【問題と目的】


(1)社会的背景

@養育における問題

 近年、子どもに対する親の養育態度について社会的関心が高まっている。 その一つとして、現代の日本の社会問題である児童虐待があげられる。 厚生労働省(2014)によると、平成24年度の全国の児童相談所での児童虐待相談対応件数及び虐待による死亡事例件数は66,701件であったが、平成25年度では73,765件で、これまでで最多の件数となっている。 また、厚生労働省(2013)の報告では、主たる虐待者は平成25年度では、実母が54.3%と最も多く、次いで実父が31.9%となっている。 そして、虐待を受けた子どもの年齢は、小学生が26,049件(35.3%)と最も多く、次いで3歳から学齢前が17,476件、0歳から3歳未満が13,917件である。 小学校入学前の子どもの合計は、42.6%となっており、高い割合を占めている。 現在、増え続けている児童虐待の認知件数ではあるが、児童虐待は、主に家庭内で行われるため、周囲の者が認知しにくいことや、報告データが児童相談所の相談対応件数や認知件数であることから、児童虐待の実際の発生件数はあげられている数値よりもさらに多いことが推測される。 また、虐待の種類として、身体的虐待、心理的虐待、保護の怠慢・放棄(ネグレクト)、性的虐待があげられるが、これまで、身体的虐待の件数が4種類の虐待の中で最も多くを占めていた。 だが近年、心理的虐待の件数が身体的虐待の件数を超え、最も多くを占めるようになっている。 体に傷や痣などの形であらわれ目に見える、身体的虐待とは違い、心理的虐待は目に見えるものとは限らず、子どもや親の様子を見て虐待を見極めなければいけない。 こういったことからも児童虐待の認知が難しくなっていることがうかがえる。 親に虐待されたという体験は、心に大きな傷を残し、大人になっても様々な場面で影響を及ぼすと考えられる。 平成25年度の件数がこれまでの最多件数となっていることもあり、児童虐待が極めて大きな問題であることは明白である。 また、虐待者の割合の中で実母や実父が8割を超えていることからも虐待に親が深く関連していることは明らかであり、虐待に至る前に親と子どもとが適切な関係を築くことは社会的な課題ともいえる。

A親の養育の捉え方とその影響
 家族には「子どもを生み育てる」という役割が求められている。そして、家庭における養育は、子どもが社会に適応し、生きていく能力や知恵を身に付けさせる教育の原点であると考えられる。基本的な生活習慣や感性などの基礎は家族の中で培われるものであり、親が子どもに対し、愛情を持ちしっかりと養育をすることが重要であるといえるだろう。しかし、核家族の増加や、両親の共働きなどで子どもとの十分な時間を作ることが難しい現状があり、このような家族のつながりの変化が、養育の役割を弱めている可能性がある。国民生活白書(2007)によると、「昔と比べて親は自分の子どもに対して、しつけがきちんとできているか」との質問に対して、「どちらかと言えばできていない」と「全くできていない」と回答した人を合わせた割合は52.6%となり、半数以上が「できていない」と感じていることが分かった。また、未就学、小学校低学年の子どもを持つ親の不安や悩みとしては、「しつけに関すること」をあげており、前者が59.5%、後者が58.8%を占めている。小学校高学年、中学校の子どもを持つ親の不安や悩みは「勉強や進学に関すること」をあげており、前者が61.4%、後者が74.5%を占めている(厚生労働省全国家庭児童調査書,2004)。しつけという言葉は「礼儀作法を身につけさせること。また、身についた礼儀作法」(「広辞苑」第5版)といった礼儀作法のレベルに限定してその習得を意味する場合もあれば、「日常生活における基本的な行動様式や習慣の型を身につけさせることを意味する日常用語」(山村,1986)といった広い意味として捉えることもできる。調査からも考えられるように、親との関わりが密接であり、大きく影響を及ぼすことが明確な幼い時期に、親は、「しつけ」がきちんとできているかといった不安感も高まっているといえるだろう。それは、親自身が子どもに与える影響力の大きさを、強く感じているからであると考える。
 国民生活白書(2007)によると、子ども時代に「親と将来のことについて話すこと」、「家事の手伝いをすること」など、親とのコミュニケーションをよくとった人ほど、成人になってから「自分の考えを分かりやすく説明すること」、「自分の感情を上手にコントロールすること」、「自分から率先して行動すること」といった仕事に関する能力について、できていると答える人ができていないと答える人よりも割合が高くなっている。子ども時代において、親と豊富な会話を持つことや一緒に体験することを通じてのコミュニケーションは、大人になってからの行動にも少なからず影響があることを示唆しており、その大切さを裏付けしているものと言える。このように親との関わりは成長してからも、様々な場面に影響するといえる。


(2)養育態度が及ぼす影響

 親の養育態度が及ぼす影響をみた研究は、これまでに数多くある。李(2004)は児童の自己概念が、子ども自身が認知する親の養育態度および行動、そして父母に対する愛着認知と密接な関係性があることが示した。小林(2011)は、中学校時代を回想し評定した父親と母親の養育態度が、青年期の自己概念に及ぼす影響を、またそれが友人関係のあり方にどのように影響しているかを検討した。父親の統制的な養育態度は自信・自律性の追求を直接低下させる傾向が示され、子どもへの無関心な態度は、自己有用感を低下させる傾向が示された。母親の統制的な養育態度は、自己否定感を若干高めてしまう効果を有しており、子どもを尊重する養育態度は自己有用感をやや高める効果を有する。また、母親の無関心な態度は、わずかではあるが自己開示への不安・傷つくことへの恐れを直接的に高める効果も有していた。菅原・伊藤(2006)は、児童期の親子関係、特に母子関係に着目し、それが青年期の自尊感情および対人不安に及ぼす影響を検討した。「過保護−期待」得点が高く、「厳格−拒否」得点が低い群は、得点がともに低い群に比べて自尊感情が高いという結果が得られた。「厳格−拒否」得点が高く、「過保護−期待」得点が低い群は、「厳格−拒否」得点が低く、「過保護−期待」得点が高い群よりも集団や他人に圧倒され易いという結果も示された。また、「自分や他人が気になる悩み」との関連では、「過保護−期待」得点が高く、「厳格−拒否」得点が低い群は、「厳格−拒否」得点が低く、「過保護−期待」得点が高い群や、得点が共に低い群よりも自分や他人が気になっていることが明らかになった。
 以上にあげた研究からもわかるように、両親の養育態度は、幼いころからの関わりであるがゆえに大きく影響を及ぼし、青年期になってからもその影響は様々な場面でみられることが推測できる。



(3)ペアレント・トレーニングと養育スキル

 @ペアレント・トレーニングの重要性

 前述の通り、親との関わりは子ども時代だけでなく、大人になっても影響を及ぼすものであると考えられ、適切な養育を行うことは社会的な課題ともいえる。その一方で子育ての仕方や子どもとの関わり方に不安や悩みを抱える親が存在していることも、これまでの調査から明らかとなっている。近年、このように子育てに悩む親への支援やよりよい養育スキルを教えるものとしてペアレント・トレーニングの実践が注目されるようになってきた。ペアレント・トレーニングとは、親は自分の子どもにとって最良の支援者になることができるという考えに基づいて、親が支援者的な役割をとることができるように親に対して専門家が行う支援のことであり(高坂・常田,2013)学習理論に基づく親の養育行動の適正化プログラムである。親の日常の養育行動を適正化することによって子どもの問題 行動を改善することをねらいとし、親に対する支援が、間接的に子どもに対する支援となることを目指している。日本では主に発達障害がある子どもの保護者を対象としたトレーニングとして知られ、 ここ10年ほどの間に、 発達障害に関わる医療機関、 市町村の保健センター、 公立の教育相談機関、 さらに障害がある子どもをもつ家族を中心に構成されている家族会、 発達障害者支援法制定後に設置された発達障害支援センターや発達障害に関わる NPO 団体などの機関で広く実施されるようになっている。発達障害児を持つ親のためのペアレント・トレーニングが日本で短期間にさまざまな機関に広がったのは、 注意欠陥多動性障害 (ADHD)や高機能広汎性発達障害 (HF-PDD) などいわゆる軽度発達障害への社会的関心が急速に高まり、 これらの障害への具体的な支援が求められたからであろう。
 発達障害の支援の基本は、家族を支援することから始まると考える。また、発達障害でない子どもであったとしても、子どもの個性(気質)の要因で子育てが難しくなることは明らかにされている(辻井,2013)。「育てやすい子」もいれば「育てにくい子」もいるということは、発達心理学や小児保健学などの領域では、何年も前からわかっていたことである。つまり、どの子どもも同じように育てればいいわけではなく、子どもの個性(気質)にあった子育てを親子で実現できるためのサポートが子育て支援であり、その中の育てにくさの代表例が、子どもにある発達障害、あるいは発達障害特性である。発達障害やその特性は、多くの子どもたちが自然にできることが、すぐにできないということが考えられる。だが、子どもの個性にあった支援を提供することで、うまくいく行動のコツを学習し発達していく子どもたちだという理解が必要である。従って、行動のうまくいくコツを、養育する保護者が学んでおくことで、子どもの行動の可能性を広げ、それに伴い、親が子育てをより楽しいものと感じることができる。そして、こうした取り組みは、虐待予防としての効果も期待できる。
 辻井・望月・高柳(2013)は、保護者のペアレント・トレーニングプログラムへの参加の効果を明らかにする研究を行った。1-3歳児の母親13名、3-5歳児の母親10名、療育参加児の母親10名の3つのグループに分けて検討した。1-3歳児のグループの多くは、子どもの発達障害などはなく、一般的な子育て支援の一環として参加している。それに対して、3-5歳児のグループでは発達障害特性が目立つ子どもが多かった。保護者の精神健康状態の把握には、気持ちの落ち込みや体のだるさなどの抑うつ症状の程度を測るベック抑うつ質問票第二版(BDI-II)と、具体的な行動や考え方、感情の面について広く捉え養育に関する傾向を測る養育スタイル尺度(松岡ら2011)を使用した。その結果、保護者の精神的健康「抑うつ」と子育ての中での「誉めること;肯定的働きかけ」、「叱ること;叱責」で有意な変化が示された。精神的健康「抑うつ」では、いずれのグループも実施後に抑うつ症状の程度が軽くなり、参加した母親の精神的健康状態が大きく改善した様子がみられた。養育様式においても、「誉めること;肯定的働きかけ」では、3-5歳児と療育参加児の母親のグループで得点が上がり、「叱ること;叱責」でも同様に、3-5歳児と療育参加児の母親のグループで得点が下がっていた。
 また、ペアレント・トレーニングが、低年齢児だけに影響を及ぼすものではないことが松尾・井上(2013)の研究で明らかにされた。思春期の発達障害児を持つ親のためにペアレント・トレーニングプログラムを行った。プログラムは1回 120 分、全7 回の連続講座からなり、その内容は、親からのプラスの関わり方、問題解決の方法、行動契約の方法、認知再構成法を含めたものであった。プログラムの事前と事後に、4つの心理検査とアンケートを母親に対して実施し、その影響をみた結果、子どもの行動チェックリスト(Child Behavior Checklist)の「ひきこもり」の低減がみられたり、親子のコミュニケーションの改善及び不安の低減が示されたりなど、ペアレント・トレーニングプログラムが影響を及ぼしていることが示唆された。他にも、ペアレント・トレーニングによって、子どもの目標行動の獲得、親の養育技術の向上とストレスの低下、うつ状態の軽減といった効果が得られることが明らかとなっている(大隈・免田・伊藤,2001)。このようにペアレント・トレーニングは、より良い関わりをすることが親自身に影響を与えるだけでなく、子どもにも良い影響を及ぼすということや、低年齢児のみならず、思春期になってからも有効な考え方であるということが示唆された。同じように、発達障害の子どもだけでなく、障害を持っていない子どもたちにも有効であると考えられるだろう。また、ペアレント・トレーニングの効果を得るためには、トレーニングに参加する親の特性や心理的状態などの様々な要因を踏まえた上で介入を行うことが必要である。そのため、特定の養育スキルを使用しやすい親の特徴を明らかにすることが有効であると考えられる。

A養育スキルと子どもの行動の関連とその定義
 ペアレント・トレーニングで得た子どもの関わり方の知見をもとに、我が国においても養育スキルに関する研究が行われるようになってきた。養育スキルは、親が子どもに働きかける具体的な行動(坂田・立元・佐藤・岡安・佐藤,2001)や、母親が子どもとの良好な関係を構築・維持するための行動(渡邉・平石,2007)、母親が子どもに働きかける行動(三鈷,2008)と、定義がされているが、どの定義も親の子どもに対しての行動という面で一致している。本研究では養育スキルの定義を、坂田ら(2001)の定義を用いて「親が子どもに働きかける具体的な行動」とする。
 養育スキルは従来から研究されている養育態度よりも、より具体的な子どもとの関わりを測ることができる。佐藤・佐藤・岡安・立元(2001)は、6因子からなる養育スキル尺度を作成した。気に入らない時や、子どもが悪いことをしたときにたたいたり、大声でどなったりなどの子どもに罰を与えるといった内容である「罰」、子どもの機嫌を伺い、決めたことを貫き通さずに子どもと接してしまうといった内容である「一貫性のないしつけ」、子どもが困っている際には、助言や励ましをするといった内容である「援助的な言葉かけ」、子どもの友達や好きな遊びなど、子どものことを知っているといった内容である「関心」、子どもと遊んだり会話をしたりするといった内容である「コミュニケーション」、子どもの就寝時間や見せるテレビ番組を決めるといった内容である「制限」の6因子27項目からなる養育スキル尺度を作成し、母親の養育スキルが子どもの社会的スキルや母親の心理的ストレスに関連していることを明らかにしている。
 大内(2011) では、4 歳児、5 歳児を対象に、場面や状況に応じて、自らの情動、欲求、注意を能動的に調整し、適切に行動できる能力(大内ら,2008)とされている自己制御機能と親の養育スキルとの関連について検討を行った。その結果、学年、性別でその関連は異なることが明らかになった。また、3歳児の自己制御機能と親の養育スキルとの関連についても男女別で検討した。自己制御機能に対し、親の養育スキルがポジティブな影響が見られたものでは、男児は、「注目・関与」という子どもと一緒に遊んだり、様子に注目したりする行動だったのに対し、女児では、相手の気持ちを考えさせる「誘導的しつけ」、良い時には褒め、悪い時にはその理由を聞く「援助的コミュニケーション」という、より言語的な関わりが影響していたことが報告されている。また、ネガティブな影響が見られたものでは、男児は、感情的に叱ったり身体を叩いたりという行動のみが有意であったのに対し、女児では、いわゆるご褒美をあげること(「物的報酬」)や、子どもが感情を出して自分の欲求を伝えるときに、それを無視すること(「不適切行動の無視」)も、ネガティブな影響を与えることが示唆された。 
 なお、これらの養育スキルの得点自体に男女差は見られなかったことから、親が子どもの性別によって、関わり方を変えているわけではないことが推察される。これらのことから女児の方が、言語的働きかけが伝わりやすい可能性が示され、良い行動や悪い行動のいずれに対しても言葉で応じていくことが、自己制御機能の発達において有効であると考えられる。
 三鈷(2008)では、「誘導的しつけ」、「感情的叱責」、「注目・関与」、「スパンキング」、「物的報酬」、「援助的コミュニケーション」、「きげんとり」、「不適切行動の無視」、「身体的攻撃」の9因子45項目からなる養育スキル尺度を作成し、子どもの行動傾向との関連について検討を行った。その結果、養育スキルの9つの下位尺度は、「誘導的しつけ」、「注目・関与」、「援助的コミュニケーション」は「援助的・肯定的関与」に、「感情的叱責」、「スパンキング」、「不適切行動の無視」は「攻撃・叱責」に、「物的報酬」、「きげんとり」は「きげんとり・物的報酬」と3つに大別できることを報告している。また父母共に「誘導的しつけ」、「注目・関与」、「援助的コミュニケーション」といった受容的・肯定的なスキルを多く用いるほど、子どもの向社会的行動も多いことが示された。また、母親の養育スキルが子どものひきこもり傾向に与える影響について検討し、母親の「きげんとり」、「不適切行動の無視」が有意なパスを示した。三鈷・濱口(2006)においても「一時的なきげんとりの回避」からひきこもり傾向に有意なパスを示した。このように、子どもの顔色をうかがうといった親の姿勢を示す「きげんとり」は、子どもの心の中の問題に影響を与える養育スキルである可能性が示唆された。一方、要求を通そうとしても取り合わないといった態度を示す「不適切行動の無視」については、ペアレント・トレーニングでも使われているスキルであり(Forehand & Long,1996)、適切に使用すれば子どもの不適切な行動の消去につながると考えられる。しかし、感情的な叱り方である「感情的叱責」や、悪い行いをした子どもに対し、手や足をぴしゃりとたたく「スパンキング」と正の相関を示していることから、普段の子育ての中では懲罰的な意味合いで子どもに用いられていることが多く、内在化問題を憎悪させてしまう可能性がある。そして、子どもの攻撃的行動を低減するためには「感情的叱責」を減らすことが有効であることも示唆された。
 渡邊・平石(2011)は、中学生が認知する母親の養育スキルと母子相互信頼感、自己実現的態度、充実感との関連をみた。ルールを守るように言ったり、思いやりを持つように言ったりするなどの子どもが道徳性を持つための親の関わりである「道徳性スキル」、努力していることを理解したり、意見や考えを尊重したりする行動を示す「尊重・理解スキル」、良いところをみつけ、それを褒めるなどして認めていることを伝えるといった関わりである「受容・賞賛スキル」の3つの下位尺度で構成されていた。その3つの養育スキルとの関連をみた結果、「母子相互信頼感」、「尊重・理解スキル」が「充実感」に影響を及ぼしていることが明らかになり、子どもが認知する母親の養育スキル、特に「尊重・理解スキル」の重要性が示唆された。
 養育スキルに関する先行研究においてはペアレントトレーニングの知見を踏まえ、子どものよい行動、悪い行動に対し、どのように親が働きかけるかに着目し、尺度が作成されてきた。親が子どものよい行動、悪い行動に対してどのようにほめる、あるいは叱るかは、子どもの問題行動の軽減や望ましい行動の増加につながるだけでなく、親子関係や子どもの社会的スキル、自己実現的態度にも影響していることが明らかになっている。
 これまでの研究においては、母親の養育態度や養育スキルが子どもに与える影響を扱った研究が多く、父親の養育態度や養育スキルを扱った研究は少ない。だが、家族が抱いている価値観や、子どもとその両親との関係などについて大学生を調査したLandis(1962)の研究では、父親が家族の幸せのためにきわめて重要であるという事実が明らかにされている(デビッド・B・リン,1986)。つまり親密な父−子関係は、母親以上に、健全な価値観をもったまとまりのある家族と、深い関係があると考えられる。また、子ども‐親という2者の直接的な関係だけに焦点をあてているものが多い。しかし、家族という単位で生活している以上、親のどちらか一方のみが子どもに影響しているわけではなく、父親母親がしつけなどの役割を相補的に行っている可能性もあり、両親や家族を総合的に見て、子どもへの影響を考える必要がある(中道・中沢2003)。親の養育スキルが子どもに与える影響についても母親だけでなく、父親の養育スキルからの影響をあわせて検討することが必要といえる。なお、本研究では養育スキルの定義を、坂田ら(2001)の定義を用いて「親が子どもに働きかける具体的な行動」とする。



(4)自己愛について

 @健康な自己愛と不健康な自己愛

 親の養育態度が子どもに与える影響をとらえる観点の一つに自己愛がある。現在まで自己愛の概念に関しては多くの議論が重ねられてきているが、同時にもっとも混乱が多い分野であるとPulver(1970)は述べている。その理由として、「自己愛」が包括する意味があまりに広く、研究者によって様々な記述がなされているという問題があった。そこで自己愛の概念を整理していくと、自分自身に対する基本的な肯定感や関心を持つ、適応的(健康的)な自己愛と、他者が持つ自分に関する評価への関心の集中やこだわりが表れる、不適応的(不健康的)な自己愛があると考えることができることが示唆された(中村,2004)。
 適応的(健康的)な自己愛について、小此木(1992)は、「自己愛」は「ナルシシズム(narcissism)」 の日本語訳であり、もっとも基本的な意味は、セルフ・ラブ、すなわち、自分が自分を愛することや、自分を大切に思うことである。小此木はその理由として、人は、他人から認められたい評価されたい、あるいは価値ある人だと思われたいという願望の自己愛を持っており、これが満たされることが自我へのエネルギー源となり、満足した自己像を保つことができるということをあげている。その意味で、自己愛とは誰にでもある心理であり(Cooper,1986)、人が生きていくために必要なことであろう。Fromm(1956)は、自分を愛することができない人は、他人を愛することもできないと述べている。
 一方で、不適応的(不健康的)な自己愛は、病的なものとして捉えられることもあり、自己愛が極端に肥大化した場合、自己愛人格障害と診断される患者が増加しているという現象がおきている(Cooper,1986)。また、自分の自己愛を守るために他人を傷つけたり、利用したりなどの思いやりのない自己中心的な行動をとる人や、あるいは自分の自己愛が傷つかないように、他人との関わりを拒否し、学校や社会からひきこもるような行動をとる人が増えていると考えられる。Kernberg(1975)は病理的な自己愛の特徴として、過度の自己陶酔、強大な野心、誇大的空想、賞賛への過度の依存、栄光や権力・美への強い欲求などをあげており、これらの特徴は他者を愛する能力の欠如、共感性の欠如、慢性的な空虚感などのかたちで顕在化すると考えられる。病理的な自己愛は、前述した誇大的な自己イメージを持つこと、その反面にある自己評価や自己イメージの脆さ、傷つきやすさを持ち合わせていることがあげられる(林,2011)。また、自分に過剰にこだわること(自己意識の過剰)、「自分」がほとんど唯一の判断や行動の選択の基準になっていることも重要である。そのため、些細なことをきっかけに自己評価が乱高下したり、自己イメージが変動したりすることが考えられる。つまり、自己愛の病理は、誇大的自己イメージが代償性に出現するのであり、同時に自己イメージが毀損されやすく自分を慈しみ、大切にすることができにくいと考える(林,2011)。
 中村(2004)の自己愛の内部に適応的な要素と不適応的な要素があるという考え方に対し、小塩(2010)は、自己愛人格傾向と環境との相互作用の結果、適応的になったり不適応的になったりすると述べている。自己愛を「自己を価値あるものとして体験しようとする心の働き(上地,2004)」と定義すると、「自己を価値あるもの」と心から思えた場合、その表れ方は自尊感情などと同様の適応的なものになるが、「自己をどうしても価値あるものと思えない」場合には、他者からの賞賛を得ようと必死になったり、自己の価値を上げるために他人を利用・搾取しようとすると考える(松並,2013)。「自己を価値あるもの」と心から思えるかどうかは、幼少時の環境や対人関係などの体験に大きな影響を受け、それにより、自己愛の適応性・不適応性は変わることが推測できる。本研究では、幼少時の環境という点で、両親からの影響に焦点をあてる。

A自己愛の中の誇大性と過敏性
 岡野(1998)は、他者の感情や反応に敏感であるかどうかで自己愛を2種類に分類することができるとした。他者の感情・反応に鈍感な「無関心型自己愛人格」と、他者の感情・反応に敏感な「過敏型自己愛人格」の2種類が示唆され、共に強い自己顕示的特徴を持っている。「無関心型自己愛人格」は「無関心型」という名前の通り、自己愛の傷つきには無縁な、むしろ傍若無人といった感じの人々であり、DSM(アメリカ精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル;DSM‐IV‐TR)の分類にみられる自己愛パーソナリティ障害はこれに属する。自己愛性パーソナリティ障害は誇大性、賞賛されたいという欲求、共感の欠如を主な特徴としている。「過敏型自己愛人格」に属する人々はむしろ繊細で他人の目を気にし、ある意味ではナルシストとは逆とも言え、DSMで言えば社交恐怖障害や回避型パーソナリティ障害に近い状態の人々である。(岡野,1998)。これまで欧米を中心に実施されてきた自己愛研究は、小西・大川・橋本(2006)のように無関心型自己愛人格に焦点を当てるものが大半を占めていた。しかし、近年では、過敏型自己愛人格を含めた自己愛2側面に着目するもの(中山・中谷,2006)や、過敏型自己愛人格の測定に特化したもの(上地・宮下,2005)も見られており、過敏型自己愛人格に関する研究をより一層進めていく必要があると考える。
 中山・中谷(2006)は、Gabbard(1989)のあげた誇大型自己愛と過敏型自己愛は、自己評価を維持しようと闘っているという点で共通すると考え、自己愛を「自己価値・自己評価の維持機能」と定義している。自らを肯定的に認識することで自己価値・自己評価を肯定的に維持しようとする「誇大性」と、他者によって自己価値・自己評価が低められないことを確認することによって自己価値・自己評価を肯定的なものとして維持しようとしている「評価過敏性」とした。この2つは、それぞれGabbardがあげた誇大型自己愛と過敏型自己愛に対応している。児童期後期から青年期後期を扱い、年齢差について検討した研究を行った。2つの自己評価機能の関連は年齢とともに弱くなり、中学3 年生以降は全体として無相関に近い値が示された。この結果は、自己価値・自己評価を維持する機能が発達とともに分化の程度を強め、主に用いる自己評価機能に関する個人差が次第に拡大していくことを示唆している。これに関し、中山・中谷(2006)では、自己注目的な自己評価機能(誇大性)と他者依存的な自己評価機能(評価過敏性)が、年齢増加とともに、量的な増加傾向を示すことが報告されている。これを考慮すると、低い年齢段階においてはほとんど示されなかった個人差が年齢とともに強調され、中学3年生頃にはより明確な形で現れてくるという過程を考えることができる。これはKohut のモデルを概ね支持する発達過程を示す結果といえるだろう。男女差を検討した結果、全体として女子の相関係数が高いことが示された。これは、女子のほうが男子よりも、自己注目的な自己評価機能と他者依存的な自己評価機能が分化していない傾向にあることを示唆している。
 中山・中谷(2006)によれば、誇大性が低く評価過敏性が高い「過敏型」は最も適応が低く、両者ともに高い「混合型」は誇大性を保ちつつ他者の評価を気にする葛藤を有しており、誇大性が高く評価過敏性が低い「誇大型」は自尊心につながる適応的な自己愛であると論じている。これまでいくつかの研究から、自己愛と精神的健康、適応の指標である自尊感情(Emmons,1984:小塩,1998など)、健康な人格特性(岡田,1999)との間に正の関連があることが示唆されている。また、近年では、現代の文化状況が自己愛的になることを許容しているという考えや(Lasch,1979 ; 石川訳,1981)、自己愛が必ずしも何らか病理をもたらすものではなく、むしろ精神的健康において重要な役割を担うという考え方(小塩・井上,2002)が広まってきており、特に自己愛人格の誇大な特性と適応上の望ましい指標との関連が指摘されている(Emmons,1984)。渡邊(2011)は、自己愛人格と主観的幸福感との関連に及ぼす心的表象の影響を研究した。自己愛人格の誇大な特性を構成する「自己誇大感」からは、「主観的幸福感」を規定する「自尊感情」への正のパス係数が認められた。これは、自己愛人格の誇大な特性が、自己価値を高く認識することにつながっているということを示しているだろう。つまり、自己中心的・自己顕示的な人格特性は、直接的に自己についての肯定的感覚を規定していると推測される。Leary(2004)によれば、自己価値を高く認識する者は、「他者は自分との関係性を価値のあるものと考えている」という暗黙の想定を根拠とし、周囲からの直接的なフィードバックの影響を受けることなく高い自尊感情を維持し続けるという特徴を示すとされる。判断や行動の選択の基準が「自分」であるという点から、周囲の状況を自分本位に認知してしまう危険性を無視できないが、自分との関係性が他人にとって価値あるものと捉えていることは、主観的幸福感につながることがいえるだろう。前述した中山・中谷(2006)や渡邊(2011)の研究から、自己愛の中の誇大性は、適応や主観的幸福感につながることが示唆されているため、そのような観点からみれば、精神的健康を保つ要因が自己愛の誇大性であるということができるだろう。また、反対に自己愛人格の過敏な特性と適応上の望ましくない指標との関連が指摘されている(上地・宮下,2005;中山・中谷,2006)。  
 よって本研究では自己愛を、小此木(1992)の定義を用いて、「自分を大切に思うこと」や「自分自身を肯定的に捉えるもの」と捉え、自己愛の不健康な側面だけでなく健康的な側面にも焦点をあてる。すなわち誇大性を自己愛のポジティブな一面を測るものと捉え、過敏性を自己愛のネガティブな一面を測るものと捉え、誇大性と過敏性の2つの側面から自己愛を扱う。


B対人恐怖心性と自己愛傾向
 自己愛における過敏性の側面は、対人恐怖心性の観点からこれまで研究されてきた。青年期は自己愛が高まる時期であると言われるが(小此木,1992)、実際、スチューデント・アパシーや不登校、ひきこもりや摂食障害など、青年期に多く見られる社会的不適応に、自己愛の問題が関わっていることが指摘されている(清水・海塚,2002)。他者からの評価や傷つけられることを恐れ、恥に対し過敏に気遣う「過敏型自己愛」は、対人恐怖心性の特徴とも共通している。永井(1984)は対人恐怖心性について、以下の3つの特徴をあげている。集団にとけ込めない、集団の中で気恥ずかしい思いをするなど、行動面での対人恐怖的状態の度合いを意味する「対人状況における行動・態度の諸特徴」、自分が他者に悪い印象を与える、あるいは他者に自分の弱点が知られることを恐れるなど対人場面での関係のあり方の困難の程度である「関係的自己意識(他者との関係における自己意識)」、気持ちの不安定さ・劣等感や集中力の低さなど自分自身に向けられた不安定な意識の程度である「内省的自己意識」などである。「対人恐怖」に該当する者は、自己愛が弱く、強い対人恐怖を持つため、対人関係の中で自己肯定感を持てず、消極的・弱力的にならざるを得ないという報告(西岡,1999)もある。
 対人恐怖心性と自己愛は、一見すると同列に論じることは困難であるように思われる。だが、岡野(1998)は、この両概念の関連性に有効な視点を提示している。共に臨床水準に至る対人恐怖を持ちながら、自己愛の相違、つまり、無関心型自己愛人格か過敏型自己愛人格かによって、対人恐怖の苦悩の質に違いがあると示し、両概念を包括的に捉えることの重要性を示唆した。その上で、対人恐怖心性と自己愛の関係を臨床的観点より「恥に対する敏感さ」と「自己顕示欲の強さ」の2つの独立した変数で扱い、両概念を横・縦軸にとって4類型を想定した。横軸を「恥に対する敏感さ」に、縦軸を「自己顕示欲の強さ」とした。「恥に対する敏感さ」が自己愛の中の過敏特性であり、「自己顕示欲の強さ」が自己愛の中の誇大特性にあたる。しかしこの岡野(1998)の枠組みでは、「恥に対する敏感さ」・「自己顕示欲の強さ」が共に低い群は、臨床対象となりにくく、検討を可能にできなかった。そのため岡野(1998)を基に、清水・川邊・海塚(2007)は、対人恐怖心性‐自己愛傾向2 次元モデルを作成した(Figure4)。対人恐怖と自己愛の概念を包括的に捉えることを目的とし、横軸の「恥に対する敏感さ」に対応する指標として「対入恐怖心性」(過敏特性次元)を、縦軸の「自己顕示欲の強さ」に対応する指標として「自己愛傾向」(誇大特性次元)を布置した。自己愛の検討において対人恐怖心性を重要指慓として扱ったものは少ない。だが、前述した通り、同じ対人恐怖を持ちながらも、自己愛の程度に差異があれば、苦悩の質にも違いが生まれる。そのため、必然的に両概念の関係性を類型的に捉えることが前提となると考える。
 清水ら(2007)は前述した対人恐怖心性−自己愛傾向2 次元モデル短縮版(TSNS-S)を用いて、青年期における性格特性と精神的健康(心理的ストレス反応)の関連を検討した。主に、精神的健康の側面に着目し、自己肯定感、自己嫌悪感を含めて4類型の特徴を記述する。
 対人恐怖心性が高く、自己愛傾向が低い「過敏型特性優位型」では、心理的ストレス反応は、抑うつ・不安、無気力の下位尺度で高く、全体的に精神的健康は低いことが示された。それに対して、不機嫌・怒りは平均的水準にあることから自他に対する攻撃的反応は相対的に少ないことが示唆される。自己肯定感は低く、自己嫌悪感は高い。このタイプは、恥に敏感で、目立った攻撃性はないもののストレス刺激に弱く、自分を肯定的に捉えられず、その結果、心理的ストレス状態に陥りやすいという状態が考えられる。
 対人恐怖心性が低く、自己愛傾向が高い「誇大特性優位型」では、心理的ストレス反応は低く、精神的健康を高水準で保持している。自己肯定感は高く、自己嫌悪感は低い。高い適応性を持ち、自他に対する強い信頼感を持っていることから、随所で自己主張・統制力が発揮できる精力的態度が推測される。それは、対人関係における賞賛欲求の強さ、共感能力の弱さ、他者の利己利用性など、Gabbard(1989)の「無関心型自己愛人格」の一端を思わせる特性でもあるが、人格の歪みを呈する「無関心型自己愛人格」に見られるような深刻さは考えにくく、強い積極性を主張として他者との協調性を見失わない範疇にあれば、円滑な社会的相互作用が可能であることが想定されると清水・岡村(2010)は述べている。また、上地・宮下(2004)は、環境に上手くかみ合えば、他者には適応的で魅力的に映ると述べているように、全て無関心型自己愛人格の特性につながるとは限らないと考えられる。
 2領域とも平均値から±0.5SDの範囲にあたる「中間型」では、心理的ストレス反応および性格特性は、相対的にほぼ平均的プロフィールを示す。また、他類型とは異なり、心理的ストレス反応と性格特性の因果関係における説明率も極端に低いものであった。自己肯定感、自己嫌悪感ともに平均水準である。
 対人恐怖心性と自己愛傾向が共に高い「誇大‐過敏特性両向型」では、心理的ストレス反応は全領域で高く、強い精神的不健康状態にあることが示唆される。これは清水・海塚(2004)の対人恐怖・自己愛が共に高い群は、適応性が低く、慢性的な葛藤状態にあるとしたものや、清水他(2007)の自意識過剰状態の中で、本当の意味で自己を信頼できない苦悩を持つとした研究と一致する。自己肯定感は平均水準だが、自己嫌悪感が高い。
 対人恐怖心性と自己愛傾向が共に低い「誇大‐過敏特性両貧型」では、心理的ストレス反応は全領域で低く、精神的健康は高く保持されている。自己肯定感は平均水準だが、自己嫌悪感が低い。清水・岡村(2010)は、この型について、自己に高い目標を課すこともなければ失敗を恐れることが少ないため、安定した自己観を持ち、また、他者視線に被害的になることや失敗を否定的に考え込むことも少なく、楽観的とも言える認知特性が示唆されると記述している。

(5)養育態度と対人恐怖心性、自己愛の関連

 山崎ら(2012)は、大学生の対人恐怖心性と両親の養育態度に対する認知との関連性について検討している。その結果、親(特に母親)が過干渉であったと感じている大学生の対人恐怖心性は、過干渉であったと感じていない大学生の対人恐怖心性よりも有意に高いことが報告されている。佐々木・小林(2007)は、女子青年の場合は、拒否的な養育態度が対人緊張に影響し、対人緊張が他者に対する不安と自己に関する不安を促進することを報告している。
 また、両親の養育態度は、自己概念や自尊感情などを形成する要因として考えられるが、その一つに自己愛があげられる。これまでに自己愛を形成する両親の養育態度には 2 つの主流な説がある。両親の愛情深く、子どもを過大評価するといった態度が子どもの自己愛人格傾向の高さに関連するという説と、両親あるいは母親の否定的な影響を持つと推測される養育態度と子どもの自己愛人格傾向の高さが関連している説とが存在している。(小西,2009)。その他にも両親の養育態度と自己愛の関連に関する先行研究は多々ある。Kohut(1971) は親が子どもの誇大的自己を鏡映することや、親が子どもの理想として働きかけることが健康的な自己愛の形成に重要であると述べた。現在まで実証的研究としては、養育態度と自己愛の関連には多くの研究がなされている。宮下(1991)は青年期のナルシシズム(自己愛)傾向と、親の養育態度との関連をみた。女性は母親の情緒的支持・受容性と自己愛傾向との間に負の、男性では父親の支配・介入的な養育態度と自己愛傾向との間に正の相関が認められた。女子の場合、母親のあたたかく受容的な養育態度が自己愛的傾向を抑制するかたちで、また、感情的であったり情緒不安定であったりするような、いわゆる否定的な養育態度はこれを増長させると考えうる結果が得られた。男子では、幼少期からの父親の養育態度が支配・介入的と認知するほど、自己愛的人格得点が有意に高いという結果が得られた。この研究では対象が大学生であり、幼少期を回想してもらう形となっている。ナルシシズムの理論で定義される「幼少期」というものは、2 ~3歳頃であるが、親の養育態度に、幼少期からの一貫性を想定することは、それほど無理はないと考え、これまでの親の養育態度を包括的に回想すると定義した。
 小西(2009)は現代青年において、自己愛人格傾向と両親の養育態度との関連を父親および母親それぞれの養育態度と子どもの性差を加味し、検討を行った。女性のみに父親の愛情豊かで甘やかしがちな養育態度が、青年期の自己愛人格傾向の高さと関連していることが明らかとなった。この関連は前述した、宮下(1991)の研究の母親の感情的で情緒不安定という養育態度との関連とは異なり、両親の注意を一身に受け、特別な存在として扱われることが自己愛人格傾向を形成するという後者の説を一部支持しているといえるだろう。子どもにとって、親に愛されていると認知することは、親にとって自分が必要な存在であるという重要な感覚を獲得することである。自己愛人格傾向についてはそれが過度に増大し、自分自身に対する過大評価や過度な自信が生じ、自分は特別な人間であるというような誇大感や特権意識を生み出すのではないかと考えられる。以上のように両親の養育態度のあり方および両親あるいは父親、母親それぞれの養育態度と子どもの自己愛人格傾向をみた研究の結果は、研究者ごとに自己愛の定義が異なるということもあり、どのように関連するのかについての見解は一致していない。宮下(1991)の研究では、自己愛を人格特性ないし人格傾向をも含めたNarcissistic Personality Inventory(以下、NPI)の総得点のみで測定しており、小西(2009)の研究では、NPIの項目の文化差を考慮して小西ら(2006)によって作られた、日本語版自己愛人格傾向尺度(NPI-35)で測定しているが、NPIは、全体として誇大性や優越感・有能感が強調されている。それは自己愛を、肥大化した病理的な自己愛、つまりネガティブなものとして捉えている。しかし、前述したように、自己愛の高さが適応や精神的健康と関連をもつことが考えられたり、そのような誇大的な側面だけでなく、他人からの評価で自己肯定感を高めようとする、過敏的な側面も近年注目されているため、誇大性と過敏性の両方の側面から自己愛を測る清水ら(2007)の尺度を用いる。
 また、養育態度と自己愛との関連をみた論文は多くあるが、近年注目されている養育スキルと青年期の自己愛との関連をみた研究はまだない。そこで本研究では、親からの働きかけである養育スキルに着目し、自己愛との関連をみる。