1.各筆記群・抑うつ傾向の傾向高低による気分変化

 抑うつ傾向の傾向高低によって気分得点に差があるかを検討する。抑うつ傾向高低群に対してのポジティブ・ネガティブ気分得点において分散分析を行った結果、筆記1回目筆記前のネガティブ気分得点、筆記1回目筆記後のポジティブ・ネガティブ気分得点、筆記2回目筆記後のネガティブ気分得点において、ポジティブ気分得点については抑うつ傾向低群が抑うつ傾向高群と比較して有意に高く、ネガティブ気分得点については抑うつ傾向低群が抑うつ傾向高群と比較して有意に低いという結果が得られた。

 他の回でも統計的に有意ではないが、ネガティブ気分得点については、抑うつ傾向低群が抑うつ傾向高群と比較して低かった。この結果は、加曽利(2009)による孤立や疎外を感じた、他者の不幸を知った、他者のマナー違反を感じた、自己不全を認識した、他者から注意・叱責を受けたといった否定的感情を生じる場面において、抑うつ傾向高群は低群と比較して否定的感情が強いという結果と同様の結果が得られた。

 ネガティブな出来事を筆記するにあたり、抑うつ傾向は筆記開示の効果に影響を与える重要な要因であることが確認された。

 次に、筆記内容の要因のみによる気分変化を検討した。筆記群に対する筆記前後の気分得点において分散分析を行った結果、Wilks λは有意ではなく、筆記方法の違いによる気分変化は統計的には示されなかった。

 気分得点の詳細な検討を行うと、ポジティブ気分得点については構造化開示群、非客観視群ともに筆記回数を重ねてもポジティブ気分の増加量が大きくなることはなかった(図5)。ネガティブ気分得点については構造化開示群、非客観視群ともに筆記回数を重ねることによりネガティブ気分が減少している(図6)。
 これより、仮説1はネガティブ気分得点において一部支持されたといえる。本研究でポジティブ気分の増加が見られなかった理由として、本研究での筆記テーマがネガティブな出来事であったことが要因となっていると推測できる。ネガティブな出来事を再び思い出すことによって、その出来事を再体験したことになり、ポジティブ気分の増加に繋がらなかったと考える。

 大森(2013)では、大学生活で最も困難やストレスに感じたことを筆記した筆記開示群において、ポジティブ気分得点の増加がみられた。この結果と比較して、本研究で行った筆記開示がポジティブ気分の増加に繋がらなかった点に関して、筆記した出来事の重大性が異なる可能性が考えられる。大森(2013)の研究では、過去を振り返り、最も困難やストレスに感じた出来事を筆記しているため、より解決の必要性があったと考えられ、筆記開示を行うことによって出来事の捉え方を変化させることができたために、ポジティブ気分の向上がみられたのではないかと推測する。筆記する内容の自身への影響の度合いが気分変化の要因となると推測する。