6.筆記開示研究の概観と本研究への導き
従来の筆記開示研究では実験者によって用意された実験室において筆記を行っているものが多く、個人が自由に書く日記とは異なっているように感じる。
自分が書きたいと感じたとき、書きたいと思う場所で行う日記こそ、発散したいことを思うように書くことのできる日記となり、精神的健康に対し意味があるのではないかと考える。
紀ら(2014)でも筆記開示研究を概観し、これまでの研究の問題点として、実験室という作られた環境での研究に偏っていることを指摘している。
このことに対して佐藤(2012)は、実験参加者が自宅で筆記を行う実験を行った。ベースライン測定時に実験参加者が実験期間中部屋で1人になれる時間を尋ね、その時間に実験者が電話をかける方法で実験を行い、自宅で行う筆記開示でも一定の効果が得られることを示した。
このことから、実験者により管理された実験室でなく、実験者が自由に書きたいことを書き尽くすことのできる場所で実験を行う必要があると考える。
また、紀(2014)は人々が生活の中で行っている筆記行動に焦点を当てた研究が少ないことについても指摘している。
筆記による治療や臨床目的における知見は数多くなされているが、治療以外を目的とした筆記研究は少ない。心身ともに健康な人々が他者に促された状況で行った筆記によって心身の健康増進などの効果を得ることができているのであれば、自発的に行う筆記には心身の不健康に対する予防的効果があると考えられる。
日常生活で自発的に行っている筆記に心身の健康に関する効果が期待できるとすれば、自分のペースで気軽に筆記を行うことにより心身の健康を保つことが可能となる。
本研究では構造化開示群と非客観視群を設定し、実験を行う。
構造化開示群は、吉田ら(2013)の実験で設定された構造化開示群を参考に設定した。
非客観視群は構造化開示群の行う筆記から、自分と同じ体験をし、同じようにネガティブな考えをしている親友を想起する段階を省略した筆記を行った。
これまでの筆記開示では今までの人生の中でのトラウマ経験を筆記するものが多かったが、本研究では今日1日にあったネガティブな出来事を筆記するため、トラウマ経験と比較してより少ない段階で出来事をポジティブな方向へ捉え直すことができるのではないかと考え、非客観視群を設定した。
本研究の目的
日記はカウンセラーなどの専門機関にかからずに、低コスト、自助的に精神的健康を促進することを可能にする方法である。
本研究では、精神症状に効果があるとされている認知的再体制化の促進を意図して作成された構造化開示法を日記に取り入れることにより、ネガティブに感じている出来事の捉えを変化させ、ネガティブな気分を軽減し、気分を良くすることができるかについて検討する。
その際、個人差統制変数として抑うつ得点を測定し、抑うつ傾向高群と低群を設定し、それぞれによる効果の変化について検討する。