研究2 報酬が対乳児場面における内発的動機づけに与える影響
【問題と目的】
心理学の研究においては1960年代頃まで、外的報酬は人間の内発的学習意欲を高める効果があると考えられていた。ところが1970年代に入り、外的報酬は内発的動機づけを損傷する効果(アンダーマイニング効果)があるということが実験により確かめられた(Deci, 1971)。Deci (1971) は大学生を被験者として実験を行い、金銭報酬を与えることによって面白いパズルに関する興味が損なわれることを報告している。またLepper ,Greene, & Nisbett (1973)は保育園児を被験者として、報酬予期を行い報酬を与えることで絵を描くことへの興味が低下することを報告している。このように外的報酬による内発的動機づけへの損傷的効果は広範囲な年齢において認められている(Deci&Ryan,1980) 。
またこれまで外的報酬が動機づけに与える影響を検討した研究においては、学業場面での動機づけに着目したものが多くみられる。大宮・松田(1987)は漢字学習場面において賞状という形で報酬を導入し、児童の内発的動機づけへの影響を検討した。しかし対人場面において報酬予期の効果を検討した研究はなされていない。よって研究2では、対人場面においての報酬予期の効果を検討する。
また「対人場面」といっても、相手が誰であるのかによって報酬予期の効果にも違いがみられるだろう。乳児とかかわることは、わたしたちが大人になり、やがて子育てを経験する際、大いに役立つ重要な経験になるだろう。しかし乳児とかかわる場面では、ときに対処が困難な状況になり、負担を感じることもある。特に子育て場面では負担を感じやすくストレスとなることもある。子育て中の負担感に関しての統計において、7割以上の女性が子育てに負担を感じることがあるということが示された(子育て支援データ集, 2006)。また岡田・荒川・種子田・中嶋(2003)は、未就労児をもつ母親は就労児をもつ母親に比べ育児負担感が高いということを報告している。このように負担を感じることがある乳児とかかわる場面においては、乳児とかかわることに対して動機づけられることが重要である。動機づけられることにより、負担を感じることがあっても、乳児と前向きにかかわることができるだろう。よって研究2では乳児とかかわる場面においての報酬予期の効果を検討し、対乳児場面において乳児とかかわることに対して動機づけられることの重要性を明らかにする。
研究2【方法】
対象:国立M大学教育学部の女子大学生20名。なお報酬を与える群(以下報酬あり群)10名・報酬を与えない群(以下報酬なし群)10名とした。
乳児は男性より女性の方が安心感を抱きやすく、負担も少ないということから女子大学生を被験者に選んだ。
手続き
実験時期は2009年11月下旬から12月中旬。大学の講義時に、乳児とかかわることの研究を行っており乳児と遊ぶ実験に協力してもらいたいということを説明し、実験に協力してくれる学生20名を募集し協力してもらった。学生には後日実験室に来てもらい乳児とかかわる実験を行った。実験児は1歳0ヵ月(実験当時)の男の子で、被験者にはあらかじめ実験児とかかわってもらうことを説明した。
実験の流れとしては、最初に被験者に事前の質問紙を直接渡し、実験までに回答してくるよう依頼し、事前の質問紙調査を行った。後日被験者を1名ずつ実験室に呼び乳児とかかわってもらった。課題に取り組んでもらう前に事前の5分間の休憩時間を設け、その後「できるだけ多く実験児を笑わせる」という課題に5分間取り組んでもらった。なお、報酬あり群に関しては課題前の説明時に報酬の予期を行った。そして課題終了後再び5分間の休憩時間を設けた。さらにその後事後の質問紙に回答してもらった。
なお動機づけの指標としては実験開始前・実験終了後の質問紙と課題に取り組む事前・事後の休憩時間においての注視時間を用いた。行動指標に関して、Deci(1975など)によると「当該活動に対して観察可能な外的誘因が存在しない場合、その活動は内発的に動機づけられている」という内発的動機づけの操作的定義を行っている。よって注視時間を内発的動機づけの指標にした。事前・事後それぞれの休憩時間で乳児を注視している時間に関して、実験の様子をビデオカメラで撮影したものを後日再生し、課題に取り組む事前・事後での実験児を注視している時間(秒数)をストップウォッチで測定した。なお、実験児の行動を見ている時間を注視している時間とみなすことにした。また注視時間の最大値は300(秒)、最小値は0(秒)である。
また実験室は実験者と実験児、被験者の3人のみ入室し、実験児と遊んでもらうためのおもちゃと被験者が実験児以外に興味をひくものとして、ファッション誌4冊・旅行ガイド2冊料理本1冊の計7冊の雑誌を用意した。なお実験児のおもちゃに対する興味・関心が低下したため、半数の被験者の実験が終了した時点で新たなおもちゃを追加した。また被験者と実験児の様子を観察し分析に用いるため実験スペースの角にビデオカメラ1台を設置し実験の様子を撮影した。
@事前の質問紙調査
実験前にあらかじめ事前質問紙を被験者に渡し、実験日に回答したものをもってきてもらった。
質問紙の構成
1.対乳児場面認知尺度
乳児とかかわることに対しての認知をたずねる尺度10項目(ネガティブ認知・ポジティブ認知、各5項目)を作成した。「強くそう思う」から「全くそう思わない」までの4件法で回答を求めた。なおネガティブな認知は得点が高いほどよりネガティブに、ポジティブな認知は得点が高いほどよりポジティブになるようにした。
2.対乳児場面動機づけ尺度(研究1をもとに下位尺度の構成を行ったものを使用)
吉野(2008) を参考に、「無動機」・「外的調整」・「取り入れ的調整」・「同一視的調整」・「内発的動機づけ」の5つの下位尺度からなる、乳児とかかわる場面での動機づけ尺度25項目を作成した。「強くそう思う」から「全くそう思わない」までの4件法で回答を求めた。
3.対乳児感情尺度(事前質問紙のみ)
花沢(1992) を参考に、乳児に対して接近的な感情や回避的な感情を28項目でたずねた。「強くそう思う」から「全くそう思わない」までの4件法で回答を求めた。
A事前の5分間の休憩
後ほど実験児と課題に取り組んでもらうということを最初に説明し、乳児が被験者と同じ空間にいることに慣れないと課題が上手くいかない場合があるので、慣れるためにまず5分間過ごしてもらうという教示を行った後5分間の休憩をとった。
(説明した内容)
「お互い初めて顔をあわせるわけですし、乳児も知らない人といきなり実験を行うと緊張してしまいうまくいかない場合があります。乳児にとっては同じ空間にいるだけで緊張がほぐれるので、とりあえず5分間一緒にいてもらえますか。乳児とかかわってもよいし、もちろんかかわらなくても結構ですので、このスペース内にいていただければ自由に何をしていただいてもよいです。こちらに雑誌等用意しておきましたので、ご自由に見てもらっても結構です。」と教示し5分間の休憩をとった。なお休憩時間の5分間はストップウォッチで測定し、休憩時間の様子をビデオカメラで撮影したものを後日再生し、実験児を注視している時間(秒数)をストップウォッチで測定した。
B課題に取り組んでもらう
休憩終了後、課題についての説明と諸注意を行い「実験児をできるだけ多く笑わせる」という課題に取り組んでもらった。
(説明した内容)
報酬あり群に関しては、「○○君が笑った回数に応じて報酬をさしあげます。1回笑うごとに100円相当ずつ報酬のグレードが上がります。できるだけ多く笑わせてください。」と教示し、報酬の予期をした。また両群とも、「やり方は問いませんので自由に取り組んでください。ここに用意してあるおもちゃを使ってもらっても良いです。ただしだっこされたり、必要以上に触れられたりすると、この子も不安に感じますのでそういった行動は遠慮ください。なお課題に取り組んでいただく時間は5分間です。5分経ったら声をかけます。ではリラックスして遊んであげてください。」と教示し課題に取り組んでもらった。
C事後の5分間の休憩
課題終了後、この後もう少し実験を行いたいが実験児が疲れてしまうので一旦休憩をとりたいと説明し、5分間の休憩をとった。
(説明した内容)
「ありがとうございました。5分経過しましたので課題終了とします。もう少し実験に協力いただきたいのですが、あまり長い間続けるとこの子も疲れてしまいますし、5分間休憩をとりましょう。乳児と関わってもよいし、もちろん関わらなくても結構ですので、このスペース内にいていただければ自由に何をしていただいてもよいです。もちろん雑誌等ご自由に見てもらっても結構です。」と教示し5分間の休憩をとった。なお休憩時間の5分間はストップウォッチで測定し、休憩時間の様子をビデオカメラで撮影したものを後日再生し、実験児を注視している時間(秒数)をストップウォッチで測定した。
D事後の質問紙調査
休憩終了後、事後の質問紙に回答してもらった。
質問紙の構成
1.対乳児場面認知尺度(事前質問紙と同じ)
2.対乳児場面動機づけ尺度(事前質問紙と同じ)
3.今後の協力に関しての質問(事後質問紙のみ)
今後同じように乳児とかかわる実験があったら協力したいかどうかを問う質問を「ぜひ協力したいと思う」(1)「都合が合えば協力したいと思う」(2)「協力するのは難しいと思う」(3)の3件法で回答を求めた。
4.実験の感想
実験を終えての感想を自由に記述してもらった。
Eデブリーフィング
事後の質問紙に回答してもらった後、どういった実験であったかを説明した。
(説明した内容)
「これで実験の内容はすべて終了しました。ご協力ありがとうございます。実験についての説明時には、こどもを笑わせる時にとういう行動をとるのかという実験をすると説明しましたが、実は報酬を与えるということを約束することが後の実験児とのかかわり方にどういう影響を与えるのかをみる実験でした。ということで、実験時には報酬を与えると伝えましたが、残念ながら実際に報酬を与えることはできません。申し訳ありません。参加していただいたお礼にこちらを差し上げます。」と説明し、被験者にお礼の品をさしあげ、荷物をもって退室してもらった。
なお個人差はみられたが、実験全体を通して20分程度の時間を要した。
研究2【結果】
1.注視時間の変化
被験者が課題を行う事前・事後それぞれの休憩時間において、実験児を注視した時間の平均値と標準偏差を算出した。結果をTable 7 に示す。
2.注視時間と対乳児場面動機づけとの関連
事前・事後での注視時間と対乳児場面動機づけの各下位尺度との関連をみるため相関係数を算出した。結果をTable 8 に示す。なお、対乳児場面動機づけの各下位尺度の平均値、標準偏差はTable 9に示す。
Table 8 のとおり、注視時間と各下位尺度に有意な相関はみられなかった。しかし事前のかかわりと、外的調整・同一視的調整には有意ではないが、中程度の相関がみられた。
3.報酬(あり・なし)における注視時間・各下位尺度得点の比較
報酬あり群・なし群で、下位尺度ごとの事前事後の得点の変化と注視時間の変化を検討するため、平均値と標準偏差を算出した。結果をTable 9に示す。その結果、注視時間において有意な差がみられた。
次に各指標を従属変数とした2(群:報酬あり・なし)×2(時期:事前・事後)の2要因分散分析を行った。以下に各分散分析の結果を示す。
3-1)注視時間との関係
乳児との注視時間を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 1に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
3-2)内発的動機づけとの関係
対乳児場面動機づけ尺度の「内発的動機づけ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 2に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
3-3)外的調整との関係
対乳児場面動機づけ尺度の「外的調整」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 3に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
3-4)同一視的調整との関係
対乳児場面動機づけ尺度の「同一視的調整」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 4に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)の主効果はみられなかったが時期(事前・事後)の主効果がみられた(F(1,18)=19.44 , p<.01)。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
3-5)認知ネガティブとの関係
対乳児場面認知尺度の「認知ネガティブ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 5 に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
3-6)認知ポジティブとの関係
対乳児場面認知尺度の「認知ポジティブ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った。結果をFigure 6 に示す。
2要因分散分析の結果より、報酬(あり・なし)の主効果はみられなかったが、時期(事前・事後)の主効果はみられた(F(1,18)=8.74 p<.01
)。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。
4.報酬(あり・なし)における今後の協力度の比較
今後の協力に関して群による違いを検討するためt検定を行った。結果をTable 10に示す。
Table 10より報酬(あり・なし)で有意な差はみられなかった。
研究2【考察】
研究2では対乳児場面に、報酬予期を行うことでその後の乳児と関わることへの内発的動機づけがどのように変化するのかを検討することを目的とした。事前・事後での乳児を注視している時間(秒)と、対乳児場面の動機づけに関して「内発的動機づけ」・「外的調整」・「同一視的調整」の3つの尺度と「今後の協力意志の度合い」への回答を動機づけの指標として検討した。また対乳児場面認知に関しても報酬(あり・なし)の違いによる影響を検討した。
1.注視時間と対乳児場面動機づけの関連
事前・事後での注視時間と対乳児場面動機づけの各下位尺度との関連をみるため相関係数を算出した(Table 8)。その結果注視時間と対乳児場面動機づけの各下位尺度で有意な相関はみられなかった。しかし事前の休憩時間においての注視時間と、外的調整・同一視的調整には中程度の相関がみられた。事前の休憩時間においての注視時間と内発的動機づけとの間では無相関に近く、同一視的調整では中程度の正の相関がみられたことから、内発的動機づけは状況あわせて変化するものであり、その場のおもしろさに左右されやすく、一貫した傾向が得られず無相関に近い結果となり、また同一視的調整は自己の目標的な概念であり、一貫性があるものといえる。したがって、中程度の相関が得られたと考えられる。また事前の注視時間と外的調整との間で中程度の負の相関がみられたのは、注視時間を内発的動機づけの指標としたので妥当な結果であるといえる。
2.報酬の効果について
2-1)報酬のちがいと今後の協力度の関連
今後の協力の度合いに関して、群による違いを検討するためt検定を行った(Table 10)。その結果今後の協力の度合いに関して報酬のちがいによる有意な差はみられなかった。このことから報酬予期の操作が「今後またかかわりたい」というような内発的動機づけを損傷する効果はみられなかったといえる。
2-2)注視時間への影響
報酬の違いによる内発的動機づけの変化をみるため乳児との注視時間を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った(Figure 1)。その結果報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。しかし、報酬の違いにかかわらず、事前事後それぞれにおいて乳児とかかわった時間の平均値(Table 7 参照)の結果とあわせてみても、乳児とかかわる時間が減少したことがいえる。報酬(あり・なし)にかかわらず乳児とかかわる時間が減少したのは、課題を行う際に「できるだけ多く実験児を笑わせてください」という教示をすることで、評価懸念が働いたため、被験者の自発的なかかわりを妨げ、課題終了後にも影響を及ぼし、事後での注視時間が減ったと考えられる。評価懸念とは、自分の行動が他者から否定的に評価されるかもしれない、拒否されるかもしれないと、他者からの評価を強く意識し、不安をもつことである(中山, 2005)。さらに中山(2005)では、評価を意識し不安をもつことによって、他者の目にどのように映るかに重点をおいた選択・行動をとり、自己の表出を抑制してしまう可能性があるとしている。本実験においても、「実験児をできるだけ多く笑わせてほしい」と教示したことが、被験者に対して「笑わせられなかったら否定的に評価されるかもしれない」というような不安をもたせることになり、その結果実験児とかかわる行動を抑制したということが示唆される。
2-3)内発的動機づけへの影響
報酬の違いによる下位尺度ごとの得点の変化をみるため、対乳児場面動機づけの「内発的動機づけ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った(Figure 2)。その結果報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。この結果から、対乳児場面においての報酬の予期による内発的動機づけの損傷的効果はみられなかったといえる。桜井(2003)は、外的報酬の損傷的効果は限定された場面でのみ起こるものであるとしている。具体的には、内発的動機づけが高い者には生じにくい、報酬の期待がなければ生じにくい、報酬を与える者と与えられる者の関係が良好であれば生じにくい、などである。本実験の被験者は乳児とかかわる実験に積極的に協力してくれた者であったため、乳児とかかわることに対しての内発的動機づけが高い可能性があり、報酬予期による内発的動機づけの損傷的効果がみられなかったと考えられる。同時に、乳児とかかわることに対して内発的動機づけが高い者は、「報酬を得るためではなく、乳児とかかわるのが楽しいからかかわろう」という認知であると考えられるため、報酬の期待も少ないだろう。その結果、報酬予期による内発的動機づけの損傷的効果がみられなかったということも考えられる。
2-4)外的調整への影響
報酬の違いによる下位尺度ごとの得点の変化をみるため、対乳児場面動機づけの「外的調整」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った(Figure 3)。その結果、報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。この結果から外的調整と注視時間には関係がないということが示された。
2-5)同一視的調整への影響
報酬の違いによる下位尺度ごとの得点の変化をみるため、対乳児場面動機づけの「同一視的調整」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った(Figure 4)。その結果報酬(あり・なし)の主効果はみられなかったが時期(事前・事後)の主効果がみられた。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。両群ともに同一視的調整得点が上昇したのは、実際に乳児とかかわってみて、自分に対して乳児とかかわることへの必要性や重要性を実感しためであると考えられる。こどもとのかかわり体験がこども感へ与える影響をみた研究において、星野・日潟・吉田(2008)は、直接的なかかわり体験は、将来こどもをもつことのイメージを高め、こどもを育てるイメージをもたらすことを明らかにしている。このことから、実験場面で乳児とかかわったことが、将来こどもをもつ自分を想像させることにつながり、こどもとかかわることの価値が高まったのではないかと考えられる。
2-6)認知ネガティブへの影響
報酬の違いによる下位尺度ごとの得点の変化をみるため、対乳児場面認知の「認知ネガティブ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った (Figure 5 )。その結果報酬(あり・なし)、時期(事前・事後)の主効果はみられなかった。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。しかし事後においては両群ともに得点が下がった。この結果から、実際に乳児とかかわることを経験することで大変さを実感し、実験前よりネガティブになったといえる。
2-7)認知ポジティブへの影響
報酬の違いによる下位尺度ごとの得点の変化をみるため、対乳児場面認知の「認知ポジティブ」を従属変数とし、2(報酬あり・なし)×2(事前・事後)の2要因分散分析を行った (Figure 6 )。その結果、報酬(あり・なし)の主効果はみられなかったが、時期(事前・事後)の主効果はみられた。また報酬(あり・なし)と時期(事前・事後)の交互作用はみられなかった。この結果から事後においては両群ともに乳児とかかわることに対して、ポジティブではなくなったといえる。また事後質問紙とともに記入してもらった実験の感想によると、多くの被験者が「乳児と接するのは難しい」や「乳児と笑わせるのは難しい」「乳児の気持ちを読み取るのは難しい」といったことを述べていた。つまり実際に乳児とかかわってみて、思うように笑わせられなかったり、うまく乳児の気持ちが読み取れなかったりということを経験し、乳児とかかわることの難しさや大変さを実感したため、ポジティブではなくなったと考えられる。藤後(2001)は高校生について、保育体験学習前の赤ちゃんイメージは肯定的で幼児イメージは否定的が多いが、体験後には赤ちゃんイメージは肯定的・否定的両方が増加し、幼児イメージは肯定的が増加し否定的が減少したと報告している。本研究では、実験児が1歳0ヵ月児であったため、被験者に赤ちゃんとしてとらえられていた可能性が高く、先行研究と同様にかかわった後否定的イメージが増加したのではないかと考えられる。