【問題と目的】



はじめに
日本では,「全ての物人事に感謝」や「報恩謝徳」など,感謝をすることに関する諺や熟語も多く残っています。
古来より「感謝をすること」は大事なことであり,様々な物や事に対してありがたさを認識することが,人が生きていく上で重要だと説かれてきました。それが,科学技術が発達した現代になっても残っているというのは,より良く生きていこうとする中で,様々な側面で有効であるからだと考えられます。
一般に,誰かに対して感謝をするような場面というのは,相手の行為によって,自分にとって望ましい状況がもたらされる場面であり,そこでは,ポジティブな感情や気分を経験していることになります。
そこで,本研究では,一般的にはポジティブ感情を引き起こすとされている感謝という場面に注目して,感謝が心理的に何をもたらすのか,どのような効果があるのか,また,その中でも特に,感謝と精神的な健康との関連について検討していきたいと考えている。



感謝の定義
感謝とは,広辞苑によると「ありがたく感じて謝意を表すこと。」と表記してありますが,心理学的な感謝の研究が進んでいる欧米では,“gratitude”と記されることが多く(例えば,Emmons & McCullough, 2003,Fredrickson,1998),Emmons & McCulloughは,『The Psychology of Gratitude』の著書の中に,心理学的な議論において,感謝は感情であると述べています。
また,日本における感情の研究では,蔵永(2011)が,感謝を生起状況ごとに5つに分類し感謝の構造を示しています。
その5つとは,個人が困っている時に他者から助けられる『被援助』,個人が特に困っていない時に他者から何らかの資源の提供を受ける『贈物受領』,個人を取り巻く何らかの状態が好転する『状態好転』,一見個人を取り巻く状態に大きな変化はない『平穏』,他者から直接支援を受けるのではなく,他者に負荷がかかったことによって個人が間接的に支援を受ける『他者負担』である。
さらに蔵永(2011)は,感謝という感情的体験の中に,肯定的内容の“満足感”と,否定的内容の“申し訳なさ”が存在すると述べています。
この点を踏まえて,感謝の概念は多次元的な構造を持っており,本研究でもそれを踏まえながら検討していくこととします。
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したがって,本研究では,肯定的・否定的の両方を含めた“ありがたい”と認知した全ての感情的体験を,感謝の定義として研究を進めていくこととします。



感謝と精神的健康
感謝という感情が生起する場面は,自分にとって望ましい状況がもたらされているため,精神的健康の増幅と関連があると考えられます。有光(2010)は,感謝はそれ自体が肯定的感情であるため,感謝をすることが精神的健康を高めると述べています。  Emmons & McCullough(2003)は,感謝場面を想起させる実験により,主観的幸福感が高まることを明らかにしました。しかし,その実験の中で,社会的に劣位(Downward social comparison)に当たる人においては,有効的な結果が出なかったことより,感謝が精神的健康に恩恵を与えるときには,個人差の要因が関係していると考えられます。
そこで,感謝の感情を自発的に生起させる個人差要因として挙げられるのは,発達年齢の要因です。有光(2010)によれば,感謝は乳児期では自発的な表出はなく,児童期で心の理論的共感性の発達により,年齢とともに増加し始めるといいます。そして,青年期になると,感謝の中に「うれしさ」や「不満」,「申し訳なさ」が生じ,アンビバレントな状態になります。そして,それを経て,老年期になると,「生きていること」「自分の健康」のような精神的なもの(Chipperfeild,et al., 2009)に感謝の対象が移行することを示唆しています。  特に,青年期において, 池田(2006)は,感謝と同時に「申し訳なさ」という否定的な感情を経験していることを明らかにしています。この研究から,中学生は,援助してくれたことへの嬉しさというような「要求的」な感謝を,高校生は負担をかけたことへのすまなさという「自責的」な感謝となり,大学生においては,うれしさ・ありがたさという「充足的」な内容に変化しているのです。
有光(2010)は,青年期における感謝は,自我同一性の発達と同時期にあり,自立しようとする気持ちと自立できない自分自身との葛藤を乗り越えることで,援助を受けることへの感謝の程度が高まると述べています。そこで,自我同一性の確立が発達課題である青年期を本研究の対象とし,検討していくこととします。


目的
感謝の状況を想起させることによる精神的健康度の変化を明らかにすることを本研究の目的とします。


仮説
仮説1,感謝の状況を想起させることにより,精神的健康度は高まる。
 仮説2,自己同一性の確立度が高い個人の方が,感謝による介入で精神的健康は高くなる。