結果
1.先行研究の想像上の仲間(Imaginary Companion)の定義による出現率
犬塚ら(1991)の研究の想像上の仲間の定義は、「目に見えない人物で、名前がつけられ、他者との会話の中で話題となり、一定期間(少なくとも数か月間)直接的に遊ばれ、子どもにとっては実存しているかのような感じがあるが、目に見える客観的な基盤を持たない。物体を擬人化したり、自分自身が他者を演じて遊ぶ想像遊びは除外する。」というSvendsen(1934)の掲げた定義である。本研究において、その定義に当てはまる想像上の仲間を持つ子どもは、277人中16人(5.8%)だった。
また、川戸(2001)の研究の想像上の仲間の定義は、目に見えないものに加え、ぬいぐるみや人形等の具体的な見立ての対象があるものも含めたものである。しかし、先行研究で想像上の仲間に性格があることを定義に含めているかは判断できなかった。本研究において、その定義に当てはまる想像上の仲間を持っている子どもは、277人中118人(52.0%)だった。
そして、友宏ら(2009)の研究の想像上の仲間の定義は犬塚ら(1991)の研究の定義に「想像上の仲間には性格があること」を付け加えたものである。本研究において、その定義に当てはまる想像上の仲間を持っている子どもは277人中1人(0.4%)であった。以上のような先行研究の想像上の仲間の定義による出現率をまとめると次のような表になった(Table2)。
友宏ら(2009)の研究の定義に当てはまる想像上の仲間の出現率が0.4%と非常に低かったのは、子どもが持つ想像上の仲間の性格まで親が知る機会はあまりないことが原因であると考えられる。子どもが想像上の仲間について話すときに、親は初めて子どもが持つ想像上の仲間の性格を知る。しかし、自分だけで想像上の仲間との関わりを楽しみ、想像上の仲間のことをあまり親にも話さない子どもの場合は、他人が想像上の仲間の性格を知ることは難しいと考える。また、本研究のアンケート調査で「想像上の仲間に性格はあると思いますか」と尋ねたところ、「わからない」と答えた親が多かったことからもいえるだろう。
犬塚ら(1991)の研究の定義に当てはまる想像上の仲間の出現率が5.8%と先行研究の10%という結果より低かったことについては、3つの理由が考えられる。1つは、犬塚ら(1991)の研究では大学生を対象に遡及的調査をおこなっていたことである。大学生が、幼児期の頃を想起するには限界や内容の不明確さといった問題があるため、信頼性のあるデータとはいえないだろう。例えば、実際に想像上の仲間を持ったことがない場合でも、成長過程において友人から想像上の仲間の話を聞いたり、本などの物語で想像上の仲間のことを知ったりして、自分があたかも経験したかのように思うことがあるだろう。2つは、欧米とは異なり、日本では想像上の仲間に対する認識がまだ薄いため、我が子が想像上の仲間と話している様子を見た時に、「気味が悪い」「恥ずかしい」からできればやめて欲しいと思う親が多い(川戸,2001)ことである。そのような思いから、たとえ自分の子どもが想像上の仲間を持っていたとしても、そのように回答しなかった親は数名いた可能性が考えられる。以上の2つの理由により、本研究では先行研究に比べて想像上の仲間の出現率が低かったのだと考える。
川戸(2001)の研究の定義に当てはまる想像上の仲間の出現率が52.0%という結果は、先行研究とほぼ同じ値であった。川戸(2001)の研究では、ぬいぐるみや人形を生きているかのように見立てるといった事物の擬人化も想像上の仲間の定義に入っている。そして、富田(2002)の研究によれば事物の擬人化をおこなう幼児は、全体の50%がそれを持つとしている。そのため、本研究では対象幼児の半数がそれを経験しているという結果になったのだろうと考える。
本研究では犬塚ら(1991)の定義に当てはまる想像上の仲間を持つ子ども16人を分析対象とした。その理由は2つある。1つは、川戸(2001)の定義ではぬいぐるみなどの見立ての対象がある場合も想像上の仲間に含めていることである。一方、犬塚ら(1991)や友弘ら(2009)の研究における想像上の仲間の定義では、目に見えないことを条件としている。目に見える対象か否かでは、子どもの想像性に違いがみられるだろう。また、目に見えない想像上の仲間は他人の働きかけによりつくりだされるものではないとTaylor(1934)はしている。しかし、ぬいぐるみや人形といった対象がある場合、大人がぬいぐるみや人形を与えるか否かが大きく関係している。このことは、ぬいぐるみや人形を使った見立ては、それを与えられやすい女児に多く現れることからもいえるだろう。このように、想像上の仲間の出現に他人の意図が関係しているか否かは、子どもが想像上の仲間を持つ要因において大きな違いであると考える。よって、本研究では川戸(2001)の研究の想像上の仲間の定義は使用しないこととした。2つは、友宏らの定義に当てはまる想像上の仲間を持つ子どもは、本調査では1人であったため分析できないことである。よって本研究では、友弘ら(2009)の研究の定義は使用しないこととした。以上の2つの理由から、本研究では犬塚ら(1991)の定義に当てはまる想像上の仲間を持つ子ども16人を分析対象とした。なお、園の要望により質問できないところがあったり、親や教師の回答のし忘れから、各質問の回答数に一致しないことがあった。
2.想像上の仲間のある群(IC群)と想像上の仲間のない群(NIC群)との比較
1)子どもの個人的特徴
ここでは、IC群とNIC群において子どもの個人的特徴の違いについて検討する。
1-1)年齢
IC群・NIC群と年齢(3歳児、4歳児、5歳児)の人数をTable3に示す。3歳児における出現率は9.1%、4歳児における出現率は4.5%、5歳児における出現率は6.1%であった。IC群・NIC群と年齢との関連をみるために、IC群とNIC群を独立変数、年齢(3歳児、4歳児、5歳児)を従属変数にしてχ2検定をおこなった(χ2(2)=.95 , ns)。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった。
想像上の仲間の出現のピークは2歳から4歳と5歳から10歳(麻生,2002)といわれており、本研究対象の3歳、4歳、5歳はいずれもピークにあたる年齢のため、有意な差はみられなかったのだと考える。
1-2)性別
IC群・NIC群と性別の人数をTable4に示す。男児における出現率は5.9%、女児における出現率は5.8%であった。IC群・NIC群と性別との関連をみるために、直接確率法をおこなった。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった(p=1 , ns)。
多くの先行研究では、男児よりも女児のほうが想像上の仲間を持ちやすいとされているが、本調査ではデータが少なかったことによりそのような結果が得られなかったのだと考える。
1-3)性格
親に子どもはどのような性格であるか、「その他」を含む15項目から当てはまる項目に複数回答を求めた結果、Table5に示したような結果となった。そして、14項目それぞれの性格特徴とIC群・NIC群との関連をみるために、1項目ずつそれぞれ直接確率法をおこなった。その結果、「協調性がある」「人見知りをする」「活発」の3つに有意差が得られた。IC群はNIC群よりも協調性がある子どもが有意に少なかった(p=.03)(Table6)。また、IC群はNIC群よりも人見知りする子どもが有意に多かった(p=.04)(Table7)。また、IC群はNIC群よりも活発である子どもが有意に少なかった(p=.03)(Table8)。優しい、目立ちたがりや、くよくよしやすい、こだわりがある、世話好き、負けず嫌い、マイペース、おとなしい、頑固、臆病、几帳面といった性格特徴にはIC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった。
以上の結果から、想像上の仲間を持つ子どもはそうでない子どもよりも、協調性が比較的に低く、人見知りをしやすく、あまり活発でないといえ、想像上の仲間を持つ子どもは内向的な面があることがいえるだろう。これは、犬塚ら(1991)の研究の「くよくよしやすい」「臆病」という性格特徴を持つという結果からも信頼性のある結果といえるだろう。しかし、協調性が低いことについては先行研究にはない結果である。これはあくまで親の立場での結果にすぎないため、想像上の仲間を持つ子どもの性格特性については、教師が回答した結果を踏まえて考察をおこなうこととする。
1-4)きょうだいが欲しい願望
IC群・NIC群ときょうだいが欲しい願望の有無の人数をTable9に示す。きょうだいが欲しいと思っている子どもにおける出現率は7.9%、きょうだいが欲しいと思っていない子どもにおける出現率は4.2%であった。IC群・NIC群と友達が欲しい願望の有無との関連をみるために、直接確率法をおこなった。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった(p=.21 , ns)。
このような結果から、きょうだいが欲しいという願いから想像上の仲間がつくられることはないことが示された。
1-5)友達が欲しい願望
IC群・NIC群と友達が欲しい願望の有無の人数をTable10に示す。友達が欲しいと思っている子どもにおける出現率は4.6%、きょうだいが欲しいと思っていない子どもにおける出現率は8.0%であった。IC群とNIC群と友達が欲しい願望の有無との関連をみるために、直接確率法をおこなった。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった(p=.27 , ns)。
全体の66.5%(263人中175人)という多くの子どもが、もっと友達が欲しいと思っていることがわかった。そして、このような結果から、もっと友達が欲しいと思っている子どもが特に想像上の仲間をつくることにはつながらないと考えられる。
2)子どもの環境的背景
ここでは、IC群とNIC群において養育環境の違いについて検討する。

2-1)親の就業形態
IC群・NIC群と親が共働き・共働きでない(親のどちらかが専業主婦、またはパート)の人数をTable11に示す。親が共働きである子どもにおける出現率は4.0%、親が共働きでない子どもにおける出現率は9.7%であった。IC群・NIC群と親の就業形態との関連をみるために、直接確率法をおこなった。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった(p=.08)。
川戸(2001)の研究では、一人で寂しいことがきっかけで想像上の仲間をつくることが多いとされていた。しかし、このような結果から、親がいなくて寂しい思いをしている時間が多いが、想像上の仲間が出現することにつながることはないと考えられる。
2-2)祖父母との同居
IC群・NIC群と祖父母との同居の有無の人数をTable12に示す。祖父母と同居している子どもにおける出現率は2.6%、祖父母と同居していない子どもにおける出現率は6.8%であった。IC群・NIC群と祖父母との同居の有無との関連をみるために、直接確率法をおこなった。その結果、IC群とNIC群の間に有意差の有るものはなかった(p=.47 , ns)。
祖父母と同居していない場合、子どもが1人でいる時間が多いため、空想する時間が多くなると考えられたが、親が共働きの場合と同じく、1人の時間が多く寂しいから想像上の仲間が出現しやすいということはないようだ。
2-3)きょうだい構成
IC群・NIC群ときょうだい構成(一人っ子、第一子、第二子以下)の人数をTable13に示す。一人っ子における出現率は11.9%、第一子における出現率は2.7%、第二子以下における出現率は4.0%であった。IC群・NIC群ときょうだい構成との関連をみるために、IC群とNIC群を独立変数、きょうだい構成(一人っ子、第一子、第二子以下)を従属変数にしてχ2検定をおこなった。その結果、一人っ子と想像上の仲間の有無の間に有意な差がみられた(χ2(2)=6.491,p<.05)。そこで、残差分析をおこなったところ、IC群はNIC群よりも一人っ子が有意に多い結果となった。
川戸(2001)の研究では、「遊び友達が見つからない」ことがきっかけで想像上の仲間をつくことがあると報告している。一人っ子の場合、家庭では一緒に遊ぶ相手がいないため、遊び友達として想像上の仲間とつくるのではないかと考える。しかし、多くの先行研究で指摘されている、“第一子”の要因は想像上の仲間の有無に関与していなかった。