社会規範の強い場面として設定した卒業式の衣装を選択する場面では、独自性欲求の個人差に関わらず、男性全体のうち「スーツ」を選ぶ人が94.8%、女性全体のうち「和装」を選ぶ人が86.3%と最も多かった。一方、社会規範が弱い場面として設定した購入する車を選択する場面では、独自性欲求の個人差に関わらず「国産小型車」を選ぶ人全体で75.4%と最も多かったが、「国産小型車」を選ぶ人には独自性低群の人が多く、「国産大型車」を選ぶ人には独自性欲求高群の人が多かった。
卒業式の衣装を選択する場面での社会規範は、男子では「スーツ」、女子では「和装」ということであり、社会規範が強く働くと予想された本場面では、その通りの結果となった。一方、購入する車を選択する場面での社会規範は、「国産小型車」を買うことであり、この場合社会規範が強く働くわけではないと予想していた。しかし、結果は規範を遵守する選択をする人が多く、χ2検定の結果、社会規範の強い場面と弱い場面で有意な差はみられなかった。ただ数字的には、後者の方が社会規範遵守傾向が低いという方向で出ており、仮説は支持されなかったものの、数字の方向性は予想通りのものであった。このことから、拘束力が弱く行動の自由度が高い状況では「ふつう」であるかどうかは重要ではないという先行研究(外山, 2004)と必ずしも矛盾しないと考えられる。
また、卒業式の衣装に関して選択した理由を自由記述で尋ねたところ、男女ともに「みんなが着るから」という理由がみられた。男性では「正式な場だから」や「その場の雰囲気に合うから」といった理由でスーツを選ぶ人が最も多く、女性では「めったに着られないから」や「憧れだから」あるいは「卒業式の定番(イメージ)」といった理由で和装を選ぶ人が最も多かった。これら挙げられた理由が果たして「社会規範を遵守する」ことの意味と同じかどうか不明であるが、多くの者が同じ理由で選択しているとすれば、ある程度強い規範が存在していると考えられる。
一方、購入する車に関して国産小型車を選択した理由では、国産小型車を選んだ人の約半数が「安いから」や「低燃費だから」などの金銭面の理由を挙げている。さらに、国産車を選んだ理由では「性能が良いから」や「安心だから」といった回答が多く、小型車を選んだ理由では「(大型車だと)ぶつけそうで怖いから」や「使い勝手がいいから」、「気軽に乗れるから」などの回答が多くみられた。また、「乗り心地がいいから」といった回答は大型車のみでみられ、輸入車を選んだ人はほぼ全員が「デザインが好き」や「かっこいい」などの理由を挙げていた。これらの理由は、社会規範を遵守するという意味からはやや離れており、個人的な感覚で判断されたことが伺える。社会規範が強く働かないだろうと予想された場面で、国産小型車を選らんだ者が多数派ではあったが、反対に国産小型車以外を選択した者の理由からは、ほとんど社会規範の遵守とはおよそ関係のない主観的な理由が挙げられており、社会規範の強弱によって挙げられている理由も傾向が異なるように思われる。また、卒業式での衣装の選択の理由として、男性では女性に比べ「無難だから」や「目立ちたくない」と回答する人が多くおり、「華やかにしたい」や「目立ちたい」と回答したのは女性のみだったことから、男女による意識の違いが影響している可能性もある。
仮説2は、集団規範と個人規範が対立する場面では、独自性欲求の高い人は、低い人に比べて、より個人規範を遵守し、低い人は高い人に比べてより集団規範を遵守するだろうとの予測である。つまり本研究の場面設定においては、男子の場合、卒業式の衣装として周りは皆和装である(集団規範)のに対して、自分だけスーツで臨む(個人規範)というときに(女子の場合は、周りはみなスーツ(集団規範)に対して自分だけ和装(個人規範)という場面設定)、その個人規範を優先させるかどうかという問題について、もともと持っている独自性欲求の高低により意思決定に影響するかどうか検討したものである。
その結果、卒業式の衣装を選択する場面では、独自性欲求の高低において有意な差は見られなかった。一方、購入する車を選択する場面では有意差がみられ、独自性欲求低群の方が独自性欲求高群よりも有意に集団規範を優先させることが示された。後者については、仮説が支持されたことになる。
独自性欲求が高くても、集団規範を優先するケースがみられたことから、集団規範によって強く影響するものとそれほど強くは影響しないものとのある程度の幅が予想され、独自性欲求の高低に関わらず、選択に影響を与える可能性がある。また、山岡(2009)では、独自性の高い人は集団規範を完全に無視し影響されないわけではなく、自己肯定の道具として集団規範を使い分けると述べられている。つまり、独自性欲求の高い人は集団規範を肯定的に解釈し、外集団と内集団との差を強調することで独自性欲求を満たしている可能性もある。
また、集団規範と個人規範が対立するような場面で集団規範を遵守しようとする程度について2つの場面間で差があるのかどうか比較した結果、卒業式での衣装を選択する場面の方が有意に集団規範を遵守することが示された。この点については、車が日常生活する上で通常の道具として使用されるものであり、その種類のバリエーションが非常に多く選択幅も広いのに対し、卒業式の衣装の場合は、日本において大学の卒業式の衣装として一定のパターンが既に形成されており、スーツか和装かという大きなカテゴリーで括った場合には、どのような選択が多数派になるのかが明確であったと考えられる。すなわち、卒業式の場面の方が、より「ふつう」であることを意識し、集団規範を遵守する傾向が高まった可能性がある。また、車の選択の場合は、社会規範と同じように集団規範でも選択肢の自由度が高い状況であったため、独自性欲求の個人差が結果に反映されたのではないだろうか。
仮説3は、意思決定の際、他者との類似度が高い場面では、独自性欲求の高い人は低い人に比べてより独自性を追求するだろうとの予測であり、選択の結果、他者と同じ結果になった場合にその後の行動はどうなるか検討したものである。
具体的には、卒業式後のパーティで着る衣装が友人と同じであった場合も、購入する車が友人と同じであった場合も、その後の行動を独自性欲求高群と低群で比較すると、独自性欲求低群では、他者と同じ選択であってもそのまま「着る(買う)」人が多く、独自性欲求高群の人には、他者と同じ選択を避けるべく「着ない(買わない)」人が多いことがわかった。
しかし、「着る(買う)」を選んだ人のその時の意識では、卒業式後のパーティの衣装の場面でも、購入する車を選ぶ場面でも有意差は見られなかった。「着ない(買わない)」を選んだ人のその後の行動では、衣装が友人と同じであった場合に「全く異なる衣装を再検討」を選んだ人には独自性欲求高群が多いことがわかった。
卒業式の衣装についての最初の選択で周りと同じであってもそのまま「着る」を選択した人のうち、73.5%が「気にしない」を選択しており、また最初の選択で周りと同じ車をであった場合では84.6%の人が「気にしない」を選択していた。独自性欲求の個人差に関わらず比率としては最も多い回答となった。この点について、宮下(1991)は大学生の独自性欲求を「自己を積極的に表出する(しない)」と「他者の存在を気にする(気にしない)」の2つの視点を用いて4つの型に分類している。その中で「他者の存在を気にしない」とされる型は「わが道型」と「自己中心型」に分けられている。自己を積極的に表出する「自己中心型」の特徴は「やりたいことができる」、「型破りなことをする」、「自分の思い通りに動く」というもので未熟なタイプであると述べられているのに対し、自己を積極的に表出しない「わが道型」の特徴は「他人を気にしない」、「周りに流されない」というもので、最も成熟している型だと述べられている。本研究において「気にしない」と回答した人の中には、この「自己中心型」と「わが道型」が混在しており、独自性欲求の質的違いを含めての独自性追求の仕方についてさらに細かく検討される必要がある。
さらに、独自性欲求が低い人であっても、他者と同じでは嫌だという反応がみられた。山岡(1995)によると、高類似度条件では独自性欲求の個人差に関わらず情動的にネガティブになると報告されている。本研究では「同じ選択をした友人知人がたくさんいる」という情報を与えたが、それによって“自分はユニークな存在である”とするユニークネスの自己知覚が損なわれ独自性欲求の低い人であってもネガティブな感情を生起し、独自性欲求が高まった可能性がある。
英語では多様な表現によって形容する事柄であっても日本では「ふつう」の一語で表現することが多い。例えば、「普通教育(general education)」「普通選挙(popular election)」「普通列車(local train)」などの言葉では、「ふつう」とは直接関係がない意味の英単語であっても「ふつう」という言葉を用いて表現されている。このことから日本において「ふつう」という言葉は頻繁に使われる便利な言葉といえる。その一方で、日本語の「ふつう」を英語に訳した場合、「通常の」という意味のusually、commonlyと「並みの」「平均の」という意味のordinary、averageの大きく2つに分けることができるのではないだろうか。前者は多数派かどうか、ありふれていることかどうかというニュアンスを持ち、「ふつう」か「ふつうではない」かで測られる。それに対して後者は、平均的かどうか、平凡かどうかというニュアンスを持ち、「優れている」か「ふつう」か「劣っている」かで測られる。
「ふつう」に関する先行研究の多くで「ふつう」とは、他者と同じであること、と定義されている。しかし、その「ふつう」を扱った研究の中にも、アルバイトの作業成績(佐野・黒石, 2006;黒石・佐野, 2007a ,2008)、ボーリングのスコア(佐野・黒石,2006)やアナグラム課題の成績(佐野・黒石,2009)のように、他者と比較して優劣がつくものと、就職面接や葬儀に参列する際の服装(黒石・佐野,2006,2007,2008)や喫茶店での注文(黒石・佐野,2006)など、多数派か少数派にわかれるものの2つの意味が混在している。
そこで、本研究では、「ふつう」とは自分を主張して周囲から逸脱することを恐れ、規範遵守に価値を置き周囲に合わせることとし、3つの自己制御規範との関連をとりあげ、3つのストーリーを設定し検証を行った。
まず、社会規範の強い場面と弱い場面を比較した場合、社会規範の強い場面では規範意識が選択に強く影響し、弱い場面ではそれほど強く影響しないと予想していたが、有意な結果はえられなかった。しかし、数字的には、後者の方が社会規範遵守傾向は低いという方向で出ており、仮説は支持されなかったものの、数字の方向性は予想通りのものであった。
次に、集団規範と個人規範が対立する場合、社会規範の強い場面では独自性欲求の個人差による差は見られなかったが、社会規範の弱い場面では独自性欲求低群の方が独自性欲求高群よりも集団規範を遵守するという結果が得られた。また、社会規範の強い場面の方が社会規範の弱い場面よりも有意に集団規範を遵守することがわかった。今回設定した場面では、社会規範の強弱だけでなく、社会規範の強い場面では集団規範の影響も強く、社会規範の弱い場面では集団規範の影響も弱い可能性があり、集団規範の強弱もまた選択に影響を与える可能性がある。
さらに、集団内での類似度が高い場合、社会規範の強い場面でも弱い場面でも独自性欲求高群の方が低群に比べ選択を変更(再検討)する人が多いことがわかった。
本研究では、選択状況のシナリオについて本研究では社会規範の強弱の異なる場面を2つ設定したが、その内容の捉え方に個人差があったことは否定できない。そのために準拠集団の重要度や独自性の知覚に個人差が生じ、それが規範遵守意識に影響を及ぼした可能性も考えられる。したがって、規範意識を操作した場面の設定についてさらなる検討の余地があるだろう。
また、調査対象者について山岡(1993)によって作成されたユニークネス欲求尺度を用いて高群と低群に分けて分析を行った。しかし、宮下(1991)によると独自性欲求は4つの型に分類することができ、自己を積極的に表出しないからといって必ずしも独自性欲求が低いとは言い切れず、他者との類似性の高さを気にしない独自性欲求の存在も考えられる。よって、独自性欲求追求行動に関して4つの型についても考慮し、より詳細に検討する必要があるだろう。