問題
1. 学校における子どもたちの問題
近年、教育現場ではいじめや不登校、学級崩壊といった、様々な生徒の学校不適応が大きな問題となっている(田中・下田, 2012)。文部科学省の調査(2012)によると1校あたりのいじめ認知件数は、小学校で1.5件、中学校で2.8件、高等学校で1.1件となっており、中学校が最も件数が多い結果となっている。また、不登校に関しては、全児童・生徒に対する不登校の割合が、小学校では0.33%なのに対して中学校では2.64%、つまり38人に1人が不登校生徒であると報告されている。さらに不登校児童生徒の在籍学校数は、小学校では43.7%なのに対して中学校は86.5%となっている。いずれも小学校に比べ、中学校の方が学校不適応が大きな問題となっていることがうかがわれる。
こうした学校不適応の背景要因に関して松永・岩本(2008)は、社会的スキルの不足と、対人関係上の問題という2点を指摘している。後者に関しては、「青年にとって最も重要な人間関係は友人関係である」という指摘(遠矢, 1996)を踏まえると、学校不適応に関する要因として、対人関係の中でも、特に友人関係からの影響を強く受けることが予想される(田中・下田, 2008)。また近年の対人関係の希薄化(保坂, 1996)、対人関係のつまずき(蘭, 1992)などの発達の問題は、都市への人口集中による子どもの遊び場の喪失や、コンピュータやゲームの普及などによる集団遊びから個人遊びへの変質など環境の変化(樽木, 2005)が原因だと考えられる。これらの問題は、子どもたちの対人関係に変化をもたらしており、よりいっそう対人関係が複雑化していると考えられる。
学校での問題が顕在化しやすい中学生に焦点をあて、対人関係の問題を検討することで、中学生の学校適応の問題に資することができると考える。
2. 中学校における対人関係
中学生という時期は青年期でも思春期前半または青年期前期に当たる。仲間との相互作用が重要な時期にあり、同性の仲間集団がより構造化され、組織化され、緊密となる(樽木, 2005)。橋詰(2010)は、中学生という時期は同性の親しい友人との同質性を求める段階であり、自分を素直に表現するには困難が伴い、なかなか本音を出すことは難しい時期であると指摘している。彼らは自己の形成過程において、自分が理想からどのような位置にあり、他者からどのように見られているかに敏感である(樽木, 2005)。
3. 学級内の人間関係
学級内は複雑な人間関係が作られている。学級集団では教室内にいくつかの小集団が形成され(山中, 2009)、仲良くしたい人やグループを選び、その輪の中に入っていくことで、他のグループや異性からの評価が決まることも多々あると感じる。学級では「人気」の高低といった生徒間の人間関係に序列構造があり(鈴木, 2012)、この影響で自分に自信をなくし、学校生活への適応に大きな影響を及ぼすことも指摘されている(森口, 2007)。よって、友人関係を適応的に築けることが学校生活では重要であるといえる。
クラスメイトのそれぞれが「ランク」付けされている状況は、メディアや教育評論家の間でスクールカーストと呼ばれている(鈴木, 2012)。スクールカーストとは、近年若者たちの間で定着しつつある言葉である(森口, 2007)。
鈴木(2012)は中学生へのインビュー調査から「にぎやか」「気が強い」「異性の評価が高い」「若者文化へのコミットメントが高い」「場の雰囲気を盛り上げることができる」といった特徴をもつ生徒が人気があり、学級での序列の上位に位置づけられていることを報告している。さらに、鈴木(2012)は、スクールカーストの地位が上位である生徒ほど学校への適応が高く、学校生活を楽しんでいることも報告している。鈴木(2012)によると、教師もスクールカーストを把握しているが、教師はスクールカーストを「能力の高さ」を軸とする「能力」のヒエラルキーだと解釈しており、生徒は「権力の多さ」を軸とする、権力構造として解釈している。教師は、スクールカーストの上位の者は能力が高いとみているため、評価も高いことが考えられる。しかし、生徒は上位の者を使える権力が多いとみているため、上位の者を良く思っていないスクールカーストの中位、下位の者もいると考えられる。
鈴木(2012)の研究は中学生へのインタビューを社会学の観点から分析したもので、中学校の実態を明らかにした点で意義ある研究といえるが、スクールカーストで上位に位置づけられている生徒のパーソナリティの特徴などを数量的に検証していないという限界を有している。これまで学級集団内地位に焦点を当てた研究はいくつかあるが、学校での人気や権力を獲得できるスクールカーストの上位にいると考えられる生徒は、どのような特徴を持つか心理学の観点からアプローチした研究はなく、詳細には検討されてこなかった。スクールカーストの上位の者はいじめとの関連も指摘され周囲に悪影響を与えることもある(鈴木, 2012)が、学校適応は十分にできており、学校を楽しんでいるように見える。こういった生徒に焦点を当てることは、学校適応やスクールカースト問題の解明において、意義のあるものだといえる。
4. 青春度
スクールカーストでとりあげられている学校で人気が獲得出来る生徒は、生き生きと楽しい学校生活を送り青春を満喫できているように見える。本研究では、このような学校生活を送っている人を青春度という概念を用いてとらえることとする。そして青春度を辞書の定義(大辞泉)を参考に「学校生活の様々な活動に積極的に取り組み、充実していると感じている、または楽しんでいると感じている度合い」と定義する。
具体的な学校生活の場面としては、クラス、部活、行事を取り上げる。中学生の学校生活の大部分はクラスで過ごし、放課後は部活動、年に数回ある文化祭・体育祭・合唱コンクールなどの行事では他のクラス・学年とも関わる。これらの場面で活躍でき、楽しいと感じている生徒は学校生活を楽しんでいるといえる。小・中学生の服装に対する意識と行動に関する鮒田・多田(1999)の研究では、学年が上がるにつれ、服装に対する興味・関心が強くなり、流行や周囲への期待が高まり、服装に対して、自己を他者に伝達する手段として意識するようになると述べられている。また、着装の楽しさを強く認識できている生徒の方が、学校生活に対する適応も高いと述べている。制服の着こなし、持ち物、私服時のファッション、髪型などにこだわりを持つ生徒は、学校生活に適応しており、周りから注目されると考えられる。さらに、思春期に入り異性への関心が高まる時期でもあるため、異性との付き合いが多い生徒の方が学校生活を満喫していると考えた。しかし、青春を満喫している人のイメージには個人差があるため、どのようなイメージを抱いているかについては調査の必要性がある。
4-1. 容姿・ファッションへの意識
青年期には自分自身や他者の身体的魅力や特徴を気にし、自分の外見が他者から見られているという意識や、他者に対する関心を強く持つ時期(羽賀・渋谷, 2006)であることから、着装行動についての関心が高くなる時期であることが考えられる(古結・松浦, 2012)。
また、菅原(1984)は、対人不安と自己顕示性との関連を検討し、公的自意識の高い人は、対人不安意識も自己顕示性も高めであることを示し、他者の目に映る自分を強く意識しやすい人は、積極的な自己呈示を行うか、反対に防衛的、逃避的行動をとりやすいことを示唆している。公的自己意識が高い者の方が他者から注目を浴びやすいと考えられるが、実際の評判を気にしすぎると対人不安が高くなる可能性があると考えられる。これらの先行研究から、容姿やファッションに対する行動は対人不安と関連していることが考えられる。
本研究では、容姿やファッションの意識の中で制服装着行動を取り上げる。古結・松浦(2012)が高校生に行った研究によると、男子は自己意識、個人志向性・社会志向性、学校規範・ルールに関する意識の変数が制服着装行動に及ぼす影響が、1年生男子には複雑な影響過程がみられたが、2年生においては優位な影響はほとんどみられなかったことを報告している。特に2年生男子は自己顕示性が高いにもかかわらず、制服着装行動には直接的な影響を示さなかったことも報告している。そして、男子は女子に比べ、校則通りに着装すること、きちんと見えるように着装するという意識が高かったことも報告している。また、大学生の着装行動に関する調査では、着装基準の個人的嗜好と流行において、男性よりも女性の方が得点が高く、自分の好みや流行で被服を選んでいることが明らかとなっている(遠藤, 2008)。よって、外見への配慮は男子より女子の方が高い傾向があると考えられる。よって、制服の着こなしについては男女差がみられることが推察される。
4-2. 部活動
部活動について、岡田(2009)は、部活動への参加と積極性の群分けを行い、学校生活の諸領域(友人への意識、クラスへの意識、教師への意識、他学年への意識、進路への意識、学業への意識、進路への意識、学業への意識、校則への意識)との関係の良さと学校への心理的適応、学校への社会的適応のそれぞれの違いを明らかにした。その結果、部活動に積極的に参加している生徒は学校生活の様々な領域で良好な状態にあるだけでなく、心理的適応も高いといえることを示している。部活動に積極的に参加している生徒は、学校を楽しみ、充実していると感じていることが推察される。
4-3. 学校行事
中学校では座学によるレクチャー的な教科授業が多く行われているが、特別活動や学校行事は学級を単位とした集団で取り組まれることが多く、その特性を活かして、集団活動を通した人格形成を目的としている(樽木, 2005)。学校行事は、学校全体で活動することにより、普段あまり接触することがない違う学級や部活動の生徒と交流する機会になることがある(長谷川, 2011)。学校行事で目立ち、活躍することができる生徒は友人関係が広きに渡っている可能性が高く、学級の中でも人気を獲得していると考えられる。
4-4. 異性との付き合い方
異性との付き合いが多い者の方が人気の獲得につながり、異性や同性からの注目を浴びると考えられる。中学生になると異性交際をする者が多くなることが予想される。丸井(2002)によると、中学生の交際経験の有無では、男子約22%、女子約25%が特定の異性と交際した経験があった。また、学年が上がるにつれて交際経験率が高率となり、特に、2年生で交際経験率が急激に増加していることも報告している。さらに、異性の友人がいる者または異性の友人がほしいと思っている者ほど交際経験率が高く、異性の親友がいる者ほど交際経験率が高いことも報告している。丸井(2002)は、友人自己開示との関連では、交際経験のある者の方が、友人に対して自己開示する傾向が優位に高いこと、学校環境と恋愛行動経験との関連において、部活動が楽しくない者ほど恋愛行動経験が多い結果となったことを報告している。また、男子の恋愛行動経験の多い者は、学校においては、相談できる先生はいないが、家庭においては、母や親への愛情は強いことを明らかにしている。さらに、女子は、部活動が楽しくなく、友人に対してあまり同調せず、また、教師に対して不満や反発心を持つ者が多いことが特徴として挙げている。
よって、これまで述べてきた部活動への積極性、異性との付き合い方、容姿など外見への意識は、相互に関連しながら、学級における人気を支えていることが推察される。
5. セルフモニタリングと友人関係
学校生活において青春を満喫するためには、円滑な対人関係を築き、様々な場面で積極的に自分を表現していくことが重要であると考えられる。そこで本研究では、青春度に関連する要因の一つとしてセルフモニタリングをとりあげる。
セルフモニタリングとは、「状況や他者の行動に基づいて、自己の表出行動や自己呈示が、社会的に適切なのかを観察し、自己の行動を統制すること」である(岩淵・田中・中里, 1982)。セルフモニタリングを測る指標として、状況に応じて自分を変容させることができるかどうかを指す自己変容能力、他人の細かなしぐさなどに気付けるかどうかを指す他者行動への関心の二つがある(藤岡・高橋, 2008)。そして、周囲の期待や状況に応じて適切な方向に自己を変容させていこうとする傾向の強い人を、高セルフ・モニタリング者という意味で「高モニター」、周囲の期待や状況に影響されず常に自分らしくあろうとする傾向の強い人を低セルフ・モニタリング者という意味で「低モニター」と呼ばれる(Snyder, M & DeBono,K.G., 1987)。多くの者から人気を集める者は高モニターであると考えられる。セルフモニタリングは、「空気を読む」ことともいえる。近年、学校で「場の空気を読み合う」ことが日常化しており(金子, 2009)、空気を読みながら対人関係を築くことが要求される。セルフモニタリング能力と青春度は関連し、空気を読みながら自己呈示をすることによって人気を博しているのではないかと考えられる。よって青春度が高い者は高モニターであると推察できる。
セルフモニタリングと対人関係、友人関係の関連を示す先行研究はいくつか存在する。
セルフモニタリングと友人関係との関連では、Snyder, Gangstad, and Sympson(1983)が友人選択に関する検討を行っている。その結果、高モニターはその時の活動に合わせて友人を選択し、低モニターは活動に関わらず自分がより好意をもつ友人を選択することが示された。また八城(2008)は、対人コミュニケーションの手段として欠かすことのできない、携帯電話利用から友人関係を探った。その結果、高モニターは、低モニターよりも携帯電話番号の登録件数、携帯メールの送受信数、携帯メールアドレス登録数が有意に多かった。以上から、高モニターは幅広い友人関係を築くことができることが分かる。青春度の高い者は、自己呈示変容能力が高いことが推察できる。
大学生に行ったセルフモニタリングと着装行動に関する調査から、遠藤(2008)は以下のことを報告している。低セルフモニターより高セルフモニターの方が流行と社会的規範の基準を重視することが分かっている。流行について、高モニターは自分だけが周囲の被服動向から逸脱し、「流行遅れ」にならないようにしている。社会的規範について、他者を評価するとき、着装の共通性・類似性が規範として働いていることが分かっており、自分も周囲への同調を通して自己呈示をしているため、着装も周囲をモニターして選んでいる。遠藤(2008)の調査結果から、高モニターの方が青春度の外見への配慮の得点が高い傾向があることが考えられる。
またセルフモニタリングに関する男女差について、八城(2010)は大学生への質問紙調査の結果から、セルフ・モニタリングにおいて男女差は見られず、セルフ・モニタリングの下位概念である「他者表出行動の敏感さ」と「自己呈示変容能力」の平均値をみると、「他者表出行動の敏感さ」の平均値の方が男女とも高く、現代青年の他者表出行動の敏感さを知ることができることを明らかにしている。
6. 自己愛傾向について
学校生活を満喫できる者は、精神的に安定しており、ある程度自信を持っているように考えられる。そこで本研究では青春度に関連する要因として、セルフモニタリングに加え、自己愛をとりあげる。具体的には自己愛脆弱性に着目し、青春度との関連を検討する。
自己愛とは
自己愛とは、「自分自身を愛の対象とする心の状態(中村, 2004)である。神谷・岡本(2010)によると、近年、自己愛研究において、自己愛傾向を「誇大型」と「過敏型」の2類型から捉える視点が隆盛になってきているとされている。Kohut(1971, 1977, 1984)は誇大型自己愛傾向とは、自己顕示的で他者の反応に鈍感であるという対人関係上の特徴があると述べ、過敏型自己愛傾向は、他者の反応に敏感で、注目されるのを避けるという特徴があると述べている。
青年の自己愛研究に現在最もよく用いられているのは、自己愛人格目録(Narcissistic Personality Inventory ; NPI)および、その短縮版(NPI-S)である。この尺度は、「誇大型」と「過敏型」の2種類の自己愛が与える示唆されている(小塩, 2002)。また、自己愛傾向が全体的に高い者ほど外交的で強い人間だと友人に認識され、自己主張性に比べ注目・賞賛欲求が優位なものほど調和的で弱い人間だと友人に認識される傾向にある(上地・宮下, 2009)。このことからも対人不安が強いのは注目・賞賛欲求という過敏型自己愛傾向と関連のある下位尺度であることが分かる。
小塩(1998)は、“互いに分かり合おうとする”ような深い友人関係よりも、“みんなと一緒”に“楽しく”つき合うような広い友人関係と自己愛傾向が関連することを報告している。賞賛の追求と恥の否認(Mitchell, 1992)に動機づけられている自己愛的な青年は、自分が多くの者に認められる価値ある存在であるという感覚を感じるために、より広い友人関係を求めていくと考えられる(小塩, 1999)。小塩(1999)は、自己愛傾向の高い者の交友関係は比較的広く、自己愛傾向の高い者ほどより多くの友人との関係を営んでいることを報告している。このことから、青春度の高い者は自己愛傾向は高いことがうかがえる。
さらに小塩(2000)は自己愛傾向の高い者を対象とした面接調査を行う中で、他者からの評価を気にし、他者に良く思われることを重視しながら対人関係を営む者は「注目・賞賛欲求」が高い傾向にあり、他者からの評価にとらわれることなく対人関係を営む者は自己主張性が高い傾向にあると報告している。青春度の高い者は、注目・賞賛欲求が高く、自己主張性が高いことが考えられる。
また、NPIを用いた様々な研究から、自己愛傾向の高い者ほどエネルギッシュで外交的、自信家、自己本位、競争的、攻撃的であり、共感性に乏しいことが明らかにされている(宮下, 1991)。
以上のように自己愛傾向については数多くの研究がされてきており、青春度が高い者は、自己愛傾向が高いことは先行研究から予想される。ここではより詳細に検討するために、過敏型自己愛傾向に焦点をあて、青春度との関連をみていく。人気を博し、学校において青春を満喫している者でも、過敏型自己愛傾向が高く、内的な弱さを抱えていることが推察される。
6-2. 自己愛的脆弱性について
上地・宮下(2005)は、過敏型自己愛傾向を測定する尺度として自己愛的脆弱性尺度を作成した。自己愛的脆弱性は「自己愛的欲求の表出に伴う不安や他者の反応による傷つきなどを処理し、心理的安定を保つ力が脆弱であること」であり、言いかえれば、自己愛的に脆弱な人は、他者に承認・賞賛や特別の配慮を求め、期待した反応が返ってこないときに心理的に不安になりやすいということである(上地・宮下, 2009)。そして、神谷・岡本(2010)によると自己愛的脆弱性は大なり小なりすべての人に存在し、上地・宮下(2002, 2005)では、自己愛的脆弱性の指標として、@他者からの承認賞賛への過敏さ、A潜在的特権意識とそれによる傷つき、B恥傾向と自己顕示の抑制、C自己緩和の不全、D目的感の希薄さの5つを挙げた。各指標の内容は以下の通りである。他者からの承認賞賛への過敏さは、自分の言動や行動に対する承認・承認を強く求め、期待した承認・賞賛が得られないと自己評価が低下することを示す。潜在的特権意識とそれによる傷つきは、他者が特別の配慮や敬意をもって接してくれることを期待し、その期待がみたされないと不満や怒りが生じてくることを示す。恥意識と自己顕示も抑制は、注目を浴びたり自己を顕示したりする場面に遭遇すると強い恥意識が生じるため、自己顕示を抑制しがちになることを示す。自己緩和能力の不全は、強い不安や情動などを自分で調節・緩和する力が弱く、他者に調節・緩和してもらおうとすることを示す。目的感の希薄さは、自己を方向づける目標が希薄であり、空虚感を体験しやすいことを示す。なお、本研究で用いる自己愛脆的弱性尺度(Narcissistic Vulnerability Scale: NVS)の短縮版では、「目的感の希薄さ」が他の4下位尺度がいずれも他者への反応にみられる特徴を表現しているのに対して、この下位尺度は目的感という個人内的なものであること、またこの尺度と他の4下位尺度と他の下位尺度との相関が非常に低いことを理由に排除されている(上地・宮下, 2005)。
6-3. 自己愛的脆弱性の男女差
自己愛的脆弱性の男女差の検討を行った研究は現在までにみられないが、自己愛傾向の男女差の検討は数多く行われてきている。小塩(1998)によると、大学生を対象にした質問紙調査で、自己愛人格目録短縮版(NPI-S)を用い、質問紙調査を行った結果、過敏性自己愛と関連のある「注目・賞賛欲求」因子では男女差はみられなかったことを報告している。
精神的な問題に関する性差の先行研究はいくつかみられる。牧野(2009)によると、中学生を対象に精神的健康状態を調査したところ、中学1年、3年では、身体的症状(体がだるいなど)が男子生徒より女子生徒の方が悪かったこと、不眠と不安(いらいらするなど)とうつ傾向(心が暗いなど)では、全学年で男子生徒よりも女子生徒のほうが高かったことを報告している。なお、精神健康と自己愛的脆弱性において、上地・宮下(2009)の調査結果から、弱い正の相関が示されている(上地・宮下, 2009)。馬場(2001)は、高校生における傷つきやすさを調査し、女子の方が男子よりも傷つきを感じやすいことが明らかとなったことを報告している。よって、心理的に不安になりやすいことを指す自己愛的脆弱性は、男女差がみられることが推察される。