではないかと考えられる。
 したがって、開示抵抗感の種類や強さ、また、親の養育態度認から自己開示抵抗感への影響の仕方について、男性と女性で違いがあるのかということについても検討する。




6、目的


 本研究では、自己開示の抑制につながる要因でもある、自己開示抵抗感に影響を及ぼす要因について検討することを目的とする。
 親の養育態度認知が人間一般に対する信頼感の高さにどのような影響を及ぼすか、そして、その信頼感が自己開示抵抗感の強さにどのような影響を及ぼすのかということについて検討する。さらに、性差についても検討する。