【問題と目的】




  本研究の目的は、絵本の物語内容における現実性の程度が、子どもの想像力に及ぼす影響を明らかにすることである。



1.絵本への関心の高まり
  絵本は、その豊富な種類と豊かな内容、扱いの手軽さから、育児場面や保育・教育場面において欠かせないものとなっている。特に絵本の読み聞かせは、家庭においても、幼稚園や保育園などの就学前保育・教育機関はもちろんのこと、小学校低学年頃までの学校教育においても日常的な活動として行われている。近年では、絵本を仲立ちとした子育てサークルや、0歳から絵本に親しむ環境づくりとしての「ブック・スタート」運動が全国各地で広がっている。また、書店には絵本のコーナーが設けられ、赤ちゃん絵本、物語絵本、仕掛け絵本などの様々なジャンルの絵本が充実しており、絵本への関心はますます高まってきているといえる(桑名,2010)。
  これらのような近年における絵本への関心の高まりの背景には、絵本のもつ教育的意義が関係していると考えられる。絵本のもつ教育的意義には、言葉の発達を支えるという意味と情緒の発達を支えるという意味の2点がある。言葉の発達における絵本の教育的意義について、正高(2009)は、子どもは絵本やお話で物語に触れるうちに、言葉を音から覚え、言語能力が発達すると述べている。また、1989年には、幼稚園教育要領において5領域の1つとして「言葉」の領域が新たに位置づけられ、幼児教育における絵本の重要性が示された。
  情緒の発達における絵本の教育的意義については、中山(1972)が、絵本は豊かでみずみずしい人間感情を育てることに役立つと述べている。さらに、今井・寥・中村(1993)は、日本における絵本に関する心理学研究を調べ、絵本の読み聞かせの教育的意義を、想像力を育む、言語能力を高める、人間関係を豊かにすることの3点にまとめている。これらのように、絵本は言葉の発達や情緒の発達など様々な面において子どもの発達を支え促進していくと考えられており、子どもの発達を促していくための絵本活用の重要性について注目が集まってきている(藤原,1994)。
  しかし、絵本は子どもの発達を促すための単なる手段ではない。絵本を読むことによって子どもの発達が促される背景には、読み手との信頼関係や絵本自体のもつ性質など、様々な要因が影響していると考えられる。そして何より、子ども自身が絵本を楽しむということが重要である。後藤(2002)は、「親が子どもに早く字を覚えさせたい、あるいは早く本を読ませたい、国語の読解力をつけ、作文がうまくなり、知識も豊かになってほしい、情操教育に役立てたいと、多くの期待をもって絵本を読んであげるなら、それは問題である」と述べている。なぜなら、それによって絵本本来の楽しみや喜びが奪われるからであある。また尾崎(2005)は、楽しい絵本こそが子どもたちを絵本に夢中にし、繰り返し読むことで想像力を飛翔させ、子どもの心を豊かに育てると述べている。つまり、子どもが「おもしろい」と感じなければ、たとえ絵本にどのような教育的意義が含まれようとも、それは大人側からの押し付けとなってしまう。そのような環境のなかでは、いくら絵本を与えられたとしても子どもの発達は促されにくい。子どもの発達について考える際には、絵本を子どもの発達の手段としてとらえるだけではなく、絵本は子どもが夢中になって楽しむものであり、楽しむからこそ発達が促されるというように、子どもの視点に寄り添った考え方が必要である。



2.絵本と想像力
  では、絵本の楽しさとは何なのだろうか。子どもが絵本に夢中になり、絵本の世界に入って楽しんでいる姿を見ると、まるで絵本の中に広がる世界を子どもが実際に体験しているかのように思うことがある。佐藤・西山(2007)は、絵本の読み聞かせの目的として、絵本の言葉,絵の素晴らしさを体験することを挙げており、また、現実世界とは異なる想像世界を絵本によって体験するという意味もあるとしている。このような絵本の世界に没頭する体験は、子どもに限らず、物語を読むことにおける楽しさに通じるものであるといえる。
  尾崎(2005)は、こういった絵本体験における発達を根底から支えているのが“想像力”であると述べており、絵本を楽しむための基盤となるものが想像力であると考えられている。また、子どもが絵本の世界を楽しむためには想像力が必要であるが、絵本はまた想像力を育てるものでもあり、絵本と想像力は相互に関連しているといえる。
  このように、絵本と想像力は切っても切れない密接な関係にあり、絵本を読むにあたって想像力が大きく関連するということがいわれている。しかし、絵本研究において絵本と想像力の関連は指摘されているものの、実証的な研究というのは少ない。その理由として、「想像力」という言葉の定義の曖昧さや、想像力の測定方法の不明確さが問題として挙げられる。「想像力」という言葉の定義の曖昧さについて、一般的に、想像(imagination)とは「実際には経験していない事柄などを推し量ること」であると定義されており、想像力に関する研究は、絵本や文学の分野に限らず、発達心理学など様々な分野において研究されている。しかし、その概念は広く曖昧なため、概念全体を研究対象として用いることは難しく、ある特定の側面に限定された研究にとどまっている。また、想像力の測定方法の不明確さについて、想像力は目に見えず、特に質問紙などでの測定が不可能な子どもの想像力を測定するのは難しい。
  子どもの想像力に関しては、これまで身体表出から読み取れるデータを手がかりに、描画や物語産出を通した研究が行われてきた。その中で内田(1982)は、想像力は目に見えないものを思い浮かべる能力であり、「つくる」ということにおいてこの能力が最も明らかになると考え、この想像力の働きをお話の続きを作るという方法によって明らかにした。お話を作るという物語産出の働きは経験に基づいているが、経験そのものではない。むしろ、知識や経験が複合され、脈絡をつけていく時に、子ども自身の独特の考えで何らかの新しい要素がつけ加わり、物語が構成されると考えられる(秦野,1994)。つまり作話データの中に何らかの子どもの想像力が表現されているということである。この方法は、子どもと絵本との関わりについて実証的な研究を行う際に最も頻繁に用いられている方法である。例えば、内田(1982)や小林(1998)、中澤・中道ら(2005)など様々な研究において用いられており、この方法は、絵本と想像力との関連をみる実証的研究において、子どもの想像力を測るための最善の方法であるといえる。よって、本研究においては、お話の続きを作るという方法を用いて、想像力について検討していく。



3.絵本と想像力に関する研究
  以下に、お話の続きを作るという方法を用いて、子どもから得られた作話を分析することにより、子どもの想像力を測定した研究について述べる。この方法による研究は、主に言語発達や情緒的発達などの子どもの諸能力の発達に焦点を当てたものと、子どもの想像力に焦点を当てたものの2つに分類することができる。
  前者について、お話を作る過程には、絵に描かれている事象の展開を推論し、情報を統合して理解する過程と、その統合した内容を言語化する過程を連続して行うことが必要であり、物語産出にみる子どもの推論能力や言語能力の発達といった側面から研究されている。例えば、幼児・児童のお話作りにおける因果関係の理解と言語産出について検討した研究(秋田・大村,1987)や、幼児のお話作りにみられる「語り」の様式について検討した研究(西川,1995)がある。また、物語産出にみる子どもの情緒的発達に関する研究については、絵本の登場人物の内的状態への言及に関する研究(岩田,2007;岩田ら,2010)や、道徳性の発達に関する研究(草薙ら,1996)などがあり、これらは登場人物の心情の認知的および共感的な理解など、他者理解といった視点から検討されている。
  後者について、子どもの想像力に関する研究には、絵本の絵が想像力に影響する一要因であるとする中澤・中道ら(2005)の研究がある。この研究は、幼児の絵の好みを明らかにした後に、物語が同じで絵の表現が異なっている絵本『3びきのくま』6冊を用いて幼児に物語の続きを作らせたものである。その結果、幼児の好む“登場人物がかわいくて、色調は明るくメルヘンなイメージ”の絵は想像力を抑制し、反対に幼児の好まない“昔話独特の素朴な味わいをもち、どこか神秘的で不気味なイメージ”の絵は想像力を促進することが明らかになった。さらに中澤・中道ら(2005)は、絵本の読み聞かせにおけるグループサイズが想像力に及ぼす影響についても検討しており、グループサイズが3人のときに最も想像力が促進されるとしている(中澤・杉本ら,2005)。
  また西川(2007)は、文字なし絵本を用いた実験により、絵本の絵に対する子どもの反応から、子どもが絵本の絵にどのように着目してお話作りをしているのかについて検討している。この研究では、絵を見て楽しむ段階から、物語の進行に沿って絵から情報を取り入れるといった発達における絵への反応の変化や、年齢に関わらず絵を楽しむ子どもの姿が明らかになった。
これらのように、子どもにお話の続きを作らせるという方法によって、様々な子どもの発達や子どもの姿が明らかにされてきた。特に絵本と想像力に関する研究については、絵本の絵や読み聞かせ環境に関する研究が多くなされており、どのような絵本や絵本環境が子どもの想像力を促進するのかを知ることは、子どもの発達を考える上で重要であるといえる。
  一方、絵本に関する様々な研究が進んでいる中で、絵本の物語内容に焦点を当てた研究というのは少ない。しかし、物語の内容を検討することは、幼児の想像力に無視できない影響を与えるという点で重要である。横山(2004)は、4歳から5歳にかけて、保育者とのコミュニケーションを楽しむ時期から、絵本の内容自体を楽しむ時期へと変化していくと述べている。また、瀬田(1985)は、絵本の物語内容について、子どもは成長するにつれて関心を広げ、経験とともに題材が自由に豊かになると述べており、その著書の中で物語の題材の重要性について指摘している。さらに大元(1989)は、幼児のアニミズム的思考に絵本内容が及ぼす影響について検討しており、この研究によって絵本内容が幼児の思考に大きな影響を与えるということが示された。また、子どもは物語の中に入って絵本の世界を楽しんでいるわけであり、物語の内容によってその楽しみ方というのは様々であるといえる。物語内容によって楽しみ方が異なっているとすれば、その物語から生まれる想像力にも何らかの違いがみられるのではないだろうか。
  そこで、本研究では、物語内容が想像力に与える影響について検討することを目的とする。その際、どのような質をもった物語内容なのかについて考慮する必要がある。本研究では、物語内容の質について「現実性の程度」といった言葉を用いて検討していく。「現実性の程度」とは、現実からどれだけ離れているかを表す指標である。絵本の物語内容について、絵本には、冒険や空想をテーマにした、非日常的でファンタジー要素を多く含んだ現実性の低いものもあれば、子どもたちの日常生活にとってごく身近でありふれた出来事を描いた内容のものもみられる。本研究では「現実性の程度」という言葉を用いて日常的な物語内容と空想的な物語内容を区別し、物語内容における現実性の程度(日常性・空想性)が想像力に与える影響について検討していく。
 


4.物語内容における現実性の程度と想像力に関する研究
  物語内容における現実性の程度と想像力を検討するにあたっては、日常的題材と空想的題材を用いて幼児に物語を作らせた研究が参考になる(内田,1982)。この研究からは、物語産出にみられる想像力の発達について、空想的題材のほうが日常的題材に比べて作話がより難しく、4歳児のパフォーマンスが5歳児よりも劣っているという結果が明らかになった。このことから、想像力は日常性から空想性へと移行することがわかった。しかし、その分析は作話された文章の構成に着目したものであり、具体的に登場人物や場面のどのような部分に着目しているのかということや、作話内容に含まれる子どもの独創性などといった想像力の中身や側面についての質的な分析を行ったものではない。また、作話された物語の分析カテゴリが日常的題材と空想的題材において全く異なっていたため、題材による想像力の違いについての直接的な比較は行っていない。
  小林(1998)は、お話作りにみられる幼児の想像力に関して、内田(1982)の方法を用いて年齢差と物語内容における現実性の程度の違いが想像力に与える影響について検討している。しかし、物語内容である日常性、空想性が想像力に与える影響については直接比較されていないため明らかにされていない。また、想像力の側面を想像力尺度と構成力尺度といった共通の尺度を作成して評定しているが、この2つの尺度は重複した側面を測っている部分があり、想像力の測定において適切であるとは言い難い。
  また、秦野(1994)は、お話作りにみられる子どもの独創性について、日常性と空想性といった現実性の程度の違いについて検討している。独創性や面白さといった視点から、それらを得点化して評定しているが、独創性や面白さの基準は人によって異なると考えられるため、その評定は主観的になりがちである。
  これらのように、物語内容における現実性の程度においてはいくつかの先行研究がみられるが、想像力を分析する際にいくつかの問題点がみられる。これらのような問題点を考慮して、本研究では以下2つの問題改善と2つの工夫を行った。まず、問題改善点の1つ目は、物語内容の日常性、空想性において共通した指標を用いて質的な分析を行うことである。このことによって、物語内容による違いを直接比較・検討することができる。2つ目は、客観的な指標を用いて物語内容の影響について検討することである。これによって、客観的な視点から子どもの想像力について考察することができる。次に、本研究における工夫の1つ目は、実験に用いる絵本を自ら作成することである。日常性的内容、空想的内容において絵本の物語構成、文章量、絵のタッチ、登場人物数を統一することにより、他の要因による影響をなくし、物語内容による影響のみを検討することができる。2つ目は、単なる物語産出についてではなく“絵本における”物語産出について検討することである。絵本は子どもの発達において欠かせない存在であり、絵本から生まれる想像力の重要性が主張されている。本研究では、その“絵本”から生まれる想像力ついての実証的な研究をおこなうことにより、子どもに身近な絵本が子どもの発達や想像力にどのように影響しているのか、絵本を楽しんでいる子どもにより近い視点をもってその意義を述べることができると考える。



5.本研究の目的
  以上をふまえ本研究では、絵本の物語内容における現実性の程度(日常性・空想性)が子どもの想像力にどのような影響を及ぼすのかについて検討することを目的とする。その際、本研究では、幼児だけでなく小学校低学年の児童も対象とする。その理由として、Piaget(1926/1955)は、就学前の幼児は実在と思考、空想と現実とを混同しやすい傾向にあると述べていることが挙げられる。本研究では、このような幼児の発達特性が、絵本の物語内容とどのような関連があるのかについても検討する。