【研究2 考察】 1.ルーブリックでの自己評価について 1回目のLTDでの自己評価において、平均値が3を超えた項目は、【技能2:グループへの参加】【技能3:教材の理解】【技能5: 他のメンバーの受容】【技能6: 発言の明確化】【技能8: 自己主張】の5項目であった。【技能2:グループへの参加】【技能3:教材の理解】は、4水準の中の、形成である。この技能は、グループを作り上げるのに最も基礎となる技能であるため、平均値が高くなったのではないかと考えられる。【技能5: 他のメンバーの受容】【技能6: 発言の明確化】【技能8: 自己主張】は、機能技能であった。機能は、課題を成し遂げたり学習に効果的な関係をメンバー間に保つための、グループ活動の運営に必要な技能である。機能5項目のうち、3項目で平均値が3を超えていた。定着技能、醸成技能では平均値が3を超えた技能はなかったことから、形成技能、定着技能に関しては、もともと学習者が技能を持っていたことが考えられる。 本研究の対象者は、教育学部に所属する学生であったため、他の授業などでも、協同学習を行ってきている可能性は大いに考えられ、そこで技能を身につけてきたとも考えられる。機能の【技能4:学習の手順】【技能7: 意欲の喚起】は、平均値は3を切っていた。「意欲の喚起」の内容は、「他のグループメンバーの意欲を喚起することができましたか(新しい思いつきを述べる、ユーモアを発揮する、大いに熱中する、など)」である。初回のLTD学習で、たくさん他のメンバーの意欲を喚起するということは、困難であったことが予想される。2回目のLTD後には平均値は、3を超えていたことから、LTD学習の回数につれて平均値が上昇していると考えられ、、LTD学習によって「意欲の喚起」が行うことができるようになったと考えられる。 1回目の定着、醸成では、【技能11: 関連付け】のみ、平均値が3.22であり、3を超える値であった。定着とは、取り上げられた教材への理解を深めたり、より質の高い推論方略を使うように励ましたり、与えられた教材の習得や保持を最大限にするために必要な技能である。醸成とは、取り上げられた教材の再概念化、認知の対立、より多くの情報の検索、結論の背後にある原理に関しての話し合い、といったことを刺激する技能である。このように、この2つの水準では、より質の高い技能が求められている。そのため、平均値が低くなったのではないかと考えられる。平均値が3を超えた【技能11: 関連付け】に関しては、LTD学習では、「知識の統合:他の知識との関連付け」「知識の適用:自己との関連付け」のステージがあり、予習段階から、関連付けに関しての作業を行っていたため、平均点が高くなったのではないかと考えられる。しかし、2回目の【技能11: 関連付け】では、平均値が2.67に下がっていた。これには、2回目のLTD学習の課題によるものと考えられる。1回目に比べより深い内容になっていたため、関連付けが上手く進まなかったのではないかと考える。 2回目のLTD学習において、平均値が3を超えたのは【技能2:グループへの参加】【技能3:教材の理解】【技能4:学習の手順】【技能5: 他のメンバーの受容】【技能6: 発言の明確化】【技能7: 意欲の喚起】【技能8: 自己主張】【技能16: 議論を深めるための質問】の8項目であった。1回目より平均値が下がっていた項目は、【技能6: 発言の明確化】【技能8: 自己主張】【技能11: 関連付け】【技能14:意見のまとめ】であった。形成や、機能といった基礎となる技能では、多くの項目で平均値が3を超えており、学習者はこれらの技能を良く身に着けていたのではないかと考えられる。 2.一致率に関して 1)他者評価同士の一致率に関して 2名によるルーブリックを用いた評価の一致率に関して、【技能2:グループへの参加】【技能5: 他のメンバーの受容】【技能8: 自己主張】【技能10:メンバーの意見の正確さ】【技能11: 関連付け】の5項目で、完全に一致した結果が得られた。【技能3:教材の理解】【技能4:学習の手順】【技能6: 発言の明確化】【技能7: 意欲の喚起】に関しては、一致率が70%を超える値であった。【技能14:意見のまとめ】【技能15:意見の正しさの判断】【技能16: 議論を深めるための質問】【技能17:結論の掘り下げ】に関しては、一致率は40~60%の間であった。技能14~17は、醸成技能であり、より質の高い技能になればなるほど、観察するのも困難になるため、このような一致率になったと考える。【技能9:議論の要約】の一致率は、22.2%と最も低かった。「議論の要約」の内容は、「議論されたことを要約して、伝えることができましたか」である。この項目に関しては、発言内容が要約であるかどうかの判断の違いによってこのような結果になったと考えられる。 ギップス(2001)は、パフォーマンス評価における信頼性の高さの条件として、標準化されたパフォーマンス評価であり、明確な採点説明書、採点者の訓練、いくつかのレベルやグレードのパフォーマンスの事例の提供を挙げている。本研究は、初めてルーブリックでの評価を行ったものであり、これから信頼性を高めていくためにも、明確な採点説明や、採点者の訓練、パフォーマンス事例の蓄積の必要性がある。 2)他者評価と自己評価の一致率・得点差・相関について 2名によるルーブリックでの評価を一致させた評価と自己評価との一致率に関して、【技能8: 自己主張】【技能10:メンバーの意見の正確さ】【技能15:意見の正しさの判断】の項目では、一致率が66.7%であり、最も高かった。また、【技能4:学習の手順】と【技能14:意見のまとめ】では、一致率0%であった。他者評価同士の一致率と比べると、かなり低い値であった。 また、他者評価と自己評価の得点差に関しては、2名のそれぞれの他者評価と自己評価からは、14項目中10項目で、2名それぞれの他者評価の方が平均点が高かった。自己評価の方が平均点が高くなった項目は、【技能9:議論の要約】【技能14:意見のまとめ】【技能15:意見の正しさの判断】【技能16: 議論を深めるための質問】の4項目であった。さらに、2名一致の他者評価と自己評価の得点差は、14項目中12項目において2名一致の他者評価の方が平均点が高かった。自己評価の平均点の方が高くなった項目は、【技能15:意見の正しさの判断】【技能16: 議論を深めるための質問】の2項目であった。2名それぞれの他者評価、2名一致の他者評価と自己評価の得点差から、【技能15:意見の正しさの判断】【技能16: 議論を深めるための質問】の項目が、共通して自己評価の方が平均点が高い結果となった。この2つの技能については、両方が醸成技能であった。項目内容に関しては、「意見の正しさの判断」は、グループメンバーの意見が正しいかどうかを判断する時、その根拠を述べ、伝えることが出来たかどうかに関する内容であった。自己評価の方が得点が高くなった原因としては、評定1の影響が大きいと考えられる。つまり、他者評定では根拠を述べ、伝えることを意識していないと評価したのに対し、自己評価では、意識していたと評価していた可能性が考えられる。これは、「議論を深めるための質問」に関しても同じことが言えると考えられる。「議論を深めるための質問」は、より深い理解や分析につながるような質問をすることができたかどうかに関する質問であり、質問することを意識していたか否かの評価が異なったと推測する。学習者がある事柄について、意識しているか否かを、他者が評価するということは、かなり困難である。しかし、重要な技能について、学習者の意識があるかないかは、支援をする際にも貴重な指標になりうるので、これらの項目にかんしては、学習者と評価者との間で評価に関しての認識の一致を測る必要があるのではないかと考えられる。 また、全体的に、自己評価よりも他者評価の得点が高い傾向が認められた。これは、作成したルーブリックの特徴の一つとして、評定3と評定4との間には、できた行動に関して、どのくらいの水準で出来たかを問うていることが原因として考えられる。例えば、【技能11: 関連付け】では、評定3は「すでに知っている知識と関連づけるよう他のメンバーに促すことができたが、議論を深めることができなかった」であり、評定4は「すでに知っている知識と関連づけるよう他のメンバーに促す事が出来、議論を深めることができた」である。ここで、評定3と4の違いとは、議論を深めることが出来たか否かである。この点に対する判断で、学習者は、他者のよりも低く評価する傾向があると考えられる。できたか否かについてが抽象的な技能に関しての場合に、学習者は低い自己評価をしていたことが予想される。改善策としては、評価前にルーブリックの項目に対する説明を行い、評価者間の認識を一致させることが考えられる。 次に、自己評価と他者評価との相関係数について、有意な値は認められなかった。自己評価の特徴として、梶田(1995)は自己評価は、外部からの評価と基本的に異なる面があることを指摘しており、実際の調査では、教師の側からの評価と子ども自身の自己評価の相関がマイナスになることが多いと指摘している。しかし本研究では、自己評価と他者評価の相関に関しては、8項目中、1項目のみで負の相関が見られ、その他の項目では正の相関が認められた。【技能14:意見のまとめ】の一致率0%の項目に関しても、正の相関であった。これは、学習者と評価者との評価が同じ方向を示していることを意味する。以上のことから、どのような特徴があれば、どのような評点であるかが明確になっているルーブリックでは、自己評価と他者評価が同じ方向の評価を行うことが出来るという可能性が示唆された。 3.信頼受容行為と自己評価・他者評価の相関係数に関して 信頼受容行為と自己評価の相関係数に関して、有意な値は認められなかった。これは、調査対象者数が少なかったことが原因と予想される。そのため、今後、人数を増やし、再度信頼受容行為との関係について調べる必要があると考えられる。 以上のことを踏まえた上で、本研究では、自己評価のみでなく他者評価との相関からも考察していく。 信頼受容行為と自己評価との相関に関して、全項目の中で、【技能14:意見のまとめ】との相関係数が最も高い値であった。【技能14:意見のまとめ】の質問内容は、「多くの別々の意見を一つにまとめることができましたか」であった。「意見のまとめ」のような技能を身につけるということは、学習者間の信頼関係を向上させるものであると考えることができるのではないだろうか。ジョンソン(1992)は、信頼は協同行為によって高められるとしている。したがって、このような技能を伸ばそうとするならば、学習者間の信頼関係に働きかけていくことというのが一つの方法として考えられる。【技能2:グループへの参加】に関しても、この中では高い値であった。【技能2:グループへの参加】の項目内容は、「グループ活動に参加し、他のグループメンバーの参加を促すことが出来ましたか」であった。グループの形成に関して、他のグループメンバーの参加を促すという行為には、仲間との信頼関係が関わっていることが分かった。他のメンバーの参加を促せられるような仲間関係というのは、協同学習を進めていく上で基本となる、重要な関係性であると考えられる。 また、【技能8: 自己主張】とは、ほとんど無相関に近い値であった。「自己主張」は、自分の気持ちや考えを適切な時に述べる事ができたかどうかについての項目である。自己主張というのは、仲間との信頼関係に関係なく行われるということが分かった。単純に、自分の気持ちや考えを述べる事に関しては、信頼関係との関係はないが、【技能14:意見のまとめ】のように、より深い議論に必要な意見を述べたりする際には、信頼関係が関係してくるということが分かった。より深い議論になればなるほど、信頼関係というものが重要になってくると考えられるのではないだろうか。 信頼受容行為と他者評価との相関係数に関して、【技能9:議論の要約】との相関係数が、最も高い値であった「議論の要約」の項目内容は、「議論されたことを要約して、伝えることができましたか」である。他者から見て、議論の要約の技能が高い学習者というのは、仲間を信頼し受け入れているということが分かった。また、この技能に関して、自己評価との相関係数も、正の相関であった。したがって、「議論の要約」の技能を身につけている学習者というのは、信頼関係を築いていると考えられる。 長濱・安永(2008)は、信頼受容行為の側面から学習グループの状態を形成的に測定することにより、次の指導方法を策定する際に役立ち、より良き協同学習の実践を工夫できると述べている。このように信頼受容行為から指導法を策定する場合には、【技能2:グループへの参加】【技能9:議論の要約】【技能14:意見のまとめ】などの技能に注目してアプローチしていくことが、信頼受容行為の育成のために役に立つと考えられる。 4.協同認識と自己評価・他者評価の相関係数に関して 協同認識に関しても、信頼受容と同様に自己評価・他者評価との間に有意な相関係数は認められなかった。こちらも同じように、対象者の人数が少なかったことが原因と考えられる。このことを踏まえた上で、協同認識と自己評価・他者評価の相関係数に関して考察を進めていく。 1)協同効用に関して 協同認識と自己評価との相関係数に関して、協同効用では【技能6: 発言の明確化】との相関が、協同効用の中では最も高くなっていた。この技能は他者評価においても、最も相関係数は高くなっており、自己評価・他者評価ともに同じ方向での結果であったことから、「発言の明確化」と協同効用との間に関係があるということが考えられる。つまり、「発言の明確化」の技能を身につけている学習者は、協同作業を肯定的に認識している可能性がある。「発言の明確化」の内容は、グループ内で発言されたことについて、わかりにくい所を明確にしようとすることができたかどうかに関するものであった。また、【技能2:グループへの参加】【技能3:教材の理解】【技能5: 他のメンバーの受容】【技能8: 自己主張】【技能9:議論の要約】【技能14:意見のまとめ】【技能15:意見の正しさの判断】【技能17:結論の掘り下げ】の8項目に関して、自己評価との間に、負の相関が認められた。【技能3:教材の理解】【技能9:議論の要約】【技能14:意見のまとめ】【技能15:意見の正しさの判断】【技能17:結論の掘り下げ】に関しては、他者評価に関しても、負の相関が認められた。このことから、【技能3:教材の理解】【技能9:議論の要約】【技能14:意見のまとめ】【技能15:意見の正しさの判断】【技能17:結論の掘り下げ】の技能に関しては、これらの技能を身につけていると、協同作業を効果的であると認識しにくいこと、または、協同作業を効果的であると認識していないとこれらの技能を高く持つ傾向があるのではないかと考えられる。 協同効用とは、協同作業は効果的であるという肯定的な認識のことであり、長濱・安永(2009)は、教育的介入の際に、協同効用への働きかけを強めることによって、より望ましい学習効果が得られる可能性を示唆している。このことから、協同効用への働きかけを強める際に、学習場面での【技能6: 発言の明確化】のような技能を具体的に取り上げられる可能性が示唆された。 2)個人志向に関して 個人志向と自己評価との相関係数に関して、【技能2:グループへの参加】【技能6: 発言の明確化】の項目で、強い相関が認められた。「グループへの参加」は、グループ活動に参加し、他のメンバーの参加を促すことが出来たかどうかに関する項目であり、「発言の明確化」は、グループ内で発言されたことについて、分かりにくい所を明確にしようとすることが出来たかどうかに関する内容であった。これらの技能を高く持つ学習者は、個人での作業を好む傾向があるということが示唆された。 3)互恵懸念に関して 互恵懸念と自己評価との相関係数に関して、【技能3:教材の理解】【技能4:学習の手順】【技能5: 他のメンバーの受容】【技能17:結論の掘り下げ】の項目では、互恵懸念の中では高い値が得られた。【技能3:教材の理解】【技能5: 他のメンバーの受容】に関しては、協同効用では負の相関が認められていた項目であった。このことから、「教材の理解」や「他のメンバーの受容」の技能に関しては、協同作業を懸念する傾向が示されたと考えられる。