方法




 
1.観察対象児
 本児はM県内の特別支援学校に通う自閉症の男児(以下A児とする)である。観察当時、小学3年生(9歳)であった。最大の愛着対象は母親であるが、在籍する学校の教師にも広く愛着行動は見られた。ここでいう愛着とは、不快・不安なときに心的支えとして求める愛着である。例えば、1人で活動するのが苦手な<朝の集会>の走る・歩く活動中に、教師に手をつなぐよう求めたり服の裾をつかむなどの行動が当てはまる。一方で、ブランコや滑り台など不安を示す遊具に挑戦する場面では、教師が近くにいても手をつないだりしがみつくといった心的支えとするような行動は見られなかった。しかし、1人で挑戦して達成することができた後には、教師に褒めてもらおうと寄ってきて、両手をあげて叩くよう求める行動もみられ、全ての不安・不快について同じように心的支えを求めるわけではないようであった。また、他児への積極的な働きかけはなく、自発的に働きかけることはごくまれであった。他児からの働きかけに対しては、特に大きな反応を返すことはなく反発や抵抗も少ないため、受身的な印象であった。活動中に教師から「手つないで」と指示されれば、自分から手をつなぐことはできた。
 表出言語は「おはようございます」や「お願いします」など基本的な挨拶や申し出の他に、不安や恐怖を感じたときには「あぶない」ということばで表現したり、「や!」と言って拒否を示すこともあった。教師が言ったことを繰り返すことはできるが、「ストロー(を)ください」など助詞が抜けてしまうことが多い。また、遅延性エコラリアが多くみられ、お気に入りのCMやフレーズ、歌などを繰り返す姿がみられた。遅延性エコラリアを含め、机を叩いて音を出したり独りごとを言うというのは、自分を落ち着かせるものであったり心地よいものであると捉えられてきたようである。
 直接働きかけなくても、周囲の人の変化や動きに気付き、それに合わせて自ら動く姿もしばしばみられた。また、「待ってて」や「行こう」などと言われた通りに動くことができた。極度の人見知りや初対面の人に急に抱きつくなど極端な関わりを示すこともなく、特に応答的な関わりは安定してもつことができる。
 こだわりは、止めると反発する程強いものはなく、下校で昇降口へ行く間に特定の部屋をのぞいたりする程度である。毎朝教室のホワイトボードを見て1日の予定を確認する姿はみられるが、急な予定変更や日ごとに席が変わることなどに対しては柔軟に対応できる。
 本研究において本児を観察対象とした理由は以下の3点である。1つは、親や教師と愛着関係や意思伝達が可能な関係がつくられている点である。これは、人見知りを示さないことも含め、関与者との愛着形成が可能であると推測できる点といえる。また、教師の指示や意思が伝わるこということは、関与者ともそのような関係が形成される可能性を示し、三者関係を検討する上でも重要なことだと考えたからである。2つは、1つ目の理由に加え、他児との関わりが希薄だった点である。また、希薄ではあるが、他児からの働きかけに反発や抵抗をすることは少ないという点で、「友達への意識」という手がかりを用いての検討が可能であると考えた。3つは、学校での活動をある程度自力でこなせるという点である。ある程度というのは、教師の指示が必要である・スムーズでない・苦手意識があるといった場面を含んでいることである。教師が1対1で対応する活動が多い状態では、関与者との関わりはもちろん他児との関わりをもつ機会が十分に確保できない。また、スムーズでないこと・苦手意識があることというのは、他者を頼ったり関わりをもとうとするきっかけになるだろうと考えた。

2.観察学級
 A児が在籍する学級は、A児をのぞき男児が4名(以下B児、C児、D児、E児とする)、女児が1名(以下F児とする)、T先生(女性)、M先生(男性)で構成され、ときおり通訳のH先生が活動をともにする。また、高等部の教室が近いことから、高等部のO先生もよく教室に来て児童と関わる。他児は、A児と同様に学校での活動をある程度自力でこなせる。1対1で指示したり促したりする必要がある児童・場面もあるが、関わりが極端に偏ったり活動が中断されるようなことはない。そのため、関与者は安定して対象児と関わったり観察することができ、他児とも偏ることなく関わることができた。  机の配置は日ごとに変更され、給食時の配置もばらばらである。自分の席やロッカーには色と名前のシールが貼られているため、それで判断して活動している。

3.観察期間
 平成23年7月〜平成23年12月(計27回)
 7月は3回、8月は0回(対象児の在籍学校および関与者の在籍大学の夏休みのため)、9月は2回(関与者の都合で下旬より観察開始)、10月は11回、11月は6回、12月は5回の観察を行った。

4.分析資料
 (1)参与観察
 関与者(以下Yとする)は、児童の登校から下校まで参与観察し、場面を限定せず学校生活全般の様子を観察・記録した。記録用のメモをもち歩き、活動に支障のないタイミングでメモ程度の記録を行った。そして観察終了後、改めて詳細に言語化しノートへの筆記とパソコンへの打ち込みで記録した。週に1日または2日の観察をし、まれに3日観察を行う週もあった。また、1日観察の日と午前までの観察の日があった。
 学級での具体的な活動としては、通常のボランティアと同様なもので、休み時間に遊んだり<朝の集会>・<山歩き>・<音楽>などの活動を共に行い、<ことばかず>ではことばがけなどの支援もした。また、関与者からの指示や働きかけは積極的に行わず、対象児からの働きかけからやりとりが開始されるよう意識した。このことはA児だけでなく他児に対しても同じである。
 (2)教師への聞き取り
 A児の様子についてクラスの教師に聞き取りをしたものを筆記で記録し、分析の参考とした。日々の参与観察中に聞いたものと、観察期間終了後改めて聞いたものとある。

5.学校・学級活動
 1日の主な活動内容と流れ、具体的な説明を以下に記す。
【午前】:スクールバスで登校→教室で着替え→自由時間→体育館で朝の集会→トイレに寄って教室に戻る→朝の会がほぼ毎日の活動で、その後、ことばかず・音楽・図工・ふれあいの授業、山歩き、外歩きなどが行われる。そして給食の前に自由時間があり、給食となる。活動の詳細説明は以下の通りである。
<登校>:小学部から高等部の教師が昇降口に出て、必要な児童のお迎えをしたり、あいさつを行う。
<着替え>:着替え用に畳とマットが敷いてあるスペースが教室の角にあり、カーテンを閉めて着替えを行う。ことばがけや多少の補助はあるが、基本的に1人で行う。
<自由時間>:着替えを終わった児童から好きなことをして過ごす。プラレールや絵本・つみきなどのカードが用意されているため、欲しいものがあればそのカードを持ってきて「お願いします」などとお願いするように指導されている。プラレールについては、“全員が着替え終わってから”という決まりがあり、特にB児はプラレールを取ってもらうのを待つことが多かった。
<朝の集会>:数クラスが合同で行う。先生を見本に体操などを行った後、曲に合わせて歩く・走る活動をする。必要なときには教師と児童が手をつないだりして一緒に行うこともあるが、基本的には1人で行うことを指導している。
<朝の会>:朝の歌、名前カード貼りとあいさつ、今日の日付・天気・予定・給食の確認をする。名前カード貼りとあいさつとは、まず机の上に全員のカードが伏せて置いてあるところから教師が順にめくっていく。そして「○○君」と名前を呼び、「はい」と言ってからカードを受け取り、前のホワイトボードに貼りに行く。貼り終えたら前に立ち全員に向かって、気を付け・「おはようございます」とあいさつをするという一連の活動である。教師がめくったカードの名前を、児童が読み上げるよう促される。順番は教師が意図的に操作するときもあるが、毎日ランダムである。
<ことばかず>:机を教室の前に寄せ、個別にそれぞれの課題を行う。
<音楽>:「あいあい」というプレイルームで数クラスが合同で行う。決められた席はないが、クラス単位でかたまって座ることになっている。活動内容は様々である。
<図工>:教室の内外に掲示する作品を作ったりする。一人ずつ、順番にやることが多い。
<ふれあい>:教室でクラスの活動として行う。
<山歩き>:学校の隣の山に出かけ、山道を歩く活動。出発時は数クラス合同だが、活動中はクラス単位でまとまっている。ロープを支えにして上り下りする箇所もある。
<外歩き>:学校を出て一般道を歩いて様々なところへ行く。公園ならば遊んで過ごし、ふれあいなどの活動に必要な買い出しを兼ねていたり、目的地で食事をしたりすることもある。

【午後】:給食→自由時間→着替え→帰りの会→下校が基本の活動で、自由時間のところでごみ出しや牛乳パック開きを行うこともある。活動の詳細説明は以下の通りである。
<給食>:机を向き合わせる形にするが、配置は日ごとに変えている。Yの机はA児とE児が正面や隣にくる配置がほとんどであった。配膳車が廊下までくるので、机を拭いたり箸や手拭きなどの準備を全員が終わらせ、教師の指示があってから給食を取りに行く。T先生・M先生が隣の席に座りことばがけや補助をする児童もいる。食べ終わったら各自片付けと歯磨きをし、歯磨きの仕上げを教師やYにお願いして行う。終わった児童から自由時間となるが、このときもプラレールだけは“全員が食べ終わって片付けをしてから”という決まりになっている。
<自由時間>:午前の自由時間とかわりないが、時間が長いため児童に希望を聞きつつ中庭やあいあいに行って遊ぶこともある。
<着替え>:朝の着替えと同様で、着替え終わったら帰りの荷物をまとめる。それが終われば他児を待つ間は自由に過ごしている。
<帰りの会>:帰りの歌、歌の中で1人ずつさようならのあいさつ、カレンダーを用いて1日が終わったことの確認をし、教師が「これで帰りの会を終わります」と言うと各自教室を出て昇降口へ向かう。
<下校>:靴をはき替えたらそれぞれ自分のバスに乗りこんで行くが、ことばがけが必要なときもある。バスに乗るまでに教師やYの前を通るときには、両手を胸の位置であげて1回ぱちっと叩くことで「さようなら」のやりとりを行う。
<ごみ出し>:校舎を出たところにある収集所へ持って行く。2・3人の児童と1人の教師が一緒に行くことが多い。
<牛乳パック開き>:毎日の給食で出た牛乳パックは中を洗って干してあるので、それがたまってきたら、全員の活動として、パックをやぶって開くという活動をする。

6.分析指標
 分析指標は、「大人との愛着」、「友達への意識」、「三者関係の」3つである。
 「大人との愛着」は別府(1997)を参考に、関与者であるYに接近−維持をはかる行動(自分から接近−維持をはかる行動と、大人に対して自分の方へ接近−維持の行動を起こすよう求める行動の両者を含む)がみられた場面を取り上げ、Yとの愛着関係の変容を分析した。分析の基準は以下の2点であった。1つは、A児が何を求めて接近−維持をはかるかであった。2つは、Yとの愛着関係がどのような質であるかであった。
 「友達への意識」は、他児の中でも最も顕著な行動を示したB児に関連するエピソードを取り上げ、B児への意識・関わりの変容を分析した。A児からB児への働きかけがみられた場面を取り上げ、A児のB児への意識がどのようなものであるかを基準として分析した。また、B児の応答とB児からA児への働きかけがみられた場面を取り上げ、どのような行動がみられたか検討した。
 「三者関係」は、「大人との愛着」と「友達への意識」で得られた結果を基準に分析した。