問題と目的




  1.はじめに 長年教育現場では、一斉形態の授業が行われてきていたが、一斉形態の授業に対する批判として、1980年代からは、個性化の声が強まってきた。個性化では、子ども一人ひとりの違いを強調し、個人差を個性とみなし、指導の個別化が促されてきた。しかし、個性を重視した指導からは、望ましい教育効果はえられず、2000年あたりからは、不適応や学力低下などの議論が巻き起こってきた。このような問題に対して杉江(2011)は、子ども一人ひとりに違いがあるということは、もちろんのことであるが、個性を捉える際に、個性を個人差と捉えたことに問題があり、個人差の底にある人間性と呼ぶべき共通性を含み捉えるべきであったと指摘している。さらに、違いの強調は教師主導の指導スタイルを促し、子どもたちが互いに関わり合い、影響を及ぼし合う「集団」として捉えることを奪う結果となっていった。バス(1982)は、学校における集団を2つに分類している。仲の良い関係からなる「人間志向集団」と、集団としての達成を目指す「課題解決志向集団」であり、集団としての成果は、課題解決志向集団の方か優れているとされている。授業の中で、課題解決行動を経験することによって、相互に高め合う力が養われ、課題解決集団へと成長していくと考えられる。このように、学校において、集団による学びというものには、重要な役割があり、尊重すべきであると考えられる。そこで、本研究では、集団での学習活動を基盤とする協同学習に注目していく。 2.協同学習について 協同学習とは、協同を原理とした学習活動のことを意味する。協同学習の理論や方法には様々な方法があるが、協同学習の概念に関して杉江(2004)は、信頼に支えられた人間関係の元で、学びあい、高め合いの学習活動を行うことだと述べている。また、ジョンソン・ジョンソン(2002)は、協同学習とは小集団(small group)を活用した教育方法であり、そこでは生徒たちが一緒に取り組むことによって自分の学習と互いの学習を最大限に高めようとするものであるとしている。ジョンソン(1989)では、約500もの協同に関する実証的研究をもとに検討がなされている。そこでは、協同学習で学んだ者は、競争や個別での学習よりも成績は高く、また推論や新しいアイデアの算出、学習の転移で優れることが示されている。この研究の対象には、多様な特性、背景をもった被験者がおり、研究方向も多様であるとして、ジョンソンの、協同が優れるという結論は、一般性を持つものと考えられる(杉江.1998)。このように、協同学習に関しては、様々な研究がされており、学習の面や対人関係についての効果が立証されてきている。長濱・安永(2008)は、大学生を対象とした研究において、協同に対する認識が高い学生ほど大学における対人関係と学業への適応感が高いことを明らかにしている。この後の研究において、山田・安永(2010)は、小学生を対象としても、協同に対する認識が肯定的であるほど学校生活への適応感が高いことを明らかにしている。このことから、学年に関係なく、協同の認識を高めることにより、学校における対人関係と学業に対する認識が改善される可能性が示されており、教育改善の一つの指標として協同への認識が、考えられるのではないだろうか。 このように、仲間との関係性を重視する協同学習では、学習の側面だけでなく、対人関係に関する効果が立証されている。学習面に関して、ジョンソン・ジョンソン・ホルベック(2002)は、講義に比べて、クラス内での話し合いなど学習仲間と対話しながら学んだ学生が、学習仲間や教師とほとんど対話する機会がない学生よりも、科目に対する肯定的な態度、その科目をもっと学びたいという強い動機づけ、自分の経験に対する大きな満足を示すようになるとされている。そしてこのような効果は、幅広い教育研究においても一貫して認められているという。また、対人面に関しては Fiechtner & Davits(1992)によると、グループに参加している学生は教師に大きな好意をよせ、教師にサポーティブで、学問的にも個人的にも受容的であると見ていることも示されている。協同学習では、このように多くのポジティブな効果が得られており、実際に学校現場でもその必要性が認められ、多くの学校で実施されてきている。 3.協同技能について 協同学習に関して、学習面や、社会性の面から様々な多くの効果が報告されているが、出口(2003)は、グループでの学習が効果を発揮するためには、学習面・社会面に関する2つの特性を、児童・生徒がすでに一定の水準まで有していることが要求され、この特性の高い生徒以外は、グループ学習という学習形態を活用することができないと指摘している。また、協同での学びがその効果を生じるための重要な要因の1つとして、ジョンソン・ジョンソン・ホルベック(2010)は学習者が協同技能を身につけることを掲げている。これらから、協同学習で、集団として効果をあげるためには、一人ひとりの技能が重要になってくると考えられる。 ジョンソンら(2010)は、この協同技能に関して、形成・機能・定着・醸成という4つの水準からの検討を行っている。形成とは、うまく機能する協同学習グループを作り上げるのに必要な最も基礎となる技能である。機能とは、課題を成し遂げたり学習に効果的な関係をメンバー間に保つための、グループ活動の運営に必要な技能である。定着とは、取り上げられた教材への理解を深めたり、より質の高い推論方略を使うように励ましたり、与えられた教材の習得や保持を最大限にするために必要な技能である。醸成とは、取り上げられた教材の再概念化、認知の対立、より多くの情報の検索、結論の背後にある原理に関しての話し合い、といったことを刺激する技能である。 これらの協同技能が協同学習において重要であるのであれば、学習者がどれだけそれらの技能を身につけたかを把握することが、協同学習の成果を知るとともに、次の改善を考えることにもつながるため、重要であると考えられる。 そこで本研究では、この協同技能の4つの水準について評価する方法を開発することを目的とする。 4.協同技能の評価について  先述したように、学習の原理である協同学習は、教科を限定することなく活用できるため、幅広い教科で、多様な実践が行われてきている。そのような中、バークレ&クロス(2007)が、グループ活動を測定する効果的な方法はまだ発展途上であると述べているように、グループでの学習の効果を正確に知る方法が確立されていない。そこで、協同学習の活動をどのように評価するのか、ということが一つの課題として考えられる。 現在協同学習における評価には、振り返りシートなどによる自己評価が多く行われている。自己評価では、多くが「できた」から「できなかった」までを何段階かで評価するという形が多く取られている。例えば、「あなたがどれほどグループに貢献したかを1から5の5件法で答えなさい」というような評定尺度が考えられる。このような評価方法では、判断の基準が個人大きく委ねられるため、客観性が十分に確保できていない可能性が考えらる。 そこで、本研究では、ある特定の文脈のもとで様々な知識や技能などを用いて行われる人の振舞いや作品を直接に評価する方法であるパフォーマンス評価に注目する。パフォーマンス評価とは、パフォーマンス課題によって学力をパフォーマンスへと可視化し、ルーブリックなどを使うことによってパフォーマンスから学力を解釈する評価のことである(松下,2007) 。パフォーマンス評価を用いてパフォーマンスの質を数値化することにより、学習に活かせるよう子どもたちの学力状態を把握することができるようになるとされている。 このようなパフォーマンス評価は、学力の発展性にあたる「活用」を捉える妥当性の高い方法として、現在注目されているものであり、多くの学校で実践が行われようとしている。 その際、パフォーマンス評価において課題となってくるのは、その評価方法の信頼性を確保するための基準をどのように設定するかであり、そのための基準作りとして注目されているのがルーブリックである(田中,2011)。 5.ルーブリックについて ルーブリックとは、成功の度合いを示す数値的な尺度とそれぞれの尺度に見られるパフォーマンスの特徴を示した記述語(田中,2003)のことであり、学習課題に対する子どもたちの認識活動の質的な転換点を基準として段階的に設定され、指導と学習において具体的な到達点の確認と次のステップの指針となるものである (松下,2007)。 本研究では、段階評定の各段階ごとにその評定のもととなる基準を示したものであるルーブリックを用いて、協同技能についての評価指針を開発することを目的とする。ルーブリックを用いることにより、明確な評価基準が定められていない段階評定にくらべ、各段階のとらえ方に主観性が入り込む余地が少なくなると考えられる。さらに鈴木(2011)は、生徒にルーブリックを提示することによって、評価の共通理解が図られ、学習活動や自己評価の指針が示されることになるため、有効であると指摘している。 つまり、ルーブリックを用いて協同技能を測定するということは、評価の共通理解が得られる点や、次のステップへの指針となる点において有効であると考えられる。  実際の教育場面において、学習者が行う自己評価と教師が行う評価は必ずしも一致するわけではなく、学習者自信の過小評価や過大評価によって、異なった評価が見られることがある(梶田,1995)。ルーブリックを用いた評価では、各段階で明確な評価基準が定められているため、自己評価と他者評価は従来の評価方法に比べ、一致する傾向が高くなるのではないかと考える。そこで、本研究ではルーブリックを用いた自己評価と他者からの評価がどのような関係であるかについて検討する。 6.外在の変数との関係について  さて、ここまで述べてきた協同技能というものは、協同学習場面以外にも関係していることが予想される。杉江(2007)は、協同技能への働きかけは、社会性や相互作用技能だけでなく、仲間の学習に貢献する経験を通しての自己有用感の形成などにも関わると述べている。そこで、今回作成したルーブリックを用いて、学習者が協同技能を身につけていく中で、どういった変化があるのかを明らかにすることを、本研究の目的とする。 まず学習の面に関して、協同での学びによって、どる。速水(1989)は、達成目標に関して、本来は事態的概念である達成目標を、傾向的概念として拡張して捉えることが可能なことを示唆し、達成目標傾向について3つに分類している。達成目標傾向の3つに関して、学習目標は、学習すること自体を目標として勉強する目標傾向であり、成績αは、他の人に承認されたいために勉強するという目標傾向、成績βでは、良い成績をとるために勉強するという目標傾向である。協同学習は、他者との協同過程を重視しているため、学習すること自体や自分の能力を伸ばすことを学習の目的とする学習目標と関係しているのではないかと考える。 続いて、協同学習の基本原理の一つに相互依存関係が含まれていることから、協同学習においては仲間との協力関係が根本にあると考えられる。学習グループの信頼関係の測定に関して、長濱・安永(2008)は信頼受容行為尺度を作成している。この研究では、協同学習の理論と技法に基づいた授業によって、信頼受容行為尺度の得点が有意に上昇することが確かめられている。このことから、協同技能を身につけている学習者というのは、信頼受容行為の得点が高いことが予想される。また、様々な技能のうち、どのような技能と信頼受容行為が関わっているのかが明らかになれば、協同学習の支援の幅が広がると考えられる。以上のことから、協同技能と、信頼受容行為との関係についてを明らかにする。 最後に、協同技能の獲得によって得られた学習に対する目標や仲間との信頼関係などは、学校そのものへの好感度と関わってくると考えられる。古市(1991)では、不登校傾向のある児童生徒の背後には、学校に対して強い忌避的感情があるとして、学校ぎらいについての尺度を作成している。この研究では、学校嫌いを規定する要因として、友人関係との適応や、学業上の不適応を示している。このことから、協同学習は仲間との信頼に基づき、皆で学ぶことを基本とするため、その技能を高く持つ者は、学校嫌い感情に関して低くなると考えられる。 よって研究1では協同技能の4つの水準の測定のために、ルーブリックを作成し、作成したルーブリックと、達成目標傾向・信頼受容行為・学校嫌い・協同認識との関係を明らかにすることを目的とする。その際には、ルーブリックを用いた他者評価・自己評価の両側面からの検討を行うことによって、ルーブリックの性質についてより詳細に検討していく。 なお、本研究においては、ルーブリックの評価基準を理解するのに十分な言語的能力を持ち合わせていると考えられる大学生を対象とする。そして、まずは協同グループができて間もない時点での評定を、介入による影響を受けていない評定値であると考え、開発した各項目への評定がどのように分布しているかを検討する。それとともに、学習の進行に伴う変化の検討として、協同の具体的な実践方法であるPBLとLTDの体験による変化についても検討する。PBLとは、学習者が個人やグループ単位である課題について資料収集や調査活動を行い、それをまとめる課題研究であり、目的をもった作業活動を中心として、学習者が自ら計画考案し問題を解決する実践的活動である(藤江、2010)。LTDとは、 テキストの読み取りを課題とする学習活動に特化した、予習をさせることを前提として、その後にミーティングを行う手法である。少人数で編成するグループでの学習を構造的なモデルにしたがって進めていくことによって、単なる意見交換ではなく、互いに練り上げ、理解深めていくことのできるところに意義があるとされている。 【研究1 問題目的】  本研究では、協同技能の測定の為のルーブリックを作成することを目的とし、作成したルーブリックと、達成目標傾向・信頼受容行為・学校嫌いとの関係についてを自己評価・他者評価の側面から検討していく。また、協同技能の変化の検証のために、まずは協同グループができて間もない時点での評定を、介入による影響を受けていない評定値であると考え、開発した各項目への評定がどのように分布しているかを検討する。それとともに、学習の進行に伴う変化の検討として、協同の具体的な実践方法であるPBLでの体験による変化を検証することを本研究の目的とする。


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