4.認知的再体制化への着目
筆記開示がストレス低減効果をもたらす要因として、認知的再体制化(cognitive restructuring)、馴化(habituation)が挙げられている。
認知的再体制化は筆記によりストレッサーそのものの記憶や環境についての見方や考え方、それに対するストレス反応についての見方の変化を意味し、馴化は筆記開示による経験の想起と書き綴る作業がストレスフルな刺激に繰り返し曝されることを意味し、ネガティブな刺激への反応が低減することを意味する(大森, 2013)。
佐藤(2012)は、身体症状に対しては馴化が、精神症状に対しては認知的再体制化が有効であることを示唆している。
本研究では「ネガティブな出来事」をテーマとして筆記を行うため、精神症状に対して有効とされる認知的再体制化の促進が重要であると考えられる。
Lange, van de Ven, Schrieken, & Emmelkamp (2001)は「その経験に対する新しい適応的な解釈を行うこと」とされている認知的再評価の促進を意図して構造化された筆記開示(以下構造化開示)を用い、外傷後ストレス反応や健康状態に及ぼす影響を検討し、構造化開示がトラウマへの対象法として有用であることを示した(吉田・長谷川・松田・久楽・佐藤, 2013)。
構造化開示については多くの研究がなされており(中川・中野・佐藤, 2008 ; 伊藤・佐藤・鈴木, 2009 ; 松本・吉田・中野・佐藤, 2011)、より効果的な構造化開示法の研究が進められている。
吉田ら(2013)の研究で設定された構造化開示群は、1日目にネガティブな感情体験、その中で最も辛かった、また動揺した瞬間の詳細で具体的な筆記、その瞬間に対する考えの筆記を行った。
2日目には1日目に筆記した内容を踏まえ、同じ体験をした親友を仮定して、同じようなネガティブな考えをしている親友に対するアドバイスについての筆記を行った。その際、不適応な認知の修正により効果的に機能するようアドバイスのコツを提示した。3日目には新しい認知を生成した後の処理を促すために1日目に筆記した「その瞬間に対する考え」をもう1度筆記した。
トラウマ体験について筆記を行った結果、トラウマに関する感情や思考の自由な記述を求められた自由開示群、前日の行動等の中性的な話題について客観的事実の記述を求められた統制群と比較したところ、外傷後ストレス反応の低減、精神的健康の増進、ワーキングメモリの向上がすべての群で示されたため、両群を上回る効果はみられなかった。
しかし、外傷後ストレス反応の低減効果について先行研究と比較して検討したところ、欧米の筆記開示と同程度からより大きい効果があることが明らかになった。