5.筆記開示に対する個人特性の影響

 心身の健康に対して有用とされている日記であるが、効果を得にくい対象が存在すると考えられている。
その要因の1つがアレキシサイミア(失感情症)傾向である。アレキシサイミアの特徴として、自分の感情を認識し表現することが困難である、身体的な感覚と情緒的喚起を区別することが困難である、空想力(想像力)が貧困である、機械的・操作的な思考スタイルの4点が挙げられる(後藤ら, 1999 ; Nemiah, 1977 ; Lesser, 1981 ; Taylor, 1984 ; Lesser, 1985など)。
 これらの特徴から、ネガティブな出来事の筆記を行うにあたり、筆記開示が精神的健康に影響を及ぼす要因となる「自分自身の感じている感情と適切に向き合う」というプロセスをたどることが困難であるために、効果を得にくいのではないかと考えられる。
 吉田ら(2008)もネガティブ感清体験の筆記開示が心身の健康を増進させるには、体験の記憶にアクセスし、それを言語表出することで適応的な自己処理を行うという過程が必要とされているが(Pennebaker, 1997)、アレキシサイミア傾向の強い者にはそれが困難であると述べている。

 また、抑うつ傾向のある者についても筆記開示の効果を得られないとする考え方がある。
 うつ病者は、発病時に経験した抑うつ気分やネガティブな思考・記憶などが連合する。そのため寛解後でも、軽度の抑うつ気分が引き金となってネガティブな思考パターンや記憶などの抑うつ的処理が容易に再活性化され、再発に至るのである(竹市・伊藤, 2010 ; Teasdale, 1999)。それゆえ、抑うつ傾向の高い者はネガティブな出来事の筆記を行うことにより、実際のネガティブな出来事によって生じた以上のネガティブ感情を抱いてしまう可能性が考えられる。
 また実際のネガティブな出来事によって生じた感情と適切に向き合い処理することが困難であると考えられる。

 これらのことから、筆記開示研究における統制変数としてアレキシサイミア、抑うつが測定されており、(松本ら, 2011 ; 大森, 2013)本研究においても抑うつ傾向とアレキシサイミア傾向を事前調査にて測定し、実験に適しているかの判断を行う。